100話 生霊
この時は、全部の感情をこの人に向けていた。
この人が母屋に居るってだけで、母屋の灯りが温かく感じた。
この人が来るかも知れないと、いつも離れの近くの石に腰かけていた。(母屋に迎えに行くことは出来なかった)
そして、格段に親族の男のイタズラが減った。
「初恋?」とか聞かれるが、もっと、神様のように存在をあがめていた。
小学の3年の夏、大学院生が下宿していた。
我はその人が大好きで大好きで。
その兄さんも1人の時間の多い我を気遣ってくれて、夕飯を一緒に食べてくれたりした。
(小学校にあがってからは離れで寝起きして食事も運ばれて1人でしていた)
夏中遊んでくれて、子供1人では行けないデパートや街の本屋や川や海などにも連れて行ってもらった。
今から思い出しても一番遊んだ夏だろう。
院生の休みは長かったが、それでもやはり終わると帰ってしまった。
子供心にショックだった。
そんな頃、もう会えないと思っていた思っていた兄さんが戻ってきた。
別れてから3ヶ月は経っていたか。
一緒にご飯を食べて、いつもなら母屋に戻ってしまうのに、しばらく傍に居てくれた。
そして訥々と話し始めた。
戻ってから大学で幽霊の噂が立ち始めたと。
夜に1人でひっそりいるのを見た人が出る。その話が流れると実際は昼にも出ていて、その時は誰かの連れだと思われていたようだ。
そんな感じで噂は広がり彼の耳にも届くが信じていなかった。
出会うまでは。
夜、大学の廊下を歩いている時、扉の開いている(普通は扉は閉じて鍵もかけられている)暗い教授室から我が出てきた。
そして兄さんの姿を認める。と、笑って走り寄り腹に抱きついて消えた。
子供の幽霊が出ると噂になっていたのは君だったのだね。
君が笑うとか抱きつくとか普段ないから驚いたよ。
我は兄さんが大好きだったが、笑う事も話す事も出来なかった。
手を繋がれても、罪悪感や恥ずかしさで手を解いてしまう事も多々あった。
それでも兄さんは、時間があれば我のために傍に来てくれていた。
言われて戸惑い、また恥ずかしかった。
信じ難いが嘘はつかないだろう。また、会いたくて会いたくて心がズレそうな自覚もあった。
困らせてしまったと恥ずかしくて怖くてうつむいていたら、抱きしめて頭をなでてくれた。
泣いてしまって。頭がぼ~っとするほど泣いた。
我をあやしながら諭す。
もう、体から抜け出ちゃいけない。お腹に力を入れて「ココに居る」って確認するんだ。
もう、ここには来ないけど大好きだよ。と。
泣かしてもらったことで気持ちのケジメがついたのだろう。
それ以降の異変は消えたのか、兄さんは本当に来なくなった。
今でも人への愛情や憎悪が湧いた時は腹を閉め心が離れないようにしている。
初めて人に対して持った執着心だった。




