23.目撃する迷宮採取人
連日投稿 第一弾
レイクの積み木作品をバラバラにすることに、ミミイは謎の情熱を燃やしている。
しかも厄介なことに、同じ作品では満足することがない。
より大きく、さらに複雑な構造を要求するのだ。
その結果、レイクの積み木作品は小さな家から始まり村から街へ。
最後には外壁に囲まれた迷宮都市へと大発展を遂げた。
しかし達成感の余韻に浸る間もなく、
「ミイイイイィーッ!!」
「まっ、待ってくれ!? もうちょっとだけえええええっ!!」
レイクの懇願を無視して、ミミイは全てを破壊する。
一個一個丁寧に積み上げた外壁を、入り組んだ街並みを、尻尾で容赦なく薙ぎ払う。
そして散乱した積み木の中央で、ミミイは満足そうにとぐろを巻くのであった。
今日も今日とてミミイに積み木遊びを強請られ、レイクはうんざりする。
そんな時、アンナが訪ねてきて、一緒についてきて欲しいと頼まれた。
二つ返事で了承したレイクは、ご立腹のミミイを残して逃げ出したのである。
◆
「常識で考えろ」
「はあ」
一難去ってまた一難。
雑貨屋であるパッシーニ家、その応接間でレイクはこってり絞られていた。
レイクの正面でソファーに座っているのは、浅黒い肌の大柄な男だ。
名はヴィンセント、一昨日から村を訪れている行商人である。
彼はベンノの兄で、アンナにとっては伯父にあたる人物だった。
レイクとヴィンセント、二人の間にはローテーブルがある。
その上には精緻な刺しゅうのハンカチが、何枚も広げられていた。
刺しゅうの色糸は、レイクが作った染料で染めてある。
染料の素材も、レイクが採取したジェリー・ジュエルの核だ。
「一体全体、お前さんは何を考えているんだ?」
ヴィンセントは腕組をして、低い声で凄む。
「みんなが喜んでくれたので、つい…………」
レイクはそっと目を逸らし、口ごもった。
実際、レイクの染料で染めた色糸は、村の女衆に大好評なのである。
バラよりも鮮やかな赤、太陽よりも明るい黄色。
深い湖の底を思わせる青、どんな木々の葉よりも濃い緑。
その豊かな彩りは、女衆達をことごとく魅了している。
バンッ!
ヴィンセントが、ハンカチごとテーブルを叩いた。
「だからといって宝石を砕くバカがいるか!」
ジェリー・ジュエルの核は、希少品である。
なにしろ魔法をぶっ放してくるので、安全第一の迷宮採取人は敬遠しがちだ。
現代では高価な宝石として扱われ、宝飾品に加工するのが一般的なのである。
染料として使うなど、大金持ちが娘の嫁入り道具をあつらえる時ぐらいだろう。
「しかも色揃えで売れば、いくらになると思っているんだ!」
迫力のある面構えのヴィンセントが一喝すると、レイクが困り顔になった。
ヴィンセントの住まいは遠くの街にあり、行商で村を訪れるのは半年に一度。
レイクと顔を合わすのは今回で二度目、さほど言葉を交わす機会があった訳ではない。
なのに初対面の時から、レイクに対する態度が厳しいのである。
「まあまあ。彼は親切心でやってくれたんだから」
レイクの隣に座ったベンノが取り成すと、ヴィンセントがため息を吐く。
「お前もお前だ。どうして止めなかった」
辺境の村々では現金での取引は滅多になく、物々交換が基本である。
刺しゅう入りのハンカチは、商品と交換するために村の女衆から渡されたものだ。
後からダンジョン由来の品だと気付いたヴィンセントは、相談のため弟の許を訪れた。
女衆と交換した商品とは、とうてい釣り合いが取れるものではないからだ。
ついでに文句を言ってやろうと、レイクを呼び出したのである。
「兄さんに事情を打ち明けた時、お願いしただろう? これは――――」
ベンノが穏やかに笑いながら、ローテーブルを指差す。
「ちょっと珍しい色合いの、ただのハンカチ。そんな感じで頼むよ?」
「大雑把すぎるだろ!」
「…………ひょっとして、迷惑でしたか?」
レイクが困惑して尋ねると、ベンノが軽く手を振った。
「気にしなくても大丈夫だよ。おーい、アンナ!」
ベンノが声を上げてしばらくすると、応接間の扉が開いてアンナが顔を出す。
「なーに、お父さん?」
「兄さんのお説教は済んだから、向こうでレイクにお茶を出してくれ」
「お、おい、ベンノ!?」
「…………おじさん、またレイクさんに絡んだの?」
慌てる伯父に、アンナが詰め寄った。
