お嬢様学校だとか 後編
鍛え上げた自分の精神力なら『クトゥルフ女学院』(俺命名)でも平気。
―そう思っていた時期が僕にもありました。
「はい、という訳で地球から留学して来た男子高校生の山田太郎君です」
「地球から来た山田太郎です。宜しくお願いします」
挨拶している俺の横にいるモップの塊みたいなのが担任らしい。
そして、目の前にぞろっと並んでいるのは、クリ―チャーや、深海生物や、カンブリア紀にいそうな生物や、不定形の亜空間っぽい何かや、□や△で構成された謎のオブジェクトに至るまで、様々な種族のお嬢様方で、俺のSAN値をゴリゴリ削って行く。
カブラさんがマシに見えてきた……俺はもう駄目かもしれない。
「昨日の変態! アンタ男だったの!? 本当に変態じゃない!」
声が聞こえた方を見ると、昨日のボールが浮かんでいた。
「ちょ、違うんだって! ご、誤解だ!」
正気に戻った俺は釈明を始めようとする。
クラスメイトが騒ぎ出す。
くっそ! お約束過ぎる!
だが、相手はボールだ!
「あら? もう知り合いなの? じゃあ※※※※さんの隣に座りなさい」
知ってた。分かってたよ。
俺はモップの指示に従い、ボールの隣に座る。
「ちょっと本当に座るなんて信じらんない!」
球体が点滅している。警告なんでしょうか?
「本当に悪気はなかったんだ……」
「そんな―」
騒ぎを鎮めるかのようにモップが手を叩き……?
……手? 叩いてないが何か2回パンパンと音が鳴ったので叩いているんだろう。
「はい、みなさん静粛に。授業を始めます」
こうして隣から球体の恨みがましい点滅を受けながら、最初の授業が開始された。
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「何もわからねえ……」
目の前に浮かぶスクリーンを見ながら頭を抱えて呟いた。
こんな状況なので、せめて授業でもと思ったが、教科書代わりと思われる目の前のスクリーンには、※※※※と言う文字列が浮かぶだけ。
たまに、日本語で『だが』や『しかし』という言葉が見える。
オマケに画像も意味不明。QRコードを目で読み取れと言われている気分だ。
困惑した気分になりながら、1限目の授業を終える。
すると、クラスメートたちが一斉に集まってきた。
「ねぇねぇ、地球って何番銀河にあるの?」
「好きな鉱物はなに?」
「オイシソウ」
「地球人って何で出来てるの?」
一斉に質問攻めにあう……って一人危険なお嬢様がいなかったか?
逃げ場所としてカブラさんを探すが、大型クリ―チャーに阻まれて、それもできない。
っていうか、誰のだか分からん触手が足元に伸びてきている。
「ちょっと山田! この後、※※※※に学校案内してもらうんでしょ!」
と、どこを掻い潜って来たのか、球体が目の前にいた。
「あ、ああ。そうだった」
「行くわよ」
そう言って、俺の手が何かの力によって持ち上がる。
これは、手を握られた状態なのだろうか。
そのまま浮遊する球体に付いて行き、廊下に逃げることができた。
「アナタ、もうちょっとしっかりしなさいよね!」
「ありがとう。ボールさん。助かったよ」
「『ボール』って私の事?」
「うん、俺には名前を発音できないみたいだから、あだ名で呼ぼうかと」
「ふ~ん? まあ良いわよ」
とりあえずは納得されたようで何よりだ。
「ところでボールさん……その……手をそろそろ」
「え? キャッ!」
慌てて手を放すボールさん。
正直に言おう、女の子に手を取られたまま、お説教と言うドキドキイベントなのかもしれないが、不思議な力で手が浮かび上がっているので、不安でドキドキしかない。
そこへ、カブラさんがやって来た。
「※※※※さん! すみません!」
「良いわよ。山田が情けないのがいけないんだし……気を付けないと他の子に食べられちゃうわよ?」
ボールさん、それ冗談になってないです。
「はい、気を付けます……」
ションボリ項垂れるカブラさん。
「とりあえず、学校案内でしょ? 行くわよ?」
そう言って、すいっと前に進むボールさんを慌てて二人で追った。
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学校を案内してもらい、ちょうど昼時になったので、食堂へ来ている。
