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山田太郎の嘆き  作者: 無一文
9/29

異世界召喚だとか 後編

 何だかゴールデンウィークの時を思い出すが全く違う。

 俺にも遂に来ちゃった異世界転移!

 数多あるラノベを読み漁り、アニメやゲームで予習復習もバッチリ!

 さらにはVRMMOの経験や、実は異世界転生の経験まである!

 チート能力がないかもしれない。

 だが、俺には現代知識がある!

 これを基に大成する事も夢ではない!

 さあ、様々な属性を持つ我が将来のヒロイン達よ!

 待っているがいい! お前たちのご主人様の到着だ!


 道なりに進んでいけば、どこかの町に着くだろうと考えていたのが甘かった。

 歩けど歩けど一向に、町も村も見えてこない。

 あたりはすっかり真っ暗に。

 未だに姿は見えないが、モンスターもどこかに潜んでいるのだろう。

 モンスターどころか、野犬や狼、猪や熊に会った時点でアウトだ。

 暗闇が、こんなに怖いだなんて思わなかった。

 進むことも戻る事も出来ない。

 ひとまず、茂みに入り息を殺して朝を待つことにした。


 ひと眠りでもしようかと思ったが、獣らしき遠吠えや、茂みがガサッとなる度に身構えてしまい、結局一睡もできてない。

 日が昇った辺りで道に出て気が付く。

 あれ? 俺、どっちから来て、どっちに向かおうとしてたんだ?

 太陽の登り方が、地球と同じであることを期待して、進んでいたと思われる方向に歩いて行く。

 学生鞄が重い。投げ捨てたいが、これも金になるかもしれない。

 何より、身を守るための道具がこれしかない。

 そして、水がやばい。 草原なのに川の一つも見当たらない。

 水があれば何とかしのげるが、水がないと町に辿り着くまでに死んでしまう可能性もある。

 ああ、川……湖……。

 そんな俺の鼻に、少しだけ感じる物があった。

 海の匂い!?

 そして、遥遠くにだが見える港町。

 やった! 俺は生きて辿り着いた!

 俺の冒険はこれからだ―



---



「10日目か……」


 俺は牢屋の中で壁に傷をつけると一人で呟いた。

 港町に着いた俺を待っていたのは絶望だった。

 町に入ろうとした瞬間、兵士に肩を掴まれ何かを言われた。

 そう……言葉が通じなかったのだ……。

 日本語では無理だろうと悟った俺は簡単な英語で喋ってみたが兵士は訝しむばかり。

 やがて、詰所に連れて行かれ、連日の尋問を受けた後、身包みを剥がされて、布パン一枚渡されて牢屋にぶち込まれた。

 そりゃあ、そうだよな。

 言葉も通じない変な格好の奴が町に入ろうとしてたら止めるよな。

 しかも、持っている物は見たことのない物ばかり。

 どう考えてもテロリストだよ。

 それから死刑にならない事を祈り、牢の前を通る足音に怯える日々が始まった。

 与えられるのは夜にかびたパンが一つとうすいスープのようなものが一皿だけ。

 最初は抵抗があったが、最早カビていようがパンはパンだと食べる毎日。

 一番困っているのはメガネが奪われたことだ。

 おかげで何も見えやしない。何も出来やしない。

 昨日からお隣さんが増えたが、やっぱり良く分からない言葉で話しかけてくる。


「ヤマダ。ヤマダ」


 とりあえず、俺の名前は山田だと日本語で連呼してみたところ、何だか気に入ったらしい。


「イルガー」


 そいつも自分の名前を呼んでほしいらしく、『イルガ』という言葉を連呼していたので返事をしてやる。


「ヤマダ! ヤマダ!」


 嬉しそうに返事をするイルガ。

 このやり取りは、兵士が来て静かにしろと牢を叩くまで続く日課になった。



---



 気が付けば3ヵ月も経っていた。

 何も起こらない。

 最初は1ヶ月くらいで誰か来てくれるんじゃないかとも考えていたが甘かった。


「ヤマダ! ヤマダ!」


 今日もイルガが話しかけてくる。

 いい加減鬱陶しくなってきた。

 何が異世界召喚だ。

 カビと便所の匂いしかしない毎日じゃないか!


