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ラミアな子と迷宮採取人 ~ペットから始まる家族物語~  作者: 藤正治
第一章 ラミアな子と迷宮採取人
15/30

15.閑話_出戻り娘と迷宮採取人と保存食

 ダンジョン騒動の翌日。

 村の主だった大人達が、サマンサお婆さんの家に集まった。

 開放してしまったダンジョンについて、話し合うためである。


 村の会合にはいつも父が出席するのだが、今回は欠席だ。

 昨日の騒ぎで腰を痛めてしまい、母に外出を止められたのである。

 代わりにわたしが出席することになり、レイクさんに付き添ってもらった。


 レイクさんは、自分が迷宮採取人だと言い張っている。

 だけどわたし達には、都会風の呼び方なんてどうでもいい。

 レイクさんは冒険者で、父や夫、息子や孫を救ってくれた大恩人だ。

 ただ本人にとっては大事なこだわりらしいので、そっとして触れないであげよう。

 そういう感じになった。

 迷宮採取人と冒険者、どっちにしてもダンジョンに詳しいみたい。

 だから村の会合だけど、レイクさんにも同席してもらうことにしたのだ。



「どうしたもんかねえ」

 サマンサお婆さんがぼやき、集まった大人達も難しい顔だ。

 いつも会合で使っている板の間で、みんなが車座になって頭を悩ませている。

 入り口を塞いでいた石積みが消えてしまい、ダンジョンが開放されてしまった。

 しかもダンジョンの奥には、生きたモンスターが目撃されている。

 もしかしたら、モンスターが外に出てくるかもしれない。

 そうなったら村にとって、大きな危機となるだろう。


「あのダンジョンは、中枢部が破壊済みだ」

 意見を求められたレイクさんが、みんなに説明する。

「中枢部を失ったダンジョンは休眠状態に陥り、いずれ枯死する」

 下手に刺激しなければ安全だと、レイクさんが保証した。

 わたしは胸を撫で下ろしたけど、他の大人達の表情は晴れない。

「そうかもしれねえが…………」

 誰かが、ボソッと呟く。みんなが不安そうに顔を見合わせた。

 別にレイクさんの言葉を疑っている訳ではないのだろう。


 ご先祖さまから語り継がれてきた、ダンジョン災害。

 単なる伝説だと思っていたダンジョンの恐ろしさを、改めて思い知ったのだ。

 レイクさんの言葉を聞いても、怖いものはやっぱり怖いのだ。


「うちのバカ孫みたいなのが、また出てこないとも限らないしね」

 サマンサお婆さんが、うんざりしたようにため息を吐く。

 今回の騒ぎを引き起こした張本人であるメアリちゃん。

 あの子の処遇については、事前に話し合いが済んでいる。

 救出に貢献したレイクさんが取り成してくれたおかげで、重い罰は免れた。

 だけどサマンサお婆さんの言う通り、将来同じ騒動がおきてしまう懸念がある。


 再びダンジョンを塞がないかぎり、みんな安心して夜も眠れないだろう。

 だけど完成するまでに、いったいどのくらいの労力と時間が掛かるのか。

 村にとって大きな負担になることは間違いなかった。


「俺がなんとかしようか?」


 重くなってしまった空気の中で、レイクさんが軽く発言した。

 えっ? とみんなの視線がレイクさんに集まる。

 その途端、彼の肩が微かに震えたのを、わたしは見逃さなかった。

「なんとかって、どういうこと?」

 注目を浴びて固まってしまったレイクさんに、わたしは助け舟を出す。

「…………扉を創ろうかと」

 レイクさんが、小さな声で答える。

「扉? 扉って、なに?」

「ほら、家や部屋の入り口にあるだろ? こう、ノブを引っ張ると開く――――」

「そういうことじゃなくて」

 扉ぐらい知っているわよ。

「ダンジョンの入り口に扉を付けるってこと?」

 ダンジョンに通じる洞窟は屋根よりも高く、幅もかなり広い。

 石をうず高く積むよりも、余計に大変そうだ。

「…………ああ。心配しなくても一人で創れるから、手伝いは要らない」

 なにか勘違いしたらしいレイクさんが、とんでもないことを口にした。

「一人で!? そんなことできるの?」

 みんなも唖然として、口が半開きになった。

「いやでもさすがに二、三日という訳にはいかないからな?」

 ちょっと慌てた様子のレイクさんが、手を振って念押しする。

「…………どのくらいの時間が必要なの?」

「一ヶ月ぐらい」

 村中総出で一年以上は掛かると思っていた仕事を、たったのひと月で!?


