11.ペットとお散歩
令和初の投稿
無駄に腕利きな迷宮採取人レイク・ハイリウッズには、とある野望があった。
「ミミイ、散歩に行くぞ」
「ミッ!」
そう。ペットと一緒の、お散歩である。
迷宮都市では、ペット連れで出歩く人々の姿が普通に見られる。
実はレイク、その頃から密かにペットを飼いたいと思っていた。
ミミイを飼うことを決めた背景には、その頃の羨望がある。
そしてペット連れの飼い主を羨みながら、心に誓っていたのだ。
――いずれペットを飼うことあらば、必ずや一緒にお出掛けするのだと。
そして偶然、レイクの許にミミイが来るという幸運に恵まれた。
ならばミミイとお散歩に出掛けるのは、彼の中では決定事項なのである。
「しかし家の外には、村の人達がいる」
バレたら、もちろん気まずいというのもある。
最悪なのは、村人がミミイをとって食おうとする事態だ。
なにしろ村人達は、基本的にペットとして生き物を飼う習慣がない。
犬や猫を飼っている家は、害獣対策などのためなのである。
愛玩のためだけに生き物を飼うなど、彼らには思いもよらないらしい。
レイクは村に来た当初、子豚を抱かせてもらう機会があった。
その愛らしさに、密かに魅了されたレイク。
しかし飼い主は、満面の笑顔で彼に告げたのである。
「こいつがでかくなったら、ベーコンにしてお裾分けしてやるからな!」
モンスターなら平然と倒すくせに、レイクの顔が強張った。
都会育ちの彼には、かなりショッキングな出来事だったのである。
もっとも後日、頂戴したベーコンは美味しく頂いたのだが。
そんな村人達が、もしミミイの存在に気付いたらどうなるのか。
そう考えると、レイクは気が気でないのだ。
「いいか、ミミイ」
「ミッ!」
レイクがビシッと指を突き付けると、ミミイが鋭く鳴く。
「ダンジョンを潜る際に大事なのは、決して油断しないことだ」
いきなりダンジョンでの心得を語り出す、謎の飼い主。
「ミッ!」
「常に感覚を研ぎ澄まし、素早く異常を察知し、即応できる態勢を整えておくこと」
迷宮採取人としての、レイクの心得である。
普段は口の重いレイクだが、こういう話題の時には饒舌になる。
しかも何度も繰り返し説くから、他の採取人達はレイクを煙たがった。
なにしろ採取人の通常活動範囲は開拓が進み、十分な安全を確保してある。
ダンジョンの一部を一般人に解放し、観光資源として活用しているぐらいなのだ。
「散歩も、ダンジョン探索と同じだ」
同じではない。
「ちょっとした気のゆるみも命取りになる、それを忘れるな」
「ミッ!」
先ほどからミミイは、突き付けられたレイクの指にじゃれつこうとしている。
まったく理解している様子はなかった。
「さあ、いくぞ!」
ミミイを抱き上げて、薄手の外套のポケットにそっと入れた。
かなり成長したミミイでも、ゆったりできる深さがある。
甘えているのか、ミミイは指に絡みついて離れようとしない。
仕方ないので、レイクは片手をポケットに突っこんだままの格好で玄関へ。
反対の手でドアノブを引き、外へと出る。
「あら、レイクさん。お出掛け?」
ちょうど家を訪れたアンナと、玄関先で鉢合わせしてしまった。
思いっきり油断していたレイクであった。
◆
家を出た途端の、不期遭遇。
事前に外の様子を窺うことを忘れていていた、迷宮採取人。
ペットとの初めての散歩に、レイクは浮かれていたらしい。油断しまくりである。
所用でレイクを訪ねてきたアンナを、レイクは何とかやり過ごす。
冷や汗をかいたが、ポケットの中のミミイは大人しくしていた。
家の前でアンナと別れると、そそくさと裏手にある森へと分け入った。
「もう出てきてもいいぞ?」
「ミー?」
ポケットから手を出せば、ミミイはあくびを漏らす。
