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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
2章 アサシンズ・クアッドの隠蔽

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18話 義心の暗殺

 見てくれは人の良さそうな成人男性だった。

 彼の普通じゃない所は、オウルがファクトウィスパー集団からユアを遠ざける形でいたのにそれを堂々と無視してユアの手を握ろうとした所だ。


(ちっ……!)


 護衛として振り払うのが最善だし、オウルからすればそれは簡単なことだ。しかし、一応とはいえ巡回ドローンや警察の目が近くにある場所で達人のような動きをするのは今後を考えれば得策ではない。


 オウルは逡巡の末、男がユアの手を取る直前で彼女を抱きしめて遠ざけた。

 咄嗟に彼女を庇った風に見える程度にわざと反応を遅らせて。

 男は心外そうに鼻を鳴らしてオウルを見やる。


「君はどうでもいいんだ。私はそちらのお嬢さんと友達になれるかもと思って声をかけただけなんだが、どいて……くれるよね?」

「……っ!」


 ユアが息を呑む声が耳元で聞こえる。

 オウルは怯んだフリをしながら、内心で男の顔に見覚えがあることに気付いた。


(護衛に際しての調査リストにあったな。ウェイス・トイル……強姦及び強姦未遂で四度逮捕されてるが、全て証拠不十分で釈放されている。やっているのは確実だが物証が上がらなかったタイプ。しかもロリコン……)


 彼はファクトウィスパーの信奉者ではなく、犯罪の隠れ蓑に利用しているタイプだろう。

 同じファクトウィスパーのふりをして子持ちの親に近づき、好みの獲物を見つけようとしていたと思われる。しかも、運の悪いことにユアは彼の好みのタイプだったようだ。


(面倒だな。ウェイスは元海兵隊員だし体格差も大きい。ここで俺がぶちのめすのは相当不自然だ。かといって……)


 オウルはちらりとユアを見るが、完全にウェイスに怯えて足がすくんでいる。

 彼女だけ逃がすという選択肢が出来ない。

 いつまでもその場を退かないオウルに業を煮やしたウェイスが迫る。


「君には理解できないだろう、同じ主義を持つ者同士の有意義な語らいの価値が。お嬢さんはきっと心当たりがあるんだろう? 町に入り込んだ政府の鼠に! さぞ孤独だっただろう。周囲はきっと誰も信じてくれず、心に留めるしかなかったに違いない! だけど今日からは――この私が全てを受け止めてあげよう!」


 男の目が肉欲に満たされ、障害であるオウルを引き剥がしに迫る。

 警察を呼ぼうにも、人混みが邪魔している上に他の一般人は関わり合いにならないために無視を決め込んでいる。ドローンも同様の理由でこちらを感知しきれないだろう。逆に人混みを利用して不意打ちするしかないか――と、オウルは静かに右手に意識を集中させる。


 だが、結果としてウェイスの手がオウルに届くことはなかった。


「白昼堂々未成年に絡むみっともない大人か。嘆かわしいな」


 見覚えのある少年が、ウェイスとオウルの間に割って入った。

 学校で出くわしたあの特務課の少年警察イーグレッツ・アテナイだった。

 ウェイスは彼が警察であることなど知らずに舌打ちしてイーグレッツを勢いよく押しのけるが、その瞬間、彼はしなやかな身のこなしでウェイスの手を掴み背後に回り込むと一瞬で彼を組み伏せた。


「うがッ!?」


 現役を退いたとは言え元職業軍人を相手に、油断していたとはいえ一瞬で無力化。

 海外の武術も取り入れられた、惚れ惚れするような決まりだった。

 どうやらイーグレッツは学歴だけでなく身体能力も一流らしい。


「公務執行妨害。警察の目の前で現行犯だ。これまで上手く罪から逃れてきたようだが……」

「なっ、なんだガキぃ!? 離せ、離……」

「俺の目の前で許されると思うなよ。俺はこれまでの盆暗警察とは違う。これまでの罪も含め、傷つけた女性たちの苦痛を少しでも味あわせてやろう」


 冷酷な声と共に、べきり、と、骨がへし折れる音がした。

 イーグレッツが組み伏せたウェイスの骨を折った音だった。

 状況を飲み込めないまま押し寄せた激痛に、ウェイスの顔に脂汗が吹き出す。


「いッッッぎゃあああああああああああああああ!?」


 幾ら軍人と言えど予期せぬ激痛に耐えられなかったのか悶え苦しむウェイスの顎を横殴りにして一瞬で意識を刈り取ったイーグレッツは、ウェイスの首根っこを掴んで無理矢理持ち上げると部下らしき男に投げ渡す。

