13話 歴史の暗殺
ユニットの根幹システムにアクセスしながら、サーペントは思案を巡らせていた。
その内容は、前回のオウルの戦闘における問題点である。
問題の中心は、ユニットが戦略兵器であることに起因する。
ユニットの性能は圧倒的だ。
しかし、その圧倒的な性能をフルに活用して暗殺を行うと過剰な破壊を齎す。それこそ、ユニットにとってはハエを叩き潰すつもりでも地面には爆撃を受けたような破壊を齎すことになる。
故に、ユニットには力加減の為に幾重ものリミッターがかけられている。
しかし、オウルが相対した敵――パワードスーツ『アトランティード』は様々な点でこれまでユニットが想定していた対パワードスーツ出力調整を覆す力を発揮していた。これに対抗するにはリミッターをもう少し緩める必要がある。それだけでオウルは自分の足をへし折るような真似をせずに済んだ筈だ。
サーペントは膨大な情報――文字と数式の羅列を恐るべき眼球の速度で読み取りながら更に素早い速度でタイピングしていく。補助システムを併用しているとはいえ、そのシステムの制御も含めて超人的な作業量だ。
ユニットは従来の制御システムが流用出来ず、強すぎても弱すぎてもいけない絶妙な調整が求められる。ミスは許されない。
「これからはオウル以外もユニットを展開して戦う場面が出るかもしれない。こいつは急務、責任重大だ……」
技術力の向上によってパワードスーツの性能強化は止まらない。
ユニットの絶対数が限られてている現状、パワードスーツの開発は欠かせない国家戦略の一つとなっている。それに対して従来通りのリミッター設定で応戦していては過剰な破壊と出力不足のジレンマに苛まれることになる。
これ以上、オウルにあんな無茶をさせるわけにはいかなかった。
「……今頃オウルは学校かな」
不機嫌そうな同僚の顔を思い出し、表情が綻ぶ。
オウルはクアッドの中では不思議な存在だ。
他のクアッドがおおよそ持ち合わせていないものを彼は持っている。
だから他の三人は、オウルを可愛がるし揶揄ってしまう。
ユアの護衛にオウルが適任だというのは理屈の上で異論はない。
しかし、サーペントにはある想いがあった。
オウルには、普通の人間の生き方を知っていて欲しい。
自分が異常で、そうなる機会のなかった存在であるせいだろうか。
オウルがまだ幼く、引き返せる瀬戸際にいたからだろうか。
どちらなのか、或いはもっと違う深層心理があったのかは分からない。
ただ、彼には知っていて欲しいと思った。
と――作業の最中に気になる動きを感知したサーペントは作業の手を止めずに情報を解析する。
「ふぅん……まぁ流石にあんだけ派手に動けばそうなるよね」
一難去ってまた一難。
力を振るった代償は決して安くはなかった。
◇ ◆
SBP構造を巡る騒動から数日が経過し、ネットやニュースに湧き出続ける情報の波がベクターの名を段々と遠ざけていく中、ユアもオウルも変わらぬ日常を送っていた。
「~と、このようにパルジャノ連合は連合とは名ばかりで、実際には文明的に後れているくせに文明の中心になりたい貧乏な野心家の集まりに過ぎなかったのです。彼らはその野心故に愚かな戦争を仕掛けました。そう、皆さんもよくご存じの10年前に起きたジルベス国土防衛戦争です」
現代史の教師がとくとくと語るのを教科書に照らし合わせながらノートを取るユアは、普段は興味が無い筈のこの内容に少し興味を持った。
ジルベス国土防衛戦争と言えば、最後はユニットの大活躍で幕を閉じた戦いだ。
パルジャノのどんな兵器も寄せ付けなかった圧倒的な強さがユニットという兵器をジルベスのスーパーヒーローに決定づけたというのは、ユニットに詳しくない人もどこかで一度は聞いたことのある話である。
そして、このクラスの誰もが知らない真実が一つ。
少し離れた席で、ノートをとるふりをして隣の席の生徒とスマホでやりとりする少し不真面目な少年――を演じているに過ぎないオウルが、救世の国防兵器を何故か所持しているということ。
(オウルに聞けば違う話がボロボロ出てくるのかなぁ。でも10年前だとオウルは4歳だし、オウルも聞いた話くらいしか知らないかな?)
