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山田太郎の嘆き  作者: 無一文
7/29

VRMMOだとか

 明日からゴールデンウィークに入る。

 学校は勿論、部活もない。

 俺は意気揚々と買ってきたゲームを箱から取り出す。

 新作のVRMMORPG『グランディスファンタジーオンライン』だ。

 前々から期待していた作品が、ようやく発売!

 βテストなどには参加できなかったが、美麗なグラフィックと、作りこまれたシステムなど、前評判は上々だ。


 俺はVRメットを装着すると、早速キャラクター作成を始める。

 名前は山田で良いや。種族は人間。

 性別はは……ボイスチャットがメインだからなあ。

 いくら可愛い女の子キャラクターを作ったところで、声で台無しだな。

 最近は、そういう強者も増えているらしいけど。

 外見は、渋い感じのマッチョ気味な爺さんで行こう。

 いかにも歴戦の戦士といった面構えにしてっと。

 職業……これも悩むな。アップデートで改善される事があるとはいえ、職業による強弱は付いてしまうもんなあ。

 とりあえず弓兵にしておこう。

 攻撃力が低かった場合でも、トラップなんかで仲間の補助もできそうだしな。

 無事、キャラクターメイキングの終わった俺は、新たなる冒険の旅へ!


「おお!」


 思わず声を上げてしまうぐらい美麗なグラフィックだ!

 まるで自分が、その世界にそのまま移動しているかのような―


ブツン


 画面が真っ暗になった。

 メットを外して、再起動してみる。

 ログイン周りで問題でも起こっているんだろうか?

 発売直後のネットゲームではよくあることだ。

 その後も、何度か試してみたが結局暫く入れそうもないので、その日は諦めて別のゲームをやって寝た。



---



 次の日の早朝に目を覚ました俺は、早速VRメットを装着してゲームを開始する。

 おお、すんなり入れた。

 やっぱり発売直後で、接続生涯でも起きていたのか?

 周りを見渡すと、まるで本物のような異世界の景色。

 グラフィックが凄いと聞いていたが、ここまでとは……。

 しかし、何もない平原に突然放り出されてしまっている。

 こういうの、普通チュートリアルとかあるんじゃないのかね?

 一応、ボタン操作の確認などを、その場で行い、何とか動けるようになる。

 適当に見つけたスライムを倒してみるが経験値は少ない。

 クエストをこなす事で、経験値が多く貰えるシステムなのだろう。

 ならば、町を目指さなければと考え、一番近くの町に向かって歩き出す俺だった。



---



 町に着いた俺が目にしたものは、想像を絶する光景だった。

 凄い! 本当に色々な人がいる!

 全く同じキャラクターなんていないんじゃないか?

 しかも、それぞれが本当に生活しているように、別行動を取っている。

 NPCにここまで手を掛けるとは!

 期待感が増した俺は門番に話し掛けようとして……。

 あれ? NPC相手に話すのってどうすれば良いんだ?

 プレイヤー同士なら、普通に声を掛ければいいがと、ぼーっと門番の前に立っていると、門番が話しかけてきた。


「おい、何見てんだよ?」


 マジか! ボイチャでいけるのか!?


「ああ、スミマセン。冒険者なんですがギルドとかありますかね?」


 思わずへりくだってしまう俺。


「ああ、冒険者か。ならこの道をまっすぐ行けばギルドがある広場に出る」


 道を指差して教えてくれる。

 モーションも音声認識の技術も凄いな。


「ありがとうございます!」

「お、おお……」


 お辞儀した俺に驚いたのか門番がたじろいでいる。

 凄い作りこみだ! これはやりがいがあるぞ!

 意気揚々とギルドを目指して歩いて行く俺だった。



---



 さて、賢明な方なら既にお分かりだろう。

 賢明でない俺のような者は、ギルド内に入ってから気が付いた。

 そこには、項垂れている者、泣いている者、これからどうすべきかを話している者、悲壮感たっぷりの空気がギルド内を支配していた。

 あれ? 俺の冒険はどこへ?

