10.ペットの正体?
平成最後の投稿。
「あんた、わたしに話すことはないのかい?」
サマンサお婆さんの言葉に、レイクはギョッとした。
村で唯一の雑貨屋の前には、木製のベンチが二基据えてある。
南向きで背後には店の壁があり、寒い日には日向ぼっこに最適だ。
村人が用事の途中で一休みしたりすると、つられて一人、二人と数が増える。
世間話が始まり、用事を忘れて時間を潰してしまうこともしばしばだった。
老人達が盤上遊戯に興じていれば、アンナがお茶をサービスしてくれる。
雑貨屋前のベンチは、村の憩いの場の一つであった。
その日もレイクはダンジョンから戻り、納品を終えて雑貨屋から出た。
するとサマンサお婆さんが、ベンチに座っていたのだ。
挨拶して立ち去ろうとするレイクを、サマンサお婆さんが引きとめる。
レイクがベンチに腰を下ろすと世間話を始め、アンナがお茶を用意してくれた。
まだミミイは目覚めないだろうが、早く帰宅するに越したことはない。
――あまり話が長くならないように、切り上げてしまおう。
そんな風に上の空だったから、レイクは余計に動揺したのである。
「ひょっとして隠し事をしてないかい?」
サマンサお婆さんが、ズズッとお茶を啜る。
「……隠し事って?」
平静を装って、レイクもズズーとお茶を啜る。
――ミミイのことが、バレているはずがない。
そう自分に言い聞かせてみるが、内心冷や汗をかいてしまう。
「レーソンとこの長男がね」
しかしサマンサお婆さんが語り出したのは、まったく別の話だった。
ある日ミックという青年が、崩れた畑の畦道を修理するよう父親に言われた。
しかし鍬を担いで畦道を点検したが、どこにも崩れた箇所はない。
不審に思ったミックが家に戻り、父親を連れて一緒に確認した。
すると崩れたはずの畦道が、しっかり直っていたのである。
いったい誰が直したのかと、父子はしきりに首をひねったそうだ。
「…………」
村の西側で暮らすモルガンは、畑を広げることにした。
邪魔になる木を伐採したが、切り株は残しておいた。
深く根を下ろした切り株を取り除くのは、大変な重労働である。
後で手伝いを頼もうと、そのままにしておいたそうだ。
それが翌日になると切り株はきれいさっぱり、跡形もなく消えていたのだ。
「…………」
新婚のフォレス夫妻が住む家は、井戸の水量が少ない。
他所の家の井戸より深くから水を汲み上げるので、炊事洗濯が大変なのである。
その日の朝、若奥さんが水を汲もうと桶を井戸に投げ入れた。
するといつもより早く、ドボンと水音がしたのである。
桶に結んだロープもかなりの余裕を残し、それ以上引きずられる様子がない。
その意味を理解した若奥さん、慌てて家に駆け込んで旦那さんを呼んだ。
二人一緒に井戸を覗き込んでみると、すぐ近くで水面が新婚夫婦の顔を映した。
水量が乏しいはずの井戸が、豊富な水を湛える井戸に変わっていたのである。
「……………………」
「他にも色々あるけど、聞きたいかい?」
サマンサお婆さんは、横目で迷宮採取人を見遣る。
「…………」
しかしレイクは、口を閉ざして何も答えない。
「…………相変わらず妙な男だねえ、あんたは」
しばらく待っても黙秘しているので、サマンサお婆さんは首を振る。
「お茶、ごちそうさん」
サマンサお婆さんは立ち上がり、店の奥に声を掛ける。
「そうそう、ミリアがね、水汲みが楽になったって喜んでたよ」
ミリアとは、フォレス夫妻の若奥さんの名である。
達者な足取りで立ち去るサマンサお婆さんを、レイクは黙って見送った。
「レイクさん。お茶のお代わり、いる?」
「……いや、ありがとう。ごちそうさま」
茶碗を片付けに来たアンナに礼を述べ、レイクも立ち上がった。
自宅への道すがら、レイクはサマンサお婆さんの話を思い返す。
彼女が遠回しに指摘した通り、全てはレイクの仕業である。
土属性の魔術を使えば土を盛り上げて固め、畦道を修理するなど簡単である。
あるいは切り株など、地中奥深くに根っこごと引きずり込んでしまえばいい。
井戸の水量を増やすのだけは、かなり慎重に行った。
水脈は下手に弄ると余所に影響を及ぼすので、数日掛けて調査した。
そして水脈を遮っていた岩盤を割り、地下水が流れ込むようにしたのである。
ここ最近のレイクは、そんな具合に村内で問題がある箇所に魔術を施している。
どうやら村人が魔術に対する忌避感が薄いらしいと、アンナの言葉でレイクにも分かった。
それでも自分の仕業だと気付かれないように、こっそりと村内の改善に努めている。
習い性というか、どうにも人目が気になるからだ。
「…………そうか。喜んでくれたのか」
ぼそっと呟いたレイクは、家路を急いだ。
◆
ミミイの胴体に生えた突起物は、次第に細長く成長している。
最初は病気かと疑っていたレイクだが、どうも違うようだと気付いた。
ミミイが自分で動かしているみたいだから、自然な身体の一部なのだろう。
それだけではない。
レイクはミミイをテーブルに置くと、正面から頭部を観察する。
以前よりもミミイの頭は丸みを帯び、首のくびれが深くなってきた。
しかも顔全体の造形に、微妙な変化が生じている。
緩やかな変貌なので具体的な指摘が難しいが、ヘビにしては奇妙な顔である。
「…………不細工だよなあ、ミミイは」
「ミッ!?」
ほのかに笑ったレイクが、ミミイの鼻面をチョンと突っついた。
――正直、爬虫類的な顔の方がカッコいいとは思う。
しかしレイクには、ミミイがどんな顔でも愛らしく感じてしまう。
だから、その点はどうでもいい。重大な問題は、別にあるのだ。
レイクの表情が一転して、鋭さを帯びる。
――ひょっとすると、自分は勘違いしていたのかも知れない。
ミミイは、ヘビではないんじゃないかなー、と思い始めていた。
推測が正しければ、成長する突起物は前脚なのであろう。
だとしたらミミイは、ヘビだと思い込んでいた自分のペットは――――。
「…………トカゲか?」
エルフの知人が、とある生き物について説明したことがある。
なんでも子供の頃は魚なのだが、大人になると手足が生えて陸上生物に変わるのだとか。
その話を聞いた時、レイクは鼻で笑ってしまった。
そんな突拍子もない生き物が存在するはずがないと。
拗ねた知人が口をつぐんでしまい、それ以上詳しい話は聞けずじまいである。
「なるほど」
ロイドの脳裏に、こんな図式が浮かぶ。
ヘビ→トカゲ。
知人の話を最後まで真面目に聞かなかったことを、レイクは反省する。
同時に自分のことを、現実的な人間だとも自負していた。
実際に目にしたことならば、全て受け入れられると。
ヘビに脚はない。脚があるのなら、それはヘビではなくトカゲなのである。
つまりミミイは、成長すると脚が生える種類のトカゲだったのだと、結論付ける。
そしてヘビであろうがトカゲであろうが、レイクには関係ない。
――ミミイは、自分のペットなのだから。
「たくさん食べて、大きくて立派なトカゲになるんだぞ、ミミイ?」
「ミー!」
レイクがチーズを与えると、ミミイがパクリとかぶりついた。
機嫌が良いとそうなるのか、前脚らしきものをパタパタと振っている。
口元を緩めたレイクは頬杖をつき、ミミイの食事を見守った。
令和も宜しくお願い致します。




