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第76話 この学校から排除する

「一年に負けて失禁とか……恥ずかし過ぎる……」

「……確か、グレイゲル伯爵家って、剣の名門じゃなかったっけ? 普通に力負けしてたんだが……」

「あんなの生徒会の恥さらしだろ……」


 たまたま近くで様子を見ていた野次馬たちが、ひそひそとそんな言葉を口にしあう。


 相手は生徒会のメンバーで、貴族の中でも位の高い家柄の子女である。

 万一聞こえてしまうと面倒なことになりかねないからと、本人の耳には届かないような小声だったが、聞こえていなくても、ゲルゼスには大よそのことを察することができた。


「こ、こんな……こんなはずはない……」


 わなわなと唇を震わせ、沸き起こる凄まじい羞恥心で顔が一気に紅潮していく。


「う、うわああああああああああああああっ!!」


 気づけば涙目で絶叫しながら、その場から全速力で逃げ出していた。


 その後、生徒会メンバーであるゲルゼスが、一年相手に一対一で敗北を喫したという噂が、瞬く間に学校中に広がることとなる。


「しかもその一年は平民だってよ」

「やっぱ貴族とか平民とか関係なく、才能あるやつがいるんだよ。この学校の方針は正しいってことだ」

「今さらかよ。そもそもあのマリベル様が平民の出だろうが」


 その一年生が平民だと知って、勇気づけられる生徒も多くいた。

 しかし一方で、当然ながらそうした状況を良く思わない者たちもいて――








 その日、ゲルゼスはとある教室に呼び出されていた。

 そこで彼を待っていたのは、三人の生徒たちだ。


「よぉ、ゲルゼス。何で俺たちがわざわざてめぇを呼び出したか分かるか?」


 威圧するように顔を目いっぱい近づけ、身体中にタトゥーを入れた青年が問いかける。


 とても貴族の子女には見えないが、彼はれっきとした伯爵家の一員。

 しかも生徒会で、同じ五年生ながら、ゲルゼスを上回る第七席である。


「……」


 ゲルゼスがその問いには答えず無言でいると、タトゥーの青年、ネロがいきなり怒声を轟かせた。


「シカトすんじゃねぇよ、コラァ!? 今ここでぶち殺してやっても構わねぇんだぞ!?」

「こらこら、ネロっち。そんなに脅しちゃ可哀想でしょ~」


 そこへ軽い口調で割り込んできたのは、六年生の女子生徒だ。


「だって、ゲルゼスちゃんったら、公衆の面前でオシッコ漏らしちゃう子なんだもんね~? 多分まだ十歳くらいなのかな~? あれ? 十歳でもお漏らしなんてしないっけ? あははははっ」


 明るい口調で辛辣に罵倒する彼女の名はミラーヌ。

 侯爵家の令嬢にして生徒会に所属し、第四席の座についていた。


「ははっ、そうっすね、ミラーヌの姐御。あんまり脅したら、また漏らしちまうかもしれねぇ」

「っ……」


 嘲笑するネロを、悔しげに睨みつけるゲルゼスだが、しかし何も言い返すことができない。

 その様に機嫌を良くしたのか、ネロはニヤニヤと楽しげに嗤う。


 二人は同じ五年生で、以前からライバル関係にあった。

 ゲルゼスの自滅が嬉しいのだろう。


「二人とも、そんな話をするために彼を呼び出したのではないはずだが?」


 初めて三人目の生徒が口を開く。

 その瞬間、弛緩していた空気が一瞬にして張り詰め、ネロが慌てて背筋を伸ばす。


「す、すいやせん、シリウスさん……」


 シリウスと呼ばれた最後の一人は六年生の男子生徒。

 細身の長身で、神経質そうな顔つき、縁の薄い眼鏡が、いかにも知的な雰囲気を醸し出している。


 彼はこの国の四大公爵家の子女であり、英雄学校の在籍中ながら、すでに魔法学会で幾つもの論文を発表している優秀な魔法使いだ。

 無論、生徒会に所属しており、その席次は第二位、すなわちナンバー2だった。


 そしてゲルゼスを含む彼ら四人には、大きな共通点があった。

 それは彼らが、この英雄学校は貴族中心の学校であるべきだと考える、貴族至上主義者たちであるということ。


「ゲルゼス、お前を呼び出したのは外でもない。今回の一件を、我々は非常に重く見ている。貴族の子女である五年生、それも生徒会のメンバーが、平民の一年生に敗北を喫し、その話が学校中に知れ渡る……この状況を放置しておくわけにはいかない」


 シリウスは淡々と、当然のことのように告げた。


「まずはその一年生をこの学校から排除する」


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[一言] 生徒会全員の心が粉々になるフラグがたちました
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