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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
7章 アサシンズ・クアッドの抜錨

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97話 際限なき暗殺

「粘菌?」


 拡張現実を応用した秘匿会議室内にオウルの声が響く、ように電子的に再現された情報が他の三人の耳に届く。


「あんまり知らんな。アメーバみたいな原始的な生物だったか?」

「まぁ、大体の理解はそれでいいと思うよ。そもそも都心の現代人が日常生活で粘菌の類を見る機会はそうそうないからね」

「山とかにいるキノコとかカビとかと似た奴だにゃあ。厳密には違うけど」


 珍しく真面目な発現にテウメッサが大仰に慄く。


「ミケがまともな説明を!? 我が身に激震走る!!」

「どうせ死んだ元恋人にマニアがいたんだろ」

「オウル正解! ご褒美にオウルの選んだ水着を明日披露するにゃー!」

「じゃあ昨日と同じので。以上、会話終了。会議続けろ」


 ミケのいつものじゃれをいなすとサーペントがすかさず話を続ける。


「粘菌というのは今のバイオテクノロジーでも解明できない部分のある不思議な生き物でね。脳もないのに知性や記憶力らしいものがあるんだ。嘗てはその性質がコンピュータの計算能力の欠点を埋めることが可能になるかもって話題になった時期もある。粘菌コンピュータってやつだね。厳密には粘菌の行動メカニズムを解明してコンピュータに応用することが期待されてたんだけど……これ見てよ」


 サーペントが送ったデータを他のクアッドたちが確認する。

 そこにはモルタリス・カンパニー保有のバイオラボで事故以来行方不明になっているサキコ・アーキバス・マエモト博士――当時は大学院に籍を置いていたが嘗て政府の指示で粘菌研究に決して安くはない研究費を費やし、少しばかりの成果を上げた流れが簡潔に記されていた。

 サーペントも資料に目を通すそぶりをみせながら――実際にはふりで、頭に全て叩き込んだ後だろうが――説明する。


「現在主流の量子コンピュータが処理能力のゴリ押しをする必要のある計算も、粘菌コンピュータなら短期間で解ける可能性がある。しかし粘菌研究は昔から盛んとは言い難かった。だけど、オーバーエイジ計画以降暫くのジルベス政府は浮かれて研究に随分投資してたし、当時の人は穴場だとでも思ったんだろう。しかし、戦後に熱が冷めたジルベス政府はこの研究のコスパが悪いことに気付き、後になって援助を打ち切った」


 サキコ・アーキバス・マエモト博士の解明したいくつかの事実は生物学会では注目を浴びるものだったが、実利を優先する政治家たちにとってはまるで意味のない行為に見えたことだろう。オウルも一瞥して「暗殺に役立ちそうにない」という感想しか抱かなかった。

 サキコ博士の研究は趣味的に過ぎるという政府側の査察報告もデータには付随していたが、これは研究打ち切りの理由が欲しいと政治家が査察の人間に吹き込んだ部分もあるだろう。


 「それで」と、オウルが続きを促す。


「その後、奇特なモルタリスカンパニーがこの博士を引っこ抜いて研究を続けさせたと」

「ああ。実際、趣味を差し引いても粘菌研究で得られた一部の培養技術やプログラミングは特許を持ってて今の社会に多少なりとも貢献している。しかし、モルタリスという企業が肥大化していくなかで次第にサキコ博士の研究への注目が薄れていくと、査察も形骸化ていき資金だけは今まで通り投じられる環境になった。本社の資金が潤沢すぎて経費削減を免れたのは博士にとって思わぬ僥倖だっただろう。目の上のたんこぶが消えたサキコ博士は次第に研究を私物化していった……と、僕は推測している」


 モルタリスから盗まれたデータが提示されるが、確かにその内容は研究資金の用途が不明瞭で研究結果以外の部分が随分と薄っぺらいのに、それを指摘された形跡がなかった。恐らく、そうして私的流用する研究者の権威が社内に相応にいるから見逃されている面もあるのだろう。