 わたし達は絶句して、レイクさんを見詰める。

 居心地が悪いのか、彼はもぞもぞと腰を動かした。


 ◆


 ダンジョンを塞ぐことに関して、レイクさんが専門家とし意見を述べてくれた。

 完全封鎖はダンジョンの性質上、問題があるのだと言う。

 石を積んで入り口を塞いであったことは、もともと大した意味はなかったらしい。

 それを破ることなんてダンジョンにとってたやすいから、放置されていたのだと。

 逆に絶対に出入り不可能にしてしまうと、後々厄介なことになる。

 最悪の場合、自滅するまでモンスターを生み出し、別の場所に穴を掘って脱出を試みるかもしれない。

 だから扉という形にして、魔術的にダンジョンを欺いてしまうのだと語る。

「俺が創った扉を開けられる者なら、中に入っても危険はないだろう」


 ――三〇〇年も経てば、ダンジョンは完全に無害になるから。


 そう付け加えたのは、彼なりの気遣いなのだろう。

 ごめんなさい、レイクさん。

 途方もない話ばかりで、田舎者にはぜんぜん理解できないの。

 わたしもみんなも、内心冷や汗をかいていた。


 工期は一ヶ月弱。

 その間、空き家があれば貸してほしいとレイクさんの要望があった。

 サマンサお婆さんがすぐに了承したので、わたしは食って掛かった。

 なんでうちに泊まらないのだと抗議したけど、レイクさんは頑なに固辞する。

 さらに詰め寄ろうとしたら、周りから宥められて渋々引き下がった。


 こうして村の会合は、とりあえずレイクさんに任せてみようということでまとまった。



 会合からの帰り道、わたしとレイクさんは連れ立って歩いた。

 レイクさんのための家は、今から手入れをして明日には住めるとのこと。

 だから今晩も、レイクさんはうちに泊まる。

「ちょっと訊いてもいいか?」

「…………なによ」

「勘違いだったらすまないが、もしかして、何か怒っているのか」

「そうよ」

「そうか」

「…………」

「…………」

「理由を訊いてよ!?」

「え?」

 レイクさんが目を瞬かせ、不思議そうにこちらを見た。

 この人は!!

「…………もういいよ。それよりも、今後のことだけど」


 レイクさんは、さっそく明日から作業を始めるらしい。

 うちに泊まらないとなれば、色々と考えなくてはいけない。

「いい? 食事はうちで摂りなさい。もし遠くて億劫なら、近くの家でも構わないから。一人分ならすぐに用意できるから、遠慮しないでも大丈夫よ」


 ダンジョンと用意する家を往復するとなると、うちはちょっと遠い感じになる。

 仕事で疲れた後に、うちまでくるのは大変かもしれない。

「洗濯物も、どこにでも持ち込めば洗ってくれるから」

「分かった」


 それにしても、一ヶ月か。

 ダンジョンの扉が完成したら、レイクさんは今度こそ去ってしまうのだ。

 その時ふと、大事なことを訊きそびれていたのに気付いた。

「レイクさんの旅の目的地ってどこなの?」

「特に決めていない」

「決めていないの!?」

 こくりと、レイクさんが頷く。

「いずれ迷宮都市に帰還すると思うけど」

「だったら、この村に――――」


 わたしは喉元まで出掛かった言葉を、途中で呑み込んだ。


 ◆


 そうして一〇日も過ぎた、ある日のこと。

 わたしは幼馴染みの女衆から呼び出しを受けた。

 場所はサマンサお婆さんの家の、先日会合を行った板の間である。

 わたしが到着した時、既にみんな座り込んで待ち構えていた。


「どうしたのよ、いったい」

 空いた座に腰を下ろしたわたしの目の前に、ずいっとお皿が差し出された。

 そこには炭を練り固めたような、黒っぽい塊が載っている。

「これ、なに?」

 不審に思って、隣にいたミリアに訊く。

 果物みたいに赤く、ふっくらした頬っぺたの妹分である。

 いつも朗らかな彼女が、今は沈んだ表情でうなだれている。

「…………昨日の夕方、ヘンリウッズさんの家に、お菓子のお裾分けに行ったら」

 ミリアはぶるぶる震える指先を、皿に乗った固形物に向けた。

「レイクさんが、ソレを食べてたの」

「これ、食べ物なの?」

 どうやら保存食らしいと見当を付けたが、とても口にするものとは思えない。

「レイクさん、ずっとソレで食事をしていたって…………」

「え?」

 驚いて周りを見回せば、幼馴染達の表情が強張っていた。

「誰かの家で食事をしていたんじゃないの!?」

 わたしの問い掛けに、みんな一斉に首を振る。

「村中聞いて回ったけど、ヘンリウッズさん、誰の家も訪ねてないって…………」

 ミリアがキッと面を上げ、わたしを涙目で睨む。

「アンナ(ねえ)? レイクさん、ちゃんと食事に誘ってあげたの?」


「やられた!?」


 わたしは頭を抱えずにはいられなかった。

 いくら人見知りのレイクさんだって、食事をしない訳にはいかない。

 うちに一度も食事を摂りに来ないので、水臭いとは思っていた。

 だけど誰かの家で食事をしているのだろうと、高をくくっていたのである。


 まさか保存食を持ち込んでいたとは!


