14話 痕跡の暗殺
ジルベス合衆国における警察では、特務課は他のあらゆる課に対して優越する捜査権限を持っている。
もっと言えば、彼らはジルベス政府の意向で動かせる警察だ。
本来、警察というのは政治的な犯罪をも取り締まるという性質上、ある種の独立性を持った組織だ。もちろんジルベス政府の高官クラスになるとそれをすり抜ける裏技を知っているが、完全に言いなりという訳ではない。
その中にあって、特務課はジルベス政府から直接指示を受けて動くことが多い。
警察組織の中では新しい課だが、公安さえ彼らへの干渉を避けるほどには何でも出来る。
(早い話が政府の狗だが……どうやら俺に目をつけてるってんでもなさそうだな)
オウルは順番に聴取を受ける同級生たちを見送って自分の番を待つ。
最初は聴取のおかげで授業をサボれるとはしゃいでいた同級生達も、警察の聴取という未経験の出来事が迫ると多少は緊張するのか、人数が減っていくにつれて妙な居心地の悪さが場に漂っていた。
特務課はどうやら調査にあたってビル倒壊事件の目撃証言の再度の洗い直しをしているようだった。一度警察が調べた筈だが、現場警察の調査などあてにならないと考えたのかも知れない。同じ警察でも部署や課によって差別意識はある。特務課はエリート中のエリートなだけに殊更そうだろう。
まさかこの学校に解体会社チューボーン壊滅――実際にはオウルたちがパワードスーツも含め痕跡を消去したので行方不明扱いの筈だが――の犯人が堂々と通っているとは考えないだろうが、妙なボロを出して疑われるのは面倒なのでオウルは今も少し不真面目な男子生徒を演じて乗り切ることにした。
「じゃあ君は、事故の直後は我が身かわいさに床で丸まっていたので何も見ていないんだね?」
「わざわざそういう言い方すんなよ! 仕方ねえだろ、怪我したくなかったんだよ!」
「ビルに潰されれば怪我じゃ済まないけどなぁ」
取り調べを担当する男は、先ほどのイーグレッツではない。
当のイーグレッツは部屋の隅に控えてじっとこちらを見ている。
幸い、彼らはオウルの主張を如何にも浅慮な中学生らしい発言と受け取ったのか追及する気配はなかった。元々この取り調べの結果に期待もしていないのだろう。
「なぁ、もういいだろ? 真面目で善良な中学生を学生生活に戻してくれよぉ」
「真面目で善良な生徒は授業中にこっそりスマホを弄らないと思うけど?」
「げ、見てたのか……」
さもばつが悪そうに顔をしかめるオウル。
こういうやりとりになることを予想して言った訳ではなく、アドリブである。
オウル・ミネルヴァがこういう人物であるという前提の設定が揺るがなければ、あとはその思考を正確にトレースして殺し屋としての自分を排除していけば演じることは容易かった。
取調担当が呆れて話を終わらせようとしたその刹那、不意にイーグレッツが口を開いた。
「今の話、先ほどの取り調べと食い違ってるんだが」
「へ? 何が?」
とぼけたフリをしつつ、オウルは内心で警戒する。
特務課は警察内部でも特殊な存在だ。
端的に言えば、でっちあげの罪で無理矢理人を拘束しても責任を問われない。
何かしらのくだらない理由でオウルを拘留する気か――。
「少し前の生徒の証言によれば、君は――」
……それから暫くして、聴取が終わったオウルは帰りのスクールバスで隣に座るユアをじろっと睨んだ。ユアはその視線に困り顔をする。
「どうしたの? へ、変なことは言ってない筈だけど?」
「誰がいつお前を庇ったよ。おかげで警察に腹立つニヤニヤ顔されたんだが?」
「ああ、そういう! ふふん、嘘じゃないもーんだ」
何故か得意げなユアの横顔に、オウルはほとほと呆れた。
彼女は警察の取り調べに対し、「オウルが庇ってくれたので怖くはありませんでした」と微妙に虚実を混ぜた証言をしていた。確かにそういう体で受け入れたことではあるが、おかげでオウルは特務課に「素直じゃない思春期青春中学生」という屈辱的なレッテルを貼られる羽目に陥った。
実際にオウルは彼女を守る為に荷電粒子砲を市街地でぶっ放した訳だが、当然そんなことを認める訳にはいかないし、そもそもあちらが信じずに思春期特有のイタい人物だと思われるのが関の山だろう。
確かに馬鹿馬鹿しい演技で気をそらして印象を誘導するのは有効な手段かもしれないが、とんだ食わせ物である。ユアはオウルに肩を寄せながら、スマホでメッセージを送ってきた。
『Y:こうして変身ヒーロー集団クアッドの秘密は守られたのであった!』
『O:殺し屋としては印象に残らない取り調べで終わりたかったんだが?』
オウルは彼女には言わなかったが、この一件がそう簡単に終わらないと予想していた。
