ラブコメだとか
登校した私は、ちょっとした事件現場を見てしまった。
余所見をしながら歩いている女の子と、同じく余所見をしながら階段を下りてくる男子。
ちょっと危な過ぎやしないかと注意に行こうと歩み出したのだが―
「止めておきなさぁい」
聞きなれた声に足を止める。
有栖が私の片腕を掴んでいた。
「有栖?」
立ち止まっていると、案の定ぶつかったらしい二人の悲鳴が聞こえる。
「きゃあ!」
「うわっと!」
振り返ってみると倒れた二人が見えた。
「愛、犬飼には関わっちゃダメよぉ」
その瞳は今までにないくらい冷たいもので、有無を言わさぬ迫力を持っていた。
ぶつかった二人は、何だかギャーギャーと騒いでいたが、意味深な言葉を告げて去る有栖の後姿の方が気になった。
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昼休み、食堂から出ようとすると、例の犬飼と言う男子が昼食をトレイに載せて歩いていた。
目の前から来る女の子には気付いていないようだ。
今朝のような事があったら困ると、振り返って呼びとめようとした時―
「おい、止めておけ」
突然肩を掴まれ、振り返ると山田が真剣な顔で立っていた。
「だって……」
案の定、犬飼は向かいから歩いてくる女の子とぶつかってギャーギャーと騒いでいる。
「詳細は放課後に話す。犬飼には近付くな」
山田は、そう言って立ち去って行った。
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放課後、何だか部活メンバーに意味の分からない事を言われて腹が立っていた私は思いっきり部室のドアを開けて怒鳴った。
「ちょっと! 山田! 有栖! どういうことよ!?」
「こんにちはー芥川さん。そんなに怒ってどうしたの?」
目の前には、サラッとした黒髪で長髪、結構イケメンな男子が居た。
とりあえず、扉を閉める。
入る部屋を間違えたのかと確認してみるが、ここが部室で間違いないようだ。
もう一回、扉をそっと開けて顔を半分だけのぞかせてみる。
イケメンと目があった。
「芥川さん、新手のコントなの?」
イケメンが苦笑いしている。
隣には、ボブが腹を抱えて笑っている。
ボブがいるなら間違いない。我が部の部室だ。
「えーっと、どちら様でしょうか?」
「陣内だよ。陣内 剣也。ジェットマスク」
「は~~~~~~~!?」
私の素っ頓狂な声が喉から漏れ出した。
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「すまん。それが本来の陣内なんだ」
いまだにハニワみたいな顔をしている芥川に告げる。
「で、でも、え? 別人過ぎじゃない!?」
「改造されてたからな。むしろ、俺としてはこっちの方が違和感ないんだ。というか、とっとと扉締めて入ってくれ」
俺の言葉に不承不承で納得したのか、ゆっくりと扉を閉めて部室に入ってくる芥川。
隣では、瀬川がコロコロと笑っている。
芥川が席に着いたのを確認してから、俺は話を始める。
「まずは、陣内が元の人格に戻った事を宣言しておく」
「これがぁ、本来の陣内くんなのねぇ」
「はー、別人にも程があるわ」
「最初に会った時は、思わず懐に手が伸びましたヨ!」
「ボブ、何をする気だったんだい?」
陣内の問いかけにボブは答えず、笑いながら肩を叩いている。
懐にある物騒なモノのグリップまでは指が届いていたのだろう。
「でだ。芥川も加わり、陣内が新キャラに生まれ変わったところで、この学校の注意事項をもう一度確認しておく」
俺の言葉を聞いて芥川が思い出したのか怒り始める。
「そうよ! 山田も有栖も、何であんな注意散漫な男を放っておくわけ!?」
「ちょっと浸食されてるわねぇ」
「危ないところだったな」
俺と瀬川は目を合わせて頷き合う。
馬鹿にされているのかと勘違いした芥川がさらにヒートアップする。
「一体なんなのよ! アンタ達! 私が―」
「ちょっと静かにしようぜお嬢さん」
ボブがサングラスを下げて芥川を睨む。
その異変に気付いたのか、芥川は大人しくなって椅子に座る。
落ち着いたのを見極めたのか、ボブはサングラスを上げていつも通りのスマイルに戻る。
ようやく話を進められそうだ。グッジョブ、ボブ!
