19.ラミアの子は好奇心旺盛
レイクがダンジョンで採取するドロップ品の種類は、実に多岐に渡った。
その中で一番需要があるのは何を隠そう、塩である。
料理や食料の保存など生活の必需品だが、村の外から入手するしかなく値段も張る。
村では高品質な素材よりも、代用が効かない塩の方が有難がられた。
塩をドロップするのは、ソルトマンと呼ばれるモンスターである。
だからレイクはいつも、見掛け次第ソルトマン狩るようにしていた。
そうしてレイクが持ち込んだドロップ品の塩を見て、サマンサが言った。
「まあ、あんまり味は良くないんだけどね」
「サマンサお婆さん! レイクさんに失礼でしょ!」
アンナが強くたしなめる。
村の長老であるサマンサが、店番のアンナと世間話をしていた。
そこにレイクが納品にやって来たのである。
「せっかくレイクさんが採ってきてくれたのに!」
アンナの剣幕に、サマンサが肩を竦めて苦笑する。
「……味って?」
レイク自身は気にした風もなく首を傾げた。
持ってきた袋の口を開け、中に詰め込んだ塩を摘まんで口に入れる。
「普通に、しょっぱいけど…………」
レイクはしかめっ面になり、舌を出した。
ブホッと吹き出したアンナが、慌てて口元を押える。
レイクの顔がツボにはまったのか、しゃがみ込んで肩を震わせた。
「そうさね。しょっぱいだけなのさ」
サマンサの言葉に、レイクは訝しげな表情になる。
しかし何も言わず、カウンターの上に塩の入った袋を三つ載せた。
「それじゃ、帰るから」
「あっ、レイクさん?」
笑いの発作から立ち直ったアンナが、店から去ろうとするレイクを呼び止める。
何事かと振り返るレイクに近付き、アンナが鼻をクンクンと鳴らした。
「…………レイクさん? ちゃんとお風呂に入っている?」
ズサッと、まるで戦闘時のような素早さでレイクは離れた。
「…………入っているよ?」
「嘘おっしゃい!」
「…………昨日はちょっと忙しくて」
バツの悪そうな顔になり、レイクが視線を逸らす。
「一昨日だって入っていないでしょ!」
「どうしてそれを!?」
「やっぱり!」
「――引っ掛けたな!?」
彼女の言う通り、レイクは昨日も一昨日も風呂に入っていない。
ここ最近穏やかな気候な上に、ダンジョンは常にひんやりと涼しい。
汗をかくことがないので面倒臭がり、ついサボってしまったのである。
「せめて一日おきに入らないとダメでしょ!」
「きょ、今日はちゃんと入るから!」
「あっ!? こら待ちなさい!!」
逃げ出したレイクを追って、アンナも店の外に飛び出した。
「相性が良いんだか悪いんだか」
一人残されたサマンサは、やれやれとため息を吐いた。
◆
「ミミイ、ただいま」
どうにかアンナを振り切ったレイクが、疲れた様子で帰宅した。
寝室で装備を解いて簡単に整備してから、楽な格好に着替える。
「おーい、ミミイ?」
出迎えに来ないペットを呼びながら、食堂へと向かう。
「ミミイ?」
食堂を見回しても、彼女の姿はどこにもない。
「ミーミーイー!」
レイクは声を張り上げて呼んだ。
「ミー!」
天井の節穴から、ひょっこりミミイが顔を出した。
「…………また妙な場所から」
レイクが呆れながら見守っていると、ミミイがするすると這い出てきた。
逆さまの状態で天井にぶら下がり、レイクに向かって両手を差し伸べる。
「ミー!」
「……………」
レイクが身動きせずに見守っていると、ミミイが不思議そうに首を傾げる。
「ミッ?」
「…………」
「ミッ? ミッ? ミッ!?」
「…………」
いくらペットが呼び掛けても、飼い主は微動だにしない。
「ミ――――!?」
焦ったミミイが、バタバタと手を振り回した。
天井から床に飛び降りるのは、さすがに怖いのだろう。
「…………はあ」
嘆息したレイクが右手を掲げると、ミミイは天井からパッと離れた。
空中で長い蛇身をひねったミミイが、レイクの腕にクルクルと絡みつく。
「ミー!! ミー!!」
泣き顔で抗議するミミイの頭を、レイクは指先で撫でた。
ミミイの件で、またしてもレイクは頭を悩ませている。
最近のミミイは村人から姿を隠すことを覚えた。
それは野生動物の子供が、親から天敵を教わるような感じなのだろう。
レイクの挙動から、ミミイは村人を警戒すべき相手と認識したらしい。
村人の気配がすると、レイクが指示しなくても隠れ場所を探すようになった。
用心深くなったのは結構なのだが、同時に好奇心も旺盛になってきたのである。
成長してきたせいか、ミミイの朝食後の睡眠時間がだんだん減っている。
最近ではレイクがダンジョンから戻る前に目が覚めていた。
退屈を持て余しているのか、ミミイは屋内を探索するようになったのである。
最初の頃はミミイの姿が見当たらず、レイクも慌てふためいた。
家中あちこち覗き込み、ミミイを探し回ったのである。
ベッドの下や食器棚の裏、かまどの火口の奥などにいる時もあった。
水瓶に落ちたミミイが、外に出られなくなった時もある。
帰宅したレイクがミミイの泣き声を聞きつけ、慌てて救出したのだ。
そんなことが何回も続き、最近ではレイクも慣れてしまっていた。
「あまり変な所に入り込むなよ?」
「ミッ!」
元気に返事をするミミイ。たぶん意味は通じていない。
今日は天井裏を這いずり回ったのだろう。
どうやってそんな所に登れたのかと、レイクは首を傾げる。
「こんなに汚して」
綺麗な白金の髪も、鮮やかな桜色のウロコもすっかり埃だらけである。
レイクはミミイを連れて裏庭に出ると、井戸からタライに水を注いだ。
服替わりのハンカチを洗っている間、ミミイは水の中を泳ぎ回る。
「ほら、こっちに来い」
洗い終えたハンカチをタライの縁に欠けると、ミミイを捕まえた。
「ミー!」
「こら、大人しくしろ」
逃げようとするミミイを押さえ、彼女の髪を指先で揉むように洗う。
「まったく、こんなに汚して。ダメだぞ、ミミイは――――」
言い掛けた言葉を、レイクは呑み込んだ。
しばらく手を止めてから、レイクは洗髪を再開する。
髪を洗われ、気持ち良くなってきたのだろう。
ミミイはご機嫌になり、尻尾でパシャパシャと水面を叩いた。
そしてレイク自身は、風呂に入ることをすっかり忘れてしまったである。
「おはよう、レイクさん。お風呂の用意が出来ているわよ?」
翌日の朝になって雑貨屋に赴くと、アンナが準備万端待ち構えていた。
恐い目で凄まれたレイクは怖気づき、大人しく風呂場に連行される。
そして身体の隅々まで洗われた挙句、仕上げに何杯も冷たい水をぶっ掛けられた。
これからは、ちゃんと風呂に入ろう。
寒さにガタガタ震えながら、レイクは心に誓った。




