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ラミアな子と迷宮採取人 ~ペットから始まる家族物語~  作者: 藤正治
第一章 ラミアな子と迷宮採取人
14/30

14.閑話_出戻り娘と迷宮採取人 その三

 村の東外れに広がる、雑草と砂利ばかりの窪地。

 緩やかな勾配を下った底に見える、とても大きな一枚岩。

 そこに開いた洞窟が、ダンジョンに通じる入り口だと言い伝えられてきた。


 だけどダンジョンの入り口なんて、誰も目にしたことはない。

 昔々の大昔に、屋根の高さまで積み上げた石の斜面が見えるだけ。

 ご先祖様達がダンジョンを封じたのだと、村では語り継いでいる。

 たまにお祀りはしているけど、お伽話みたいなものだと思っている人も多い。


 その石積みの斜面に男衆が取りついて、懸命に働いていた。

 頂上辺りに見える小さな穴から石を取り除き、拡げようとしているのだ。

 それは子供だったら這って通れそうな、細い抜け道。


 カール達は、あそこからダンジョンに潜り込んだのだ。



 わたしと母が駆け付けた時、父が働く男衆を見守っていた。

 そして厳しい面持ちで、父が事の次第を話し出した。

「あの子達は一年以上も前から、ダンジョンへの抜け道を掘り進めていたらしい」

 もうそれだけで、ピンと来てしまった。

「…………メアリちゃんね」

「ああ。あの子の発案だそうだ」

 もちろん子分であるカール達も手伝っただろうが、張本人はメアリちゃんだ。

 たまに起きるイタズラ騒動は、たいていあの子の仕業なのである。

 今日もそうだけど、メアリちゃんの両親は村を空けることが多い。

 その寂しさを紛らわしているのだと、みんな同情して大目に見ている。

 だけど、さすがにこれは度が過ぎていた。

 もし石積みが崩れたりしたら、命を落としかねない事故になっていただろう。

 おまけに、ご先祖様が封じたダンジョンに潜り込んだというのだ。


「いざダンジョンに乗り込もうとしたが、リンだけは残ったそうだ」

 子分の一人であるリンは、気の弱い男の子だ。土壇場になって恐くなったのだろう。

 そんな彼を残し、メアリちゃんはカール、ソラン、ロイを引き連れてダンジョンに潜り込んだ。

 リンの話によると、ちょっとだけ中の様子を確認したら、すぐに引き上げる予定だったらしい。

 だけど、いくら待ってもメアリちゃん達が戻ってこない。

 だんだん心細くなったリンは、我慢できずに村に駆け戻った。

 そこでようやく、この重大事が大人達の知るところになったのだ。


 この窪地に集まっているのはロイとソランの両親、サマンサお婆さん。

 力自慢の男衆や、いざという時に備えた女衆だ。

 他のみんなは自宅で連絡を待つようにと、長老達からお達しが出ていた。

 誰もが子供達の身を案じ、不安そうな面持ちである。

 やがて石積みの斜面に取りついていた男衆が、大きな声で父を呼んだ。

 ダンジョンの抜け道が、大人でもなんとか潜り抜けられそうになったらしい。


「わたしはカールを探しに行く」

「お父さんが!? どうして!」

 きっぱりとした父の宣言に、わたしは驚いた。

「中に息子がいるんだ。父親のわたしが行かなくてどうする」

「で、でも!」

 父は細身だ。畑仕事で鍛えられた、逞しい男衆に比べたら見劣りしてしまう。

 そんな父が、何が起きるか分からない場所に潜り込むなんて無茶すぎる。

「ひょっとしたら―――」


 ――モンスターがいるかもしれない。


 自分の思い付きに、ゾッと血の気が下がった。

 もし言い伝え通り本物のダンジョンなら、モンスターがいるのかもしれない。

 大昔の事だ、モンスターなんてとっくに死に絶えている。そう考えたい。

 だけど万が一、モンスターが生き残っていたとしたら?