 若干、勘付いてはいたが、あえて無視する事にする。

 そこへ、一人のエルフの騎士らしきプレイヤーが俺の下へ走ってきた。


「あ、あんた大丈夫だったのか!?」

「何とか無事に町へ着けましたね。チュートリアルトかな―」

「ゲームから出られないんだよ!」

「は?」

「昨日の夜から始めたんだが、意識が飛ばされるような感じがして、この世界にいたんんだ……」


 俯いて話す騎士さん。幸い、キャラクター名は頭の上に見えるので名前を呼んでも問題なさそうだ。


「ええっと、セシルさんですっけ? ちょっと待ってくださいね」

「あ、ああ……」


 俺はVRメットを外す。部屋の時計が見える9時かぁ。

 なんだ。ちょっとウロウロしてただけでもう3時間経ってるのか。

 メットを被り直してセシルさんに話しかける。


「あ、あのー……」

「くっ! やはり君も巻き込まれたようだな……」


 そう言って俯くセシルさん。

 ごめんなさい。俺だけ巻き込まれてないです。


「何とかして、この世界から戻る方法を考えなければ……」


 そう言って拳を握るセシルさん。


「そ、そんな……ちょっと考えさせてください」


 わざとらしく、そう言って椅子に座って黙考する俺。ボイチャは勿論切る。

 VRメットを外して、テレビをつける。

 ニュースでは、このゲームで遊んでいた人が意識不明の状態になっているようだ。


「やべぇ。どうしよう」


 恐らく、彼らは意識ごと異世界に飛ばされたのだろう。

 そして、俺は偶々その直前で助かったのだ。

 さて困った。何が原因かもわからない。

 俺は助かってるんで、お前ら頑張れよとも言い辛い。

 部活メンバーに助けを求めようにも、この分野に詳しそうな人間はいない。

 かといって、放っておくわけにもいくまい。

 俺はVRメットを被ると、ゲームの世界へ戻った。



---



「とりあえず、メインストーリー絡みのクエストをこなして行けばいいんじゃないですかね?」


 ゲームに戻った俺は、開口一番セシルさんに告げた。

 しかし、セシルさんは眉根を寄せて首を横に振る。


「もし、死んでしまったらどうなるか……」


 そっかー。命かかってるんだもんね。

 どうやら、モンスターとの戦闘も避けて町に逃げ込んだ人が大勢のようだ。

 戦った人たちも、攻撃を食らった際の痛みでめげてしまい、もう二度と戦闘はごめんだと言わんばかり。

 仕方がないが、命の心配もなく、痛くも痒くもない俺が先導していくしかないのか……。


「俺が先頭に立つので、皆さんはパーティーメンバーとして入って下さい! 弓兵なら近付かれる前に倒せる可能性もありますし、ヘイトが俺に集まっていれば、他の人は攻撃されないはずです!」

「山田君……君って奴は……俺も戦うよ!」


 セシルさんが涙を拭っているが、俺には罪悪感しかない。

 そんなセシルさんに触発されたのか、他の人達もパーティーメンバーとして加わってくれた。



 プリーストのことみんさん。種族は獣人。

 ウィザードのドモンさん。種族はエルフ。

 ウォーリアーのえもやんさん。種族はドワーフ。


 タンクが一人に、アタッカーが俺含め三人、ヒーラーが一人と、バランスは取れているんじゃなかろうか?

