56話 破れない暗殺
銃器の火力というものは、やろうと思えば幾らでも底上げできる。
ただ、その火力に耐えうる耐久性と実用性、コスト等の問題を考えた際に現実的ではないものが排除される。だから現実に用いられる火砲の火力には限界がある。
では、諸々の条件をある程度無視できるユニットという超兵器がそれを所持したらどうなるだろうか。
『弾けろ、悪役がよぉ!!』
喜色の浮かぶヒルドルブが駆る【キャバリアー】の機銃が火を吹き、秒間三〇発近い弾丸がオウルの【ナイト・ガーディアン】を食い破らんと空を裂いて追る。
以前にベクターズホールディングスの自称重機たちが用いていたものとは根本から異なる、人を効率的に殲滅する設計の銃だ。普通のパワードスーツなら反動で関節に多大な負荷がかかり照準も難しい品物だが、ユニットの性能であれば十分な射撃精度と継続性を確保出来る。
オウルはばら撒かれる弾丸の合間を縫って【ブリッツ】で発砲する。
対パワードスーツとは比べものにならない貫通力を持つ特殊合金弾が【キャバリアー】に命中するが、漸く装甲の表面にかすり傷がついた程度のダメージだった。
命中させられたヒルドルブが傷をマニュピレータの指でなぞり感心する。
『へぇ! 拳銃使うなんて装備に回す金がないのかと思ってたけど、腐ってもユニット仕様か! 面白いなぁ、【ナイト・ガーディアン】! でも、キャバリアーも騎士なんだぜぇ! 誰も守ったことのない騎士だ! 今日が初出勤! ウケるだろ!』
『給料泥棒か』
『いることに意味があるんだと! 馬鹿らしい! 戦闘用は戦ってナンボだろ!!』
これまで相当退屈な時間を過ごしてきたのか、【キャバリアー】は騎士の堅苦しさとは無縁にのびのびとしたマニューバで飛び回る。ただ遊んでいるように見えるが、ユニットの加速力と旋回性能を正確に把握した無駄のない動きは【ブリッツ】の連射性能で相手取るには不向きだ。
(コイツで奴を墜とすのは現実的じゃないな。埒があかない)
銃撃戦は続いているが、互いに地表にあまり弾丸が当たらないよう注意しているため決め手に欠ける。それに加えて如何なるユニットと言えど地上への流れ弾をゼロには出来ず、無謀にもこちらに砲塔を向ける駐留部隊や施設が時折流れ弾で弾け飛んで噴煙と血飛沫が上がっている。
あまり時間をかけると軍も知らんぷりは出来ず、どこぞのユニットを所持する組織が乱入してくる可能性は否めない。ならば早期決着のために取れる手段は自ずと限られてくる。
(近接戦闘による撃破。これしかない)
幾ら無敵のユニットでも、相手が同じユニットであれば撃破は可能な筈だ。
ヒルドルブも同じ結論に至ったのか、銃を量子化して格納する。
『互いに考えることは同じかな? じゃあ最新兵器同士の白兵戦と洒落込もうじゃないか!!』
【キャバリアー】の両手が瞬き、二つの武器が握られる。
右手が握るは巨大な刃、グレートソードを彷彿とさせる大剣。
左手が握るは重厚な盾、軍用の無骨なものではなく真っ当な形のシールド。
オウルはそのアンティークな装備に少々呆れた。
『この銃器全盛の時代に剣と盾とはな……幾ら重要施設の防衛用とはいえ、行きすぎた科学は逆行を始めるってか?』
『理にかなった最新技術の結晶さ! 空飛ぶ騎士なんてサイコーだろ!?』
二mはあろうかという巨大な剣を勿体ぶって振りかざした【キャバリアー】が、盾を正面に突き出して【ナイト・ガーディアン】に迫る。
まるで中世の戦いだと思いながら、オウルは腕部内蔵のプラズマカッター【スライサー】の出力を上げて長いリーチで先手を取る。これまでの遊びと違ってかなりの出力を出し、超高熱のブラズマが盾に迫る。
しかし――。
『その程度のちんけな攻撃は騎士に通じないんだよぉ!!』
盾に触れたプラズマがバリアに弾かれて一瞬で霧散した。
足止めにすらならない様子に舌打ちしたオウルは即座に回避行動に移る。
『ちいっ!』
『遅い!!』