温かいポケットの中で、ウトウトしていたらしい。
ミミイを肩口まで持ち上げると、スルスルと首に巻き付いた。
成長したので、ちょうど一巻き分になる。
両手の空いたレイクは、枝や藪を掻き分けながら道なき森を進む。
しばらく歩いて森を通り抜けると、そこには湖があった。
対岸は遥かに遠く、どのくらいの距離があるのかレイクには見当もつかない。
迷宮都市など、丸ごと沈めても余りある広さだ。
初めてこの景色を見た時、レイクは愕然とした。
その驚きっぷりは、案内をしてくれたアンナが思わず吹き出したほどである。
レイクは岸辺に生えた樹の根元に腰を下ろした。
首に巻き付いていたミミイを手に取り、地面に降ろす。
「こっちには人が来ないから、好きに遊んでいいぞ」
「ミッ!」
ひと声鳴くと、ミミイは辺りを這いまわる。
この湖に用事がある村人のほとんどが、レイク達がいる場所から離れた岸辺に行く。
そちらには村から続く道があるので、レイクのように苦労して森を通り抜けたりしない。
この場所を訪れるのは、レイクだけだった。
「村の人達には内緒だからな?」
冗談めかして言ったが、ミミイは我関せずと雑草を鼻先で突っつく。
レイクは、ふっと笑みをこぼす。別にミミイが理解していなくても構わなかった。
この場所を共有できる相手がいる。それだけで満足であったから。
「ミ――――ッ!」
小さな昆虫を見つけたミミイが、鎌首をもたげて威嚇する。
初見の時よりも自分が成長し、大きさで圧倒しているのを自覚したのであろう。
初見で逃げ出したのが嘘のように強気だった。
逃げる昆虫、追い回すミミイ。完全に弱い者いじめである。
「がんばれよ」
レイクは一声応援すると、湖を眺めた。
いまだに広い場所だと落ち着かないレイクだが、この眺めだけは別だ。
空の青さを映す湖面を眺めていると、穏やかな気分になる。
ミミイの鳴き声を聞きながら、そよぐ風を頬に感じた。
――ハッとして、レイクは顔を上げた。
どうやら、うたた寝をしていたらしい。
「ミミイ?」
ミミイの鳴き声が聞こえない。辺りを見回したが、どこにも――――。
視線を上げた先に、スルスルと湖に入ってゆくペットの姿があった。
「ミミイッ!!」
レイクが急いで立ち上がると、魔術で足元を吹き飛ばした。
その反動で加速し、一気に水辺へと駆ける。
勢いのままにレイクは、ペットを追って湖に飛び込んだ。
そしてブクブクと泡を立て、レイクは水底へと沈んでいった。
◆
「…………えらい目にあった」
「ミー?」
ずぶ濡れになったレイクは家に戻ると、震えながら服を脱いだ。
「死ぬかと思った」
タオルで髪を拭き、憮然とした様子で愚痴をこぼす。
「ミー?」
ミミイは鎌首をもたげ、もの問いたげに鳴き掛けた。
迷宮都市には湖どころか池すらない。貯水槽はあっても一般人は立ち入り禁止。
地元住民が泳ぎを練習する環境などなかったのである。
そしてレイクは生まれも育ちも迷宮育ち、膝より深い水に入った経験もない。
ただミミイを助けようとする一心で、湖に飛び込んだのだ。
そしてレイクは浮かぶことすらできず、パニックを起こしてしまったのである。
必死になって岸に這い上がったレイクを尻目に、スイスイと泳ぐミミイ。
水上を滑るように泳ぐペットの姿に、レイクはガックリと肩を落とした。
「……納得できん」
生まれて間もない生き物が自然と泳げて、助けに行った自分が溺れてしまう。
なんだか理不尽だと思った
翌日、ものは試しと水を張った鍋をミミイの前に置いてみた。
すると迷うことなくミミイは鍋に入り、水に浸かってくつろいだ
その日からレイクの日課に、ペットの浴槽の水替えが加わったのである。
令和が皆様にとって、明るく希望に満ちた時代になりますように。




