第94話 最後の語り合い 下
「今さら、家族同然と言われ続けて無料働きさせられていたこと、自分たちは何もやらずに私にだけ全てをやらせていたこと、兄さ――カティオさんとの結婚をほのめかせておきながらお金持ちのお嬢様との婚姻が持ち上がったらそちらに鞍替えし、なのに私を家に縛りつけ働かせ続けようとしたこと、それらに対して詰ることはしません。叔父についていかなかった私も悪いんですから」
親方は反論しようとしたが、ジーナが声音を強くして言った。
「ただ、親方。あなたも悪いと自覚してください。そして、今さら何を言われても遅いんだって理解してください。私は家を出て、公爵令嬢シルヴィア様の侍女になりました。この上なく幸せです。私が一番反省してほしいのは――私をずっと心配し続けてくれていた叔父を、無実の罪で捕らえたことです。あなたは、犯罪者です!」
ジーナが高らかに告げると、親方が驚き目を見開く。
半年行方をくらませていただけなのに、親方の知っているジーナではなくなっている。
「罪を償って、一からやり直してください。私程度でも数年で出来ることなんですから、親方なら簡単でしょう? そもそも、あなたの工房なんですから、あなたががんばらないでどうするんです? 私は無関係なんですよ?」
ジーナがそう言うと、我に返ったように親方が叫ぶ。
「無関係じゃねぇだろ! お前を後継にしてやるんだから、手伝うのは当然だ!」
ジーナは首を横に振る。
「なんとか言え! お前は無関係じゃねぇ!」
ジーナは黙る。
親方がジーナをわかっていたように、ジーナも親方をわかっている。
親方は、他人が意見を言うとそれに被せて否定し、相手を従わせるのだ。
だから、全部吐き出させて、被せてきたら叫び終わるまで言わないでおく。
沈黙で親方の怒気が落ち着いたところで話し、また血が上り始めたら黙る。
こうすれば、少なくとも主張は出来る。
ジーナは、親方に理解してもらいにきたんじゃなく、自分の主張を伝えにここへ来たのだから。
親方が叫び終わった後、沈黙が下りる。
重苦しい沈黙が下りた後、ジーナがようやく口を開いた。
「あと、これで言いたいことは最後です。――私は、もしあなたがたに家族として扱われていたら、もしカティオさんと結婚することになっていたら、なんて仮定の話はしません。それを言うなら、私の両親が馬車の事故で亡くならなかったらって仮定の話をしたくなりますから。……今までの全て起きたことで、今の私がここにいます。ですので、あなたがたはもう取り返しのつかないことをして、今さら何をしようとしても遅すぎるんです。私はシルヴィア様の侍女で、公爵令嬢の侍女を冤罪で陥れようとした罪は、平民の私ごときでは取り消せません。むしろ、貴族の名誉を傷つけてその程度の処罰だったことを喜んでください」
親方が一気に青ざめた。
今まで理解していなかったのだが、最後に放ったジーナの言葉で一気に理解したのだ。
ジーナは言いたいことを言い終えると、スッキリした顔で頭を下げた。
「見せかけでも愛情を示してくださってありがとうございました。当時、家族を失った寂しさや苦しさで押し潰されなかったのは、常に『家族同然』という言葉で私を縛りながら酷使されていたせいかなとは思いましたし。そこは感謝しています!」
笑顔で最後の言葉を告げると親方に背を向ける。
「叔父さん、こんな感じですけど」
コスマが苦笑している。
「うん。まぁ、最後の言葉は、確かにそうかもなぁ。俺は置いていかざるを得ないから、一人にさせて苦しませてしまったかもしれない」
そう言うとジーナの背を押した。
親方は慌ててジーナに声をかける。
「待ってくれ! 助けてくれ! ジーナ! 貴族様にとりなしてくれ! お前なら、やってくれるだろう? ジーナ! ジーナァア!」
だが、ジーナは振り向かず出ていった。
コスマは振り返ると、睨みつける。
「……よくもそんなことが言えたな! 俺はなんの罪も犯してないのにそこに入れられて、下手すりゃお前と同じ処罰を受けるところだったんだぞ!」
コスマにそう詰られた親方は叫ぶのをやめた。
「お前はクズだ! 俺としちゃ、もっと重い罰を与えてほしかったよ!」
コスマはそう吐き捨てると、出ていく。
――コスマに言われた親方はようやく、自分の行ったことを振り返ったのだった。