授業をさぼって大丈夫なのかとも思ったが、一応カブラさんが担任に確認を取ってくれていたようだ。
そもそも出席したところで、授業内容の意味が分からないんだが。
「山田は、随分変わった物食べるのね?」
俺の食事が置かれたトレイを見て、不思議そうにボールさんが尋ねてくる。
一応、ここでも俺用の昼食が用意されているのだ。
俺にとっては、そちらのトレイに置かれている謎の黒色の物体の方が気になるのですが。
「一口頂戴」
ボールさんが、そういうと俺の唐揚げが一つ消えた。
何それ怖い。
「変な味……」
「取っておいて酷いな」
「代わりに、これ上げるわ」
持ち上がったのは黒い塊。
「いえ、結構です」
「好き嫌いはいけませんよ? 山田君?」
カブラさんが意地悪そうに言ってくる。
「俺が食べられないの知ってて言ってるでしょソレ」
「こんなに美味しいのに……」
ボールさんがそう呟くと、少しずつ黒い塊が削られていく。
どうやって摂取してるんだろう。
あれ? 女の子二人に囲まれて食事って、今俺モテてないですか?
いや、落ち着こう。
相手は謎の球体と、チュパカブラだ。
モテる、モテないのカテゴリに入れちゃダメだろう。
「どうしたんですか山田君。難しい顔して」
俺が考え込んでいたのがばれたのか、カブラさんが聞いてくる。
「いや、何でもないんだ」
愛想笑いで返す俺の前に、すいーっとボールさんが寄ってくる。
「顔……?」
こうして、近くで見るとすっごい綺麗な球体だなあ。
ボーリング玉みたい。真っ黒だけど透明感がある。
「あの、お二人とも顔が近いです……」
恥ずかしそうに鏑さんが俯く。
その言葉で、状況を察したのか、お互いに飛び退いてしまう。
「そ、その部分が山田の顔なわけね! 覚えたわ!」
また点滅を始めるボールさんが可笑しくてつい笑ってしまう。
「何が可笑しいのよ?」
「ボールさん、俺と話すときいつも点滅してるなって思って……」
「誰のせいだと思ってんのよ!」
ポカリと頭を殴られた感触がした。
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これが充実した学校生活と言うやつだろうか?
授業はボールさんに教えてもらい、部屋に戻るとカブラさんにお世話してもらう。
女の子に囲まれた夢のような生活を過ごしていた。
ある日、廊下を歩いているとボールさんが地面に落ちていた。
どうしたんだろう?
慌てて駆け寄ると、ボールさんはいつものような黒い色ではなく、灰色になっていた。
「ボールさん? ボールさん?」
声を掛けるが返事はない。
良く分からないが、調子が悪そうだ。
「ごめん、体触るね!」
俺はボールさんを抱えると保健室まで直行した。
ベッドに置かれ、先生の診察を受けるボールさん。
「典型的な※※※※だね。心配しなくてもすぐに治るよ」
「そうですか……」
ホッと胸を撫で下ろす。
「さて、治療をするから出て行って。貴方、男子なんでしょ?」
「あ、す、すみません!」
部屋から出て、扉を閉めようと振り返った瞬間、チラリとボールさんの体が透けているのが見えた。
慌てて扉を閉じる。
心臓がバクバクしているのは何故なんだろう……。
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「ボールさんが倒れている所を助けたんですって?」
放課後、寮に戻るとカブラさんに問いかけられた。
「うん、すぐ良くなるって言ってたけど、戻ってこなかったなあ……大丈夫かな?」
心配そうにしている俺を見るカブラさん。
「その、山田君は誰にでも優しいんですね……」
「いや、二人には特にお世話になってるからさ」
「もし、私が同じ状況になってたら助けてくれますか?」
「当たり前だよ!」
「良かった……えへへ」
カブラさんが照れたように笑う。
「三人でいるのはとても楽しかったです……でも、明日でお別れなんですね」
「もう、そんなに経つのか……二人のおかげであっという間だったなあ」
俺は、これまでの事を思い出して感慨深く頷く。
「山田君……こんな事を言われるのは嫌かもしれませんが……」
カブラさんが恥ずかしそうにモジモジしている。
あれ? なんだこの流れ?