 恐らく今、彼は一瞬だがユニットの力を利用した。

 展開せずに力を得る使い方をするということは、かなり使い方を知っている。


「連れて行け。監視網の洗い直しの際に証拠は出てきている。地元警察がよほど書類仕事の出来ない無能じゃない限り、今度こそ起訴相当だろう」

「はっ、特務長殿!」


 目の前でファクトウィスパーの仲間が捕らえられたと思った主義者がちがざわめく。


「政府の手先か!?」

「仲間がやられたぞ……見たか! これが国のやり方だ!」

「俺たちはジルベスの愛国者!! 暴力には屈しない!!」


 正義という名の火が燃え広がるのは一瞬だった。

 誰が指示した訳でもないのに、ファクトウィスパーは即座に暴徒と化した。

 彼らは誰よりも自分たちだけの正義を信じていて、そして人数が多いほど自分は強くなったと勘違いする。イーグレッツたちが僅か五、六人と知って数で仲間を奪還できると判断したのだろう。


 だが、相手が悪かった。

 イーグレッツは欠片も臆す様子もなく部下に目配せすると、自分だけが前に出る。


「文句のある奴からかかってこい。子供相手なら勝てるかもしれないぞ」

「ほざけぇッ!!」


 暴徒化した男がイーグレッツに掴みかかる。

 だが、その手がイーグレッツの服の布に触れた瞬間、彼はその勢いのまま後ろに投げ飛ばされた。その腕前にオウルは舌を巻く。


(触られた瞬間が公務執行妨害の成立……その瞬間を見極めたのか。こりゃ真っ当にやったら俺も体術では勝てなそうだ)


 今の投げ飛ばしはユニットの補助もあるが、手の動きを予想し、タイミングを完璧に図っていなければああも綺麗に投げ飛ばせない。つまり、彼は補助なしにもそれをするだけの技量があるということだ。


 イーグレッツは仲間が投げられても勢いの止まらない暴徒化した主義者たち全てに一瞬だけ自分の身を触らせ、次々に地面に叩きおろし、殴り飛ばし、投げ飛ばし、時に主義者の拳を逸らして別の主義者を殴らせるという鮮やかな芸当を次々にやってのける。

 しかも、イーグレッツは暴徒に一切容赦しなかった。

 顔を殴れば歯が折れる程の威力で、腹を殴れば肋が折れるほどの威力で、叩き付けるときは相手の額が割れて出血するほどの威力で――死なない程度に適切に、彼は暴徒を痛めつけていた。


「ギャッ」

「がはぁッ!?」

「こ、子供がぁぁぁ! ぁがッ!?」

「ば、化物だ……政府の改造兵士だ!!」

「どうした愛国者共!! 子供相手に臆して腰が引けるのがお前らの正義なのかぁ!?」

「う、うわぁぁぁぁ!!」


 悪を許さないという意識が生んだ加虐的なまでの断罪意識が、主義者たちに暴力という圧倒的な現実への恐怖を突きつける。

 体格の良く若い組が全員やられたことで、残りの中年や女性など遠巻きに観戦していた組が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。


 武装した部下を使わずに、彼は自らの手で数十人の暴徒を制圧した。


 ふぅ、と息を吐いたイーグレッツは部下を呼ぶ。


「流石に数が多いから地元警察に引き渡そう。これを機に今まで行った軽犯罪の類を含めた全てをつまびらかにしてやる」

「そりゃポイ捨てから何まで軽犯罪もありでしょうが、特務課権限振るいすぎじゃありません?」

「この国の警察はファクトウィスパーに甘すぎるんだ。だからウェイスみたいなクズにまで隠れ蓑にされる」


 服の皺を軽く整えて、イーグレッツは改めてこちらを向く。


「災難だったな、学生諸君。だが悪党は全員警察が責任を持って……、あ」


 イーグレッツはそこではっとし、それまでの冷酷な顔と打って変わって申し訳なさそうな顔をする。


「その、すまないユア・リナーデルくん。助けたつもりだったが、デート中の女性に見せる光景にしては刺激が強すぎたな……」

「あ……あ……」

「落ち着け、ユア! 深呼吸、深呼吸……」

「お、折れ……骨が……血が……」


 ユアは目の前で起きたバイオレンスな逮捕劇に、軽度のパニックを起こしていた。

 それもそうだろう。ユアはドラマの暴力シーンでさえあまり好きではないのに、そんな作り物よりもっと生々しい現場をまざまざと見せつけられてしまったのだから。彼女は足ががくがく震え、顔面蒼白で、オウルの支えなしには今にもその場に崩れ落ちそうになっていた。


 ばつが悪そうに頬を掻くイーグレッツ。

 部下の一人――トーリスが彼の背をつつく。


「……特務長、やりすぎです」

「みたいだ。その、すまない。悪党を見るとつい……」


 仮に人を助けるためだったとはいえ、暴力は所詮暴力でしかない。

 まして、明らかにやりすぎだったことは、今なお痛みに呻き地面に蹲る主義者たちを見れば一目瞭然だ。


 助かりはしたが余計なこともしっかりやったイーグレッツに、オウルはため息をつく。


「ユアを落ち着かせるにはカフェのお茶の香りとスイーツの甘みが有効だと、俺は思うね」


 オウルがユアが次に行く予定だったカフェの情報をスマホで突きつけると、イーグレッツは「奢るよ……」と力なく頷いた。

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