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ラミアな子と迷宮採取人 ~ペットから始まる家族物語~  作者: 藤正治
第一章 ラミアな子と迷宮採取人
10/30

10.ペットの正体?

平成最後の投稿。

「あんた、わたしに話すことはないのかい?」

 サマンサお婆さんの言葉に、レイクはギョッとした。


 村で唯一の雑貨屋の前には、木製のベンチが二基据えてある。

 南向きで背後には店の壁があり、寒い日には日向ぼっこに最適だ。

 村人が用事の途中で一休みしたりすると、つられて一人、二人と数が増える。

 世間話が始まり、用事を忘れて時間を潰してしまうこともしばしばだった。

 老人達が盤上遊戯に興じていれば、アンナがお茶をサービスしてくれる。

 雑貨屋前のベンチは、村の憩いの場の一つであった。


 その日もレイクはダンジョンから戻り、納品を終えて雑貨屋から出た。

 するとサマンサお婆さんが、ベンチに座っていたのだ。

 挨拶して立ち去ろうとするレイクを、サマンサお婆さんが引きとめる。

 レイクがベンチに腰を下ろすと世間話を始め、アンナがお茶を用意してくれた。

 まだミミイは目覚めないだろうが、早く帰宅するに越したことはない。

 ――あまり話が長くならないように、切り上げてしまおう。

 そんな風に上の空だったから、レイクは余計に動揺したのである。


「ひょっとして隠し事をしてないかい?」

 サマンサお婆さんが、ズズッとお茶を啜る。

「……隠し事って?」

 平静を装って、レイクもズズーとお茶を啜る。

 ――ミミイのことが、バレているはずがない。

 そう自分に言い聞かせてみるが、内心冷や汗をかいてしまう。 


「レーソンとこの長男がね」

 しかしサマンサお婆さんが語り出したのは、まったく別の話だった。



 ある日ミックという青年が、崩れた畑の畦道を修理するよう父親に言われた。

 しかし鍬を担いで畦道を点検したが、どこにも崩れた箇所はない。

 不審に思ったミックが家に戻り、父親を連れて一緒に確認した。

 すると崩れたはずの畦道が、しっかり直っていたのである。

 いったい誰が直したのかと、父子はしきりに首をひねったそうだ。

「…………」


 村の西側で暮らすモルガンは、畑を広げることにした。

 邪魔になる木を伐採したが、切り株は残しておいた。

 深く根を下ろした切り株を取り除くのは、大変な重労働である。

 後で手伝いを頼もうと、そのままにしておいたそうだ。

 それが翌日になると切り株はきれいさっぱり、跡形もなく消えていたのだ。

「…………」


 新婚のフォレス夫妻が住む家は、井戸の水量が少ない。

 他所の家の井戸より深くから水を汲み上げるので、炊事洗濯が大変なのである。

 その日の朝、若奥さんが水を汲もうと桶を井戸に投げ入れた。

 するといつもより早く、ドボンと水音がしたのである。

 桶に結んだロープもかなりの余裕を残し、それ以上引きずられる様子がない。

 その意味を理解した若奥さん、慌てて家に駆け込んで旦那さんを呼んだ。

 二人一緒に井戸を覗き込んでみると、すぐ近くで水面が新婚夫婦の顔を映した。

 水量が乏しいはずの井戸が、豊富な水を湛える井戸に変わっていたのである。

「……………………」


「他にも色々あるけど、聞きたいかい?」

 サマンサお婆さんは、横目で迷宮採取人を見遣る。

「…………」

 しかしレイクは、口を閉ざして何も答えない。

「…………相変わらず妙な男だねえ、あんたは」

 しばらく待っても黙秘しているので、サマンサお婆さんは首を振る。

「お茶、ごちそうさん」

 サマンサお婆さんは立ち上がり、店の奥に声を掛ける。

「そうそう、ミリアがね、水汲みが楽になったって喜んでたよ」

 ミリアとは、フォレス夫妻の若奥さんの名である。

 達者な足取りで立ち去るサマンサお婆さんを、レイクは黙って見送った。

