表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
四章 暴虐の魔剣士
112/120

夕刻の丘

滅びとは、全てが退廃的ではなく──即ち、儚いものの果てでもある。

 「……へぇー。凄いね、お爺さんのお話! 特に今聞いたのは、今までにない冒険譚って感じがするよ」


 西に傾いた日が差す。目の覚めるような白が、橙色に変遷していく。見た目鮮やかなそれが、少女の横顔を照らす。成長中のあどけなさに、大人びた気配が差しているような気がした。使い古すほど陳腐な言葉だろうが、綺麗なものだ。


 「それは何よりじゃ。それにしても、随分長いこと話したのう」


 言い終わるや、激しく咳き込む。押さえた手元に、吐き出した血痰がこびりついた。幸いにも、身に付けた衣服は黒一色だ。それとは気取られぬよう、自然な動作で拭い取る。ここに至るまでに何度も吐血しており、外套は自身の血液でじっとりと濡れそぼっていた。


 (やはり地面で拭うか……)


 思考は、徐々にではあるが億劫となる。話の最中にしても、ほんの短時間とは言え、幾度も意識が暗転しかけたのである。手近な自身の衣服で拭うという行為は、体力の温存が無意識下で行われているからに他ならない。即ち、その単純な作業でさえ、今の彼には重荷でしかないのだ。


 「でも、怖いけど寂しいお話ね。皆死んじゃったりするだなんて」


 「そうじゃな」


 穏やかに反応を返す彼。今でこそ少女は、感想を言えるほど余裕がある。しかし、話を始めた当初は泣くわ騒ぐわと、かなり忙しいものだった。なだめるのに労力を費やすだけでなく、己の不調を悟らせない工夫にもかなり難儀したのだ。

 ただ、彼としてはそれも悪くないものに感じられる。寧ろ心地よいとすら思えていた。


 「そうとも。人間とは寂しいものよ。生まれ落ちるも、没するも一人。野山を駆ける動物も、皆そう言うものじゃ。おっと、少々難しい話じゃったかな?」


 「……えぇ~? よく分からないよ」


 「なに、年寄りの独り言のようなものじゃ。年を食うと、説教臭くなってしまって叶わん。波には勝てん、というやつじゃ」


 頭の中に疑問符を浮かべているだろう少女。首を傾げ、うんうんと唸りはじめてしまった。

 少し困らせてみようかという悪戯心が芽生えたものの、これではいくらなんでもやりすぎだ。このままでは収拾が付かなくなる。反省し、謎かけみたいなものだと釈明する。すると、今度は「やっぱり物知りなのね」と言って、顔を輝かせた。思うに、おしゃまな気質を持つ反面、根はかなり生真面目な性格なのだろう。真に受けすぎるというのも考えものだ。

 ──純真無垢。

 人を疑うことすら知らない、尊く、そして危うい内面だ。

 それが彼にはひどく懐かしいものに映った。


 「お嬢ちゃん、日も落ちかけて遅くなって来ておる。そろそろ親御さんも心配しておるのでは無いかね? 先程のこともあるし、の。悪いことは言わん、帰りなさい。話がしたければ、また明日ここに来るといいじゃろう」


 「いやよ。絶対お爺さんのお話を最後まで聞くの」


 「何を言っておるのかね、君には──」


 「だってお爺さんも、寂しそうだから」


 今度は彼が、閉口する番だった。一拍おいて間抜けな声が漏れる。思いもよらない、断言するような口調。およそ迷いの無い指摘に、彼の心は揺れた。


 「なんか、おかしいよ。お爺さんはとても優しいのに、誰も近くに居て欲しくないみたいな、そんな感じがする。でも、私はお爺さんからもっと色んな話を聞きたいの」


 「……ふ、ははは!」


 その言葉で思い出した。子供という生き物は、時として大人以上に賢しいのだと。まるで心の中まで見通されているような気がした。

 しかし、可笑しくて仕方がなかったのだ。老齢になろうと、気骨は棄てずにいた。それがどうだ、まだ幼い子供に先を取られている。いい年をして、尚も肩肘を張る自身が滑稽に思えたのだ。

 己にすら向けられていない言葉など、思い上がりも(はなは)だしい。道化もいいところである。


 (単純なことじゃった。つまるところは儂も、人恋しかっただけなのかも知れぬ。いやはや、己の事とは言え、ままならぬことばかりじゃな。先程の言葉、重みも何もあったものではないわ)


 「すまぬのう、お嬢ちゃん。何より、ありがとう」


 「え……? な、なんだか照れちゃうなあ」


 それはそうと。彼は話題を元に戻す。恐らくこの先の展開は、彼女には一層酷なものになるかも知れない。やや脅しに近い前置きをするが、彼女は構わずに続けて欲しいと答えた。

 


 「君のお陰で色々と楽になった。……では、儂も今暫く語るとしよう。そう──彼の、悲運を」


 彼の重い口が開かれる。ほぼ間違いなく、明日の朝日を拝むことは叶わない。彼は、そう確信する。

 一方で、我ながら拙い語り口だ、とは思っていた。台詞を噛むことはほぼ毎回である上、言葉の引き出しが足りないこともしばしばである。それでも、彼女は真摯に聞こうとする姿勢を崩さない。


 ──つまらぬ語り部じゃと思う。それでいて尚、儂の話を希求するというのならば。せめて彼女が満足するまで語ってから逝くのも、そう悪くない話じゃ。

最終章、開幕。

泣いても笑っても、これが“異端”本編の最後です!


三・五章開幕の切っ掛けとなった橋本氏の期待、そして恐らく、この変態的作品を愛好してくださる方々への期待に沿えるよう。何より、最大級の感謝を込めて。


──いつもありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