勇者と魔王だとか 後編
「それで、高倉 涼音さんだっけ? 勇者に選ばれたとか?」
俺達は、とりあえず腰を落ち着けて話し合う事にした。
目の前にいるのは1年生の高倉 涼音と名乗る自称勇者さんらしい。
黒髪にツインテール。今は学校の制服に戻っている。
「はい、この世界に魔王が降臨するとかで、今までも魔王の幹部たちと戦って来たんです……」
「で、魔王が降臨したのが俺の身体だと」
「はい、そうなります……かね?」
何の力も感じないのか不思議そうに俺を見つめる高倉さん。
今までの魔王の手下達は、それなりの身体を乗っ取り、それなりの力を振るっていたらしい。
しかし、いよいよ本番の魔王降臨となった時に、残念ながら魔王様は俺の身体を選んだようだ。
事情が込み入り過ぎてて整理できなくなってきた俺は考えるのを止めた。
「もう面倒だから電話するわ」
俺はスマホを取り出す。
「ああ!? 違うんです! 本当なんです! 心の病とかじゃないんです!」
あわあわと手を振る高倉さん。
「違うわよぉ。ちょっと知り合いの天使に電話をかけるだけよぉ?」
瀬川が笑顔で答える。
「は? 知り合いの天使?」
キョトンとする高倉さん。
まあ、それはそうだろう。
普通、天使に知り合いなんていないもんな。
「知り合いって言うか元同僚だネー」
「今は無能神に代わってリーダーやってるらしいぜ」
「ダイアークが偶に困って掛ってきた電話の相談に乗ってるわ」
部活メンバーの懐かしそうな笑い話を不思議そうな顔で眺めている。
そこで、ようやく電話がつながった。
「ああ、一号さん? 山田です。すみません。お忙しいところ……」
俺が一号さんに事情を説明すると、そう言ったところを受け付ける窓口があるそうで、別の部署の電話番号を教えてもらった。
改めて電話を掛け直すと、今度はすぐに応答があった。
「こちらは天界サポートです。各世界に対応した質問をしたい場合は1を、種族や文明に関する質問をしたい場合は2を―」
耳元から流れてくる機械音声。
「本当にサポートなんだな……機械音声でアナウンスしてるぞ」
「人手不足なのもあるんじゃない?」
「あー、ブラックだもんな」
俺の言葉に部活メンバーたちは頷いているが、高倉さんだけおろおろしている。
忘れないで欲しい。その心を。
いくつかの番号選択のあと、ようやくサポート窓口に繋がった。
「はい、こちら天界サポート窓口の天使三号です。今回は魔王降臨についてのご質問で宜しかったでしょうか?」
「ああ、はい」
「確認のため、お客様のお名前と生年月日、住所を教えて頂けますか?」
完全にサポートセンターだわこれ。
俺は質問に答え、本題に入ってみたところ―
「すみません、担当者が今席を外しておりまして……」
「担当の名前と電話番号を言え。今すぐに」
「ええっと……」
ごめんなさい。天使三号さん。
あなたは悪くないんです。
でも、ちょっとモンスタークレイマーの気持ちが分かった気がする。
こうして、ようやく高倉さんを勇者に選んだ天使を呼び出す事が出来た。
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「失礼します」
部室の扉がコンコンとノックされる。
女性の声だ。
恐らく派遣されてきた、この世界のサポート天使なのだろう。
「どうぞ」
俺の言葉に応えるように扉が開かれ、その向こうにはお辞儀をした青い長髪の美しい女性が立っていた。
姿は以前、天界で見たように頭に輪っかと背中に白い翼、白いローブで身を包んでいる。
見た目の年代は二十台前後と言ったところか。
その、けしからん我儘ボディの方が気になる。
全体的にむっちりと女性的でいて、それでも締まるべき部分は締まっている。
この人が無能神だったら、俺タダ働きでも良かったのに。
「あら、久しぶりね涼音ちゃん!」
「あ! 天使さん!」
顔を上げた天使さんが、高草さんに声を掛ける。
その声に、嬉しそうに高倉さんも答えている。
どうやら、勇者に選んだ人は、この人らしい。
「そちらが、魔王に乗っ取られたという」
「山田太郎です」
「なるほど。貴方がそうでしたか……」
天使はニコリと微笑むが、目が笑っていない。
そして、高倉さんの肩を掴むとはっきりと言い切った。
「では、涼音さん! 山田さんごと魔王を倒しましょう!」
「ええ!?」
「何を言ってるんだお前は」
こいつ何を企んでやがる?
不審そうに見つめる俺の方を確認もせずに高倉さんの説得を続ける天使。
「山田さんは、魔王を倒すための犠牲になるんです! さあ、涼音さん! なるべく苦しむ方法でやってしまいましょう!」
「普通逆じゃないんですか!?」
「大丈夫です。魔王を倒し聖杯が手に入った暁には、山田さんも元に戻れるはずです! さあ、そこにある糸ノコで、なるべくゆっくりと!」
「なんで、そんな猟奇的な殺し方しなきゃいけないんですか!?」
天使のサイコパスな指示に涙目になる高倉さん。
「おいこら、そこのダメ天使! テメェ今聖杯って言ったなあ!?」
何となく、この天使が俺を嫌っている理由が分かった。
天使は、俺の方を振り向くと笑顔で頷いた。
「ええ、聖杯は私が管理しておりますので」
「つまり、聖杯関連で色々と台無しにしてきた俺に対する、お前の個人的な恨みと取っても良いのか?」
「いえいえ、今回は山田さんに憑りついた魔王を倒すためには仕方がない事ですので……」
などと泣き真似をしてみせる。
「つまり、貴様が俺に魔王を憑りつかせたのか?」
「それは違います! 事故です! こっちだって迷惑してるんです! また山田かって!」
「おい、今『また』って言ったな?」
「き、気のせいです」
明後日の方向を向いて答える天使。
事故は事実のようだが、聖杯関連で苦汁を舐めさせられている恨みはあるようだ。
ふん! こちとら天界のシステムまで知ってるんだ!
