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第90話 一思いに殺してあげるから

「(何なんだ、この一年は……? ほ、本当に人間なのか……?)」


 シリウスは大いに焦っていた。


 ゲルゼスを倒したということから、それなりの力があるとは思っていた。

 だがまさか自分を含めた生徒会メンバーが四人もいて、まるで歯が立たないとは想像すらしていなかった。


「(まさか、あの噂は本当だったのか……? ハイゼン先生がこの学校に反旗を翻し、機竜まで持ち出したというのに、たった一人の生徒に止められてしまった、と……)」


 ハイゼンもまた貴族至上主義者で、シリウスが尊敬する教師の一人であった。

 そんな彼の失態は、学校側にとっても貴族主義者たちにとっても、あまり公にしたくない案件であっためか、生徒会でも詳細を知ることができていない。


「(もし機竜を単身で打ち破るほどの力を持っているのだとすればっ……端から我々に勝ち目などない……っ!)」


 ようやくその真実に至ったシリウスへ、エデルが言う。


「ていうか、消しちゃった方が早いかな? さっき言ってたもんね? ダンジョンの探索中に死んだとなれば、死体を発見できなくても不自然ではない、って」

「~~~~~~~~~~~~っ!?」


 恐怖が頭のてっぺんから爪先まで駆け抜ける。

 シリウスは恥も外聞も捨て、訴えた。


「き、貴様っ……この私を誰だと思っている!? 四大公爵家であるシルベスト家の人間だぞ!? もし私を殺したら王国中の貴族を敵に回すことになるぞ!?」

「あれ? こうも言ってたよね? 手を下した証拠も残らない、ってさ」


 殺される。

 死にたくない。


 気づけばシリウスは声を荒らげ、叫んでいた。


「ネロ、セリーヌ! 時間を稼げ! 少しでもいいから奴をそこに留めておくんだ!」

「い、いや、それは……」

「あたしらには無理っていうか……」

「お前たちに拒否権はない!」

「「ひいぃっ!」」


 シリウスの脅しを受けて、ネロとセリーヌは顔を引き攣らせつつも再びエデルに挑みかかった。

 無論、力の差は歴然で、三十秒と持たないだろう。


「がっ!?」

「ぎゃんっ!?」


 いや、三十秒どころではなかった。

 一瞬で意識を刈り取られ、ダンジョンの冷たい床に転がる。


 しかしシリウスには、その僅かな時間で十分だった。

 外側からは、その内部にいる存在を察知することができなくなる隠蔽結界を作り出して、中へと飛び込んでいたのだ。


「(まだ死ねない……っ! 私はこんなところで死ぬわけにはいかないっ!)」


 生徒会の仲間たちを置いて、一人この場から逃げ出そうとするシリウス。

 結界に入ったまま移動することができるのだ。


「(この隠蔽結界は、探知魔法でも見破ることが不可能だ……っ! 見つかるはずがない……っ!)」


 恐怖を抑えるべく、そう自分に言い聞かせる。

 だがそんな彼の方へ、真っ直ぐエデルが近づいてきた。


「(ば、馬鹿な!? 私の居場所が分かっているというのか……っ? い、いや、そんなはずはない! 偶然だ!)」


 恐る恐るその場から移動するシリウスだったが、恐怖のどん底へと叩き落されることとなる。


「逃げても無駄だよ? その程度の隠蔽じゃ、ほとんど丸見えだから」

「~~~~~~~~~~っ!?」


 声にならない悲鳴が漏れる。

 ぐにゃりと視界が歪んだ。


「ひっ……あっ……」


 前に進もうとしても、足が絡んで上手く歩けない。

 心臓がバクバクと凄まじく鼓動し、呼吸が苦しくなる。


 それでも我を忘れて、彼はその場から全力で逃げ出す。


「無駄だって言ってるでしょ?」


 いつの前にか回り込まれていた。

 エデルが結界に触れると、まるで泡が弾けるように簡単に結界が霧散させられる。


「ひいいいいいいいいっ!?」


 その場に尻餅を突くシリウス。

 涙目で訴えた。


「ま、待ってくれ……っ! い、命だけはっ! もう二度と、こんな真似はしないと誓う! だから命だけは……っ!」

「そうやって命乞いしてきた魔族は、そのほとんどが後から復讐しに来るって、じいちゃんが言ってたからね」


 シリウスには理解できない言葉と共に、どこからともなく剣が取り出される。


「大丈夫。一思いに殺してあげるから」


 凄まじい闘気が刀身に帯びていき、いかなる結界をもってしても、少年の一撃を防ぐことはできないことを、シリウスは一瞬にして悟った。

 そうして死を覚悟した、まさにそのときである。


 パリイイイイイインッ!!


 最初に二人の一年生を閉じ込めた彼の結界が、粉々に砕け散ったのは。


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