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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
三・五章 滅亡ノ鐘
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救出 壱

待ちかねた、異端一〇〇話目。いやはや、ようやく更新が叶った!

……なに、誰も待っていない?


吊るか……。


 燭台がもたらす独特の臭気で、ミシェルは目を覚ます。手首と足首に在る、硬質な感触と冷感に身をよじった。


 「私は、捕まったはず──ッ!?」


 此処に至るまでの出来事を思い出す。そして本能的に飛び起きようとする彼女だが、それは叶わない。不自由な身体に違和感を覚え、視線を動かすと拘束具で台の上に縛り付けられてあったのだ。四肢には(かせ)が装着させてある。まるで(はりつけ)だ。

 人の気配も感じられる。彼女の顔は恐怖にひきつった。寝かされているのは拷問用のそれだからだ。所々が黒ずみ、こびりついた汚れと猛烈な鉄臭さは、これから行われるであろう事を示唆していた。


 「お目覚めのようだね、お嬢さん」


 「あんたは……」


 鼻につくような声。背後に兵士を十余名従えて、その声の主が現れる。ランタンなどに照らし出された顔から察するに、彼女を殴打した優男のようだ。ずきり、と後頭部に痛みが走った。認識がはっきりしないのは、少々打ちどころが悪かったからなのかも知れない。出血も予想された。とはいえ、素人の判断ではどうしようもない。異常の有無が分からない以上は、アルシュに治療を施して貰いたいところである。

 だが今、そんなことは問題ではなかった。


 敵に囲まれ、逃げ場も無い。逃げ出そうにも、その自由すら奪われている。死への忌避感が、重圧となってのし掛かる。汚泥の如く、絡みつくような感覚に全身が硬直した。下卑た連中の笑みが、それを助長させる。もはや我慢の限界だった。


 「くっ、この! 離しなさいよ、卑怯者!」


 悲痛な叫びも、寒々しい響きを残すのみだ。手足を動かすも、それを縛る金具が無機質な音を奏でる。何とも無力である。

 酷薄な笑みを浮かべた男が前に出て、彼女へと近づいた。冷たいものが背筋を伝うようだ。

 顎に手をやり、自身の方へ向かせると、恍惚(こうこつ)とした表情で(のたま)う。


 「見上げた気丈さだ。ところで、気の強い娘というのは、私の好みでね。そんな女が、痛みに泣き叫ぶ姿を眺めてなぶるのが──一番そそるんだ」


 「──ひっ!?」


 爛々と光る瞳に、ミシェルは狂気を見た。

 「この男はきっと、(あわ)れみなどという感情を持ち合わせていないのだろう」

 それは直感に近い。背後に控える男達も、ただ劣情に支配されただけの獣だと理解する。自身は、これから蹂躙(じゅうりん)される獲物に過ぎないのだと悟ると、身体に震えが走った。


 ──駄目よ、これくらいのことで怖気づくなんて……!


 頭では屈してはならないと理解している。ところが、現状を打破する手段はない。味方であるアルシュの介入も期待できない。赤雷に至っては、啖呵(たんか)を切ってしまっている。こちらへ向かっているとは考えにくかった。

 頬を一筋の涙が伝い、落ちていく。


 「おい、この小娘泣いてやがるぜ!」


 一人が言うと、つられて周りも笑い出す。茶化すように野次を飛ばす者、嗜虐心に火が付いた者など様々である。

 ミシェルの頭の中は混乱しつつあった。気位(きぐらい)の高い彼女は、自身の甘さと嘲笑を見過ごせなかったのだ。それだけならまだしも、失敗を恥と思っているばかりか、シガールに会いたいとすら考えていた。今のミシェルに、冷静な判断が下せるはずもない。


 「やれるものなら、やってみなさいよ」


 「──では遠慮なく」


 なけなしの気力を振り絞るが、それは却って彼らを(よろこ)ばせるだけだった。優男は、ミシェルの腹を()でる。虫が這いずるような嫌悪感に、短く漏れる悲鳴。彼の口角が吊り上がる。


 「お前達、お楽しみ(・・・・)の時間だ。手ぬるい器具から使っていくとしよう。……もっとも、早々に殺しはしない。精々欲しがるようになるまで、何度でも(はら)ませてやる」


 口調に反する手つきが、一層気色の悪いものとなった。男達が我先に殺到するのを認めるや、体力の損耗(そんもう)を度外視に、精一杯の抵抗を試みる。一刻も早くこの場から去りたい一心だ。彼女の瞳が、恐怖の色に染まる。


 「……シガール」


 言うが否や、ミシェルのローブが剥ぎ取られる。肌着一枚に()かれ、彼女は羞恥(しゅうち)に叫ぶ。

 彼女を哀れむものは居ない。悔しさや怒りも行き過ぎて、悲しみへと変じる。所詮は小娘、粋がったところでどだい無力なのだろう。そんな、取り留めのない自問自答を繰り返した。彼女の心が折れかけた。


 ──その時、


 「爪紅流、秘奥(ひおう)剣──細雪(ささめゆき)


 静寂がやって来たかのようだった。重苦しい空気を引き連れ、憎むべき敵を呑み込まんとするかのような気骨。声色はよく知っているが、纏う剣呑(けんのん)な気配はまるで別人だ。ミシェルがかつて師事した暗殺者でさえ、肌を苛むほどの殺気を放ったことはない。

 だからといって、彼がここに居ようはずが無かった。


 ──そんなはずは……嘘よ。


 瞬間、闇の中に光が生まれた。虚空を引き裂き、幾条(いくじょう)もの白銀を伴って(ほとばし)る。

 そして、(こま)やかなそれは獲物へと深く食らい付いた。

 断末魔が、こぼれる。倒れたのは後方の四人だ。


 僅かな水音を発し、それがミシェルの頬へ降る。ようやく思考が平常へと戻っていく。鉄錆びた潮の匂いからするに、雫の正体は血液だろう。

 つまり、赤雷は不意討ちながらも何らかの絶技をもってして、四人もの敵を一挙に打倒したということだ。背後からということを考慮して尚、恐るべき剣腕である。隻腕ということを思わせぬ業に、全員が戦慄した。


 「なんであんたが。どう、して……」


 その問いも途中で霧散する。人垣から垣間見えた赤雷の顔は、一目でそれと分かる程に強張っていた。一瞬、ミシェルは自身が斬られたのではないかと錯覚する程、彼の剣気に息が詰まったのだ。


 「なんだ、この異邦人は!? さては仲間か!」


 「答えるには(あた)わん」ミシェルは、赤雷がそう呟いたのが知れるようだった。

 ちき、と刀が鳴る。


 「この腐れ外道どもが。てめえら全員、刀の(さび)にしてやる」

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