怯まず加速した【キャバリアー】の大剣が空間を一閃し、衝撃波と突風が吹き荒れる。即座に身を捻って軌道からから逃れたオウルだが、僅かに躱しきれなかった斬撃が【ナイト・ガーディアン】の装甲の一部を一撃で切断した。
オウルの知る限り、同僚同士のテスト戦闘以外で受けた初のユニットの損傷だった。
もし避け損なっていたらもっと深く、下手をすると生身を抉っていたかもしれない。
ヒルドルブはそのまま切り抜けると急旋回し、容赦なくしながら剣と盾で肉薄する。
オウルは【ブリッツ】を発砲し、即座に展開した三連装ミサイルポット【トラフィック】を立て続けに発射。弾道は全て直撃コースを辿る。
しかし弾丸は虚空で弾かれ、ミサイルは直撃したにも拘わらず全く動きを鈍らせることが出来ない。その間にまた大剣が襲い、回避を見越した微細な剣捌きで装甲が削られる。幾らユニットのバリアが優れているとはいえ、防御姿勢も取らずにあれほど受け流せることにオウルは眉を潜めた。
『固いな』
『我が愛剣ヴァーダインは万物を切り裂き、女神の盾は全てを弾く! 貴様に勝ち目はない!! くぅ~、本当にこんなセリフ言えるなんてたまらないじゃないか!! 国の秘密を守る最後の砦となれ、【キャバリアー】!!』
どこまでも趣味が拭えないヒルドルブだが、その装備と力量は本物だ。
純粋な剣技で言えばオウルでも厳しいかもしれない。
直撃すれば即死してもおかしくない異常な切れ味と、それを十全に使いこなす技量が彼にはある。
(……大剣の正体は想像がつく。チェーンソーカッターだろう)
ユニットの装甲を切り裂くには単純に考えてユニットの装甲に匹敵する鉱物を刃に使わなければならないが、その問題はユニットを所持している時点で解決したようなものだ。
一見して刃に見える刀身の切断部分は常時高速回転し、その摩擦と構造で強引にユニットの装甲を削る事で切断していると思われる。震動カッターならもっと小型で軽量化出来る筈だが、チェーンソーなのはより確実な敵の切断を求めた結果だろう。
(それよりも問題はあの盾だな。あんなものは見たことがない)
オウルは無言で無人機【レイヴン】を複数機展開し、オールレンジ攻撃を仕掛ける。幾ら【キャバリアー】のパイロットが優秀でも物理的に複数の砲門に狙われれば回避は困難だ。
しかし、【レイヴン】の射撃もまた気にもとめず受け流される。
その後暫く攻撃を繰り返すが、全方位に防壁が張られていることが判明した。
(全方位ってこと自体は問題ないが、バリアの力場の強さがどれも的確すぎる。あれほど綺麗に受け流すには相当防御に集中しないとならない筈なのに、何故こいつは動きに淀みがない?)
おかげでただ突っ込んでくるだけなのに足止めが難しく、接近を許してしまう。
オウルが観察していることを察したヒルドルブは自分の優位を誇示するように叫ぶ。
『女神の盾に漏れなどなぁぁぁぁい!!』
『なら俺も守って欲しいところだ。女神は不平等だな』
『君の不心得が悪いんじゃないかい!?』
『神が細かいこと気にするなよな』
肉薄され、斬撃を繰り出され、また一つ装甲を削られながらオウルは考える。
敵の攻撃を盾で防いで剣で攻撃という極めて原始的な戦術を可能にするのは、あの盾に秘密があるとしか思えない。
しかも、エネルギー兵器にも実弾にも効果があるにも拘らず、【キャバリアー】自身の大剣は自分のバリアに干渉している様子がない。
この世界は漫画やアニメじゃない以上、外から攻撃を防げるのに中から敵を攻撃することが可能なのには理由がある筈だ。それに、幾ら射撃しずらい現場であるとはいえこれだけ一方的に追い回してくる【キャバリアー】が射撃武器を使わないことにも疑問がある。それはやらないのではなく、都合の悪い事情があるのだとオウルは考える。
(あの盾自体がバリアを発生させているのなら、その汎用性はユニット以外の兵器にも技術を転用可能な筈だ。なのに俺が知らないということは、アレは独自にユニットの特性に合わせて作られた追加装備。ならば――!)
