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ラミアな子と迷宮採取人 ~ペットから始まる家族物語~  作者: 藤正治
第一章 ラミアな子と迷宮採取人
13/30

13.閑話_出戻り娘と迷宮採取人 その二

 早朝にレイクさんは村を出る予定だったが、明日に延期になった。


 うちの母のせいである。


 母は旅立つレイクさんを労おうと、朝っぱらから豪勢な料理を大量に用意した。

「さあ、たんとお食べなさい♪」

 どうやらレイクさんが気に入ったみたい。どの皿も大盛りだ。

 そして皿が空になると、お代わりをどっさりとよそった。


 うちの母は、やたらと人に食べさせたがる悪癖がある。

 弟がぽっちゃりしているのもしかり。

 子供の頃のわたしが子豚ちゃんと呼ばれていたのも、ぜんぶ母のせいなのだ!


 レイクさんは、黙々と食べ続けた。

 母に勧められるまま、次々と料理を口に運んで止まらない。

 彼の意外な健啖ぶりに、最初は驚いた。

 考えてみれば、脱いだら凄いレイクさんである。

 風呂場で見た筋肉を思えば、食も太いのも当然かもしれない。

 そう納得して、目を離していたのがいけなかった。


 わたしが気付いた時、レイクさんは顔面蒼白。

 額には脂汗がにじんでいたのである。

 無理をして食べ続けた挙句、気分が悪くなったらしい。

 とても旅立てる体調ではなかったので、もう一日滞在することになった。

 

 ◆


「いくらなんでも食べ過ぎなのよ」

 わたしはレイクさんを店先のベンチに座らせ、常備薬を呑ませた。

「母も悪いけど。お腹がいっぱいになったのなら、ちゃんと言いなさい」

 相手が食べ残すまで勧めるのが、母のもてなしの流儀なのだ。

 レイクさんは水で丸薬を呑み下すと、ボソッと言い訳する。

「…………断ると悪いと思って」

「断りなさい!」

 思わず叱りつけてしまった。


 レイクさんをベンチで休ませている間、わたしは店の片付けをした。

 村のみんなは作物などを作り過ぎると、始末に困ってうちに持ち込んでしまう。

 それを欲しがる人がいれば、自由に持ち帰って良いことになっている。

 しかし大抵の場合、代わりになるものを置いていってしまうので在庫が尽きることがない。

 きちんと管理しないと、生モノなどが腐って大変なことになる。

 うちは雑貨屋の売り上げなんて大したことないけど、持ち込まれる食材が余得になっていた。


 片付けが一段落したので、レイクさんの様子を確かめようと店先に出た。

 すると彼の周りには、村の子供達が十人ほど集まっている。

 子供達は物怖じせず、しきりにレイクさんに話し掛けていた。

「ねーねー、あんちゃんどっからきたのー?」

「どうしてここにきたのー?」

「どこにいくのー?」

「………東の方から、旅の途中で。北の方に行ってみようと……」

 ベンチの周りに座り込み、子供達があれこれと質問している。

 子供達の輪の外には男衆が群れて、互いに世間話をしている風を装っていた。

 レイクさんが都会の人だと、とっくに噂が広まっているのだろう。

 自分達で話し掛けるのに気後れして、子供達をダシに聞き耳を立てているのだ。


 レイクさんが子供達にせがまれるまま答えていると、話題が迷宮都市に及んだ。

 彼の語り口には時折、独特なアクセントが混じる。

 それが遠い異郷の地の訛りなのだと、ようやく気付いた。



 ――迷宮都市クリシュタルドを囲うのは、大昔に大賢者が築いた白亜の外壁である。

 仰ぎ見る程に高く、その厚みは大人五人が手を伸ばして並んでもまだ足りない。

 継ぎ目のない壁面はひび割れ一つなく、氷のように滑らかだ。


 唯一の門を潜り抜けると、密集する無数の建築物が視界いっぱいに映る。

 外壁に閉じ込められた迷宮都市は、内部で改築と増築を重ね続けてきた。

 頭上で交差する幾つもの渡り廊下、積み重ねて建て増した建築物。

 複雑に入り組んだ路地に、何度も上り下りする階段。

 湧水が豊富でそこかしこに水場が設けられ、水路が縦横無尽に張り巡らされている。

 迷宮都市を初めて訪れる者は、案内人を雇うことをお勧めする。

 嘘か真か、年に数名は道に迷って行方知れずになるそうだ。


 迷宮都市といえば、やはり一番有名なのがダンジョンであろう。

 そもそも地下に巣くうダンジョンを封じ込めるために造られたのが、迷宮都市である。

 クリシュタルドのダンジョンは、放射状に分岐した通路が、階層ごとに張り巡らされている。

 現在では地上付近の三層まで開拓が進み、様々な施設が建造された。

 ダンジョンで採れる素材を加工する職人が集まった工房街。

 外部からの商人が仕入れに訪れる問屋街。

 地元住民や観光客相手に賑わう商店街や歓楽街などなど。

 ダンジョンの壁は光を放ち、常に明るく照らしている。

 だから地下迷宮街は、昼夜を問わず大勢の人々で賑わっている…………。



「そんな感じのことが、旅行案内に書いてある」

 シレッと付け加えて、レイクさんは語り終えた。

 本の受け売りなの!? 自分の出身地のことなのに!

