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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
6章 アサシンズ・クアッドの騒乱

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76話 無頓着に暗殺

 日常的に人間が食してるものの全ては薬にも毒にもなる。


 塩分は生きる上で必要不可欠な反面、過剰に摂取すれば弊害も多い。

 日常的に口にする水でさえ、過剰に摂取すれば死亡するリスクがある。

 逆に有害とされる物質が含有されたものも、少量であれば特段のリスクを及ぼすことはなかったりする。


 しかし、加工食品が日常的に世間に溢れている今現在、自分が摂取する全ての栄養素や成分を把握するのは簡単なことではない。

 仮にAIを活用したところで、自給自足でもしていない限りあらゆる食品が自分の目の届かない場所で加工されて手元に届く以上、その過程を全て事細かに把握することは困難だ。


 時には生産者や加工業者の盲点を突いたような問題が発生することもあるし、悪意を以て意図的に隠しているケースもありうる。


 中には100%オーガニックに拘ることでこの問題を解決したと主張する者もいるが、厳密にはそれは問題解決ではない。ただ自分が不確定だと考える要素を排除するために金と時間と思考、すなわち人生の一部を割いているというだけだ。

 世の大半の人間がそこまで食に拘ることはせず、金と時間と思考に余裕を持とうとする。


 しかし、同時に消費者は愚かだ。

 健康効果を期待できると書かれても反応しないのに、絶対に痩せると書けばそんな上手い話がある筈もないのにあっさりと食いつく。

 注釈に刻まれたささやかな警告や理性は、不思議とそのときは存在を意識しない。

 彼らがそれらの存在に気付くのは、回避可能であった筈のリスクに直面したときのみだ。


 人は最も自分に都合の良いものを見たがり、不都合な真実は見たがらない。そのくせ、被害を被ったときだけ誰よりも饒舌に身の不幸と誰かの責任を世に訴えかける。

 そして、自らの言葉が真実であるかどうかを正確に確かめようとする者は余りにも少ない。


「オウル! そのコーヒー飲んじゃダメ!!」

「いやだね。飲む」

「ああっ!!」


 湯気に乗せて脳を刺激する香ばしさを漂わせるマグカップに手を伸ばしたユアを掻い潜り、オウルは自らが愛する黒い燃料、コーヒーを胃に流し込んだ。

 ユアは涙目で訴えかける。


「それ、そのコーヒー! 未確認の物質が混入してるから回収してるってホラ、ネットに!!」

「よく見ろ。混入した可能性のある商品の製造年月日はコイツを買った後のことだ。ほれ袋」

「え……ええっ!?」


 ユアは慌ててタブレットから製造年月日の記述を探すと、オウルのたしなむコーヒーの元となった豆の袋に印字された日付とスマホを交互に見比べる。

 それでやっと納得がいったユアは、大きなため息をついた。


「あ、焦ったぁ……」

「その程度のニュースは頼んでなくともサーペント辺りが勝手に送ってくるっての」


 焦ると冷静な思考ができなくなるのは人間の性だが、こうもニュースに踊らされるのでは護衛対象として少し心配になる。


「殺し屋の心配なんかしてどうする。毒使う側だぞ、こっちは」

「でもぉ……オウル、ナノマシン入ってるから毒飲んでも平気だとか言って普通に飲みそうなところあるもん!」


 最近少しオウルの解像度が高くなってきたなと感心する指摘だが、生憎とオウルにも譲りたくないラインがある。


「アジトで飲むコーヒーは別だ。でなけりゃ誰が豆から挽くかよ」


 コーヒーなどドリップパックなり粉コーヒーなり楽に楽しむ方法はある。オウルがわざわざ豆を挽くのは、その方が良質な味になるからだ。わざわざコーヒーによる歯の黄ばみを防ぐホワイトニング用装置まで買っている程度にはオウルはコーヒーに無駄に拘っている。

 こんな仕事をしている以上、好きなものにくらいは拘りたいというオウルのささやかなワガママだ。


「アジトコーヒー限定ってことは、他の食べ物ならやるんじゃん」

「避けるほどのものでもないならな。ほれ、ミルクと砂糖」

「ん」


 喋りながらオウルが用意したコーヒーをユアは受け取る。

 自分のコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れてカフェオレにするユア。前はそれほどコーヒーが好きではなかった筈だが、オウルが淹れていると何故か欲しがるようになり、最近はこの光景も見慣れたものになってきた。