オウルは【ブリッツ】を格納し、【ナイト・ガーディアン】の手足に新たな装備を纏う。
それは、嘗てベクターズホールディングスの独自開発パワードスーツ【アトランティード】が装備してきた破砕工具のパイルドライバーをクアッドで改修した近接用兵装――ユニット用近接破砕兵装【ジャンク】。
大型で雑把だった破砕槌は形状がスマートに洗練され、衝撃装置はクアッドの漆黒の装甲にフィットするよう調整されたそれを両腕と両踵に装備したオウルは、推力を全開にして【キャバリアー】目がけスラスタを全解放する。
猛スピードで迫る【ナイト・ガーディアン】に、ヒルドルブは狂喜の笑い声を上げて剣を振りかざした。
『ヒハハハハハハ!! なんだぁそりゃ!? ヤケクソで突撃とはこらえ性がない子供だ!! ゲーム脳ってやつかなぁ!?』
『俺たちゃ刺激に飢えてて、そのくせ飽きっぽいんだよ。でもな、すぐ辞めたように見えても意外と色々学んでるんだぜ?』
『ほざきなよ! 正義の鉄槌、そろそろ受けろぉ!!』
大剣が振り翳され、眼前に迫る。
オウルはその動きに瞬時に腕を合わせ、大剣が【ジャンク】の破砕槌と接触したその瞬間に、破砕槌のトリガーを発動させた。
瞬間、破砕槌と接触した大剣が想定しない角度と性質の衝撃を受け、刀身がひしゃげた。刃から甲高い摩擦音と火花を散らした彼の『聖剣』は、呆気なく鉄屑にされた。
『なっ――ヴァーダインが!?』
愛剣ヴァーダインに絶対の信頼を置いていたヒルドルブは一瞬――本来なら問題にならないほどの、僅か一瞬だけ呆けた。
その隙を、暗殺者たるオウルが見逃す筈がなかった。
『ハイテク武器に……頼りすぎなんだよッ!!』
オウルの空いた左手が恐ろしく速く【キャバリアー】の胴体に捻じ込まれる。
直後、衝撃。
『ぐっ――無駄なことを!!』
強烈な物理的衝撃がバリアを揺るがすが、盾によって展開された力場は一瞬揺らいだだけで健在だった。
落ち着いて後退すれば建て直せると思い込んだヒルドルブ。
しかし、その油断を見逃すほどオウルは甘くない。
ドガンッッ!! と、突き抜けるような衝撃が再度走った。
『かっ、は!?』
ヒルドルブは気付けなかったが、【ナイト・ガーディアン】の左手の装甲はスライドして腕のリーチを伸ばす機構が存在する。オウルは怯んだ隙を見逃さずに伸びた拳からもう一度【ジャンク】による痛烈な一撃を叩き込んでいた。
更にオウルは吹き飛ぶ【キャバリアー】に今度は右手の【ジャンク】を、終われば左手の【ジャンク】を、僅かに間合いを逸れたらスライド機構で即座に追撃を叩き込み、下に逃げようとしたら脚部の【ジャンク】をも間断なく次々に叩き込んでいく。
騎士のような様式への拘りはオウルにはない。
あるのは、ただ一瞬の隙を強引に引き寄せて相手に何もさせずに圧倒する徹底的で周到で執拗で確実な攻撃の選択。
『パワードスーツ乗りがユニットとの対峙を想定したとき、必ず同じことを言うのを知ってるか? ユニットが化物でも中身は人間だってな』
『ぐあッ、ウッ、ゲホッ、がはぁッ!?』
『お前はユニットをあんまり使ったことがないから知らないかもしれないが……ユニットのバリアってのは使い方を間違えると脆い面もある』
立て続けの衝撃にも【キャバリアー】のバリアは未だに耐えている。しかし、予期せぬ衝撃の連続を叩き込まれれば流石に衝撃を吸収しきれないのか、バリア越しに伝わる衝撃が何度もヒルドルブを揺さぶっていく。
本来なら、このような兵装を複数所持してあの大剣を潜り抜ける技量を持ったテロリストなど想定しない。仮想敵としてユニットを想定したとしても、そのユニットが自分のユニットと違うチューンを施されることまでは想定できない。