「しかも、お菓子のお礼だって、これをくれたの」

 ミリアが皿を手にして、わたしに押し付ける。

 彼女の据わった目に負けて、ソレを口に入れた。


 ――とにかく固い。口に入れた最初の感想が、それだった。

 保存食なのだから仕方がないのかもしれないと、懸命に噛み砕く。

 しかし、許せたのもそこまで。

 口の中で溶けていくと、強烈な香辛料の風味が広がる。

 わざと舌を痺れさせて、素材の味を誤魔化そうとしている。

 それが逆効果になってしまっている、ひどい代物だった。


「こ、こんなものを、レイクさんが食べていたの!?」

 わたしは必死になって呑み下した。水、とにかく水が欲しい。

「……平気そうな顔で、かじってた」

 そう言って、涙ぐんでしまうミリア。

 村で一番の料理上手な彼女は、美味しい食べ物が人を幸せにするというのが信条だ。

 そんな彼女にしてみれば、レイクさんが不幸のどん底にいるように思えるのだろう。

「ぐすっ、それだけじゃないの」

 鼻をすすったミリアが言い募る。

「ヘンリウッズさん、洗濯物も出していないの」

「…………まさか」



 わたし達は連れ立って、レイクさんの家に乗り込んだ。

 まだ作業現場にいるのか、レイクさんの姿はどこにもない。

 留守宅に上がり込んだわたし達は、愕然としてしまった。


「ダメだ! あの人は!!」


 心の底から叫んでしまった。

 食堂や居間には木箱が山と積まれ、荷物や衣類があちこちに散乱していた。

 いったいいつ、どこから持ち込んだのかと疑問に思うべきなのだろう。

 しかし、そんな些細な疑問など吹き飛ぶような、ひどい光景が目に映る。


 探し物を漁ったみたいに、木箱の周りには汚れた衣類が散乱していた。

 他の木箱も開けてみれば、汚れ物がぎっしり詰め込まれている。

 小さめの木箱からは、例の保存食が大量に見つかった。

 木箱の数を考えると、数年分はありそうだ。

 テーブルには、あの時の剣と防具が無造作に置かれている。

 ソファーには、くしゃくしゃに丸めた外套が投げ出してあった。

 ガラクタにしか見えない用途不明な品物が、辺りに幾つも転がっている。


 たった一〇日でどうやったら、ここまで汚くできるのか。


「…………とにかく手分けして片付けようか」

「庭で湯を沸かして、衣類の虫を煮殺さないと」

「これからヘンリウッズさんの食事は、当番で用意するわよ。今晩は――」

「わたし! わたしがやる! わたしにやらせて!」

「ねえ! 風呂も使っていないみたいだよ!」

「なら、わたしが薪割りを」

「だったら水汲みをしてくるね」

「ついでに寝具も日に当てましょうか」

 次々と役割分担が決まっていく。


 この幼馴染み達は、ミリアを除けば全員一家を切り盛りする主婦である。

 先祖から受け継いできた家事の技で、家庭内を清潔快適に保つことに誇りを持っている。

 そんな彼女達にとって眼前の光景は、決して見逃せるものではなかったのだ。


 てきぱきと働き始めた幼馴染達を眺めながら、わたしは密かに安堵していた。

 自分でも不思議な感情の正体に、なんとなく思い当たる節がある。


 わたしの心には、レイクさんへの恐れが芽吹いていたのだと思う。

 信じられないようなことが出来るレイクさんが、ちょっとだけ怖かったのだ。

 だけどもう、そんな気持ちは微塵もない。

 こんなだらしのない一面を見せられては、むしろ逆だ。

 ふつふつと、お腹の底から決意がみなぎってくる。


 ――レイクさんを、村から放してはいけない。


 こんなだらしのない人が旅をするなんて、もっての外だ。

 病気になるか、身体を壊すか。

 いつかどこかで絶対に、野垂れ死にしてしまうだろう。

 ちゃんと面倒を看てあげないと、まともに生きていけない人なのだ。


「おーいみんな! ちょっとこっちに集まって!」

 わたしは頼りになる幼馴染達に、レイクさんを村に引き留めるため協力を仰いだ。


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