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ラミアな子と迷宮採取人 ~ペットから始まる家族物語~  作者: 藤正治
第一章 ラミアな子と迷宮採取人
23/30

23.目撃する迷宮採取人

連日投稿 第一弾

 レイクの積み木作品をバラバラにすることに、ミミイは謎の情熱を燃やしている。

 しかも厄介なことに、同じ作品では満足することがない。

 より大きく、さらに複雑な構造を要求するのだ。

 その結果、レイクの積み木作品は小さな家から始まり村から街へ。

 最後には外壁に囲まれた迷宮都市へと大発展を遂げた。

 しかし達成感の余韻に浸る間もなく、


「ミイイイイィーッ!!」

「まっ、待ってくれ!? もうちょっとだけえええええっ!!」


 レイクの懇願を無視して、ミミイは全てを破壊する。

 一個一個丁寧に積み上げた外壁を、入り組んだ街並みを、尻尾で容赦なく薙ぎ払う。

 そして散乱した積み木の中央で、ミミイは満足そうにとぐろを巻くのであった。


 今日も今日とてミミイに積み木遊びを強請(ねだ)られ、レイクはうんざりする。

 そんな時、アンナが訪ねてきて、一緒についてきて欲しいと頼まれた。

 二つ返事で了承したレイクは、ご立腹のミミイを残して逃げ出したのである。


 ◆


「常識で考えろ」

「はあ」


 一難去ってまた一難。

 雑貨屋であるパッシーニ家、その応接間でレイクはこってり絞られていた。

 レイクの正面でソファーに座っているのは、浅黒い肌の大柄な男だ。

 名はヴィンセント、一昨日から村を訪れている行商人である。

 彼はベンノの兄で、アンナにとっては伯父にあたる人物だった。


 レイクとヴィンセント、二人の間にはローテーブルがある。

 その上には精緻な刺しゅうのハンカチが、何枚も広げられていた。

 刺しゅうの色糸は、レイクが作った染料で染めてある。

 染料の素材も、レイクが採取したジェリー・ジュエルの核だ。

「一体全体、お前さんは何を考えているんだ?」

 ヴィンセントは腕組をして、低い声で凄む。

「みんなが喜んでくれたので、つい…………」

 レイクはそっと目を逸らし、口ごもった。

 実際、レイクの染料で染めた色糸は、村の女衆に大好評なのである。

 バラよりも鮮やかな赤、太陽よりも明るい黄色。

 深い湖の底を思わせる青、どんな木々の葉よりも濃い緑。

 その豊かな彩りは、女衆達をことごとく魅了している。


 バンッ!