 気になるのは、ことみんさんの中身が女性なのに、見た目がゴツイ獣人な事。


「回復は任せてくださいね!」


 声は可愛いんだけどあ……。

 ドモンさんの中身は関西弁のおじさんなのに、見た目が滅茶苦茶可愛いエルフの少女だといったところか。


「ほんじゃ、いきましょか」


 見た目は可愛いんだけどなあ……。

 こういう事は、そのうち慣れるだろう。

 いきなり戦闘は厳しいと判断した俺たちは、採集等のサブクエストをこなしてレベルを上げることにした。



---



「やった! レベルアップです!」


 これまたゲーマーの性と言うべきか、ある程度戦闘にも慣れレベルアップして成長していくと、さっきまでの悲壮感はどこへやら。

 すっかりゲームにハマっている。

 冒険者ギルドで嘆いていた人たちも、徐々に外へ出てクエストをこなし始めていた。


「次はどのスキルに振ろうかなー?」

「蘇生呪文はあるんですか?」

「ありますけど、結構レベル上げないといけませんね」


 ふむ。死んだら終わりという訳でもなさそうだ。

 では、そろそろメインクエストでも……と言いかけた時、セシルさんから声が掛る。


「今日は、この位で宿に戻りませんか?」

「そうですね。こんなに疲れると思いませんでした」

「ほんま、そうやんなー。しんどいわ」


 次々に同意する皆。

 まあ、もう夕方だしな。疲れるのもしょうがない。

 宿に戻って、食事を取っている皆を他所に、俺は先に部屋に戻って寝ることにした。

 というか、ベッドで寝るモーションを取った。


 おもむろにメットを外して時間を確認する。

 12時である。

 つまり、現実と異世界で時間差がある。

 向うの1日が、こちらでは4時間程か。

 朝昼夕晩で分けると1時間ごと。


 あれ? これ俺いつ寝れば良いんだ?


 1日も動けば皆は疲れるらしいが、俺に疲労感はない。

 他の皆は一晩寝れば疲れも取れるだろうが、寝つきの悪い俺にとっては1時間など睡眠に入るかどうかで終わってしまう。

 しかも、俺だけログアウトできるとバレてしまっては何を言われるか分かったものではない。

 もしかして俺は今、ネトゲ廃人と言う名の地獄の入り口に立っているんじゃなかろうか?


 その時、瀬川からメールが届いた。


『選ばれし勇者よ。皆を救うのです。睡眠時間を削ってでも』


 瀬川は『何か(面白い事が)あった場合に備えてよぉ』と俺に使い魔を取りつかせているらしい。

 恐らく、それで現状が把握できたのだろう。


『女神様、瀬川様、どうにか俺を助けて頂けませんか?』


 即効で返信が帰ってきた。


『あらぁ? GW明けの話を楽しみに待ってるわよぉ?』


 この腐れ吸血鬼は無情である。

 俺は、覚悟を完了してゲームの世界に戻った。



---



 一徹したころに問題が発生していた。

 夜中に、ことみんさんから相談を受けたのである。


「ドモンさんから、戻ったら付き合わないって言われちゃって、私彼氏いるんだけどー」


 クソどうでも良いわ! 俺は寝たいんじゃ!


「彼氏がいるなら言った方が……」

「でも、それでパーティーの空気悪くなったらアレじゃない? それにセシルさんもー、何か私の事、気にしてるみたいだしー」


 面倒くせぇ! こいつ面倒くせぇ!

 大体ゴツイ獣人のどこに惚れる要素があんだよ!

 っつーか、お前素の喋り方頭悪そうだな!


「正直ー、メンバーの中だと山田君くらいしか相談相手いなくってー」

「えもやんさんは……」

「あー、結構いい感じなんだけど、既婚者は流石にねー」


 何故PKできないかなあ。

 今すぐコイツの脳天を撃ち抜いてログアウトして寝てぇ。

 こうして俺の貴重な睡眠時間は削られていくのだった。



---



 ちょくちょく寝てはいるが、ほぼ気を失っている状態になっている。

 そんな三日目。


「おい、セシル! ことみんばっかり守ってんじゃねえよ!」

「ヒーラー死んだら意味ねえだろ!」

「二人とも、喧嘩しないでください!」


 パーティー内の雰囲気は最悪です。

 俺はもう何もなかった事にして、ログアウトしちゃおうかなーと考えていた。

 そんな中、俺の横にいるえもやんさんがボソリと呟いた。


「嫁と娘が心配してるだろうな……本当はGWに遊びに行く予定も立ててたんだけどな……」


 その言葉に、皆一斉に静まる。

 えもやんさん……俺、頑張るよ!

