夏祭りだとか
コンビニ帰りに近所の神社の前を通ると祭りで賑わっていた。
別に何かあるわけではないが、こういうのにブラリと寄るのは結構好きである。
屋台を冷やかしながら、てくてくと歩いて行く。
すると、白い着物に狐のお面を被った女性が立っているのが見えた。
あー、そういう系ですか。
屋台で適当なものを見繕うと、歩いて行く女性の後を追う。
竹林と無数の鳥居に囲まれた階段を登って行くと、小さな社の置かれた丘に出た。
女性は社の前の岩に腰を下ろしている。
「焼き鳥って食べるんですかね?」
躊躇いなく話し掛けると、女性は驚いたように面を外す。
やっぱり美人さんだった。
「普通、もっと驚いたり戸惑うものじゃないの?」
「慣れてますんで」
そう言って、女性の横に腰を掛けて俺は焼きそばを食べ始める。
「ここも、大分変ったのよ?」
「何年くらいいるんですか?」
「1000年かしら?」
「へー、じゃあ色々見てきたんですねえ」
その言葉の何が面白かったのかクスクスと笑う女性。
「本当に物怖じしない子ね」
「大抵の事には耐性が付いてますから」
「じゃあ、こういうのは?」
周囲の茂みから、ぞろぞろと鬼や一つ目小僧、のっぺら坊からろくろ首など様々な妖怪が出てきた。
「メインディッシュは俺ですか?」
「そうかもしれないわね?」
「この焼きそばよりは不味いと思いますよ」
黙々と焼きそばを食べる俺。
「本当に変わった子ね」
「もっと酷い目に合ってますから」
「その話聞かせてくれる?」
「どれから話しましょうかねえ?」
「ちょっと酷い目に合い過ぎじゃない!?」
慌てる女性に自嘲して答える。
「よく言われるんですよね」
それが面白かったのか、女性は微笑むと差し出した焼き鳥を手に取ってくれた。
「じゃあ、最初から話してみて」
妖怪たちはいつの間にかゴザを敷いて俺達を取り囲むように並んで酒を飲み始めている。
フフン。聞かせてやろうじゃないか。
俺の、山田太郎の様々な経験を!
「お前の人生、もうちょっと良い事があっても良いよね?」
「木はないわ」
「いや、牢屋の話の方が酷い! でも好きだわ!」
「そのジジイに悪戯してやろうか?」
妖怪の皆様に喜んで頂けているようだ。
まだ半分も話してないんだけどなあ。
「でも、楽しそうねえ」
「いや、本人はメッチャ辛いですからね!?」
俺の即否定に皆が笑う。
同じ目に合ってみやがれこの野郎!
「ねえ? 山田君は私達のような存在をどう思う?」
狐の女性に聞かれて考え込む。
はて? どう思うとは?
まあ、こういう場合には正直に答えるのが一番だろう。
「魔法も奇跡も見てきましたからね。居たんだとか居てくれたんだとか」
「魔法も奇跡もなかったら?」
「たらればなんで分からないですが……やっぱり有難いですかね」
「有難い?」
「ええ、とても」
焼きそばの空箱をビニール袋に片付けながら背を伸ばす。
正直座りっぱなしで腰が痛かったのだ。
「もし、見えなくても聞こえなくても、酷い話ですが居ても居なくても、貴方達は存在しているんです。僕たち人間の中に」
考えながら話しているので、纏まっていないが仕方があるまい。
「出会いとは何でしょう? 五感は勿論、伝聞ですらそれは起こり得ます。そんな出会いの中、全ての物が有難いと最近は思えるようになってきましたよ」
今は違う世界にいる親友の姿を思い出す。
姿は勿論、最初は声すら聞こえなかった。
やがて、交流を経て仲良くなり、苦難を共に乗り越えた。
しかし、もう一生会うことはないだろう。
「一期一会の全てが有難いと思いますよ」
空を見上げると花火が打ちあがり始めていた。
「でも、世良だけは一生許しませんけどね」
付け加えた言葉に吹き出す狐の女性。
「でも、その子がいなければ、その出会いもなかったんでしょう?」
「それとこれとは話が別なんですよ!?」
俺の怒鳴り声が可笑しかったのか、腹を抱えて笑い始める。
「そうね。そんなものかもね」
笑って溢れた涙を拭いながら、女性も立ち上がる。
そろそろ良い時間なのだろう。
俺はゴミを纏めると、鳥居の方へ向かっていく。
「それじゃあ」
「あ、多分……」
俺は、ある事に気付いて喉まで出かけた言葉を飲みこむ。
「いえ、では……」
お辞儀をして、鳥居をくぐり家へと帰って行った。
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次の日の夕方、家のインターフォンが連打される。
まあ、そうだろうな。
こんな面白い事に瀬川が首を突っ込まない訳がない。
玄関の扉を開けるとボブが立っていた。
「瀬川サンかと思っタ!? 残念! ボブでしダー!」
「どうせ皆いるんだろ」
ボブを押しのけると、部活メンバーが勢ぞろいしていた。
「ちょっと山田ぁ? 何浮気してんのぉ?」
「え!? 有栖!? 修羅場なの!? 聞いてないんだけど!? そういう関係だったの!?」
「ろくろ首超見てえ」
好き勝手に言ってくれる。
「あー……」
「稲荷ずしなら買って来たぞ!」
準備万端じゃねぇか。
「ダイアークが荷物持ちなのか?」
「任せてくれ! 山田君!」
コスプレはいい加減に止めてほしいのだが。
「はい、じゃあ、付いて来てー」
俺はジャージ姿のままサンダルを履いて外に出る。
祭りは二日目なので、まだ会えるだろう。
「お前ら土産話一個ずつ考えとけよー」
後ろから巻き起こるブーイングを浴びながら、俺は神社へと足を向けた。
ちなみに、社への道は閉じられていたが、瀬川がこじ開けてしまい、その場にいた妖怪全員の『ヒィッ!?』という悲鳴が聞こえた。
ああ、映画で見た事あるなこんなシーン。




