70話 聖域(サンクチュアリ)
見知った場所なはずなのに、知らない神社があった。
夏の蒸し暑さの中、涼を求めて入らせてもらった。
なんで場所を覚えてないかなぁ。
一時、知り合いに頼まれて営業の手伝いをしていた。
見知った場所だった。
「駅のこちら側の、あの辺から、あの辺りまでね~」
そんな感じで指示を受けた。
歩き回り、一休みしようと立ち寄ったのが見知らぬ小さな神社だった。
こんな所に神社なんてあったんだ。
と御社に挨拶をしてから、疲れた~と石の椅子に腰掛ける。
そのまま目をつぶり休んでいた。
風が気持ちよく、涼んでいると風に乗り歌声のようなのが聞こえた。
単調な調べのハミングのような、
男女ともわからぬ歌声。
風の向きのせいか頭上から聞こえる。
首を回らすも何もなく。
でも、木々に覆われた境内の向こうは住宅街なので、その一つの窓から流れた音楽だろうと思うのだが。
それでも木々には小鳥や、都会のお社には珍しくリスまで見つける。
すご~く地味で何も無い小さなお社だった。
鳥居とお社の小さな参道脇に椅子があるだけの、手水所もなければ、お賽銭箱もなかった。
とても気持ちの良い雰囲気の場所だったので、歌ともつかぬものも、そこから出ている気がしてしまう。
気持ちの良い休みをもらえて、元気に復活した。
本当に元気になり、その後の営業でも結果が出せた。
時折買い物などで、その街に行くことがある。
両隣の建物はあっても、その間に在ったはずの神社がない。
周辺を散策しても、どうしても見付けられないでいる。
思い出の中で神々しささえ感じる、あの場所が欠片も思い出せないのだ。
何に似ているかと考えたら「マヨイガ」だった。
もしかしたら、ほんのひとときだけ、神聖な場所に招かれたのかもな。
と思っている。
しかし、と後になって少し考える。
在るはずのない場所に招かれた。
もし、出るのが遅くなったら、それは神隠しになるのではないか。
もしかしたら、浦島太郎状態になっていたかも?
有り得ない事だとは思うが、次元の違う存在の好意は、受け取る側にとって害になるのもあるのが事実だ。




