第75話 あんたが置いていくせいよ
「この僕が、押されっ……そ、そんなはずは……っ!」
闘気を全開にして押し返そうとするゲルゼスだが、信じられないことにビクともしない。
むしろエデルの闘気剣がますます輝きを増していく。
「ば、ば、馬鹿なっ……何だ、この闘気の量と密度はっ……」
「もしかしてもう全力? こっちはまだ十分の一も行ってないよ?」
「な、何だと……っ!?」
ピキピキッ!
そのときゲルゼスの剣に大きな亀裂が走った。
このままでは刀身が破壊される。
「くっ……僕をっ……舐めるなぁぁぁぁぁぁぁっ!」
裂帛の気合いと共に賭けに出た。
刀身に纏わせていた闘気を、そこから思い切り炸裂させたのだ。
自らもダメージを受けてしまう諸刃の剣だが、自分で放つ以上、咄嗟の防御が可能。
一方で、相手は完全な不意打ちを食らう形になる。
「がぁ……っ!」
爆音とともに後方へ吹き飛ばされるゲルゼス。
激痛に顔を歪めながらも、ニヤリと口端を歪めて叫んだ。
「は、ははははっ! どうだ!? 先ほどのお返しだ! 今のを喰らっては一溜りもないだろう!」
自身も痛みを伴ったが、先ほど窓から弾き出された意趣返しだと、高らかに哄笑するゲルゼス。
しかし彼は見てしまう。
まるで何事もなかったかのように、同じ場所に平然と立つエデルの姿を。
よく見ると、彼の周囲には結界が張られていた。
「なん、だと……?」
「ええと……それをやるならもうちょっと上手くやらないと。事前に察知されたら簡単に対処されちゃうでしょ?」
闘気が膨れ上がるのを察知したエデルは、炸裂する前に結界を展開しておいたのだ。
「(まぁ結界で身を護るような威力でもなかったけど、この制服がダメになりそうだったからね。そこらの鎧より防御力があるって渡された割に、全然っぽいし)」
「そんな時間などなかったはずだ!? まさか、無詠唱で結界魔法を!? お、お前は剣士ではなかったのか!?」
「剣も魔法も得意だけど。じいちゃんからどちらも鍛えられたからね」
がくり、とゲルゼスはその場に膝を折った。
多大な闘気を使ってしまったため、すでに立っているだけでもやっとだったのだ。
闘気放出の衝撃で剣も砕けてしまっており、もはや戦いを継続できるような状態ではない。
そんなゲルゼスへ、エデルはゆっくり近づいていった。
「ひっ……」
何かを察したのか、がたがたと歯を鳴らすゲルゼス。
じいちゃんの教えで、エデルは敵対してくる相手には容赦しない。
このまま大人しく彼を帰すはずはなかった。
「さて……ガイザーみたいに、しっかり指導しないといけないね」
と、そのとき。
「それはやめておきなさいって言ってるでしょ!」
すぱーん、と。
エデルの頭が勢いよく叩かれた。
叩いたのはアリスである。
必死に走ってきたのか、彼女はぜえぜえ息を荒らげながら、
「色んな人から目撃情報を聞き回って、なんとかここまで来れたんだけど……」
「だから遅かったんだね」
「あんたが置いていくせいよ!」
そんなことより、とアリスは小さく咳払いする。
「あんたを殺せる人間なんてまずいないんだから、そんなポリシーはとっとと捨てなさいって言ってるでしょうが」
「そういえば」
敵対する人間をすぐに調教しようとするエデルを見かねて、最近、アリスが口酸っぱく言い聞かせているのだ。
「確かに、ガイザーもそうだけど、たとえ命を狙ってきたところで、余裕で返り討ちできちゃうよね」
「じゃあ、あんな目に遭う必要はなかったってことっすか!?」
声を上げたのは教室の窓から様子を見学していたガイザーだ。
「まぁ細かいことは気にしなくていいよ。それより早く訓練を始めないと。寝るのがどんどん遅くなっちゃうよ」
「メニューは変わらないんすね……」
完全に興味を失ったのか、もうゲルゼスには目もくれないで、アリスとガイザーを連れて去っていくエデル。
取り残されたガイザーはその後ろ姿を呆然と見送ることしかできなかった。
「い、一年が……ナインスターズの一人を……倒しちまった……」
「嘘だろ……」
「な、なぁ……ゲルゼスの地面が……濡れてないか……?」
「おいおい、まさかとは思うけどよ……」
そのまさかだった。
ゲルゼスは恐怖のあまり、失禁してしまったのである。
「マジかよ……一年相手に負けて……漏らすなんて……」
「あれが生徒会……?」
「え……あたし、幻滅したかも……」
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