 研究費は一般人から見れば高額でもモルタリスの膨大な利益の中ではほんの小さなものに過ぎない。

 それに、基礎研究を続けないことにはその分野が将来発展することもないので気の長さを必要経費と割り切る傾向がモルタリスにはある。


「憶測だけど、サキコ博士は粘菌のメカニズム解明より粘菌という生物をその性質を維持したままどこまで強化出来るのかとか、そういう方向に舵を切っちゃったんだろうね。そう考えると彼女が研究名目で入手した用途のよく分からない生物サンプルだの実験器具だのの説明がつく。これらは遺伝子操作による生体強化兵士の研究に使われていたものと類似性があるからね」


 テウメッサが船でのサーペントの言葉を思い出し、唸る。


「魔改造……キメラ粘菌の誕生ってわけか」

「博士はもしかしたら会社に提出した成果以上に粘菌のことを知ってしまったのかもしれない。それこそ、あんな人食いスライムになるまで改造するほどにね」


 サーペントの言葉は推測や憶測が多かったが、実際のところ彼の推論の真偽の程はあまり関係がない。何故ならテウメッサとサーペントが船から持ち帰ったアスピドケロスのサンプルが事実を物語っているからだ。


 サーペントがホロモニタに分析結果を提示する。

 そこには、概ね粘菌の性質を持った何かであることを示すデータが幾つもあった。


「簡易的なものになるけど、やはり持ち帰ったサンプルは粘菌をベースにしたキメラ生物の可能性が極めて高い。本体から切り離されてもまぁ元気だ。そりゃそうだ。厳密には微細な生物の集合体だから本体などない。密閉性の高いケースに放り込んだ後も接合部分から出られないかどうか試行錯誤するそぶりを見せたり、中に虫を放り込んだら延々と追いかけ回してついに捕まえちゃったよ」


 ぱっと映り込んだ映像には、後方の足から胴体にかけてが欠損し、粘菌によって浸食するように網目状に覆われたゴキブリ(コックローチ)が痙攣する姿が映っていた。

 オウルは内心、ユアに見せたら絶叫するだろうな、と思った。

 以前に彼女は風呂場にゴキブリが出現した際に泣きながらオウルに助けを求めたことがある。

 結局そのときはオウルではなく家事ロボットのニャンダホさんが先に駆けつけて始末をつけたのは余談だ。


「アスピドケロスは食べられると判断した生物を追いかけ回して体に張り付くと、その身を覆う粘液に高濃度のリン酸を追加で分泌して対象を溶解させ、同時進行で捕食する。本来の粘菌の食事方法じゃないのは様々な遺伝子改造の結果だろうね。全身胃袋、全身筋肉だ。実際、アスピドケロスは粘菌が持っていない成分も分泌している」


 ミケがサーペントに質問する。


「ねーねー、これ餌あげ続けたらどんどんでっかくなるの?」

「なるよ。実際このあと全てのゴキブリを消化し尽くして質量が増大してる。一欠片でも残っていればそこから小さな生物を捕食して次第に大型化していくだろうね。ただ、粘菌同士は自ら集合する性質がある。その特性は失われていないみたいだ」

「つまり、海のあちこちからアスピドケロスが複数襲ってくる心配はないわけだ……今はまだ」


 絶対にないと言い切れないのが面倒だ、と、オウルは舌打ちする。

 もし何かの拍子に分離したり、誰かが営利目的で捕獲したり、或いは粘菌自身が生息域を広める生存戦略を取り始めたらもはや収集がつかない。

 触れれば捕食されるのであれば海に存在する全ての生物がアスピドケロスを捕食できないだろう。そのまま陸にでも上がって本来の生息地である森にでも隠れられたら殺人スライムの森の出来上がりである。むしろそれならばまだいい方で、際限なく森の栄養素を吸い尽くして森ごと喰らってしまう可能性もある。


