21.迷宮採取人の満足
その日もまた、レイクは村外れのダンジョンに潜っていた。
「…………」
すぐ目の前には複数のモンスターが、ふよふよと浮遊している。
無言で剣を構えたレイクの表情は、いつもより緊張気味だった。
【ジェリー・ジュエル】
形状は、握り拳ほどの球形。
無色透明の外殻が、二回り小さい核を包んでいる。
数は七体。核の色はそれぞれ赤や黄色など様々だ。
レイクは慎重に、赤い核のジェリー・ジュエルを斬りつける。
だが弾力性のある外殻に刃が通らず、反発して飛んでいった。
すると周囲の個体も反応して、四方八方へと逃げ散ってしまう。
通路の壁にぶつかり、跳ね回るジェリー・ジュエル。
その核が、チカチカと明滅を始める。
光の瞬きが最も激しくなった瞬間、魔法の光弾を発射した。
――モンスターとは、魔法を根源とする生物である。
魔法の有無こそが人類を含む自然動物と、ダンジョンのモンスターの違いである。
かつてエルフの知人シェリーが、レイクに語った言葉だ。
中にはジェリー・ジュエルのように、直接魔法で攻撃するタイプも存在する。
レイクの脇をかすめた光弾が、通路の壁にぶつかった。
衝撃で壁面がえぐれ、焼け焦げる。
飛び交う光弾の中、レイクが一言ささやく。
「頼む」
レイク愛用の剣【ハミング・ソウル】が、澄んだ旋律を唱い始めた。
顔面に飛んできた光弾を、剣の加護が遮る。
魔素も衝撃も全て相殺され、光弾が霧散した。
レイクとハミング・ソウルが、飛来する光弾を次々と防ぐ。
五秒程しのぐと、ようやく魔法による攻撃が止んだ。
核の明滅が消え、ジェリー・ジュエル達が空中を浮遊しながら集合する。
攻撃を受けなければ、彼らは襲ってこない。
ありがとうと、レイクが手にしたハミング・ソウルに告げる。
愛剣が軽快なメロディーで応じると、彼の肩から緊張が抜けた。
力まずに繰り出した一撃は、むしろ緩やかだった。
剣先が撫でるように、ジェリー・ジュエルの外殻をスッと裂く。
裂け目から裏返るようにして、核がポロリとこぼれ落ちた。
さらに剣をゆるゆると舞わせ、次々とジェリー・ジュエルを斬る。
最後の一体が床に落ちると、レイクはゆっくり息を吐き出した。
「…………だいぶコツは掴めたな」
迷宮都市にいた頃のレイクは、ジェリー・ジュエルを倒すのに三回は失敗した。
それが今では一回の失敗だから、かなり上達したといえるだろう。
赤黒い瘴気が消えると、床から七つの核を拾い上げた。
全て色違いで、かなりレアなケースである。
レイクは採取した核を素材にして、染料を作るつもりだった。
糸を染めると色鮮やかな刺繍が作れるので、村の女衆に大好評なのである。
レイクの脳裏に、アンナ達の笑顔が浮かぶ。
悪くないと、レイクは思うのだ。
迷宮から素材を持ち帰ると、村の誰もが喜んでくれる。
ここで暮らすようになってから、レイクは学んだことがある。
相手が喜ぶと、自分も心地良いということだ。
それをはっきり自覚したのは、ミミイが家に来てからである。
レイクは素材を袋に入れると、地上を目指して歩き出した。
◆
「レイクさんの様子が変?」
「ああ。店の外で、空をずーと見上げてるよ」
雑貨屋の扉をくぐったレーソンの次男ダンが、アンナに告げる。
「なんか声を掛けても気付かないみたいで」
「何かを見ているの?」
「さあ? これといって特別なもんは…………」
首を傾げるダンに、アンナがにっこりと笑い掛ける。
「ありがとーね、ダン。わざわざ知らせてくれて」
アンナの態度は親しげで、気のおけないものだった。
ダンは子供の頃から世話を焼いた弟分なのである。
「いや、別に……別に大したことじゃないから」
彼女の笑顔に、真っ赤になったダンが鼻の脇を指で掻く。
「ほらほら、さっさと家に戻って仕事をしなさい」
照れ臭そうなダンを、アンナが手を振って追い出しにかかる。
弟分の思慕の念に、彼女は全く気付いた様子はない。
ダンが立ち去ると、アンナは帳簿を片付ける。
しばらく店の扉を眺めたが、いくら待っても開かない。
しびれを切らして店の外に出ると、迷宮採取人が北の空を見上げていた。
「レイクさん、何をしているの?」
声を掛けたが返事がなく、アンナは近付いて横顔を覗き込む。
なんとなく、声が掛けづらい雰囲気だった。
彼の隣に並びながら、アンナは同じ方向を眺める。
抜けるような青空だが、特に変わった様子は――――。
アンナの視界に、遥か遠くの空に掛かる一筋の雲が映った。
青いキャンバスに筆で刷いたような、真っ白な雲である。
その雲は東から真一文字に、ゆっくりと伸びてゆく。
「…………なんだろう、あれ」
これまで見たことのない形の雲を目にして、独り言が漏れる。
「魔術によって創られた、人造精霊だ」
返事があるとは思わなかったアンナが、ちょっと驚く。
「君や子供達を乗せた、アレだ」
彼女は以前に、レイクが土で造った牛モドキを思い出す。
「もっと高度な仕様で、構成要素は違うけど」
「ひょっとして、レイクさんの仕業?」
疑わしげに見詰められ、レイクは顔をしかめる。
「いや。たぶん知り合いが飛ばしているんだ…………俺を探して」
「レイクさんを探しているの? あの雲が?」
魔術に疎いアンナは、困惑して訊き返す。
「……北のルベウスについて教えてもらったから、周辺を捜索しているんだ」
余計なことを訊かなければ良かったと、レイクがぼやく。
「…………ルベウス」
アンナは、それが東のクリシュタルドと並ぶ三大迷宮都市の一つだと思い出す。
「どうしてレイクさんを探しているの?」
「馬鹿な俺を、怒っているんだろうな」
答えたレイクの表情は、ひどく思い詰めたものだった。