 それなのに、荒事に向かない父がダンジョンに潜り込むなんて。

「お、お母さん! お父さんが!!」

 母に助けを求めたが、何も言ってくれない。

 泣き出しそうな顔で、口を閉ざしている。

 長年連れ添った夫婦だから、母には分かっているんだ。

 止めても無駄だって。


「どうして! どうしてこんなことに!!」

 ちゃんとメアリちゃんに、言い聞かせておけばよかった。

 冒険者に憧れるあの子が、このダンジョンを見逃すはずがなかったのに。

 ――君は、冒険者になれない。

 容赦のない態度でメアリちゃんを諦めさせたようとした、あの異邦人。

 結局、彼の方が正しかったのだろうか。


 悔しくて情けなくて、俯いた拍子に涙がこぼれる。

「大丈夫だよ、アンナ。父さんに任せておきなさい」

 父が頭を撫でてくれた。出戻りでいい年の娘を、幼い頃と同じように。

「ベンノ、ちょっといいかい?」

 ずっと黙っていたサマンサお婆さんが、父の名を呼ぶ。

「もしもの時はメアリを見捨てて、他の子達を助けておくれ」

「サマンサお婆さん!? なんてことを言うの!!」

 わたしが食って掛かっても、サマンサお婆さんは眉一つ動かさない。

「あの子の自業自得だからね。仕方ないさ」


 あまりにも薄情な台詞に、だけど父は柔らかく微笑んで応えた。

「安心してください。全員、無事に連れて戻りますから」

 サマンサお婆さんは口をつぐみ、しばらくしてから深々と頭を下げる。

 いつもみんなを怒鳴りつけるサマンサお婆さんが、ひどく頼りなく見えた

 ああ、当たり前だ。血のつながった孫娘が、心配でないはずがない。

 だけど村の長老として、厳しい態度をとらないといけないんだ。


 わたしだって、メアリーちゃん達を赤ん坊の頃から知っている。

 カールだけじゃない。あの子達も、わたしの可愛い妹弟だ。

 みんな無事に戻ってきてほしいと、心の底から願っている

「では、行ってくる」

 うちの父を先頭に、ソランとロイの父親。それに男衆が次々と斜面を登ってゆく。

 男衆は鍬や鎌、ナイフを手にしていた。みんな危険を覚悟しているんだ。


 そして順々に、ダンジョンの中へと消えていった。


 ◆


 父と男衆がダンジョンに乗り込んでから、時間だけが過ぎてゆく。

 サマンサお婆さんは腰を下ろし、目をつぶってジッとしている。

 女衆は互いに寄り添って、祈りの言葉を唱えていた。

 わたしは、父達が消えた抜け道をずっと見上げていた。

 手をこまねいて待つだけなのは苦痛だけど、できることは何一つない。

 もしわたしが男だったら、父に代わってカール達を助けにいけるのに。

 何か異変が起きないか、抜け道の両脇には二人の男衆が控えている。

 耳を澄まして中の様子を窺っているが、変化はないみたいだ。


 そうして一時間、二時間と経っけど、誰も帰ってこない。

 不安に押し潰されそうになる。次第に空を染める夕焼けが、やけに赤く見えた。

 慎重な父なら、連絡ぐらい送ってくれそうなのに。

 そう思っていたら、抜け道の辺りで動きがあった。


「おーい! 引っ張り出してくれ!」

 そして狭い入り口をくぐり、青年が姿を現す。

 レーソンさんの息子、ダンだ。今年で一八になり、もう立派な大人である。

 ダンは転がるように斜面を下り、サマンサお婆さんに駆け寄った。

 ぜいぜいと息を切らしながら、必死になって叫んだ。


「モンスターだ! モンスターが出た!!」


 その瞬間、わたしは駆け出そうとした。

 だけど勘のいい母に抱き着かれ、身動きができなくなる。

「どこへ行くの!?」

「放して! カールが!! お父さんが!!」

 わたしと母が揉み合っていると、周りからも手が伸びてきた。

「放して! 邪魔しないで!」

 みんなに押さえ込まれるが、それを振り解こうと全力で暴れる。

 カールを! 父を!

 みんなを助けに行かなきゃ!!