 単なる一個体としての生物であれば被害をもたらすにも限度があるが、原始的な生物である粘菌がベースになったアスピドケロスは栄養ある限り無限に増殖する危険性を秘めていた。

 この生物を最もよく知るであろう開発者サキコ博士の行方も開発データも未だ所在不明な以上、最悪の事態を想定して然るべきだろう。


「クソ博士が、もし見つけたら情報だけ貰ってから大好きな粘菌の中に叩き込んでやる……」

「てか、もしかして川に流れたのって運良かったんじゃにゃ~いの?」

「あくまで粘菌ベースだから実は泳ぎは下手みたいだし、それはあるね」

「いーや、ラボの近所にいてくれた方がナパームで徹底的に焼き尽くして山火事でしたで済ませられたからよかったね。ユアにとって文字通り対岸の火事で済んだ」


 その場合現地で誰か犠牲になってから事態に気付いた政府が介入するというパターンだろうからもっと死人が出たかもしれないが、ユアが気付かなければ問題ない話だった。ところが今はいつ気付かれてもおかしくない状況であり、しかも今を乗り切ってもアスピドケロスがヘクラーネ島に留まってくれる保証もない。

 更に、サーペントの報告はまだ残っていた。


「アスピドケロスにはもっと厄介な特徴がある。こいつらは電子機器を操ることが出来る」


 新しい映像が映る。

 映し出されたのは先ほどの密閉ケース。

 ゴキブリの映像と同じケースであろうそこは半ば水に満たされ、破損したミニ水中ドローンが浮かぶ。子供が玩具にして遊ぶような簡単なものだが、外装が剥がれて内部の基板が剥き出しになり、その基板も潮水に晒されてどう見ても修理不能だった。


 粘菌がミニ水中ドローンに近づき、破損部位から内部に侵入する。

 それから少し経過して、突如としてドローンのスクリュー部分が回転を始めた。

 スクリューは上下左右に動き、やがて狭い水槽を泳ぎだした。

 最初の方こそ水槽の壁に衝突していたが、次第に人が操縦するかのように洗練されてとうとう狭い水槽を美しく旋回しはじめた。


 これにはオウルとミケも驚き、テウメッサは「そういうことか」とひとり得心した。


「これが博士が粘菌の知性に働きかけたのか、それとも元々粘菌にはそれだけのポテンシャルがあるのか……アスピドケロスは通電性が高く体そのものを電子回路の代替とすることが出来る。電圧や信号なども学習して、生体電位を利用してある程度のものは動かせてしまうんだ。【スネイク】も操られた。破損部位から中に入り込まれて物理的に破損した箇所をこいつらが体で補ったんだ」

「……もう粘菌コンピュータの意味が変わってるな。こいつはもはや生きた暴走コンピュータだ」

「ちなみに通信機器を与えたは少し使ったあとすぐに使用をやめて近寄らなくなった。生存戦略の役に立たないと判断したんだろうね。でも、もしも何かのきっかけで通信を送れば餌が近づいてくると学習したら……」


 そんなことを原始生物が出来る訳がない、という言葉が出てこない。

 映像の中のアスピドケロスがケース側面に張り付き、水中ドローンのスクリュー部分を回転させてケースを削って脱出を試み始めた映像が流れてきたからだ。実際には強度やモーターの性能的に脱出は不可能だが、その手段を取るだけの知性と行動力が備わっていることの方が問題だ。


 アスピドケロスは自然の摂理を逸脱した、正に映画から抜け出してきたような狂気の生物兵器だ。

 もし放置すれば、どのような被害がジルベスに齎されるのか想像もつかない。


 想像もつかない被害というのは、ユアを護衛するクアッドの4人にとって最も嫌な言葉だった。

オイ……なんで……月一更新になってる……。

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