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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
三・五章 滅亡ノ鐘
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撤退戦 参

 怒号と剣戟の音にミシェルが足を早めると、次第に状況が掴めて来た。ぶつかり合いが始まっているようだ。赤雷の傷が深いことを考慮すると、そう持たないかも知れない。浮かんだ不敵な笑顔は、幾分か弱々しく思われた。


 「いつも減らず口ばかりの癖に、世話の焼ける男……」


 微弱な光が差し込む回廊を走るミシェル。夜明けが訪れ、時折覗く太陽が目に刺さった。非日常を尻目に、眼前では日常が始まる。まるで、そこに世の無情。その縮図があるような気さえ起こるのだ。

 人が死のうが生きようが、世界は回る。もしかすると先の戦闘音は、赤雷が既に死んでいて、アルシュが弔い合戦の最中だからなのかも知れない。


 (祈るなんて、らしくないのだけれど。嫌味ったらしいあれの為に、今は精々祈るとしましょうか。やれやれ、これじゃまるで修道女みたいね──もっとも、子供の真似事よりいっとう質が悪いけれど)


 剣を抜き、短剣と併せる。抜き身であるということは、臨戦態勢と同義だ。敵の数を考えれば、手数が多いに越したことはない。彼女にとって二刀構えは不得手な部類に入るが、肉厚の短剣は防御に向く。数の暴力を(しの)ぐには、それが最善だと考えたのだ。

 だが、彼女が次の角を曲がった時、驚愕の光景に目を剥いた。


 「せ、赤雷! どうしてあんたがこんなところに!?」


 壁にもたれ、ぐったりした様子の赤雷が倒れている。

 慌てて納刀し、そんな彼に駆け寄る。赤雷の傷は酷いものだった。一目見ただけでも、十数箇所に及ぶ大小の切り傷が走っているのが分かる。出血の量も多い。呼吸は荒くないが、このまま放っておけば早晩死ぬだろう。

 啖呵(たんか)を切っておいて情けない。そんな憎まれ口など、どうでも良かった。この男(赤雷)は、今まさに死に掛かっているのだ。傍では敵が小競合いをしている。状況は想像以上に悪かったことに慄然とした。

 アルシュを呼ぼうと思い立つが、彼が赤雷を逃がす為に大立ち回りをしている可能性は勿論、敵を呼び寄せるかも知れない。


 「私は、一体どうすれば……」


 進退(きわ)まる事態に、彼女は束の間立ち(すく)む。

 「そうだ、外まで連れていかなきゃ」。

 そう言うと、ミシェルは最低限の武器だけを保持すると、不要と思われる武器や道具を放り投げる。彼を引き摺っていく格好をとり、歩を進めた。無論、襲われる危険は跳ね上がる。それを承知した上での無謀だった。

 或いはこのまま討ち死にするだろう。よしんば生き残ったとしても、一人でも欠けていれば、少ない所帯だ。すぐに連携を崩し、瓦解するのは目に見えている。何より、目の前で死なれるのは寝覚めが悪いものだ。アルシュが悲しむのも宜しくない。


 「もし、あんたがこれで勝手に死んだなら、絶対許さないんだから……!」


 瞳に涙を溜め、少しずつ前へと進む。半ば凝固した血液が、床に粘り付いていく。追跡を()くには処置が必須だ。とは言え、それをしていれば致命的な遅れとなる。難しいところだが、事は一刻を争う。僅かな時間でさえ惜しい。


 「おい、ミシェル君。無事か?」


 「──あ、アルシュ先生!?」


 そんな時だ。前方から兵士に(ふん)したアルシュが現す。呆気に取られてしまう。それが命取りであることすら失念するほどの出来事だったからだ。願ってもない展開に違いない。

 しかし、それでは後方の戦闘は一体誰が行っているのだろうか。


 ──だとすれば、一体誰が……何の為に?


 味方だとしても、今の今まで協力的な第三者は現れていない。妥当な落とし所でいえば、是が非でも恨みを晴らしたい敵対者か、同業者といったところだろうか。それでも腑に落ちない点は幾つもある。


 「赤雷……まずいのう。傷を()うのは良いとしても、果たしてそれまで持つかどうか」


 疑問をよそに、赤雷の様子を軽く検分しつつ動くアルシュは、この理解不能な状況に動じもしない。

 不安を抱くミシェルに手伝うよう促す。それが自然であるかのような物言いだ。


 「先生、あれは一体誰が戦ってるんですか!?」


 「今君が望むのは、見知らぬ者の素性かね? 時間という奴ばらは、けして待ってはくれぬのだぞ」


 完全に脱力した赤雷を見やる。そんな彼は気持ちばかり呼吸が荒い。肩にのし掛かる重みは、命のそれだ。小さな疑問を追っている場合ではなかったと、ミシェルは思い直した。


 「人払いは済ませておる。警戒しながら退くよりあるまいて」


 「分かりました。それとですね、先生」


 「なんだね、かしこまって」


 「……この人を、何とかしてやって下さい」


 思ってもいなかった言葉のようで、アルシュは瞠目する。それから彼女の泣き()らした目元と表情を眺めると、


 「ああ、勿論手を尽くそうとも。儂もこやつには小言が山ほどある」


 優しい笑顔で、そう言った。


 「何より、こやつも可愛い娘の前で死──」


 「──この人の娘だなんて、まっぴら御免です」


 男の意地があるだろうにと、苦笑しながら話すアルシュ。


 ──やれやれ、これはどちらも似た者同士というものよ。素直になれぬはお互い様じゃと言うに。まあ、何にせよ多少は丸くなったのか、のう。


 そんな彼の胸中は、何処までも穏やかだった。

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