お嬢様学校だとか 前編
拝啓、お父様、お母様、部活メンバーの皆様。お元気ですか?
僕は今、文化交流のための留学生としてお嬢様学校に来ています。
しかも、お世話をしてくれるメイドさん付きです。
「山田君。おはようございます」
「おはよう。カブラさん」
「や、やっぱりこの格好変ですかね?」
メイド服が恥ずかしいのか、モジモジしながら尋ねてくるカブラさん。
「いや、そんな事はない。とても可愛いよ」
「エヘヘ。ありがとうございます」
これぞギャルゲーの王道的展開。望んでいた未来です。
今まで色々な場所に行きましたが一番良い条件だと思っています。
問題点としては、ここが地球から遥か彼方、別の銀河系で、目の前で笑っているのはメイド服を着たチュパカブラって事でしょうか。
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登校中の俺は、突然光に包まれた。
気が付くと、そこは全く見知らぬ銀色の小部屋だった。
未来にでも転移したかと思ったが、窓から見える星空が、それは違うと教えてくれる。
「あー、宇宙かー」
「その通りだ! 山田太郎君! 理解が早いな!」
後ろから掛けられた声に振り向くと、そこには目と頭部が大きく、体が小さい、所謂リトルグレイと言われる宇宙人が立っていた。
「え、俺キャトられるの?」
「すまん、言ってる意味が分からん」
「ああ、内臓抜かれるのかと言う話をな……」
「そんな事せんわ!!」
慌てて訂正するグレイさん。
「君は、非常に平均的な地球人として、宇宙人との文化交流のために呼ばれたのだよ」
「へー」
「あれ!? 驚かないの!?」
「いや別に……」
頬を掻きながら答える俺に、驚いて身を引いてるのはグレイさんの方だ。
もうキャトられようが何されようが生きてりゃOKというボーダーが出来ている自分が怖い。
「説明されるだけ親切だなぁと」
「ねぇ君、本当に平均的な地球人?」
「えーっと、多分?」
「うーん、まあ良い。これから君が向かう先は地球で言うと『お嬢様学校』というやつだ」
「なん……だと……」
そんなものが、この世に実在したなんて!?
いやさ、この世界に存在してただって!?
愕然とする俺に畳み掛けるグレイさん。
「そこには、各銀河系や惑星から選りすぐりのお嬢様が通われていてだな、そこで君の地球文化の知識を教えて貰ったり、こちらの文化を教えたりとだな……」
ゴクリと自分の喉が鳴ったのが分かる。
神は居た! いや、居るのは知ってたけどまさかこんなイベントが俺に来るなんて!?
「宜しくお願いしまーす!!!」
気が付くと、俺は大声と共にガッツリ頭を下げてお辞儀をしていた。
双方の合意が出来たことで、宇宙船は目的地に向けて移動する事になった。
俺は窓から地球を眺める。
懐かしいな。何もかも。
「地球はやっぱり青いな……」
「ねぇ、やっぱりって何? 山田君、宇宙に出たことあるの?」
「何回か」
「本当に平均的地球人なの?」
「そうですよ?」
俺の答えに首を傾げながら、グレイさんは部屋から出て行った。
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こうして、実はワープで感慨などなく、ほぼ一瞬で目的の学校に移動したのだった。
「もうちょっと旅路に関して情緒とかないのか?」
俺は学校? らしき建物を眺めながら言った。
何か俺の知ってる建物と違って、直線と湾曲が入り乱れた不思議な何かだ。
もし見た目通りなら廊下とか歩くの大変そうだ。
「普通に来たら、君が1500兆回くらい生き返っても辿り着けないが、それで良いか?」
「いえ、ワープで良いです」
「それで、この装置を耳に着けておいてくれ。翻訳装置だ」
とグレイさんから片耳に付ける小さなヘッドセットを渡される。
「おお、ありがとうございます」
渡されたヘッドセットを即座に装備する俺。
「他の銀河に進出していない地球で、しかも日本語となると担当者の俺以外てんでダメでな」
「英語でも同じでしょう?」
「それはそうだな」
笑いながら、案内されるままに道を進む。
「とりあえず君には今日から一週間ほど滞在して貰う。部屋もこちらで用意してあるから」
「ありがとうございます」
「それと、身の回りの世話をする者も用意していてだな……日本語で言えばメイドさんとかいうやつだ」
んっほー!? あれ? やばくね? 俺明日死んじゃうんじゃね?