 なんだか妙に流暢に喋っているから、変だと思ったけど。


 大人も子供も、誰もがポカンとしていた。

 子供の場合は、難しい言葉遣いがあったせいだろう。

 男衆は村を出た経験がないので、迷宮都市の光景が想像もつかないのだ。

 わたしは街で暮らしたことあるけど、漠然としか理解できない。

 ただ迷宮都市が、怖いぐらいに圧倒的なのだと知った。

 ――そして、そんな場所から訪れたレイクさんが、本当の異邦人なのだと悟る。


「あんたね! めーきゅーとしからきた、よそものって!」

 沈黙を破った甲高い声に、わたしは思わず手の平で顔を押さえてしまった。

「あ、メアリちゃんだ!」

 子供達の誰かが声をあげる。

 そう、村一番おてんば娘。メアリちゃんの登場だ。


 メアリちゃんの後ろには案の定、弟のカールも一緒。

 しまったな、レイクさんのことを口止めするのを忘れていた。

 メアリちゃんは、大人も子供もズカズカ押しのける。

「あんた! もんすたーのこと、おしえなさい!」

 レイクさんの真っ正面に立ったメアリちゃんが、ビシッと指を突き付けた。


 まったく。女の子なのに、そんな乱暴な口をきいたりして。

 とりあえずメアリちゃんの後ろに回り、拳骨を落とす。

「イタいっ!?」

 悲鳴をあげたメアリちゃんが、両手で頭を抑えて振り返った。

「イタいよ! アンナおばちゃん!!」

 ――もう一度、拳骨を落とす。

「アッ、アンナおねえちゃん!」

「いつも言っているでしょ! 人を指差しちゃいけませんって!」

「…………だ、だって」

「だってじゃありません!!」

「メアリちゃん、あやまったほうがいーよー?」

 カールがこっそり囁いたが、メアリちゃんは口をへの字に曲げる。

 わたしは拳骨を固め、大きく振りかぶった。

「ごっ! ごめんなさい!!

 メアリちゃんが首をすくめ、涙目になる。

「まったくもう」

 手を伸ばして、メアリちゃんの赤みがかった金髪を撫でる。

 レイクさんと視線が合うと、何故か目を逸らされた。

「初めまして。俺はレイク・ヘンリウッズだ」

 レイクさんが名乗るが、メアリちゃんはふくれっ面で拗ねている。

「…………メアリちゃん、ご挨拶は?」

「メッ、メアリよ! 八さいだから!」

 わたしが優しく促すと、メアリちゃんが慌てて自己紹介をする。

「そうか。君はモンスターについて知りたいのか?」

「そうよっ!」

「はい、でしょ?」

「は、はい!」

「モンスターに興味があるのか?」

 女の子が興味を持つのが意外なのか、レイクさんが首を傾げる。


「わたし、おおきくなったら、ぼうけんしゃになるの!!」


 メアリちゃんが胸を張って答えた。

「ぼうけんしゃになって、もんすたーをいっぱいやっつけるの!」

 メアリちゃんの宣言に、子供達はやんやと歓声をあげる。

 男衆は苦笑を浮かべ、やれやれと肩を竦めた。


 村のみんなは、サマンサお婆さんの家にある絵本で読み書きを習う。

 その中にある一冊が、冒険者の物語だ。

 危険を冒してダンジョンに挑む英雄達の物語に、みんな胸を躍らせた。

 特に男の子は、冒険者になってみたいと一度は夢みる。


 そして大人になれば、冒険者が遠い昔の夢物語だと悟ってしまう。

 でも幼い頃の憧れを憶えているから、子供達の夢を壊そうとはしない。

 冒険者の夢を熱く語るメアリちゃん。

 それに目を輝かせて聴き入る子供達。

 それをわたしや男衆は、微笑ましい気持ちで見守った。

 ――――それなのに。


「君は、冒険者になれない」


「レイクさん!?」

 レイクさんが、どこか冷たい感じがする声で告げる。

「冒険者はもう、どこにもいない。誰も、本物の冒険者にはなれない」

「そ、そんないことないもん! がんばれば、ぼうけんしゃになれるもん!」

 メアリちゃんが声を張り上げる。

「いいや、なれない」

「わたしは、ぼうけんしゃになって、もんすたーをやっつけて――――」

「メアリちゃん、落ち着いて! レイクさんも待ってよ!」

「冒険者はいない。いや、要らないんだ」

 レイクさんが淡々と、感情を交えずに語る。

「ダンジョンに潜るのは、迷宮採取人の仕事だ。彼らはモンスターと戦ったりしない」

 だけどメアリちゃんは、気圧されたように後ずさる。

「冒険者は、むしろ迷惑な存在だ。だからもし、迷宮採取人になりたいのなら――――」


「そんなの、うそだもん!!」

「待って! メアリちゃん!」

 メアリちゃんが背を向け、駆け去っていく。

 子供達はオロオロしているし、男衆は顔をしかめている。

「…………どうして、あんなひどいことを言ったの」

 わたしが詰め寄ると、レイクさんは静かな眼差しでこちらを見返す。

「本当のことだから」

「子供相手に! もっと言い方があるでしょう!」


「他の言い方を、俺は知らない」


 わたしが怒鳴りつけても、その異邦人は動じることなく答えた。


 ◆


 翌日、彼は村を旅立った。

 謝礼だと差し出したお金を、無言で突き返した。

 結局最後まで口をきかず、去ってゆく旅人の背を睨み付けた。

 やっぱり都会の人は、情が薄いんだ。

 胸にモヤモヤしたものが残ったけど、平穏な日常が戻った。


 ――そう、思った。


 昼食の時間になったが、カールが家に戻らない。

 どこか他所の家でお呼ばれしているのだろうと、その時は気にもとめなかった。

 だから事態が明らかになるのが遅れてしまったのである。


 メアリちゃん、カール、ソラン、ロイ。

 四人の子供達が、村はずれのダンジョンに潜り込んだのだ。


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