「うるせぇ! 俺は帰りたいんだよぉ!」


 怒鳴りながら、泣き叫んでいた。

 今まで堪えていたものが一辺に溢れてきた。

 俺の泣き声が聞こえたのか、イルガが大人しくなる。

 やがて、壁がコンコンと2回叩かれた。


「ヤマダ……」


 慰めているつもりだろうか? いつもより優しい呼び声だった。

 そうか、こいつも寂しかったんだ……。

 俺は涙を拭うと、叩かれた辺りの壁をコンコンと2回叩く。


「イルガ、すまん……」

「ヤマダ……」


 返事と共に鳴る2回のノック音。

 俺は一人じゃないんだ……。

 今、流れている涙は先程の物とは違っていた。

 それから俺たちは、言葉の通じないまま交流するようになった。

 二人で『腹減った! 飯寄越せ!』と合唱を続け兵士に怒鳴られる。

 お互いの言葉で下ネタを連呼し合う。

 何が面白いのか分からんが、お互いしょうもない事で笑い合った。

 冷たい牢屋の中で、ちょっとだけ楽しみが増えた。



---



 一年経つと突然の変化が訪れた。

 いつものように、イルガと一緒に変な歌を歌うという遊びをしていたら大量己兵士がやって来て、次々と牢を開けていく。

 そして、手かせと足かせをはめられ、外に連れて行かれる囚人達。

 俺とイルガも牢の外に出される。

 その時、初めて俺たちはお互いの種族を知った。

 イルガは獣人とでも言えばいいのだろうか? 大きな狼男だった。

 イルガも俺が人間とは思っていなかったようで、俺を見て悲しそうな眼をした。


「イルガ! ウンコー!」


 俺は笑顔を浮かべて下ネタを言ってやった。

 その声に嬉しそうに笑って尻尾を振りながらイルガが答えた。


「ヤマダ! ウンコー!」


 お互い兵士に兵士に小突かれたが気にしない。

 へらへらと笑いながら連れて行かれるままに従った。

 連れて行かれたのは港だった。

 大きな船に次々と載せられていく囚人達。

 ああ、奴隷にでもされるんだろうな。

 海に飛び込んで逃げてやろうかとも思ったが、足かせ手かせ付では溺死確定なので止めておいた。

 入れられた船底には、色々な亜人が性別、種族問わずに詰め込まれていた。

 あれ? 人間俺だけじゃね?

 困惑気味の俺にそっと肩に手を乗せてくる奴が居た。

 振り向くと、イルガが笑っていた。

 こいつといれば心配ないかもしれないな。

 そう思って笑い返した。



---



 どこに行くかは知らないが、船底の旅は牢屋以上の地獄だった。

 船に慣れてない奴がそのまま吐く。

 トイレもないので垂れ流し。

 悪臭にまみれて、死んでしまうんじゃなかろうか。

 恐らく人間より嗅覚が高いイルガが辛そうだったので、布パンの一部を破いて鼻せんにしてやった。

 勿論、俺も鼻せん装備だ。

 二人でお互いの鼻せん姿を見て笑い合っていたら、他の奴らも真似し始めた。

 みんな揃って間抜け面になったので船底は笑いに包まれた。

 何事かと見張りの兵士が見に来たが、俺達の顔を見て、そいつも笑って帰って行った。

 若干気付いてはいたが、今奴隷として運ばれている連中は、ゴブリンやコボルト、オークなどいわゆる魔王軍側の種族だ。

 恐らく、勇者と魔王が戦いでもして勇者が勝ったのだろう。

 そして、捕えられていた者たちが奴隷として売られていくのだろう。

 負けた魔王軍の末路なんて考えたこともなかった。

 だが、イルガがいるなら、イルガのような奴らがいるなら大丈夫だろう。



 船に乗って何日経ったか、その日は酷かった。

 嵐が襲ってきた。

 俺は、もう何回転したか分からないくらい転がりながら吐き気を堪えていた。

 隣にいたはずのイルガもどこかへもみくちゃにされていつの間にかいなかった。

 そして、稲光の音と共に船全体に衝撃が走り、船は座礁した。



---



 目が覚めると、どこかの砂浜に転がっていた。

 どうやら溺死は免れたらしい。

 他の皆は大丈夫なのかと見回していると、ぼんやりと人を囲む亜人たちが見えた。

 俺は走った。足かせで足の皮が剥けていくのを感じる。

 痛いけど、そんな場合じゃない。

 その時、足がもつれて転んでしまった。

 恐らく、あれは船員や兵士で、取り囲んでいる亜人たちはきっと―


「止めろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 砂浜を這いつくばり居ながら俺は叫んだ。


「それじゃ駄目なんだ! 意味がないんだ!」


 立ち上がる事もままならないので、這いずりながら叫び続ける。

 俺の言葉が聞こえたのか、亜人たちはこちらを見ている。


「なあ! もう駄目なんだよ! 俺たちはそうじゃ駄目なんだよ!」


 亜人たちに躊躇いが見え始めた。

 そして、人と亜人たちの間に割り込むように大きな獣人が立ちはだかった。


「イルガ!」

「ヤマダ!」


 良かった! 生きていた!

