第78話 ちょっと味見してもいいっすか
「食べない方がいいって、エデルくん!」
「うーん、そうかな……?」
メリシアナから貰ったチョコレートを手に、エデルは首を傾げる。
「何で食べない方がいいの?」
これが魔界なら、絶対に他人から貰った食べ物など口にしなかっただろう。
だがここ人間界では、食堂というものがあるように、魔界とは違う常識があるらしい。
実際すでに何度も食堂を利用しているが、何か身体に異常が起こったことは一度もなかった。
それだけでも魔界ではあり得ない話である。
「ぜったい変なもの入ってるって!」
「変なもの? つまり毒とかってこと? でも、殺気は感じないけど……」
メリシアナからは殺意は感じられなかった。
……むしろ向けられているのは好意であり、殺意を感じ取れないのは当然だろう。
「いや、毒の他にも色々あるでしょ? ほら、その……体液とか……」
「?」
何でそんなものをチョコレートに入れるのか、本気で理解できずにキョトンとするエデルだった。
一方、メリシアナはビクッとして、
「(……ぎくり)」
「今ちょっと動揺しなかった!? やっぱり入れたんでしょ!?」
「な、な、何の話、かしら……?」
しらばっくれるメリシアナを、ティナが問い詰める。
そんな二人の様子を余所に、エデルはパリッ、と。
「って、食べちゃったあああああっ!? ちょっと、エデルくん!?」
「大丈夫だよ。普通に美味しいチョコレートだから」
もぐもぐもぐ、と気にせずチョコを咀嚼するエデル。
「(来たわああああああああああああああああっ! チョコに混ぜておいた特性の〝惚れ薬〟! これでもう先生のことが、好きで好きで堪らなくなるはずよおおおおおおおっ!)」
鼻息を荒くし、メリシアナは心の中で叫ぶ。
チョコレートに混ぜ込んだのは、彼女が自ら調合した惚れ薬である。
その効果は抜群で、ものの数分で効果が表れ、丸三日間は対象のことが頭から離れなくなってしまう。
ちなみにこの惚れ薬には、好きさせたい対象の涙が必要だ。
今回は当然、メリシアナが自ら採取した自分の涙である。
……体液といえば体液だ。
「(三日間の間に……あんなことやこんなことを……そうして既成事実を作って……ハァハァハァハァ)」
妄想が加速する変態教師。
しかしどういうわけか、しばらく経っても一向にエデルの様子が変化しない。
「あの……エデルくん……? 先生を見て……何か感じない……?」
「? 別に感じないけど?」
「そんな……(おかしい! 確かにチョコを食べたはず! まさか、入れ忘れた……? いいえ、そんな間違いはしてない……じゃあ、何で……?)」
愕然としているメリシアナだが、エデルには毒と同様、この手のものへの強力な耐性があるのだ。
「これから何かあるかもだから、念のため医務室で診てもらった方がいいよ?」
「大丈夫だって。いざとなったら自分で治療できるし」
ティナが心配してくれるが、エデルは取り合わない。
「それより先生、早く授業してください。もう授業時間の半分が終わってます」
なかなか始まらない授業に痺れを切らしたのか、生徒の一人が指摘する。
ちなみに大半の生徒は、近くの人とお喋りをしたり自習をしたりと、各々好き勝手に過ごしていた。
「(授業なんて、どうでもいい……でも、仕方ない……)それでは……前回の続きから……教科書は……」
メリシアナは肩を落としつつも教壇へと戻り、ようやく授業をスタートさせようとしたときである。
「兄貴、そのチョコおいしそうっすね。ちょっと味見してもいいっすか?」
「代わりに購買のチョコ買ってくれるならいいよ」
「それくらいお安い御用っすよ!」
エデルのすぐ後ろの席にいたガイザーが、メリシアナが作ったチョコレートの欠片を受け取り、口に放り込んだ。
「あっ、ダメえええええええええええええええっ!?」
思わず制止の声を叫ぶメリシアナだったが、遅かった。
チョコを食べたガイザーの目が、彼女を真正面から見つめてきて、
「せ、先生っ! オレっ……先生のことが、好きみたいっす~~~~~~っ!!」
「ぎゃあああああああああああああああっ!」
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