レイクの手を引いて紹介した時も、やけにケンカ腰だったのである。
「い、いや、違うんだ! 商売の話をしただけだ!」
「ふーん? なら、いいけど」
疑わしそうに伯父を一瞥してから、レイクに笑い掛ける。
「レイクさん、台所でお茶にしよ? 美味しいドライフルーツがあるから!」
「まったく。面倒事に巻き込みやがって」
アンナとレイクが連れ立って部屋を出ると、ヴィンセントが頭を掻く。
「ダンジョンのことを大っぴらにできりゃ、大儲けなんだけどな」
口惜しそうな兄に、ベンノが首を振る。
「レイクに迷惑は掛けられないよ」
村外れのダンジョンから、素材が採取できる。
その事実が村の外に広がれば、大騒ぎになるのは目に見えている。
しかし現状では、ダンジョンで採取できるのはレイク一人なのである。
彼が騒ぎに巻き込まれないよう、ダンジョン由来の品は慎重に扱う必要がある。
単に品質が良い品として、あるいは出処を隠して売りさばかなくてはならない。
「迷惑を掛けるね、兄さん」
「別に構わねえよ。弟と甥っ子を助けてくれた恩人のためだ」
ヴィンセントの台詞に、ベンノが意外そうな顔になる。
「てっきり兄さんは、レイクのことを嫌っているんだと思ってたよ」
「嫌ってなんかいねえよ。ただな?」
ヴィンセントが、ズイっと身を乗り出す。
「ありゃ、相当にヤバい野郎だぞ」
「レイクが?」
ベンノは首を傾げるが、ヴィンセントの顔は真剣である。
「俺は昔、迷宮採取人に会ったことがある」
その人物から、ダンジョンでの仕事がどんなものか聞いたのだ。
世間が想像しているような危険は一切なく、退屈な作業らしい。
稼ぎは悪くないが、地下での作業は気が滅入ると愚痴をこぼしていた。
「だが、あいつはダンジョンに一人で乗り込んで、モンスターを倒すんだぞ?」
ヴィンセントは両手を組み合わせ、ギュッと握り締める。
「そんなやつが、真っ当な人間であるはずがない」
「とてつもなく強いけど、レイクは誠実な男だよ?」
レイクの人柄を知るベンノが、考え過ぎだと笑う。
「どうして、どうやって、その強さを手に入れたんだ?」
――モンスターをしのぐほどの強さに、何の意味がある?
ヴィンセントは、不信感を露わにする。
「それに今時、魔術なんか使えるやつが堅気であるはずがねえ」
冒険者が盛んだった時代とは違い、現代で魔術は危険な技術だと見なされているのだ。
「そんな怪しげな男に、可愛いアンナはやらんぞ!!」
「可愛いって、兄さん…………アンナは、それなりの年齢なんだけど」
「幾つになろうが、俺にとっては娘みたいなもんだ!」
いつまでたっても姪っ子大好きな兄に、ベンノは苦笑するしかなかった。
◆
ドライフルーツの包みを提げ、レイクは家に戻った。
一人残されたミミイは、きっとむくれているだろう。
ご機嫌取りのため、お茶請けの残りをお土産に貰ってきたのだ。
レイクの口元が、ほんのりと緩む。きっとミミイは喜ぶだろう。
家の扉をくぐった途端、レイクは異常に気付いた。
廊下の奥から流れてくる旋律は、いつも愛剣が唱っているものだ。
だが、そこに重なる歌声があった。
「――――ミミイ?」
足音を忍ばせて廊下を歩き、納戸部屋の前にたどり着いた。
薄く開いた扉の隙間から、そっと中の様子を伺う。
ミミイが、歌っていた。
歌詞を伴わず、声のみの歌唱である。
高く澄んだ歌声は、どこまでも伸びやかである。
聴く者の胸を打つ、歓喜と生命に溢れた歌声だった。
しかし、レイクに音楽を鑑賞する余裕などない。
ミミイの身体から立ち昇る銀色の瘴気に気付き、息を呑んだ。
それは高純度の魔素だった。
エルフの知人シェリーに、薬を処方してもらった時のことを思い出す。
赤黒い瘴気から毒素となる不純物を除去すると、銀色の魔素が残る。
ミミイから立ち昇る魔素は、それよりも純粋な輝きを放っていた。
もはや容赦のない現実を直視するしかなかった。
少女の上半身に似ただけの、奇妙なヘビではない。
世にも珍しい、希少生物の類でもない。
自分の無知を言い訳にできない、決定的な証拠である。
魔素は、自然生物から発生することはない。
ミミイは、レイクのペットは、モンスターなのである。
――地上から、ことごとくモンスターを駆逐せよ。
それが遥か遠い昔から受け継がれる、冒険者の誓いであった。
明日も投稿します。