「ええっと、それはどんな……」
「ああ、この学校の生徒でね……心配しなくても君と同じ二足歩行だよ」
笑いながら答えるグレイさんに首を傾げる俺。
あれ? ちょっと待って? 二足歩行?
そこが心配するところだったの?
何かおかしくない?
「えっと……」
「ほら、お迎えだ!」
「いらっしゃいませ山田様!」
俺が声を掛けるより早く到着した目的地には、メイド姿のチュパカブラが立っていた。
やばい! 思考が止まると死ぬぞ!
長年の経験が俺に告げている!
OK!
落ち着こう山田太郎! 今までだってどんな苦難も乗り越えてきた!
だから、ここはクールになれ!
「ど、どうかしたんですか山田様?」
俯いた俺を心配そうに見つめてくるチュパカブラ。
「はっはっは! お世話係が、あんまり美人さんなんで困っているんだろう!」
「ええ!? そんな……」
豪快に笑うグレイに、恥ずかしそうに俯くチュパカブラ。
このグレイはいつか駆逐してやる!
まずは服装から突っ込むべきか。
「あの……その服は……」
「や、やっぱり私なんかには似合いませんよね……グレイさんに教えてもらった地球の方が喜ぶ服装と聞いたんですが……」
しょんぼりと肩を落とすチュパカブラ。
あれ? 割と良い子じゃね?
これは地球人いやさ日本男児として訂正せねばなるまい。
「いいえ、とても可愛らしいですよ」
「え、えへへ……あ、自己紹介が遅れました! 私、※※※※出身の※※※※って言います!」
む? 聞き取れなかったな。
「えっと、彼女の出身と名前が聞き取れなかったんですが」
「ああ、地球にはない概念や意味や名前は翻訳されないんだ」
それはそうだよなあ……。でも、どうしよう?
彼女の事をどうやって呼べばいいんだろう?
もうチュパカブラに似てるから……。
「ごめん、俺は君の名前を正しく発音できないみたいなんだ。だから『カブラさん』って呼んでいいかな?」
「ええっと……は、はい! だ、大丈夫です!」
翻訳機から聞こえてくるのはスゲェ可愛い女の子の声なんだけどね。
現実に目の前に立ってるのは牙を剥いて笑っているチュパカブラなんだよね。
だが、考え直そう。
銀河は広いし、宇宙は広大だ。
きっと、人間型の異星人が居ても不思議ではない。
だから、他の学生に期待しよう。
グレイさんは帰り、俺とカブラさんは、これから自分が住む寮の部屋へ向かっていた。
「お荷物お持ちしますか?」
「いや、大丈夫だよ……その服はどうやって用意したの?」
「えっと、グレイさんから情報を貰って自分で作ってみました!」
両手でガッツポーズを作って笑顔を向けてくるカブラさん
ああ、頑張ってくれたんだなあ。
可愛いなあ。
なんでチュパカブラなんだろうなあ。
笑顔の音がニッコリっていうかギパァって例える方が正しいんだよなあ。
「そっか、ありがとうな」
俺は、崖から飛び込む思いでカブラさんの頭部を撫でる。
「え、えへへ……」
良かった。喜んでくれた。
あと、ここが頭部で問題ないようだ
あと、ここを撫でてもカブラさんの一族は怒らないらしい。
あと、これ一歩間違えたら今俺死んでたよな?
という思考が一瞬にして駆け巡り、背中に冷たい物が走るのを感じる。
迂闊過ぎた。
例えば、ここが頭部ではなかった場合、俺は死んでいたかもしれない。
例えば、カブラさんの一族が頭部を撫でられた時に反射的に硫酸を流す生き物だったら、俺は死んでいたかもしれない。
例えば単純に頭部に毒を持つ宇宙人だったら、今俺は死んでいた。
異文化交流……かつて俺が今まで体験した事のない恐ろしい世界が待っている。
俺は深呼吸をすると、気合を入れ直した―
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その後はカブラさんに寮の案内をされた。
自分の部屋は、とても豪華なベッドやテーブルが置かれており、ようやくここがお嬢様学校であったことを思い出せた。
なんでも俺用にわざわざ用意してくれたらしい。
部屋も広く、キッチンやトイレ、冷蔵庫なども完備され、地球に合わせて作られている。
すげぇ良い条件なんだよなぁ……。
ただ廊下を歩いていると、重力が不思議な方向に捻じれているのか、まっすぐ歩いてるのに横向きになったりしていて、歩いてると気持ち悪くなってくる。
ちょっと時間ができた俺は、気分転換に寮の外に出てみることにした。
空は一面の黄色だ。
何か星が三つくらい浮かんでる。あれは太陽なのか月なのか?
