第20話 もしかして大したことない
二限目の授業が終わり、昼休みの時間に入ったところで、クラスメイトの少年がエデルに声をかけてきた。
「おい、編入生」
「?」
「ちょっと今から面貸せよ。ガイザーさんがお前のことを呼んでんだ」
だがエデルはあっさりそれをお断りする。
「ごめんね。ご飯食べたいから」
「は? おい、ガイザーさんが呼んでるんだぞ? ご飯なんて……って、いねぇ!? どこ行きやがったっ?」
エデルの姿が目の前から消えて、少年が周囲をキョロキョロと見回す。
そのときにはもう、エデルは廊下を歩いていた。
「食堂のご飯、美味しかったからなぁ」
彼の頭の中は昼食のことでいっぱいだった。
魔物の肉や野草ばかり食べていたエデルにとって、今朝、食堂で口にした料理の数々は衝撃的な美味さだったのである。
午前中はすべて教室での授業だったが、午後の武技の授業は屋外にある訓練場で行われた。
一年生の武技の授業では、主に剣と体術を習う。
当然あまり得意ではない生徒もいるが、そこは英雄を育成するための学校だ。
誰もが最低限の近接戦闘ができるようにとの考えに基づいて、必修となっていた。
「申し訳ありませんが、今日の武技は自習とします。急遽、外せない用事が入ってしまいましたので」
エデルにとって最初の武技の授業だったが、担任のシャルティアが不在となり、自習になってしまった。
各々、仲の良いグループで集まって、打ち合いなどを始めていく。
エデルは一人ぽつんと取り残されてしまう。
だが幸いにも、同じく誰とも組む相手がいないのだろう、一人で素振りをしている少女を発見する。
アリスだ。
エデルは彼女のところへ向かおうとして。
そこへ女子の四人組グループが近づいてきた。
「ねね、エデルくんエデルくん」
「?」
声をかけてきたのは、小柄で可愛らしい感じの女子だ。
「よかったら私たちと一緒に自習しない? あ、私はティナだよ! よろしくね!」
「よろしく。……僕と?」
「うん。見た感じ、相手いないよね? やっぱ素振りだけじゃ楽しくないしさ」
他の女子たちもここぞとばかりに話しかけてくる。
「エデルくんって、編入なんだって? すごーい! この学校、編入試験は普通の入学試験より難しいって聞いたよ? どんな試験だったの?」
「エデルくんって本当に魔界に住んでたの?」
「ねぇねぇ、どうして急に英雄学校に来ることになったの?」
「ちょっとみんな! そんなにいっぺんに訊いてもエデルくん困るでしょ!」
牽制も兼ねて咎めるティナだったが、エデルはさらっとすべての質問に答えた。
「森を走り抜けるだけの簡単な試験だったよ。うん、じいちゃんと一緒に住んでたんだ。そのじいちゃんが亡くなって、知り合いのばあちゃんを紹介してもらったら、この学校に通うことになったんだ」
「え、よく全部聞こえてたね?」
「? そうかな?」
常に周囲を警戒しておく必要のある魔界で生まれ育ったエデルである。
複数の音を同時に聞き分けるくらい、余裕の芸当だった。
「と、ともかく、軽く手合わせしようよ! こう見えて、剣は得意な方なんだー」
そう主張しながら少し距離を取り、剣を構えるティナ。
学校から全生徒に支給される鋼の剣である。
もちろん真剣だ。
この学校では、授業や訓練のときでも、当たり前のように殺傷力のある剣を利用する。
お陰で怪我が絶えないのだが、高度な技術を持った医療教員が何人も常駐しているため、多少の怪我なら簡単に治療することが可能だった。
エデルも昨日、同じ剣を受け取っていた。
生徒の中には自前の剣を利用する者も多いそうで、もちろんエデルも時空魔法で作った亜空間に幾つも武器を保存している。
だがここは相手に合わせた方がいいだろうと考え、支給品を使うことにした。
「(ばあちゃんから、こういうときは絶対に手加減するようにって言われたし)」
校長のマリベルから強く言い含められていたエデルである。
さらに彼は、先手を相手に譲ることにした。
「いつでも来ていいよ」
「随分な自信だね! じゃあ、私から行かせてもらおっかな」
地面を蹴ったティナは、小柄な身体を活かした俊敏さで、一気に彼我の距離を詰める。
しかしそのまま正面から斬りかかるかと思われた次の瞬間、エデルの目の前から姿を消した。
かと思うと、彼女の姿はエデルの後ろにあった。
一瞬にしてエデルの背後へと回ったのである。
「出た! ティナの十八番、バニッシュムーブ! いきなり出してくるなんて!」
「初見であれを躱すのは難しいわよ!」
他の女子たちが湧く中、ティナはエデルの無防備な背中に襲いかかる。
「(うーん? 編入生っていうから期待してたんだけど、もしかして大したことない? 完全に私の動きが見えてないっぽいし、隙だらけだし)」
期待外れだったかと思いながら、ティナは剣を振り下ろした。
ガィンッ!
しかしそれは後ろを向いたままのエデルにガードされてしまう。
「……はい?」
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