そうした想定外を前に、ヒルドルブは恐らくアドリブで対応出来ると勝算を過大に見積もった。
しかし、オウルは、【クアッド】は違う。
想定外だろうが何だろうが、出来る用意は全てやってあらゆる手段を尽くして相手を殺す、殺さなければならないと考える。
だから――。
『そうら、自慢の装備もそろそろ危ないんじゃないか?』
『はぁ、はぁ、破れもせずによく言う! 貴様などヴァーダインを再展開すれば!』
流石に打撃による動揺から心を立て直したヒルドルブは【キャバリアー】の空いた片手に大剣ヴァーダインを再度展開する。
しかし、その判断こそが大きな間違いであると彼は気付けなかった。
『そうじゃねえだろ。逆の手の話だ』
『え?』
ヒルドルブが間抜けな声を上げるのと、彼の言う女神の盾が音を立てて破損するのは、同時だった。
『女神の加護が――』
『お前も見放されらしいな。仲良くしようぜ兄弟』
ヒルドルブはそのことを正しく認識する前に、今度こそバリアの消えた無防備な胴体を【ジャンク】で何度も撃ち抜かれ、全身を揺さぶる衝撃の嵐に意識を遠のかせていく。
もはや戦いとは呼べない、一方的な暴力。
悪魔が騎士を嘲笑う凄惨な所業が空で繰り返される。
ふらふらの【キャバリアー】に強烈な踵落としを叩き込んだオウルは、遙か下方に落下する【キャバリアー】の下まで急降下して回り込むと、真下から落下する【キャバリアー】の背中に最後の【ジャンク】の一撃を叩き込んだ。
『これでフィニッシュだ、ドンキホーテ』
急速な落下の速度と重力加速を加味した移動エネルギーが全身を揺さぶり、千切り、砕き、ヒルドルブは今度こそ完全に意識を手放した。
――【キャバリアー】の盾は、バリアを発生させる武器ではない。
【キャバリアー】自身が展開したバリアを部分的に強化、解除するような微細な出力調整を担う外部補助装置に過ぎない。
もしバリアの調整を装置が勝手にやってくれるならパイロットは格段に戦いやすくなるし、彼のように大火力の火器を容易に用いることのできない立場であれば確かにこれは頼もしい加護となっただろう。ユニットの観測装置とリアルタイムで連動すれば自分の剣だけをバリアから出すことも出来る。射撃武器を使わなかったのは剣に比べてバリアの密度処理の難易度が高いのが原因だろう。
それでもこの装置は実戦では充分に強力だ。
しかし、所詮外部装置は外部装置。
ユニット自身の機能と比較すれば負荷に弱いのは明白。
故に、パイルドライバーによる連続殴打という通常の戦闘では絶対に想定されていない衝撃をを浴び続けたことによって装置の負荷は加速度的に増大し、遂に押し切られたのだ。
『――さて。残る仕事を片付けるか』
オウルはまだ息のあるヒルドルブを乗せた【キャバリアー】に可能な限りの拘束を行ない、機体の装備をちゃっかり回収し、当初の目的を果たしに統制委員会の代表が避難した地下へ向かった。
『で、テウメッサ。おれが暴れている間に中の制圧は終わったんだろうな?』
『当たり前だろ。流石の統制委員会もユニットは一機しか配備されてなかったみたいだ。可哀想に最初から勝ち目がなかったのに盛り上がっちゃって、可哀想なヒルドルブくん』
当たり前の話だが――この作戦にはクアッド全員参加であり、オウルが戦闘が厳しいと判断した時点で援軍が入る手はずだった。しかし思ったほどではなかったため、結局オウルがそのまま勝利を収めてしまった。
統制委員会は、最初から敗北していたのである。
戦う前から勝負はついてるんだなぁこれが。