「まあ、芥川が怒るのも分からないでもないが、犬飼は女性が触れちゃいけない分類の生き物だ」
「その、どういう事?」
「2―Bにいる犬飼 宗司。奴には『ラブコメ主人公補正』が掛っている」
「は?」
芥川が間抜けな顔で、俺を見ている。
「まあ、女子であるお前には分かり辛いだろうが、世の中にはラブコメというジャンルが存在する」
「そんなの少女漫画にでもあるわよ」
「そんな生温い補正ではない!!」
俺は怒りと共に机を打ち付ける。
部活メンバーが全員引き気味な顔をしているが気にしない!
「今朝の状況を詳しく説明してくれ芥川」
顎に指を当てて、思い返していた芥川がポツリポツリと話し始める。
「えーっと、私が廊下を歩いていたら、向かいから女の子が友達と話しながら歩いてきてたの」
「それで?」
「同じく、横から友達と話しながら……犬飼君だっけ? が、階段から降りてくるのが見えたのよ」
「それを見たお前は?」
「このままだとぶつかって危ないと思ったから、慌てて走り出そうとして、有栖に止められたわ」
「ぶつかった犬飼と女子はどんな状態になってた?」
言われて思い出したのか、芥川が顔を真っ赤にする。
「そ、その……スカート……の……」
顔を真っ赤にして俯きながら小声になる芥川に素敵なものを感じた俺は大声で叫ぶ。
「ハイもっと大きい声で!」
「スカートの中に!」
なんだ、やればできる子じゃないか! 良いぞ! もっとだ!
「続けて!」
さすがにボブからはたかれた。
「山田クン、エキサイトし過ぎだヨー」
「犬飼はぁ、ぶつかった女の子のスカートを全開にした挙句にぃ、パンツに向かって顔を埋めてたわぁ」
有栖が詳細を言ってくれた。
ここで、俺が説明を続ける。
「ちなみに、昼休みに犬飼は、女の子にうどんをぶっかけた挙句に、オッパイ揉みながら倒れてました! 女の子はパンツ丸見えでした! バッチリ記憶しました!」
「だ、だから注意をしに―」
俺はクールな目で芥川を諭す。
「おかしいだろ」
「へ?」
「人と人がよそ見しながらぶつかってだ。どんな動きをしたらパンツに顔を埋める状態になるんだ?」
「そ、それはたまたま……」
「たまたまぶつかっただけなら、そもそも人はそう簡単に倒れないだろ?」
「でも、よそ見してたから……」
「では、物理的に考えてくれ。同じ質量を持った者同士が同じ速度でぶつかったらどうなる?」
「それこそ詭弁よ! 男女で同じ身長体重の訳が……」
「では、なんで犬飼は女の子とぶつかる度にセクシャルなポイントに倒れこむのだ!?」
「そ、それは……あれ? 何が起こってるの?」
どうやら目が覚めたらしい芥川に向かって俺は嘆息する。
「それが『ラブコメ主人公補正』だ」
芥川は、ようやく納得してくれたのか口を開いたまま俺を見つめている。
「お前は、それに巻き込まれそうになっていたんだ。瀬川や、俺が止めたのもそれが理由だ」
「だったら、なおさら止めた方が―」
俺はその言葉を鼻で笑う。
「だったら、その場で危ないと言えば良いだけだろ?」
俺の言葉に、芥川が息を飲む。
そう。どちらの事故も止めたければ声を掛けるだけで良い。
なのに何故わざわざ自分から突っ込んでいこうとしたのか―
「そうよね……何で私……」
頭を抱えて俯く芥川。
その肩にそっと瀬川が手を置く。
「アレにねぇ、理屈は通じないのよぉ……」
俺は、部屋の窓から夕陽を見ながら言う。
「だから、芥川よ……犬飼には絶対に近付くな……」
「分かった……分かったわ……」
まるで、殺人事件でトリックが暴かれた犯人の様に涙をこぼしながら頷く芥川。
ぐすんぐすんという芥川の泣き声だけが部室に―
「まだ、終わってないわよねぇ? 注意事項」
瀬川が目を輝かせて俺を見る。
チクショウ! 綺麗に終わらせないつもりか腐れ吸血鬼!