だとしても、裏社会で戦ってきたオウルなら色々知ってはいそうだ。
防衛戦争の終結後、ジルベス各地で帰還兵の戦場でのトラウマが取り上げられた時期があったらしい。授業ではほんの微かにそんなことがあったと言われただけだったが、そうした人が犯罪に走ることがあると噂には聞いている。
噂は主義者が流したものと笑う人が世の殆どだが、その主義者が言う情報統制自体は本当にあるとオウルは言った。そのことを考え、ユアはかぶりを振る。オウルは「知らない方が楽だ」とも言っていた。聞くにしても機会があったら暇つぶしに程度に思っておこうとユアは授業に集中した。
一方、オウルはというと適度に不真面目なふりをしつつも授業内容には本気で飽きていた。
(どこまでいっても真実を織り交ぜたプロパガンダでガチガチだな。教育の自由、ここに死す。黙祷)
教師の説明には確かにそのような側面もあるが、その戦争の前にはジルベスだって足りない資源と土地を巡って横暴な侵略を行っていた過去がある。誰よりも技術を研鑽し、そのために誰よりも世界から資源を奪い、吸い取り、支配してきたのがジルベス合衆国だ。
パルジャノ連合が結成されてジルベスに対抗しようとするのは彼らの発展の為には必然であり、開戦前の外交戦ではジルベス側から開戦を煽っていた節さえある。そして戦争は各国の経済を巻き込み、ジルベスだけが国際的な非難を無視して揺るぎない覇者となった。
そして、戦後の裏社会をジルベスに捨てられたパワードスーツの社会不適合者が闊歩している現実を見れば、ジルベスの絶対正義の中身が透けて見えるというものだ。
だが、そんな内容で教師に突っかかったところで意味はない。
誰もがそれを真実だと思って疑わなければ、それは真実になる。
疑うのに必要な常識からして教育で形作られているのだから、もうどうしようもない。
(そもそも俺は反政府の政治活動家でも主義者でもないしな)
合衆国民が自分たちの世界を民主主義の世界だと思い込む限り、彼らは何も知らずに政府とラージストVから与えられた恩恵が手に届くのを待つひな鳥で居続ける。それがいつまで保つのかを知らないままに。
そんな連中の運命など知ったことではない。
少し前まではそれで完結していたが、今は例外がある。
(ユアに迷惑がかからない範囲で勝手に平穏であって欲しいもんだな)
ユアの運命は合衆国民の運命と近い場所にある。
もう完全に無関心ではいられない。
とはいえ、世界一で情報統制も敷かれ盤石な今のジルベスで、前回のような騒動がそう何度も起きる筈はない――そう思っていた最中、サーペントから情報提供があった。
『オウル、確認したかい? 君に限ってヘマはしないだろうが一応備えて――』
『いや、もう来てる』
授業時間が終盤に差し掛かるなか、オウルは視界の隅、教室の外にいる彼らに気付いていた。数人で並んで生徒達を値踏みするようにじっと見つめる数人の集団の顔ぶれにオウルは見覚えがあった。町のリストを確認した際に、警察の資料で確認したのだ。
『警察内でも強力な権限を持つ特務課だな。忠誠心と能力の二つだけで選定された超エリート集団だ。制服の着用義務すらない』
『それだけじゃないんだオウル。今日からこの課に配属された14歳の少年がいる』
『確かにいるな、生意気そうなのが』
オウルの視界の端には金髪碧眼の如何にも利発そうな少年の姿が映っていた。
非常に整った顔に、鷹のように鋭くも美しい目が特徴的だった。
少年は、教室内の特定の生徒十名ほどに目をつけている。
『あれがどうした?』
『名前はイーグレッツ・アテナイ。飛び級で大学を既に卒業し、警察で初めてU.N.I.T.の所持を正式に政府に認められてる』
『……』
一瞬、声が漏れそうになるほどの驚きだった。
軍と政府が独占的に所持、使用しているユニットが警察にも配備されるなど、少し前までは考えられないことだ。にも関わらず配備された理由は――。
『ベクターホールディングスの奴ら、解体会社チューボーンを壊滅させた『誰か』を調べるために警察を使ったんだよ。自分も探られると痛い腹があるってのに、警察を使える立場って便利だねぇ』
――厄介なことになってきた、と、オウルは内心でぼやいた。