「状況の説明を」


 ここにいるはずのない声だった。

 振り返った視線の先に、旅立ったはずのレイクさんが立っていた。

 彼は大きなズタ袋を抱え、こちらを見詰めている。

「ど、どうして…………」

 あれだけ冷淡に村から追い出したのだ。二度と戻ってくるはずがないのに。

「ここを訪れた時、地脈走査にダンジョンの反応があった」

「え?」

「休眠状態なので放置したが、数時間前から活性化が始まった」

「あ、あの? レイクさん?」

「だから戻ってきた。何があったのか、状況の説明を」

 意味が理解できない。戻ってきたって、どうして?


「うちのバカ孫と子供達が、ダンジョンの中に入り込んだんだよ」

 戸惑うわたしに代わって、サマンサお婆さんが事情を打ち明ける。

「連れ戻しに行った男衆も戻ってこない。ここにいる若いのが」

 サマンサお婆さんが、目の前のダンを指差す。

「モンスターが出た、と」

「ほ、本当だよ! 見たこともない、変なやつが現れて!」

 ダンが身振り手振りで、必死に訴える。

「みんなに知らせろって! 足止めするからって! ベンノさんが!!」

 ――自分達に構わずダンジョンを塞ぐようにと。

 父の伝言に、目の前が真っ暗になった。足元がふらつき、倒れ込みそうになる。

 泣き叫びそうになる寸前、わたしの耳に彼の言葉が届いた。


「助けは、必要か?」

 レイクさんが、辺りをぐるりと見まわして問い掛ける。

「た、助け?」

 わたしが訊き返すと、レイクさんが頷いた。

「俺に遭難者救助の依頼をするか?」

 どうやら助けを申し出ているらしいと、ぼんやり理解する。

「これは、うちの村の問題さ。余所者には関係ないよ」

 だけどサマンサお婆さんは、レイクさんの申し出を拒絶した。

 そうだ、レイクさんは都会の人で、村とは無関係な人だ。

 だから――――


「依頼してくれ、頼む」


 真剣な眼差しで告げる口調は、逆に懇願みたいだった。

 彼の言葉に、感情が弾ける。差し延べられた希望に、懸命にすがりつく。

「レイクさん! お願い!」

 誰でもいい、なんでもいい。

「カールを! お父さんを!」

 都会の生活を捨て、帰ってきた故郷。


「みんなを助けて!!」


 誰もが笑顔で暮らす、掛け替えのない日常を救ってほしい。

 ――望むなら、わたしの命だって差し出すから!