あの事件ではサーペントが様々な方法を使ってオウルがユニットを展開した痕跡を消し去っているが、一つだけどうしても消すことが不可能だった記録媒体が存在するのだから。
◆ ◇
イーグレッツ・アテナイが政府から依頼された捜査はシンプルだった。
解体会社チューボーンがこの町で突如として蒸発したため、この原因を突き止める。
大きな会社ではないとはいえベクターコーポレーション傘下の企業が従業員全員失踪したとなれば大事件だが、国民に不安を広めないためにこの事実は世間には伏せられている。
この不可解な失踪の調査として指揮を命じられたイーグレッツが最初に提案したのが、レトロな調査方法である聞き込みだった。
「この高度に情報化された社会の中で最も曖昧で消すことの難しい記録……それが人の記憶だ。地元警察から送られてくる捜査データだけでは埋もれる情報もあるだろう」
この発言に部下の一人であり女性のトーリスが意外そうな顔をする。
特務課ではイーグレッツに次ぐ若さだが、年齢差は十歳近くある彼女は情報端末機能つきのメガネをくいっと上げた。実際には人体構造にフィットするよう作られたそれに上げる必要性はなく、彼女の癖のようなものだ。
「聴き込み調査なんて、名門カラル大学を飛び級で主席卒業した人の口から出るとは思えない科白ですね」
「揶揄わないでくれよ、トーリス。真面目な話だ。なにせ相手が相手だからな」
イーグレッツは目つきを険しく、聞き込み情報で浮かび上がった情報を元にした報告をデスクの上に投げるように置く。
チューボーン失踪の前後で起きたこの町の情報を片っ端から集めた結果、最も怪しく、そして別の意味で怪しい情報が浮かび上がった。
それが、所属不明のパワードスーツによるビルの破壊だ。
「ビルの倒壊現場にいつの間にか現れ、巨大な砲を用いて崩落したビルを破壊し、姿を消した謎のパワードスーツ……そんなものは普通ありえない。推定一万tはあろうかというビルの質量を一瞬で破壊し尽くす出力を出した後に即座に姿を消すほどの高性能なものが町をうろついているなどな」
彼の言葉に、トレンチコートを着たガタイのいい男――ナカタが同意する。
「軍の次期主力パワードスーツだってそんな真似できやしませんよ。犯罪者の違法改造スーツでだって土台無理。軍の秘密兵器でも無い限りは物理的に不可能でさぁ。あっしは正直幻でも見たんじゃないかと判断したいですねぇ」
「だが、倒壊したビルが実際に塵にされている。それが逆説的に、そこで何かあり得ないことが起きたことを証明している」
その言葉を否定するものは誰もいない。
立ち上がったイーグレッツは計十五名の特務課メンバーを見渡す。
誰もがこれまでにない緊張感を抱いているのが顔に表れていた。
ビル倒壊の情報封鎖はベクターコーポレーションの申請により低レベル統制AIが自動で行ったらしく、地元警察でさえまともに調べていなかった。政府はこの件とチューボーン失踪の関連性は不明とコメントしたが、そもそもベクターがチューボーンを使って瓦礫を極秘裏に処理しようとしたのではという推察は申し訳程度に載っていた。
何故極秘裏に処理しようとしたのかを知る必要は無いし、命じられてもいない。
政府がしなくていいと言うなら、しなくていいのだろう。
問題は、政府が何らかのトラブルが発生したことは知っているが、ベクターとの交渉と統制システムが上手く働いていることにばかり集中して現地の異常さに気付いていないであろうことだ。
あって当然の膨大なビルの瓦礫。
そして、チューボーンの従業員全員と設備、備品全般。
どちらも、この情報社会にあって誰にも詳細を知られず消し去るには余りにも大きなものだ。
二つの消滅は恐らく、どこかで結びついている。
「この町に、誰の正式な管理も受けていない大量破壊兵器とその所持者が野放しになっている可能性がある」
こんなことはまともに発表できる訳がない。
知れた途端、ジルベス合衆国の安全神話を揺るがしかねないものだ。
「ビルを消滅させる力があるなら、解体会社チューボーンを消滅させる力があってもおかしくない。政府が調査を依頼したなら軍が極秘裏にやった可能性も低い。よって……ビル倒壊からチューボーン消滅までの間に町にいた誰かが『ユニット』ないしそれに準ずるパワードスーツを所持し、これを行ったという前提で捜査する。方法、目的、所在、なんでもいいから情報をかき集めるんだ」
一拍置き、イーグレッツは自らの胸元に拳を当てる。
「最悪の場合……俺が戦う。政府から賜ったユニットで、俺こそが正義の鉄槌となる」
特務課の全員が立ち上がり、イーグレッツに敬礼した。
今まで政府と軍部が完全に独占していた絶対正義の力に陶酔するかのように。
数日休んだのは単純に仕事で疲れて書く暇がなかっただけだぜ!