 ヴィンセントが、ハンカチごとテーブルを叩いた。

「だからといって宝石を砕くバカがいるか!」


 ジェリー・ジュエルの核は、希少品である。

 なにしろ魔法をぶっ放してくるので、安全第一の迷宮採取人は敬遠しがちだ。

 現代では高価な宝石として扱われ、宝飾品に加工するのが一般的なのである。

 染料として使うなど、大金持ちが娘の嫁入り道具をあつらえる時ぐらいだろう。


「しかも色揃えで売れば、いくらになると思っているんだ!」

 迫力のある面構えのヴィンセントが一喝すると、レイクが困り顔になった。

 ヴィンセントの住まいは遠くの街にあり、行商で村を訪れるのは半年に一度。

 レイクと顔を合わすのは今回で二度目、さほど言葉を交わす機会があった訳ではない。

 なのに初対面の時から、レイクに対する態度が厳しいのである。


「まあまあ。彼は親切心でやってくれたんだから」

 レイクの隣に座ったベンノが取り成すと、ヴィンセントがため息を吐く。

「お前もお前だ。どうして止めなかった」


 辺境の村々では現金での取引は滅多になく、物々交換が基本である。

 刺しゅう入りのハンカチは、商品と交換するために村の女衆から渡されたものだ。

 後からダンジョン由来の品だと気付いたヴィンセントは、相談のため弟の許を訪れた。

 女衆と交換した商品とは、とうてい釣り合いが取れるものではないからだ。

 ついでに文句を言ってやろうと、レイクを呼び出したのである。

「兄さんに事情を打ち明けた時、お願いしただろう? これは――――」

 ベンノが穏やかに笑いながら、ローテーブルを指差す。

「ちょっと珍しい色合いの、ただのハンカチ。そんな感じで頼むよ?」

「大雑把すぎるだろ!」


「…………ひょっとして、迷惑でしたか?」

 レイクが困惑して尋ねると、ベンノが軽く手を振った。

「気にしなくても大丈夫だよ。おーい、アンナ!」

 ベンノが声を上げてしばらくすると、応接間の扉が開いてアンナが顔を出す。

「なーに、お父さん?」

「兄さんのお説教は済んだから、向こうでレイクにお茶を出してくれ」

「お、おい、ベンノ!?」

「…………おじさん、またレイクさんに絡んだの?」

 慌てる伯父に、アンナが詰め寄った。

 レイクの手を引いて紹介した時も、やけにケンカ腰だったのである。

「い、いや、違うんだ! 商売の話をしただけだ!」

「ふーん? なら、いいけど」

 疑わしそうに伯父を一瞥してから、レイクに笑い掛ける。

「レイクさん、台所でお茶にしよ? 美味しいドライフルーツがあるから!」



「まったく。面倒事に巻き込みやがって」

 アンナとレイクが連れ立って部屋を出ると、ヴィンセントが頭を掻く。

「ダンジョンのことを大っぴらにできりゃ、大儲けなんだけどな」

 口惜しそうな兄に、ベンノが首を振る。

「レイクに迷惑は掛けられないよ」


 村外れのダンジョンから、素材が採取できる。

 その事実が村の外に広がれば、大騒ぎになるのは目に見えている。

 しかし現状では、ダンジョンで採取できるのはレイク一人なのである。

 彼が騒ぎに巻き込まれないよう、ダンジョン由来の品は慎重に扱う必要がある。

 単に品質が良い品として、あるいは出処を隠して売りさばかなくてはならない。


「迷惑を掛けるね、兄さん」

「別に構わねえよ。弟と甥っ子を助けてくれた恩人のためだ」

 ヴィンセントの台詞に、ベンノが意外そうな顔になる。

「てっきり兄さんは、レイクのことを嫌っているんだと思ってたよ」

「嫌ってなんかいねえよ。ただな?」

 ヴィンセントが、ズイっと身を乗り出す。


「ありゃ、相当にヤバい野郎だぞ」


「レイクが?」

 ベンノは首を傾げるが、ヴィンセントの顔は真剣である。

「俺は昔、迷宮採取人に会ったことがある」

 その人物から、ダンジョンでの仕事がどんなものか聞いたのだ。

 世間が想像しているような危険は一切なく、退屈な作業らしい。

 稼ぎは悪くないが、地下での作業は気が滅入ると愚痴をこぼしていた。


「だが、あいつはダンジョンに一人で乗り込んで、モンスターを倒すんだぞ?」

 ヴィンセントは両手を組み合わせ、ギュッと握り締める。

「そんなやつが、真っ当な人間であるはずがない」

「とてつもなく強いけど、レイクは誠実な男だよ?」

 レイクの人柄を知るベンノが、考え過ぎだと笑う。

「どうして、どうやって、その強さを手に入れたんだ?」

 ――モンスターをしのぐほどの強さに、何の意味がある?

 ヴィンセントは、不信感を露わにする。

「それに今時、魔術なんか使えるやつが堅気であるはずがねえ」

 冒険者が盛んだった時代とは違い、現代で魔術は危険な技術だと見なされているのだ。


「そんな怪しげな男に、可愛いアンナはやらんぞ!!」

「可愛いって、兄さん…………アンナは、それなりの年齢なんだけど」

「幾つになろうが、俺にとっては娘みたいなもんだ!」


 いつまでたっても姪っ子大好きな兄に、ベンノは苦笑するしかなかった。


 ◆


 ドライフルーツの包みを提げ、レイクは家に戻った。

 一人残されたミミイは、きっとむくれているだろう。

 ご機嫌取りのため、お茶請けの残りをお土産に貰ってきたのだ。

 レイクの口元が、ほんのりと緩む。きっとミミイは喜ぶだろう。


 家の扉をくぐった途端、レイクは異常に気付いた。

 廊下の奥から流れてくる旋律は、いつも愛剣が唱っているものだ。

 だが、そこに重なる歌声があった。

「――――ミミイ?」

 足音を忍ばせて廊下を歩き、納戸部屋の前にたどり着いた。

 薄く開いた扉の隙間から、そっと中の様子を伺う。


 ミミイが、歌っていた。

 歌詞を伴わず、声のみの歌唱である。

 高く澄んだ歌声は、どこまでも伸びやかである。

 聴く者の胸を打つ、歓喜と生命に溢れた歌声だった。


 しかし、レイクに音楽を鑑賞する余裕などない。

 ミミイの身体から立ち昇る銀色の瘴気に気付き、息を呑んだ。

 それは高純度の魔素だった。

 エルフの知人シェリーに、薬を処方してもらった時のことを思い出す。

 赤黒い瘴気から毒素となる不純物を除去すると、銀色の魔素が残る。

 ミミイから立ち昇る魔素は、それよりも純粋な輝きを放っていた。


 もはや容赦のない現実を直視するしかなかった。

 少女の上半身に似ただけの、奇妙なヘビではない。

 世にも珍しい、希少生物の類でもない。

 自分の無知を言い訳にできない、決定的な証拠である。


 魔素は、自然生物から発生することはない。

 ミミイは、レイクのペットは、モンスターなのである。



 ――地上から、ことごとくモンスターを駆逐せよ。

 それが遥か遠い昔から受け継がれる、冒険者の誓いであった。

明日も投稿します。

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