心臓が高鳴り始める。
ま、まさかこれはいわゆる……!
「私、山田君の事が※※※※なんです!」
あれ? どういうこと?
「ごめん、ちょっと聞き取れなかったみたい」
難聴系主人公になってしまった。
「も、もう! 私は本気なんですからね! 恥ずかしいから何回も言いません!」
え、恥ずかしい事なの!?
そう言って俺の腕を手に取るカブラさん。
「えっと何を……」
カブラさんは、俺の言葉は無視するようにじっと手の平を見つめると口を開いて一本の触手を出した。
何が起こるんだよ!?
次の瞬間、触手の先から針が出て俺の手の平に突き刺さる。
いた……くない?
刺された部分が徐々に黒く染まって行く。
それが3cmくらいの円になると、ようやく触手が俺の手から抜かれた。
「そ、その私、山田君が初めてですから!」
そう言って恥ずかしそうに部屋から出て行ってしまうカブラさん。
俺の手の平には黒い丸の跡が残っていた。
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翌日放課後、俺はボールさんに屋上に連れ出されていた。
今は、帰りの船を待っている時間である。
「昨日は、助けてくれてありがと……」
「今までお世話になったし、気にしなくて良いよ」
「山田って本当に変なやつね」
可笑しそうに告げるボールさん。
「でもまあ、私もその変なやつの仲間入りなのかな……」
「えっと……」
「山田、私ね……アナタの事が……」
こ、この流れは! 昨日も体験した……!
「※※※※なの!」
だから何なのソレ!?
「えっと、手を出せば良いのかな?」
「う、うん……」
ボールさんは若干モジモジしているように見える。
俺が昨日カブラさんに刺された方の手を出すと、しばらくじっと見つめ……。
「アナタ、カブラともしたんでしょ!?」
「え、は、はい……」
昨日カブラさんに刺された跡はすっかり消えていたのだが、何故かばれた。
「もー! ほんとしょうがない男ね!」
ボールさんは、反対側の手を取ると、上下に分離した。
え? 変形するのボールさん?
そのまま、手の平がボールさんの中に入って行く。
そして、内部でバシュッと青い光が放たれる。
「私も、その初めてなんだからね……」
取り出された俺の手の平には、やはり黒い丸の跡が残っていた。
「ねぇ、これ何……」
「迎えが来たみたいよ! 急いで出ましょ!」
何だか胸にモヤモヤが残るが、ボールさんの後を追って外に出た。
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見送りには、担任やクラスメート全員が来ていた。
挨拶を終えて、宇宙船に乗り込む。
全員が手を振ってくれている。
俺も窓から手を振り返そうとした瞬間―
バシュとワープして見慣れた宇宙空間に居た。
「おい、もうちょっとこう感慨とか持たせろや」
「おお、悪い悪い」
このグレイ、絶対分かっててやったろ。
「ところで、手の平に黒い丸を残すのは何の意味があるんだ?」
「おいおい、男が野暮なこと言っちゃいけねえよ」
教えて貰えなかった。
「じゃあ、地球に転送するぜ」
「おう、一つ言っておくぞ」
「何だ?」
「他の地球人を呼ぶのは止めておけ」
「自分の女が取られるのが嫌なのか?」
「そ、そうじゃなくて! あそこ一日で心を病むぞ! そうだ思い出した! 良くも騙してくれやがったなあ!」
「何一つ嘘は言ってない上に、山田ノリノリだったじゃん」
「それはそうなんだが」
「その上、二人から※※※※されたんだろ?」
「だから、それ何なのかを」
「ハイ転送」
気付くと、俺は家の前に立っていた。
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「―という事があってだな」
部活メンバー全員が大笑いをしている。
「また居なくなったと思ったら何してるのぉ」
「プッ……良かったじゃない! 山田モテモテで……!」
「山田クンは立派なスケコマシネー」
「いきなり二人も彼女候補? ゲットじゃん!」
こいつ等、人の気も知らないで……!