「ククク……良いだろう! 貴様がその気なら、俺も本気を出してやろう! おいボブ! 例の物を寄越せ!」
「イエッサー」
ボブがロッカーから投げた物を受け取ると、俺は頭に装着する。
「な、なんで貴方がそんな物を!?」
「ククク! 創生魔神王山田の誕生だ! 創生神と魔王の力を手に入れた俺は最強に見える!」
俺が威嚇のポーズをとると、天使はがっくり膝を着いた。
別に何か変わったわけではない。
単に無能神からパクった輪っかを頭に装着しただけだ。
だが、この輪っかは人間である俺達からすると、どれも変化がないように思えるが、天使の中では序列に関係する物らしい。
「山田さんのコスプレが増えたようにしか見えませんが」
「まあ、実際そんなところよぉ」
瀬川が高倉さんにネタばらししている。
しかし、天界は強烈な縦社会! つまりこの天使は今、俺に手を出すことが出来なくなったのだ!
「たかが運営を任された天使ごときが、まさかこの神に逆らうつもりではあるまいな!?」
「くっ! 卑怯者!」
「っていうか、お前この世界で聖杯出し過ぎなんだよ! ネタ他にねえのかよマンネリ天使!」
「だって、用意が楽なんですもの!」
「手ェ抜いてんじゃねえ!!」
「何よ! 設定もキャラクター変えて、イベント作ってるのに毎回勝手に手に入れては壊してるじゃない!」
「なら、せめて別の場所でやれや! この街だけで何回聖杯のイベントやってんだよ! 定期イベントにしてんのかよ!」
「それは否めないわ!」
「逆ギレじゃねェか!」
勝手な逆恨みで殺されてはたまらない。
俺と天使が言い合っている横で、ふと時計を見た瀬川が呟いた。
「あら、もうこんな時間なのねぇ。そろそろ帰りたいからぁ、山田ぁちょっとこっち来なさぁい?」
「何だ瀬川? 今、俺はこのマンネリ天使にダメ出しを……痛い! 痛いぃぃいぃい!」
瀬川は俺のツノを思いっきり引っ張り始める。
「ちょ、マジ! これ中身出ちゃうから! 出ちゃいけない物が出ちゃうから!」
「男の子でしょぉ? 我慢しなさぁい? フンッ!」
と、瀬川が気合を入れて引っ張ると、俺の中から何かがずるりと抜ける感じがした。
「ほぉら、魔王様の降臨よぉ。あとはぁ……?」
瀬川に引っ張り出されて、俺の中から出てきたのは、赤髪で、魔王っぽい真っ黒いマントを羽織った男だった。
しかし、床に倒れて白目をむいたままピクリとも動かない。
それは瀬川にも意外だったのか、呆然としている。
ボブが、そっと魔王に近付いて脈を取ったり、呼吸を調べたりしていたが―
「これ死んでますネー」
そう言ってニコリと笑って親指を立てた。
「ちょっと!? なんで!?」
天使が慌てはじめる。
瀬川は暫く腕を組んで悩んでいたが、考えがまとまったのかゆっくりと話し始めた。
「推測だけどぉ……マギ研の中途半端な儀式で呼びだされた状態で、魔王は無理矢理こっちに来たせいで既に魔力はほとんどなかったのよぉ」
魔力を使って、中途半端な召喚に答えたって事か。
「その上、憑りついた山田はぁ魔力なんて持ってないから、身動きもできなくなってぇ」
まあ、持ってないですね。
身動き取れないほど衰弱してたのか。
「陣内君にぃ、わずかに魔力の残ったツノが折られて死んだ感じかしらぁ?」
犯人はお前だ! と言わんばかりに陣内を指差す瀬川。
「やったー! 俺、魔王倒したぞ!」
何故か無邪気に喜ぶ陣内。
「ちょっと!? 何よ!! また台無しじゃない!!」
天使が大声で叫ぶ。
隣で、高倉さんがオロオロしている。
「えっと、私はどうすれば……」
「勇者卒業って事じゃないかな? ……おめでとう?」
「ありがとうございます?」
首を傾げながら顔を見合わせる芥川と高倉さん。
「今回は聖杯なしです! 帰ります!」
「おい、そこの魔王の死体持って帰れや」
俺に言われて渋々魔王を背負う天使。
そして、部室を出るところで振り返ると―
「覚えてなさい! 山田太郎!」
と捨て台詞を吐いて帰って行った。
一体なんだったのだ奴は……。
ふと横を見ると、瀬川が悲しそうな目で窓から外を眺めていた。
「山田ぁ……私は思うのよぉ……」
「何だセンチメンタルに気取って」
「きっと、これからも第二、第三の聖杯が……」
「もうクレームの電話入れて聖杯イベント止めさせるわ」
俺は天界サポートに電話を開始するのだった。