「レイクさん。お茶のお代わり、いる?」

「……いや、ありがとう。ごちそうさま」

 茶碗を片付けに来たアンナに礼を述べ、レイクも立ち上がった。


 自宅への道すがら、レイクはサマンサお婆さんの話を思い返す。

 彼女が遠回しに指摘した通り、全てはレイクの仕業である。

 土属性の魔術を使えば土を盛り上げて固め、畦道を修理するなど簡単である。

 あるいは切り株など、地中奥深くに根っこごと引きずり込んでしまえばいい。

 井戸の水量を増やすのだけは、かなり慎重に行った。

 水脈は下手に弄ると余所に影響を及ぼすので、数日掛けて調査した。

 そして水脈を遮っていた岩盤を割り、地下水が流れ込むようにしたのである。


 ここ最近のレイクは、そんな具合に村内で問題がある箇所に魔術を施している。

 どうやら村人が魔術に対する忌避感が薄いらしいと、アンナの言葉でレイクにも分かった。

 それでも自分の仕業だと気付かれないように、こっそりと村内の改善に努めている。

 習い性というか、どうにも人目が気になるからだ。


「…………そうか。喜んでくれたのか」

 ぼそっと呟いたレイクは、家路を急いだ。


 ◆


 ミミイの胴体に生えた突起物は、次第に細長く成長している。

 最初は病気かと疑っていたレイクだが、どうも違うようだと気付いた。

 ミミイが自分で動かしているみたいだから、自然な身体の一部なのだろう。


 それだけではない。

 レイクはミミイをテーブルに置くと、正面から頭部を観察する。

 以前よりもミミイの頭は丸みを帯び、首のくびれが深くなってきた。

 しかも顔全体の造形に、微妙な変化が生じている。

 緩やかな変貌なので具体的な指摘が難しいが、ヘビにしては奇妙な顔である。

「…………不細工だよなあ、ミミイは」

「ミッ!?」

 ほのかに笑ったレイクが、ミミイの鼻面をチョンと突っついた。

 ――正直、爬虫類的な顔の方がカッコいいとは思う。

 しかしレイクには、ミミイがどんな顔でも愛らしく感じてしまう。

 だから、その点はどうでもいい。重大な問題は、別にあるのだ。


 レイクの表情が一転して、鋭さを帯びる。

 ――ひょっとすると、自分は勘違いしていたのかも知れない。

 ミミイは、ヘビではないんじゃないかなー、と思い始めていた。

 推測が正しければ、成長する突起物は前脚なのであろう。

 だとしたらミミイは、ヘビだと思い込んでいた自分のペットは――――。



「…………トカゲか?」



 エルフの知人が、とある生き物について説明したことがある。

 なんでも子供の頃は魚なのだが、大人になると手足が生えて陸上生物に変わるのだとか。

 その話を聞いた時、レイクは鼻で笑ってしまった。

 そんな突拍子もない生き物が存在するはずがないと。

 拗ねた知人が口をつぐんでしまい、それ以上詳しい話は聞けずじまいである。


「なるほど」

 ロイドの脳裏に、こんな図式が浮かぶ。

 ヘビ→トカゲ。

 知人の話を最後まで真面目に聞かなかったことを、レイクは反省する。

 同時に自分のことを、現実的な人間だとも自負していた。

 実際に目にしたことならば、全て受け入れられると。

 ヘビに脚はない。脚があるのなら、それはヘビではなくトカゲなのである。

 つまりミミイは、成長すると脚が生える種類のトカゲだったのだと、結論付ける。

 そしてヘビであろうがトカゲであろうが、レイクには関係ない。

 ――ミミイは、自分のペットなのだから。


「たくさん食べて、大きくて立派なトカゲになるんだぞ、ミミイ?」

「ミー!」

 レイクがチーズを与えると、ミミイがパクリとかぶりついた。

 機嫌が良いとそうなるのか、前脚らしきものをパタパタと振っている。


 口元を緩めたレイクは頬杖をつき、ミミイの食事を見守った。

令和も宜しくお願い致します。

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