第24話 ずっと付けて来てるんだけど
「まだやる?」
「っ……」
戦意を失って愕然とするガイザーの喉首へ、エデルは剣の切っ先を突き付けた。
「(まだ戦いの最中なのに随分と無警戒だなぁ)」
もし相手が魔界の好戦的な魔族だったら、剣を折られた程度で戦意喪失していてはとっくに命を奪われているだろうと、エデルは思う。
「くっ……お、オレの負けだ……」
「あ、降参するんだ」
剣が折れたところで戦う方法など幾らでもあるはずだが、どうやら続ける気はないらしい。
「凄いよ、エデルくん!」
「圧勝じゃん!」
「素敵っ! やっぱり私の目に狂いはなかったわね!」
「ちょっと、自分だけの手柄みたいに言わないでよ!」
そこへティナたちが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「あんな剣でガイザーに勝っちまったぞ!」
「よくやった、編入生っ!」
「惚れるぜ!」
他の野次馬たちも大いに興奮して歓声を上げた。
「ていうか、ズルして負けるガイザー笑」
「「「ザマァァァァァァッ!」」」
一方、嫌われ者のガイザーには辛辣な言葉が浴びせられる。
「が、ガイザーさん……」
「っ……クソっ……退け……っ!」
恐る恐る声を掛けた取り巻きを押し退け、ガイザーが逃げるように訓練場から去っていく。
「ぷぷぷ、ガイザーのやつ、逃げてったわ。良い気味ね」
ティナはその情けない後ろ姿に一頻り笑ってから、
「じゃあ、少し遅くなっちゃったけど、みんなでお茶行っちゃおー」
「祝勝会だね!」
「私、ますますエデルくんのこともっと詳しく知りたくなっちゃった!」
「あたしもあたしも!」
やたらテンションの高い女子グループに促され、カフェへと向かうエデル。
その途中のことである。
エデルは先ほどから気になっていたことを訊いてみた。
「ねぇ、あの人って誰? ずっと付けて来てるんだけど?」
「え?」
きょとんと首を傾げるティナ。
「誰のこと?」
「ほら、あそこ。黒い髪の女性がいるよね?」
「……?」
「ああ、見えないのか」
「ちょっ、もしかして怖い話してる!?」
「別に怖くないよ。ちゃんと人間だし。でも気配を消してるみたい」
最初は昼休み終わりで、訓練場に向かっている途中にすれ違ったのだ。
エデルでも一瞬見逃してしまうほどの隠密状態にあったので、気になってしまったのだが、その後なぜか相手がエデルを付けてきたのである。
剣技の授業中もずっと訓練場にいたし、終わってからも変わらず付いてきている。
敵意などは感じないので放置していたのだが、さすがにそろそろ何らかのリアクションを取った方がいいのかと思い始めたのだった。
「何か用があるのかな? ……あ、いなくなっちゃった」
ティナたちが一斉に女性の方向を見始めたためか、踵を返してどこかに行ってしまう。
一体何だったのだろうと不思議に思うエデルだった。
「クソがあああああっ!」
学生寮の自室へと戻ったガイザーは、怒りに任せて部屋の壁を殴りつけていた。
後から確実に寮長に激怒されるほど壁が大きく凹んでしまうも、今の彼にそれを気にかける余裕などない。
「平民ごときに、貴族であるオレが後れを取るなんて……っ! いや、あれは何かの間違いに違いねぇっ! ただの鋼の剣で、オレの剣を折るなんて絶対に不可能だ……っ!」
己の敗北を信じることができず、挙句の果てにはとんでもない暴論を導き出した。
「あの野郎、何かイカサマをしやがったに違いねぇ! あの女どもと組んで、オレを貶めやがったんだ! クソが……っ!」
血走った眼をしたガイザーは、怨嗟を吐き出しながら誓う。
「絶対に許さねぇぞ……あの野郎……見てやがれ……このオレが受けた屈辱、何十倍にもして返してやる……くく、そうだ、まずは挨拶代わりに、奴の部屋をぐしゃぐしゃにしてやって……」
完全に自棄になった彼は後先のことなど考えず、自室を出てあの編入生の部屋へと向かった。
「……ここだな」
まだ入居して間もないはずだが、それでもあの編入生の部屋だと思うだけで、めちゃくちゃに破壊してやりたい衝動が沸き起こってくる。
そして彼はそれをそのまま実行に移した。
持ってきた支給品の剣を振り下ろしてドアノブを斬り捨てると、蹴り開けるようにして部屋の中へ。
しかし足を踏み入れた瞬間、ガイザーは拍子抜けしてしまった。
私物が一つも置かれていなかったのである。
これでは空き部屋と大差ない。
「あの野郎、何にも持ってねぇのか……?」
と、そのときだった。
突然、足元の床が消失したのは。
「……は?」
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