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ラミアな子と迷宮採取人 ~ペットから始まる家族物語~  作者: 藤正治
第一章 ラミアな子と迷宮採取人
18/30

18.ラミアの子は食べ盛り

「メシャ!」

「食欲旺盛だな、ミミイは」


 ミミイが四つに切った茹で卵を、黄身をボロボロとこぼしながら食べている。

 彼女の食べっぷりを眺めながら、レイクはイモを頬張った。


 今朝、雑貨屋のアンナが持ってきた食事のメニューは、玉葱とベーコンのスープ。

 チーズと野菜を挟んだパン、茹で卵、バターを塗った蒸かしイモである。

「メシャ!」

「はいはい」

 ミミイにねだられ、レイクはスープの中からベーコンを摘まみ出した。

 念のため、ふーふーと息を吹きかけて冷ましてから渡す。

 受け取ったミミイは満面の笑顔で、ベーコンにかぶりついた。


 ミミイに好き嫌いはないようだ。

 チーズの他にも、肉や野菜だってよく食べる。

 甘いドライフルーツは好物だが、たまに興奮して尻尾を振り回すので危ない。

 

 そして成長期らしく、日に日に食べる量が増えていた。


「…………さて、どうしたものか」

 ただちょっとだけ、困ったことがある。

 レイクは毎日の食事を、村の世話になっている。

 盛り付けもたっぷりで、レイク一人なら十分過ぎるだろう。

 しかし今は食事をミミイと分け合っているのだ。

 いずれ食事の量が足りなくなるのは目に見えていた。


 実際、最近のレイクは食べる量がちょっとだけ物足りなく感じている。

 しかし自分の腹を満たすより、ついミミイを優先して食べさせてしまうのだ。

「……まあ、アレにすればいいか」

「ミー!」

 レイクはパンを四つに割り、一つをミミイに与えると席を立った。

 ほどなくして戻ってきたレイクの手には、黒い棒状の物体が握られている。

 それを齧ろうとしたレイクが、ふと思いついてミミイに差し出した。

「これ、食べてみるか?」

 それはクリシュタルドの老舗商店で売られている、有名な携帯食である。

 日持ちがする上に腹で膨れて満足感が得られる、人気商品だった。

 レイクなどは、この携帯食と水だけで旅を続けたのだ。

「ミミイ、ほら――――」


 レイクの手から、携帯食が消えた。


「えっ?」

 一瞬の出来事で、反応すらできなかった。

 レイクは訳が分からず、テーブルの端まで飛ばされた携帯食を眺める。

 手を伸ばして拾い、再びミミイに携帯食を差し出した。


 ミミイの尻尾が跳ね上がり、ビシッと音を立てて携帯食を弾き飛ばす。

 鞭のようにしなりの効いた、素早くて鋭い見事な一打である。


「え? ええっ!? なんでだよ!」

 狼狽するレイクに、ミミイは見向きもしない。

 ふっくら香ばしいパンを、美味しそうに食べ続けた。


 ◆


「まったく、ミミイのやつ………」


 ダンジョンの依頼を終えたレイクは、雑貨屋に向かっていた。

 今朝の出来事を思い出したのか、不満げな様子である。

 結局、ミミイに携帯食を食べさせることはできなかった。

 何度も携帯食を差し出したが、その度に尻尾で弾き飛ばされたのである。


「なにが気に入らないんだか…………匂いか?」

 食べ物のことを考えたせいか、ぐうっと腹が鳴る。

 ふと気付いて防具の隠しに手を入れると、今朝の携帯食が出てきた。

 何気なく、つい持ってきてしまったらしい。

「久しぶりだな」

 食事の世話をしてもらうようになってから、口にする機会がなかった。

 黒い棒状の携帯食を奥歯に挟んで折ると、ガリガリと噛み砕く。

「…………悪くないと思うんだけどな」

 ふんだんに練り込まれた香辛料が口内に広がり、舌が痺れそうになる。

 他に比喩できない独特で刺激的な味わいが、レイクは嫌いではないのだが。


 息を呑むような悲鳴が聞こえ、レイクはハッと面を上げる。


「――――ああ、こんにちは、フォレス夫人」

 物思いに耽っていたせいで、レイクは珍しく気付くのが遅れた。

 道の先に、村で一番の料理上手、新婚のミリアが立ち竦んでいる。

 雑貨屋のアンナに次いで馴染みがあり、食事以外でも色々と世話になった。

 その恩返しのつもりで、彼女の家の井戸の水量をこっそり増やしたことがある。


「どうかしたのか?」

 ミリアの顔色が悪いことに気付き、レイクが心配そうに尋ねる。

「…………ヘ、ヘンリウッズさん? も、もももしかしてそれは…………」

 動揺するミリアが、レイクの手元を指差す。

「ああ、これか?」

 彼女の様子を訝しみながら、レイクは携帯食を差し出した。

「食べるか?」


 ミリアが、手にしたバスケットを取り落とす。

 口元を手で押さえた彼女はよろよろと後ずさり――踵を返して駆け出した。

「ちょっ、ちょっと!? 落したぞ!」

 レイクが慌てて呼び止めたが、彼女は振り返らずに走り去る。


 レイクは呆然として、彼女の背中を見送った。



 その後、バスケットを拾って雑貨屋に到着すると、ミリアとアンナが待ち構えていた。

「食事の量が足りないのなら、どうして言わないの!」

 いきなりアンナが詰め寄り、その後ろで涙目のミリアがこくこく頷く。

「それともわたし達の料理より、あんなモノが良いわけ!」

「え、いや、ちょっと?」

 一方的にまくし立てられ、戸惑うレイク。

 そんな彼の手から、ミリアが食べ掛けの携帯食を奪い取った。


 ◆


 その日の夕食から、レイクの食事が大幅増量された。


 ミミイと分け合って、なお十分過ぎる量である。

 さらにミリアは時折、焼き菓子の差し入れをするようになった。

 小腹が空いたときに食べるように言われ、レイクは恐縮しきりだ。


「メシャッ!」

 サイズ的に大きな焼き菓子をボリボリと齧り、ミミイが時々叫ぶ。

 その度に、菓子の欠片が口から飛び散る。

 ミリアの焼き菓子は、レイクのペットの大のお気に入りになった。

 どうも歯応えが好みらしい。

 食べ過ぎを心配したレイクが、一日三枚までと制限した。

 こうしてレイクとミミイの食事事情は解決したのだが、


「なんかすっきりしない」

 アンナとミリアの非難がましい眼差しを思い出し、レイクは後々まで首をひねった。


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