 いや、今はそれよりも……。


「イルガ! そいつらを止めてくれ! そうじゃなきゃ俺たちは!」


 俺の日本語を全て理解できたとは思えない。

 しかし、イルガは遠吠えを上げ、大声で何かを叫び始めた。

 顔を見合わせて武器を下していく亜人たち。

 そこへ、多くの馬が走ってくる音が聞こえ、俺はまた意識を失った。



---



 気が付くと薄暗い牢の中だった。

 またここかという思いと、足の痛みに目が完全に覚める。


「ヤマダ!」


 俺はどうやらイルガに膝枕されていたらしい。

 正直、ふかふかで心地良い。

 このまま、また寝てしまいたかったが、気になっていたことがあった。

 どう考えても、あの時砂浜で見た亜人の数と、連れられてきた数が合わない。


「イルガ、皆は……」


 イルガは静かに首を横に振った。

 そうだよな。あんな嵐だもんな。

 声を殺して頬を濡らす俺をイルガはいつまでも撫でてくれていた。



---



 座礁事件から暫く後、俺達は鎖に繋がれて移動され、言葉も分からないのに俺は裁判所らしきものに座らされていた。

 生き残った亜人たちは俺と一緒に座っている。

 何だか、昔見た映画を思い出していた。

 弁護士だか検事だかの人間が色々とまくし立てている。

 裁判官は頷きながらそれを聞いている。

 何が何やらさっぱりわからない。

 ああ、ここで良く知らない奴等の倫理観で裁かれ、売られるのだろうか? 殺されるのだろうか?

 隣に座っているイルガの拳がギュッと握りしめられるのを見た。

 牙を剥き出しにして怒っているようだ。

 裁判官が木槌を持った時、俺は―


「ギブ……」


 俺は正直、どうにでもなぁれという気分で呟いた。


「アス……」


 そして立ち上がる。

 拘束された両手を前に出しながら。


「フリー!」


 場が一斉に静まり返った。

 隣で、俺の行動を見ていたイルガが合わせて両手を前に出しながら叫ぶ。


「ギブ! アス! フリー!」


 俺は目一杯足を床に叩きつけて叫ぶ。


「「ギブ! アス! フリー!」」


 他の亜人たちも立ち上がり始めた。


「「「ギブ! アス! フリー!」」」


 俺達は叫んだ!


「「「「「ギブ! アス! フリー!」」」」」



---



 裁判の結果がどうなったのかは分からない。

 ただ、手かせも足かせもないイルガ達は船に乗ろうとしている。

 俺達は、恐らく自由を得たのだ。

 イルガが何か話しかけてきている。

 一生懸命、俺と一緒に行きたがっているのは伝わるが、それはできない。

 俺はイルガの言葉に、首を横に振ると片手を上げて言った。


「イルガ、ウンコー!」


 イルガは泣きながら、それに答えてくれた。


「ヤマダー! ウンコー!」


 俺はイルガ達を乗せた船が見えなくなるまで手を振り続けた。



---



 とはいえ現実は過酷である。

 言葉も通じぬ俺に何ができるというのか。

 今日も道端に座り、誰かの善意にすがる。



「右や……左の……旦那様……お恵みを……お恵みを……」



 夕暮れが町の通りを照らす。

 もう今日は、ここら辺りにしておこう。

 馴染みの教会へ足を向けると、ドアを叩きお布施を渡す。

 パンを半分、水を一杯貰っていつもの寝床へ移動する。

 そろそろ冬が来る。

 馬屋暮らしでは死んでしまうかもしれない。

 いつの間にか、涙がこぼれていた。


「何で……何で俺が……こんな目に……グスッ……チクショウ……グスッ……」



---



「おら、笑えよお前ら。これが異世界召喚だ」


 俺は窓から夕陽を眺めながら呟いた。


「いつもの様に笑えよ」


 誰も何も話さない。笑いもしない。


「笑ってくれよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 俺は怒鳴りながら机を叩いた。

 ボブが俺の肩を叩く。


「山田君は勇敢だったヨ、そして誰よりも強かったと思うヨ」

「ボブ……」

「山田ぁ? 充分面白かったわよぉ?」


 笑顔で瀬川が告げる。


「瀬川……」

「やっぱ山田は偶に凄いよな」


 陣内が溜息を吐く。


「陣内……」

「ごめん、ちょっと目頭が……」


 鼻をすする芥川。


「芥川……」

「あの……」

「だからテメェだけは許せねえんだよォォォォォォ!!」


 何か言葉を発しようとした世良に向かって拳を振り上げたところで意識が途絶えた。



---



「それで、もう世良は一生許すまいと誓ったんだが瀬川よ?」


 ボブに絞め落とされたらしい俺は、正気を取り戻すと椅子に座って瀬川に問いかける。


「なぁに?」

「イルガは元気なのかな?」


 瀬川は微笑む。


「知った事じゃあないわぁ」

「は?」

「だってぇ、そうでしょう? 貴方は今ここに居て、イルガはあちらにいる。それだけの事よぉ?」

「そ、そうか……そうだな……」


 聞いてもしょうがない話だった。

 二度と会えないだろう親友。

 港で、お別れは済んだのだ。


「ただぁ……何か獣人の村にぃ山田っぽい像が作られて奉られてるみたいよぉ?」

「あら、やだ、ちょっと恥ずかしいじゃないですか!」


 俺は頬が赤くなるのを感じながら机に突っ伏した。

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