これは昼なのか夜なのか?
一応、カブラさんによると地球と同じ24時間制らしいけど……。
そして、目の前に広がるのは、綺麗な緑色の大地と何だか極彩色の蕨のような植物。
……植物なのか? 木とかなのか?
そんな木の下に真っ黒いボールが一つ落ちているのを見つけた。
なんだろう? スポーツ用に使うのかなと、拾い上げてペタペタ触っていると―
「キャー! 何するのよ! 変態!」
目の前のボールが叫び出した。
生き物!? っていうかもしかしてこれ学生だったの!?
「ご、ごめんなさい!」
慌てて俺が手を放すと、ボールはそのまま宙に浮いて点滅している。
「アナタ、ちょっと誰よ!? もしかして不審者!?」
「あ! す、すみません! その方は、地球から来た方です!」
騒ぎ声を聞きつけたのか、カブラさんが走ってくる。
「※※※※! どういう事!? こいつが噂の留学生? とんだ変態じゃない!」
「まだ、この学校に着いたばかりで慣れていらっしゃらなくて……」
俺の代わりにペコペコと謝るカブラさん。
そうか、地球で言え木の下に居たば女子高生を掲げ上げて全身まさぐってたわけか。
ド変態じゃないか!!
そう気付いた俺が取った行動は、たった一つだった。
土下座である。
「アンタ何してんの?」
「俺の星では誠心誠意謝罪を行いたい時にこのポーズを取る。もう一度言う。本当にすまなかった」
ボールは点滅を止めて、声を掛けてきた。
「ふーん。筋は通すって訳ね? まあ、良いわ許してあげる」
「ありがとう」
「こ、今回だけだからね!」
そう言って、ボールは寮の方へ移動していった。
「カブラさんにも申し訳ない事をさせてしまった。すまない」
俺は、立ち上がるとカブラさんにも謝った。
「いえ、山田君のお世話が私の仕事ですから!」
本当に良い子なんだよな……チュパカブラであること以外。
「ただ、むやみに女性の体を触っちゃいけませんよ! それは地球でも同じはずです!」
「ご、ごめん……」
人間的に言えばプンプン怒ってる感じなのだろうが、目の前では牙を剥き、背びれを立てて、目を真っ赤にしたチュパカブラがいる。
カブラさん怒ると怖いな。いや、怒ってなくても怖いんだけど。
しかし、アレが生き物だとは思わなかった。
部屋が普通だったから油断してしまった。
これからは見知らぬものは触らないようにしよう。
「そ、その私の頭は撫でても良いですから……」
考え込んでいた俺を、落ち込んでいると勘違いしているのかカブラさんが恥ずかしそうに言ってくる。
「あ、ありがとう……」
俺が頭を撫でると、カブラさんは目を細めて牙を剥く。
これ、喜んでるんだよなあ?
「えへへ……」
喜んでいたらしい。
「夕飯の支度が出来てますよ! お部屋に用意しました!」
「カブラさんが作ったの?」
「はい、地球の材料で作ってるんで安心して食べてください。……そのお口に合うか分かりませんが」
「ありがとう頂くよ! 寮に戻ろう!」
こうして俺達は自分の部屋に戻って行った。
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カブラさんに用意して貰った夕飯は、とても美味しかった。
料理も地球のレシピを学んだらしく、ご飯とシチューなど普通の内容だった。
美味しかった事を伝えると、カブラさんはまた『えへへ』と照れながら笑っていた。
夕食の片づけを済ませると、カブラさんはパジャマと下着を用意して部屋から出て行った。
学校に行くのは明日かららしい。
風呂を出て、パジャマに着替え、ベランダから外を見る。
この黄色い空は、夜だったらしい。
そして、翻訳機を外した俺は小声で今日一番言いたかった事を呟いた。
「なんでチュパカブラなんだよッッッ!」
料理も上手いし、性格も可愛い。
お世話も焼いてくれる優しい女の子。
おまけに何だか知らんが好感度も高め。
だがチュパカブラだ。
いや、初日で躓いてはいけない。
ボールが女の子だったのも驚いた。
地球の常識で考えるのを止めよう。
でないと、明日から俺のSAN値が保てない気がする。
生死を賭けた生き残りではなく、いかに強靭な精神を持って正気を保つかの戦い。
やってやろうじゃないか! 俺が望んだ戦争だ!