「あと、生徒会室に男子は近付かないように以上」
俺は端的に要件を伝えると鞄を抱える。
「へ? なんかあるの?」
メソメソとしていた芥川が顔を上げて問いかけてくる。
「素敵なものがぁ、たぁくさんあるわよぉ」
瀬川が、邪悪な笑みを浮かべていた。
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「ちょっと! 何あれ! 凄すぎるわよ!」
「だから言ったでしょう? 素敵なものが見られるってぇ」
ドタドタと生徒会室を覗きに行った芥川と瀬川が戻って来るなり叫んでいる。
二人とも顔がツヤツヤしている。
クソったれ! 腐ったのが増えやがった!
「とりあえず、二人とも涎と鼻血を拭いてから落ち着いてくれ」
俺の冷静なツッコミに我に返ったのか、慌てて涎と鼻血を拭う二人。
しかし、芥川の興奮は収まらないようで何が起こっていたか教えてくれる
「金髪のイケメンがシャツ全開で、可愛い系の男子に壁ドンしながら―」
「ええい! 詳しい状況説明は求めてないわ!」
「また、イベントCGを回収したわぁ」
瀬川はデジカメ片手にご満悦である。
そう。今の生徒会は鬼門であり魔窟である。
なぜならば―
「その、可愛い系の男子と言うのが2-Cにいる猫田 純也。『BL系主人公補正』持ちだ」
俺の説明を食い入るように聞く芥川。
お前、ダイアーク様の時より真剣に聞いてるじゃねえか。
「で、生徒会はお前らが見てきたように生徒会長から何から何までイケメン男子で構成されている」
「楽園じゃない!」
「男にとっちゃ地獄だわ!!」
俺は目を輝かせる芥川に怒鳴った後、嘆息する。
「しかもだ。そこの腐れ吸血鬼が、ここぞとばかりにあの手この手を使って、猫田に生徒会全員を同時攻略させようとしている」
「山田ぁ? いつもならお仕置きだけど、今日は許してあげるわぁ。そうよぉ。私は今、ハーレムエンドを目指しているのぉ」
「は、ハーレムエンドって!?」
「二年の終わりまでにぃ、全員を超えてはいけない一歩寸前までいかせるのよぉ」
「是非、お手伝いさせて下さい!」
「愛ならそう言ってくれると思ったわぁ。後で、今まで回収したイベントCGを送るわぁ」
ガッシリと手を握り合う二人。
俺たち男子三人組は、そっと部室を抜け出すのだった。
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後日。
「ねえ、山田。聞いてくれる?」
登校してきた芥川が声を掛けてきた。
「どうした?」
「犬飼君と階段でぶつかった子が、顔を赤くしながら一緒に仲良く登校してたの」
「すでに落ちたか……」
「そこへ、うどんの子が走って来て犬飼に抱き着こうとして……」
「そっちも攻略済みかよ」
「三人で転んで、犬飼君は二人のスカートを全開にしつつ、二人の胸を揉んだ状態で倒れてたわ」
「な、意味が分からんだろ?」
冷や汗をかきつつコクリと頷く芥川。
ラブコメは傍から見てると、ある種の怪奇現象に見えるのだ。