「健康に気を遣うのは結構なことだがな。バランスの良い食生活を送ってりゃ些細な毒は排出されるんだから拘りすぎると厄介だぞ」


 オウルは手元のリモコンでテレビを起動する。

 そこには、コーヒー専門店に鬼気迫る顔で押し寄せて店の商品を破壊したり盗難する集団の醜い様相が映し出されていた。


「行き着く先はあんなのだ」

「いやいや、あんなの唯の犯罪者じゃん」

「心の中の正しさが規範を凌駕すると人は犯罪を正当化し始める。ジルベス政府が恐れるリスクの一つだ」


 ユアは自分がああなるなんてあり得ないとでも言いたげにあきれ顔をするが、自信満々だということは危機感がないということでもある。


 事の発端はコーヒー豆からカビ由来の毒素が含有されていたこに端を発する回収騒ぎなのだが、治安が安定化して食の安全も高まったジルベスでは、安全性が高まりすぎて逆に些細な問題に過剰反応するようになりつつある。


 生物三大欲求の一角を担う食に対する意識が高いのは当然のことではあるが、些細な問題に過剰な危機感を抱いた民衆は誇大妄想や勝手な拡大解釈で誤った情報を拡散し、それを信じた者が更に拡散することで集団ヒステリー状態に陥る。


 こうなると情報拡散と暴走した彼らの犯罪行為は止まらない。

 統制AIも実際に食品に関する問題が発生した事実を伏せる訳にはいかず、ネットでは規制されると口伝が広まり、更にファクトウィスパーや過激な思想団体が法螺を吹聴して収集がつかなくなる。


 その結果起きるのが、いまテレビの前で繰り広げられている余りにも無意味な犯罪行為だ。

 あのコーヒー店は高級寄りで、件のコーヒー豆とは何の関わりもない。なのに、コーヒーを扱っているというただ一点のみをあげつらって彼らは襲撃を正当化し、法を破っている。


 彼らは撮影されており、全員の身元が程なく警察に特定され、全員が前科一犯という軽くない十字架を背負うことになるだろう。


「特定されて捕まるリスクなんて考えれば分かる。つまり、考えてないんだ。意識の中にはあるが重要なことだと思っていない。あいつらだって最初から暴徒だった訳じゃない。きっかけがあって過程を経てああなってるんだ。だから、きっかけは遠ざけた方が良い」

「それが過剰な心配ってわけ? でもさぁ、近くにいる人が知らずに毒を飲んでるかもしれないって思ったら、教えてあげないとってならない?」

「それも間違ってはいないんだが、親切心が暴走することもよくあるからな……全く気にするなとは言わないが、あんまりのめり込まないことだ」

「うーん……イマイチ納得感ない」


 素直な感想を漏らすユアに、それもそうか、と、オウルは納得した。

 なにせテレビの向こうの非日常は遠い場所で知らない人間が繰り広げている行為だ。実際に自分がそうなっている自覚がある訳でもない。

 オウルは悪戯心が疼いた。


「ちなみにコーヒーには微量の発がん性が疑われる物質が含まれている」

「うそっ!!」


 飲んでいたカフェオレから慌てて口を離すユア。

 余りにも予想通りの反応にオウルは笑って補足する。


「嘘じゃないが、癌予防効果の方が高いというのがいまの通説だ。もちろん飲み過ぎ注意」

「もービックリさせないでよ!」


 からかわれたと思って怒るユアの殺傷力ゼロのパンチがオウルの肩に命中した。一瞬遠ざけたカフェオレをまたちびちび飲みながらユアはスマホを弄り、はたと気付く。


「ソーシャルメディアだと今は発がん性の所だけ一人歩きして癌予防の話あんまり出てないね。なるほど、嘘ではないインパクトのある言葉だけ見て騙されちゃうってことかぁ」

「今のはそこまで考えて言った訳じゃないが、ファクトウィスパー辺りの常套手段ではある。ユアが冷静さを失うと俺らが大変だから、記憶の片隅に飾ってたまに思い出してくれ」


 ユアが思い込みでクアッドのことを敵だと認定して勝手に犯罪寄りのコミュニティにのめり込むと、色々と大変なことになる。内心では割と切実な言葉に、ユアは「まぁ、うん……」と渋々頷いた。

 どうやらからかい混じりに伝えたせいで機嫌を損ねてしまったようだ。


「悪かったって。でも俺はふつう騙す側の存在だから、引っかかった奴がどれだけ無防備かも知ってるんだ」

「はいはい。でもやっぱり私には関係ない話だと思いまーす」

「かもな。この騒ぎも暫くすれば熱が冷めるだろうし」


 ――この予想は、オウルにしては珍しく外れることとなるが、二人はそのことにまだ無頓着だった。


 誤った認識に踊らされるのは愚かなことだが、世に対して無頓着であることも、時として愚かたりうる。


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