勇者と魔王だとか 前編
2学期が始まり、いつも通りの部室である。
「夏休み、結局何もなかったなあ」
「いや、結構色々あったでしょ山田」
芥川が珍奇なジュースを飲みながら返事をする。
「恋愛関連が何もねえ」
「サハギンと海で遊んだのは、ノーカンなのか?」
陣内が呆れたように突っ込んでくる。
「どう考えてもノーカンだろ!」
あれは、モテない男のイベントであって恋愛関係イベントではない。
「そのツノは夏休みデビューの証なのかと思いましたヨー」
ボブが笑いながら、俺を指差してくる。
「は?」
何を言っているのだボブは?
不思議そうに、ボブを見つめ返す俺に、部活メンバーが顔を見合わせている。
やがて、全員の優しい眼差しが俺に向けられた。
「ツノってなんだよ? おい、可哀想な子を見る目を止めて説明しなさい!」
「新しいファッションなのかなって……」
「山田もそれで個性を出そうとしてるのかと」
「山田クンの頭に生えてるツノ、ボクはカッコいいと思うヨー」
頭に角が生えてる!?
「ほらぁ、鏡貸してあげるわぁ」
瀬川から鏡を受け取って見て見ると、そこにはいつも通り不細工な俺の側頭部から2本の黒いツノが生えていた。
「な、なんじゃこりゃあああああああああああ!?」
慌てて引っ張ってみるが取れない。
頭蓋骨と一体化しているようである。
俺の慌てぶりを見ながら、瀬川はニコリと笑うと答えを教えてくれた。
「山田はぁ、悪魔に憑りつかれてるわよぉ?」
「なんだ、そうなのか……」
「へー、でも魔力全然感じないね」
「デビル山田クン誕生ですネー」
こいつ等、何呑気に笑ってやがる!
が、瀬川が落ち着いているという事は今すぐとんでもない事にはならないんだろう。
最悪、天使一号さん辺りに電話して取ってもらおう。
俺は瀬川に鏡を返すと、とりあえず落ち着いて座り直した。
「魔人山田と呼んでくれ」
腕を組んでポーズを取る俺。
「満更でもなさそうね。というか、そんなものどこで拾ってきたのよ? 部活に来るまではなかったわよね?」
ジト目で俺を睨んでくる芥川。
「実は、今朝学校に来たら机の中に手紙が入っていてだな……」
「ラブレターとでも思ったわけねぇ?」
チクショウ! 瀬川め! 心でも読んでるのか!?
「で、放課後に指定の場所で待ってると書かれていて……」
「それで、一日中そわそわしてた挙句に放課後になったら即教室出て行ったのね?」
芥川には、バレバレだった様だ。
「マギ研の連中に捕まった」
「あれ? でも前に聞いた感じじゃ無害そうな人達みたいだったけど?」
「ああ、それで俺もまあ付いて行ってだな」
「違うわよぉ。愛。山田はわずかな可能性にでも縋りたかっただけよぉ」
「プッ……山田はマギ研に自分の事が好きな子がいるとでも思ったわけ?」
「そうだよ! チクショウ! それで、付いて行ったら魔方陣の描かれた場所に立たされて、何かの呪文を詠唱されて、いつも通り何も起こらなかったから放り出されたんだよ!」
「でも本当は、その時に何かが起こってたわけだ」
陣内は腕を組んで考え込む。
「ちなみに俺が部室に入った時から生えてた?」
「うん。生えてたヨー」
ボブが親指を立てて返事をする。
「その時点で突っ込めよ!」
「ほら、山田流のオシャレ術だったら、可哀想じゃない?」
芥川がプッスプッス笑いながら答えてくる。
こいつ等、気付いていたのに放置していたわけか。
それで、居たたまれなくなったボブが突っ込んだと。
「しかし、マギ研なのに何で成功したんだ? 新しく魔術師の部員でも入ったのか?」
「山田はぁ、最近異世界に干渉しすぎなのよぉ? だからぁ、そのせいだと思うわぁ」
言われてみれば、確かに夏休み前から色々な異世界に触れて来たなあ。
だからって、素人の魔術で召喚された悪魔にまで憑りつかれるとは……。
「瀬川よ、ちなみに俺への悪影響は何かあるのか?」
「そうねぇ……誰かに契約されてるみたいだから、願い事が三つ叶うと……」
悪魔との契約は、三つの願いを叶えることと代償に魂が持って行かれるはずだ。
その上、契約者が他にいるとなると……。
「マギ研の連中が危ないのか?」
「山田が死ぬだけよぉ」
「俺に良い事一つもないじゃん!!」
俺の叫びが部室内に響き渡った。
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「これ、結構硬いなー」
陣内が物珍しそうにツノを触っている。
ひとまず落ち着いた俺は、皆になされるがままになっている。
「引っ張ると痛いんですよネー?」
「うん。頭蓋骨もげて脳が飛び出しちゃいそうだから余り引っ張らないでくれボブ」
ツノを持って俺を持ち上げようとするボブを振り払う。
「爪みたいな感じなのかしら」
「ああ、確かにそんな感じだ」
ペシペシとツノにデコピンしてくる芥川に答える。
「良い物ありますヨー」
「おい、ボブ? その糸ノコを放して貰おうじゃないか?」
俺の言葉に、ボブは残念そうに糸ノコを片付ける。
「憑りついてはみたものの、山田自身に何の能力もなさ過ぎて悪魔も、これ以上何も出来ないみたいよぉ?」
嬉しいのだか悲しいのだか分からない言葉を掛けてくる瀬川。
「ふーん、何かこいつも可哀想な奴だ―」
ボキリ
という音がして、隣を見ると嬉しそうに陣内が片方のツノを半分折っていた。
「あ、折れた」
「おい、折ってんじゃねぇよ! 何してくれてんだよ!」
「どれくらい硬いのかと思って試しに全力で折ってみたら折れた」
陣内がへらへらと笑いながら、折れたツノを俺に渡す。
「お前、半分サイボーグなんだから全力込めれば折れるだろうよ!」
「山田クン、傷ついた悪魔みたいでカッコいいヨー!」
「だから、ボブはいつも慰めどころが違うんだよ!」
俺は渡されたツノを触りながら、ボブに突っ込む。
ふむ、何か抜けた歯を見てる気分だ。
黒いツノだ。確かに悪魔っぽい。
「何か、ゲームだと素材になりそうだが」
「私の知ってるゲームではぁ、『山田のツノ』なんてなかったわよぉ?」
「俺のツノなのかよ!」
「あ、山田の一部だったのか! 悪い悪い!」
「お前、爪の例え聞いてただろ! 生爪剥がすぞ陣内!」
「え、山田の一部なんだ」
「おい、この流れで急に触るのを止めるのとか結構心にくるんで止めてもらえますか芥川さん?」
ススッと後ろに下がる芥川を睨む。
「くっつけたら戻らないかな?」
折れたツノの一部を戻そうとする陣内。
「お前の爪は切った後くっつけたら戻るのか?」
「良い物がありますヨー」
「だから、なんでセロハンテープなんだよ! せめて接着剤にしろよボブ!」
俺達がぎゃあぎゃあ騒いでいると部室の扉が突然開かれた。
「こんな所に居たのね魔王! 今度こそ始末してあげるわ……よ……?」
突然、部屋に飛び込んできたコスプレ美少女は俺を見て戸惑いの声を上げていた。