 アンタを絶対、家族の下に返すよ!



---



 他のパーティーとも手を組み、挑んだレイドボス戦の最中にソレは起こった。

 このゲームは、VR機能を駆使しているためか、結構ボスの弱点などが一部に限られている。

 弓兵である俺は、それを的確に狙えるメイン火力だ。

 ただし、通常の状態ならばだ。

 眠さや、ダンジョン攻略にかまけて、休憩をはさんでいなかった。


 今、俺の最大の敵は尿意である。


 ボスの弱点に的確に弓を当てつつ移動する。

 ボスの残りHPゲージは三分の一。

 恐らく、あと15分もすれば倒せるだろう。

 しかし、もう限界まで来ている。

 その時、ふとある事を思い出した。

 飲み終わったペットボトルが近くにある事に。

 幸いにも長時間プレイに耐えられるように用意した2リットルのボトルだ。

 いや、まて、もう一回、ボス戦に挑めばいいかもしれない。

 人間の尊厳を失う訳には……。


 その時、えもやんさんがボスに攻撃しているのが目に入った。

 そうだ。彼を救わなければ。


 俺は空のペットボトルを手に取る。

 スマホが鳴っている。瀬川が慌ててメールしてきているのだろう。

 見せてやる。




 もうこれで終わっても良い。




 だから、ありったけを。




 レイドボス討伐は見事達成した。

 皆の歓声を聞きながら、俺は自分の頬が濡れていることに気付いた。

 俺が今流している涙は、達成感からか?

 それとも人を超越したからか―



---



 一線を越えた俺に最早躊躇はなかった。

 睡眠など、食事など、尿意など知った事か!

 人は水だけでも一週間は生きていけるのだ!

 修羅と化した俺は、パーティーメンバーが寝ている間もレベルを上げ続けた。

 俺は機械だ! このゲームをクリアするためだけの機械だ!

 そうして、辿り着いたラストダンジョンの最奥にソイツはいた。

 スーツを着た、普通の人間に見えた。


「ようこそようこそ! 楽しんでくれたかな? 僕のゲーム」


 軽薄そうにソイツは笑う。


「アンタが原因か!」

「俺たちを現実に戻せ!」

「早く何とかしなさいよ!」


 その仲間の言葉を鼻で笑う。


「僕はね。『グランディスファンタジーオンライン』の制作者さ。常々考えていたんだ。皆が夢中になるゲームってものを」


 話の通じない奴である。


「それはね。終わらないゲームを作る事。そうさ一生かけて、君たちは僕の作ったゲームで遊べるのさ。ゲーマーとして、これほどの喜びはないだろう?」


 俺は、片手を上げて質問する。


「ちなみにどーやって作ったんだ?」


 それを聞いて、嬉しそうに笑うソイツ。


「実は魔術師に知り合いが出来てね! 作ったのさ! 異世界そのものを! いや、ゲートと言った方が良いかな? 君たちはそこにサーバーを経由して魂が転送されているのさ! 僕は造り出したのさ! 0と1の狭間の世界を!」


 再び手を上げて質問する俺。


「じゃあ、サーバー壊せばいいのか?」


 その質問の何が面白かったのか大笑いを始める。


「そうかもしれないね! だが、この世界に飛ばされた君たちには何もできない! 向うの人間にも会社の地下に設置され、強力なセキュリティと魔術で守られたサーバーを破壊する事など―」


「じゃあ、ログアウトしますね」


 そういうと、俺はメットを外して陣内に電話した。


「今から言う場所にジェットサンダーアタック一丁。何ならジェットアルティメットインフェルノでも構わん」


 それから風呂に入って寝た。



---



 翌日、学校の廊下で瀬川とすれ違いざまに言われた。


「ボトラー山田ぁ」


 瀬川は逃げた。

 俺は追った。

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