22.ラミアの子と初友
レイク以外の誰かが家を訪れると、ミミイは素早く身を隠す。
息をひそめて様子を窺い、状況に応じて別の場所に退避する知恵もある。
最近ではレイクも、多少は安心して外出できるようになっていた。
昼過ぎ頃、アンナがやってきた。
何事かをレイクに告げると、外に連れ出してしまったのである。
その一部始終を、ミミイは物陰に隠れながらジッと見守っていた。
「ミュ~~」
ふくれっ面のミミイが不満そうに唸る。
ちょうど今から、レイクと一緒に積み木で遊ぼうとしていたからだ。
レイクの方は、若干ホッとした様子で出掛けたのであるが。
ご機嫌斜めなミミイは、しゅるしゅると台所に移動した。
器用に棚を這い上がり、レイクが隠している木箱の蓋に取り付く。
ちっちゃい手で蓋をこじ開けると、中に入っていた大好物の焼き菓子を一枚失敬した。
その後でキチンと蓋を閉めたのは、証拠隠滅のつもりではない。
蓋が外れていると、やたらと閉めたがる癖があるのだ。
たまたま食卓の塩壺を閉じてみせたら、感心したレイクに褒められたことがある。
得意になって繰り返している内に習慣になったおかげで、盗み食いがバレたことはない。
「ミッ♪」
焼き菓子を一口齧った途端、ミミイの機嫌は直った。
しかし食べながら家の中を徘徊するものだから、ボロボロと食べこぼしが床に落ちる。
この家の掃除している村の女衆は、床の食べこぼしをレイクの仕業だと思っていた。
とんだ濡れ衣なのである。
最後の一欠けらを呑み込んだミミイが、不意に動きを止めた。
遠い目で天井を見上げ、小さな耳がピクピクと震える。
どこか夢見心地な様子で廊下を進むと、やがて奥の納戸部屋に突き当たった。
いつもはしっかり閉じられている扉が、薄く開いていた。
レイクは留守の際、厄介な代物を押し込んだ納戸部屋の戸締りを厳重にする。
さらに部屋全体に施術しているので、ミミイでも侵入不可能だった。
ところが今日は慌ただしく出掛けたため、確認を怠ってしまったらしい。
「ミ~?」
ミミイは扉の隙間から、そっと中を覗きこんだ。
様々な品物が、ろくに整理もされずに山積みになっている。
するすると納戸部屋に侵入したミミイが、辺りを物色した。
翡翠の瞳が好奇心に輝き、ペタペタとあちこち触りまくる。
そうして奥へ奥へと進むうちに、壁際に立て掛けた武器の類が目に入った。
ミミイは一番右端の、長柄武器に近寄る。
全体が黄金色に輝いていたので、興味を惹かれたのだろう。
下向きに置かれた斧部は鏡のように滑らかで、ミミイの姿を映し出した。
――黄金色の鏡像が妖しく微笑み、ゆらゆらと手招きする。
魅入られたミミイが、小さな指先で触れようとした。
<RURU!>
鋭い旋律が鳴り響いた。
「ミッ!?」
驚いたミミイが、身を翻して逃げ出す。
慌てて荷物の隙間に滑り込んだが、尻尾がはみ出ていた。
そのまま何事もなく時間が過ぎ、ミミイがもぞもぞと反転して顔を出す。
「ミイ?」
部屋の中は何事もなく静まり返り、どこにも異常は見当たらない。
隠れ場所から這い出たミミイが、ぐるりと視線を巡らした。
その視線が、ある方向でピタリと止まる。
するすると這い寄った先に立て掛けられた、一振りの剣。
剣の鞘は金と銀の象嵌が施され、柄には黄色の水晶が嵌め込まれていた。
優美なこしらえの剣を、ミミイが疑わしげに見詰める。
ジーと、穴が開きそうな凝視だ。
――ぺし
ミミイがいきなり、尻尾で剣をはたいた。
ぺし、ぺし、ぺし、ぺしっぺしっぺしっ。
何度も叩き続けるが、剣は根が生えたように動かない。
それでもミミイは執拗に叩き続け、回数が三桁を越えようとした時である。
<……ruru>
根負けしたのか、ハミング・ソウルが微かな旋律を奏でた。
レイクに置いてきぼりをくらい、独りで唱っていた加護の剣。
いつもは遮られるメロディーが、扉の隙間から漏れ出てしまったらしい。
そして、たまたま聞き付けたミミイを引き寄せてしまったのである。
<mmmm>
ハミング・ソウルが、低い振動音を発する。
人を不安に陥れるような、不気味な音だ。
どうやら侵入者を歓迎していないらしい。
「ミイッ!!」
しかしミミイは歓声を上げた。
まるで新しい玩具を見付けたように、ハミング・ソウルをべたべたと触りまくる。
<ru>
「ミイッ! ミイッ!」
<ruru?>
「ミイ~~、ミッ!」
<――――――――la♪>
「ミイー! ミイー!」
<la♪ lala♪>
「ミッ♪ ミイミイ♪」
ハミング・ソウルの唱う旋律を、ミミイがなぞらえる。
高く低くなる音階を鳴き声が追い、跳ねるリズムに合わせて尻尾を振った。
加護の剣の刀身が、身震いするように震えた。
次から次へとメロディーを披露する、ハミング・ソウル。
誘うように、挑むように、戯れるように、導くように。
ミミイが追い着けば難易度を上げ、声なき声で問い掛けた。
――さあ、これは?
ハミング・ソウルの授業を、ミミイは驚くべき速さで吸収する。
最初はたどたどしかった鳴き声が洗練され、やがて歌声へと昇華した。
二人の織り成す美しいハーモニーが、納戸部屋に響き渡る。
蛇身を高く伸ばし、歌い続けるミミイ。
彼女の身体から、銀色に輝く靄が立ち昇っていた。




