第25話 行方不明で片づけられるだろうね
突如として足元の床が消失し、ガイザーは真っ暗闇の中に落ちていく。
「ぎゃっ!?」
やがて硬い地面に激突した。
「痛ってぇな……クソっ! 何だってんだよ!?」
怒声を上げながら立ち上がったところで、パッと明かりが灯って周囲を見渡すことができるようになった。
そこで彼は、怒りが吹き飛ぶほどの驚きの光景を目撃することとなる。
「な、何だ、この部屋は……?」
かなり広い部屋だった。
先ほどの狭い部屋が十、いや、二十はすっぽりと収まるだろうか。
「どういうことだ? オレは穴に落ちて、その下に……けど、下は一階のはずだろ……?」
もちろん一階には二階と同様、生徒たちが使っている個室がずらりと並んでいる。
二階の部屋から落下したというのに、これでは理屈に合わない。
しかも上を見上げてみても、落ちてきたはずの穴がない。
あるのはただの天井だ。
……ガイザーは知る由もないが、実はここはエデルが増設した亜空間だった。
広い部屋の中には、大きなベッドにソファ、テーブル、さらには調理スペースまでもが存在している。
しかもよく見ると壁にドアが幾つか付いており、他にも部屋があるらしい。
だが今ガイザーがいるのは、鉄格子によって隔てられた狭いスペースだ。
まるで部屋の中で猛獣を買うために作られた檻である。
トラップによって飛ばされた場合、強制的にその場所へと落とされるよう、エデルが設計しておいたのだった。
「っ……で、出られねぇっ!?」
完全に閉じ込められてしまったと悟り、焦るガイザー。
そんな彼の元へ、謎の異音が聞こえてきた。
ぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷる……。
「な、何だ、この音は? 何かがこっちに近づいて……す、スライム?」
ソファの影から現れたのは、ガイザーの爪先から膝上くらいの大きさのスライムだった。
「ったく、脅かすんじゃねぇよ」
スライムは魔物だが、ゴブリンと最弱を争うほどの雑魚として知られている。
成長して巨大化すると厄介ではあるものの、この程度のサイズなら武器などなくても脅威ではない。
するりと鉄格子の間を抜けて侵入してきたが、ガイザーは冷静に手にした鋼の剣を振り上げて、
「死ね!」
ガキンッ!
「……え?」
斬撃があっさり跳ね返された。
まるで金属でも叩いたような感触で、よく見ると刀身の一部が欠けてしまっている。
「な、何だ、このスライムは!?」
直後、スライムが伸ばした触手がガイザーの剣に巻きついたかと思うと、凄まじい力で強奪されてしまう。
そのまま剣はずぶずぶとスライムの体内に沈んでいき、あっという間に呑み込まれてしまった。
「け、剣がっ……吸収されたっ……?」
スライムは高い消化能力を持っている。
そのため色んなものを食べて生きているのだが、それでもさすがに金属の吸収は難しいはずだった。
「た、ただのスライムじゃねぇのかっ!?」
「そうだよ。ずっとペットとして飼ってて、こっちに連れてきたんだ」
「っ!?」
不意に聞こえてきた声の方を見遣ると、そこにいたのは編入生のエデルだった。
「て、てめぇっ!? 何なんだよ、この部屋はよっ!? は、早くこっから出しやがれ!」
怒鳴りつけるガイザーだが、エデルはそれを無視して、
「この子はグラトニースライムと言ってね、何でも綺麗に食べちゃうスライムなんだ。特にこの子はアダマンタイトをたくさん吸収してきたから、身体をアダマンタイト並に硬くすることもできるんだよ」
先ほどガイザーの剣を跳ね返したのも、身体を硬化させたからだった。
「ぐ、グラトニースライムだと? そんなスライム、聞いたこともねぇぞ!?」
「そう? 魔界では流行ってたんだけどね、グラトニースライムを育てるの。しょっちゅう飼い主が食べられてるけど」
「ま、まさか、てめぇ、本当に、魔界に……い、いや、そんなはずは……」
ここに来て、ようやく目の前の少年が、嘘を吐いていなかったのではないかと思い始めるガイザー。
「アダマンタイトすら消化するくらいだから、人間の骨なんて簡単に溶かしてしまえる。だから万一食べられたら、後には何にも残らない。……きっと行方不明で片づけられるだろうね?」
「~~~~~~~~~~っ!?」
その言葉の意味を理解し、ガイザーの全身から血の気が引いた。
「て、てめぇっ! そんなことをして、許されると思ってんのかよ!? お、オレの家は貴族だぞ!?」
それでも高い矜持のせいか、脅すように声を荒らげるガイザー。
それにまったく動じることなく、エデルは淡々と告げた。
「じいちゃんが言ってたんだ。敵対的な相手というのは、何があっても絶対に逃がしちゃダメだって。もし逃がしたら、後から復讐される危険性があるからね」
「っ……」
エデルの静かな殺気を浴びて、ガイザーはようやく悟る。
自分は絶対に手を出してはいけない相手に手を出してしまったのだ、と。
「や、やめっ……ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
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