「クリシュタルド迷宮採取人組合所属、レイク・ヘンリウッズ」


 外見に、何か変化があったわけではない。

「遭難者救助の依頼、確かに引き受けた」

 だけどレイクさんの雰囲気が、ガラリと変わった。

 切れるほどに鋭くて、恐ろしいぐらい威圧的で。

 だけど頼もしい何かを、全身にまとっていた。

 レイクさんが抱えていたズタ袋を降ろし、中に手を入れる。

 中から次々と取り出す、見たこともない金属製の品々。

 まるで吸い付くような速さと正確さで、それらを身に付けていく。

 あっという間に、レイクさんの姿が変わった。

 元夫と暮らしていた街に常駐していた、武装する兵隊さんに似ている。

 だけどもっと立派で、頑丈そうで、力強い姿だった。


「これから救助活動を行う。全員、この場から退避を」

 そう言い残し、レイクさんが歩き出す。

「そこの二人! 急いでその場から降りろ!」

 大声を出し、石積みの頂上付近にいる男衆に声を掛ける。

「ま、待ってくれ! その格好じゃ抜け道は通れない!」

 ダンが叫び、わたしもそれに気付いた。

 確かに武装が邪魔で、抜け道を潜り抜けられそうにない。


「ここから離れろ! 急げ!」

 信じられないぐらい大きな一喝が、頭上から降りかかった。

 反論する理性も気力もねじ伏せる、凄まじい声だ。

 石積みの上にいた二人が、慌てて斜面をくだり降りる。

 ダンがサマンサお婆さんを抱きかかえて走り出した。

 わたしも母の手を引っ張りながら、その場を急いで離れる。


 その時、母を支えながら走るわたしの耳に歌声が聞こえた。

 歌詞のない、まるで天使様が歌っているような美しい旋律が響いている。

 わたしは足を止めることなく振り返った。


 ダンジョンを塞ぐ石積みの前で、剣を掲げるレイクさんの姿。

 その剣が歌っているのだという、不思議な直感があった。

 レイクさんが、歌う剣を振り下ろす。


 ドンと、地面の上を見えない波が走ったように感じた。

 一瞬だけ、足が宙に浮く。

 みんな思わず立ち止まり、しゃがみ込んだ。

 わたしも母をかばい、身を伏せる

 ごうごうと嵐のように逆巻く風の音を聞いた。




 みんなが我を取り戻した時、辺りは静寂に満ちていた。

 恐る恐る戻ると石積みはきれいさっぱり、跡形もなく消え去っていた。

 そこには言い伝え通り、洞窟がぽっかりと開いている。

 中を覗き込むと、地下へと続く淡い光を放つ通路が見えた。

 レイクさんの姿は、どこにも見当たらない。

 だけど通路の先、ダンジョンの奥深くに向かったのだと確信した。


「冒険者だ」

 隣に並んで洞窟を覗き込むダンが、ぼそりと呟いた。

 それでようやく、子供の頃に胸を躍らせて読んだ絵本を思い出す。

 挿絵に描かれた、巨大なモンスターに挑む英雄の姿。

 勇敢な英雄は、レイクさんと同じ格好をしていた。


 あれは冒険者の物語だった。


 ◆


 それから間もなくして、あっけないほど簡単に全員無事に戻ってきた。

 レイクさんは何度も往復して、みんなを運んできたのである。

 カール、ソラン、ロイ。お父さんや男衆。子供も大人も関係ない。

 子供達は丁寧に抱きかかえていたが、大人はまるで荷物扱い。

 両肩に担いでくると無造作に放り出し、すぐさまダンジョンに駆け戻る。

 よほど手荒に運ばれたのか、大人達はみな顔色が真っ青だ。

 わたしと母は、カールと父を抱き締め、わんわんと泣いてしまった。

 周りでは、同じような光景が繰り広げられている。


 みんなが落ち着きを取り戻した頃、レイクさんがメアリちゃんを抱きかかえて帰ってきた。

 そうっとメアリちゃんを地面に降ろすと、レイクさんの防具が色を取り戻す。

 それで彼の防具が、今まで光を帯びていたことに気付いた。


「この子が、自ら囮になってモンスターを引き寄せていたので」

 救出に手間取ってすまないと、レイクさんが謝罪する。

 もう、あの怖いような雰囲気は欠片もない。

 レイクさんは、声も出せずに震えているメアリちゃんの前で片膝をつく。

「君は、冒険者になれない」

 メアリちゃんの目を覗き込み、再びあの言葉を告げる。

 わたしにはもう、それに抗議することはできない。

「だけど友達を守ろうとした勇敢さは、敬意に値する」

 レイクさんが、メアリちゃんの肩にポンと手を置く。

「世が世なら、君は最高の冒険者になっていた」


 感情をまじえずに言い終えると、レイクさんが立ち上がって離れる。

 傍らで見守っていたサマンサお婆さんが、メアリちゃんを抱き寄せた。


「全員救助した。依頼完了だ」

 泣きじゃくるメアリちゃんの声を背に、レイクさんが淡々と告げる。


「ありがとう! レイクさん、本当にありがとう!」

 わたしは彼の手をとって握り締め、ありったけの感謝を込めて叫んだ。

 彼は無表情に頷き、手を引っ込めようとする。

 まったく。つれない人だと思ったけど、ふと気付いた。

 辺りはだいぶ薄暗くなっていたが、目を凝らせば彼の首筋や耳が赤くなっているのが分かる。

「…………ひょっとして、照れているの?」

 わたしが訊くと、レイクさんがそれまで以上の力で手を振り解こうとする。

 しかし、甘くみないでほしい。わたしだって毎日、重い荷物を運んでいるのだ。

 互いに手を引っ張り合いながら、これまでのレイクさんの態度を思い起こす。

 すると全てがつながり、わたしは閃いた。


 この人の態度がぶっきらぼうで素っ気ないのは、単に内気で人見知りのせいなのだと。

 ――あんなに凄いことができる人なのに。


 わたしは思わず、大声で笑い出してしまった。


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