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ラミアな子と迷宮採取人 ~ペットから始まる家族物語~  作者: 藤正治
第一章 ラミアな子と迷宮採取人
22/30

22.ラミアの子と初友

 レイク以外の誰かが家を訪れると、ミミイは素早く身を隠す。

 息をひそめて様子を窺い、状況に応じて別の場所に退避する知恵もある。

 最近ではレイクも、多少は安心して外出できるようになっていた。


 昼過ぎ頃、アンナがやってきた。

 何事かをレイクに告げると、外に連れ出してしまったのである。

 その一部始終を、ミミイは物陰に隠れながらジッと見守っていた。


「ミュ~~」

 ふくれっ面のミミイが不満そうに唸る。

 ちょうど今から、レイクと一緒に積み木で遊ぼうとしていたからだ。

 レイクの方は、若干ホッとした様子で出掛けたのであるが。


 ご機嫌斜めなミミイは、しゅるしゅると台所に移動した。

 器用に棚を這い上がり、レイクが隠している木箱の蓋に取り付く。

 ちっちゃい手で蓋をこじ開けると、中に入っていた大好物の焼き菓子を一枚失敬した。

 その後でキチンと蓋を閉めたのは、証拠隠滅のつもりではない。

 蓋が外れていると、やたらと閉めたがる癖があるのだ。

 たまたま食卓の塩壺を閉じてみせたら、感心したレイクに褒められたことがある。

 得意になって繰り返している内に習慣になったおかげで、盗み食いがバレたことはない。


「ミッ♪」

 焼き菓子を一口齧った途端、ミミイの機嫌は直った。

 しかし食べながら家の中を徘徊するものだから、ボロボロと食べこぼしが床に落ちる。

 この家の掃除している村の女衆は、床の食べこぼしをレイクの仕業だと思っていた。

 とんだ濡れ衣なのである。

 最後の一欠けらを呑み込んだミミイが、不意に動きを止めた。

 遠い目で天井を見上げ、小さな耳がピクピクと震える。

 どこか夢見心地な様子で廊下を進むと、やがて奥の納戸部屋に突き当たった。


 いつもはしっかり閉じられている扉が、薄く開いていた。

 レイクは留守の際、厄介な代物を押し込んだ納戸部屋の戸締りを厳重にする。

 さらに部屋全体に施術しているので、ミミイでも侵入不可能だった。

 ところが今日は慌ただしく出掛けたため、確認を怠ってしまったらしい。


「ミ~?」

 ミミイは扉の隙間から、そっと中を覗きこんだ。

 様々な品物が、ろくに整理もされずに山積みになっている。

 するすると納戸部屋に侵入したミミイが、辺りを物色した。

 翡翠の瞳が好奇心に輝き、ペタペタとあちこち触りまくる。

 そうして奥へ奥へと進むうちに、壁際に立て掛けた武器の類が目に入った。

 ミミイは一番右端の、長柄武器に近寄る。

 全体が黄金色に輝いていたので、興味を惹かれたのだろう。

 下向きに置かれた斧部は鏡のように滑らかで、ミミイの姿を映し出した。


 ――黄金色の鏡像が妖しく微笑み、ゆらゆらと手招きする。

 魅入られたミミイが、小さな指先で触れようとした。


<RURU!>

 鋭い旋律が鳴り響いた。


「ミッ!?」

 驚いたミミイが、身を翻して逃げ出す。

 慌てて荷物の隙間に滑り込んだが、尻尾がはみ出ていた。


 そのまま何事もなく時間が過ぎ、ミミイがもぞもぞと反転して顔を出す。

「ミイ?」

 部屋の中は何事もなく静まり返り、どこにも異常は見当たらない。

 隠れ場所から這い出たミミイが、ぐるりと視線を巡らした。

 その視線が、ある方向でピタリと止まる。

 するすると這い寄った先に立て掛けられた、一振りの剣。

 剣の鞘は金と銀の象嵌が施され、柄には黄色の水晶が嵌め込まれていた。

 優美なこしらえの剣を、ミミイが疑わしげに見詰める。

 ジーと、穴が開きそうな凝視だ。

 ――ぺし

 ミミイがいきなり、尻尾で剣をはたいた。

 ぺし、ぺし、ぺし、ぺしっぺしっぺしっ。

 何度も叩き続けるが、剣は根が生えたように動かない。

 それでもミミイは執拗に叩き続け、回数が三桁を越えようとした時である。


<……ruru>

 根負けしたのか、ハミング・ソウルが微かな旋律を奏でた。


 レイクに置いてきぼりをくらい、独りで唱っていた加護の剣。

 いつもは遮られるメロディーが、扉の隙間から漏れ出てしまったらしい。

 そして、たまたま聞き付けたミミイを引き寄せてしまったのである。


<mmmm>

 ハミング・ソウルが、低い振動音を発する。

 人を不安に陥れるような、不気味な音だ。

 どうやら侵入者を歓迎していないらしい。

「ミイッ!!」

 しかしミミイは歓声を上げた。

 まるで新しい玩具を見付けたように、ハミング・ソウルをべたべたと触りまくる。



<ru>

「ミイッ! ミイッ!」

<ruru?>

「ミイ~~、ミッ!」

<――――――――la♪>

「ミイー! ミイー!」

<la♪ lala♪>

「ミッ♪ ミイミイ♪」


 ハミング・ソウルの唱う旋律を、ミミイがなぞらえる。

 高く低くなる音階を鳴き声が追い、跳ねるリズムに合わせて尻尾を振った。


 加護の剣の刀身が、身震いするように震えた。

 次から次へとメロディーを披露する、ハミング・ソウル。

 誘うように、挑むように、戯れるように、導くように。

 ミミイが追い着けば難易度を上げ、声なき声で問い掛けた。


 ――さあ、これは?


 ハミング・ソウルの授業を、ミミイは驚くべき速さで吸収する。

 最初はたどたどしかった鳴き声が洗練され、やがて歌声へと昇華した。


 二人の織り成す美しいハーモニーが、納戸部屋に響き渡る。

 蛇身を高く伸ばし、歌い続けるミミイ。


 彼女の身体から、銀色に輝く靄が立ち昇っていた。

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