「で、山田はぁ、チュパカブラとボールどっちにするのぉ?」
「二人から『女の子に言わせたら恥ずかしい事』をされちゃったんでしょ!?」
「しかも、初めてですってよ愛さん」
「もうこれ責任取るしかないですよね有栖さん」
瀬川と芥川が楽しそうに俺を責めてくる。
何の責任を取ればいいのかもわからんし、そもそも二人から選べだなんて……。
「まさか、二人ともとか?」
芥川の言葉に沈黙を守っていた俺だったが―
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「ああ、それだ……芥川……!」
その時、部活メンバーに電流走る……!
何だか、山田の鼻と顎が尖っているように見える。
ざわ……ざわ……という効果音が部室で鳴っているように思える。
山田 太郎と言う数多の異世界を歩き渡って、尚、凡夫であるという存在……!
百戦を経て、まだ何も出来ないという異端の男……!
本来ならば、常人では到達できない感性……!
例えるならジャンケンで遊んでいたはずなのに、横合いからぶん殴られて『それも負け』と認める事を100回繰り返している異常な存在……!
その男が解き放った一瞬の血路……!
異端の戦略……!
「ボールさん、カブラさん2面待ちだ……!」
山田が残酷に微笑む。
「なっ……!」
陣内が慌てて席を立つ。
「ふ、ふざけるな山田! 認められるわけないだろう!」
「ルール上、問題はないはずだ……」
その言葉に、全員が息を飲む。
「この星の常識、この銀河の常識ならば、俺を縛れただろう……」
スッと山田が席を立ち、メガネを指で上げる。
「だがな……! それこそが俺の狙い……! その隙を突いたつもりになった神様とやらの墓穴……!」
夕日を背景に山田が嗤いながら拳を握る。
「この銀河ならば、ヒロインは一人などと言う常識で縛れただろう……! だが、俺は銀河を超えた……! いかせてもらうぜ……! 例え、人外だろうと……! 限界まで……!」
山田 太郎、異端の戦略……!
人外2面待ち……!
しかも、この技の恐ろしいところは、本人が了承すればストライクゾーンにどんな球だと通るようになったという事……!
ストライクゾーンが狭ければ、自分のルールを変えれば良いじゃないという、神すら予期せぬ大どんでん返し……!
「何なら、試してみるがいい………! 俺はいくぜ……! 空き缶だろうが、ビニール袋だろうが……! コミニュケーションが取れるならな……!」
「山田が壊れているみたいだから治しましょう」
ドゴッっと山田の腹に拳を埋める有栖。
「クフフ……! やるな瀬川……! だが、それすら愛の喜びと感じる今の俺―」
無言で腹パンを続ける有栖。
やがて、山田が気を失って膝を着く。
「ボブ! 水持ってきてぇ?」
「アイサー」
有栖はボブからバケツ入りの水を受け取ると、山田の顔にぶちまける。
「ぶっはぁ! 俺はまだ……」
無言で、腹に殴打を続ける有栖。
やがて―
「あかんのやー! 俺が悪いんやないんやー! 瀬川はん! 堪忍したってーや!」
理不尽な暴力に襲われ続けた山田が、四つん這いになってずるずると有栖から逃げ出したところで治療は終了した。
---
「山田、こいつをみてどう思う?」
登校してきた山田に、私はソレを手渡す。
「ちょ、おま、ま……」
山田は息を整えると、慌ててソレを私に返してきた。
「おいおい、いくらなんでも女の子がはしたないぜ……」
顔を真っ赤にしながら本人は格好よく言ったつもりだろう。
あーあ、まだこいつ壊れてるなあ。
私は、そう思いながら単なるビー玉を鞄の中に戻した。




