武闘大会だとか 後編
「では、武闘大会改め校長対地域社会情報部のエキシビジョンマッチを執り行います!」
体育館にはプロレス用のリングが用意され、学生たちがそれを見守っている。
リングの上には、放送部の学生が、それらしい格好でアナウンスをしている。
『赤コーナー、校長こと源田 豪将氏の入場です!』
赤コーナーからは、校長が道着を着て堂々と歩いてくる。
「とても60過ぎとは思えない体だな」
「何か、昔素手で熊と戦った事があるらしいぜ」
「何で校長やってんのかね?」
学生たちがざわざわと騒いでいる中、校長はゆっくりとリングに上がる。
『青コーナー、地域社会情報部部長、山田マスクの入場です!』
青コーナーからは、マスクを被り、プロレス用のタイツとブーツを履き、貧相な上半身を晒した山田が両手を上げて歩いてくる。
「おい、あれ死ぬんじゃね?」
「公開殺人って奴だな」
「教育委員会に報告した方が良いんじゃね?」
学生たちのざわめきが一層増す中、山田は何とかリングにへばりついて登る。
リングの中央で睨みあう二人。
「ククク、孫たちなら今頃ハワイだぞ」
「お孫さん可愛いですねとアンタが負ければ良いって言っただけで、何かするなんて一言も言ってないぞ」
山田のシレっとした反応に、校長の額に青筋が浮かぶ。
「無事にリングを降りられると思うなよ!」
「素人相手にみっともないなあ」
『両者コーナーへ!』
その言葉に従い、二人は各コーナーへ移動していく。
「今回のエキシビジョンマッチは特殊ルールとなっています! 目付き、金的、武器の使用は認められていません! また、校長の勝利条件は、山田をノックアウトするかギブアップさせること! 山田の勝利条件は、校長の顔に一発でも打撃を与えることとなっています!」
その説明を聞きながら、陣内が舌打ちする。
「充分なハンデだとは思うが、結局、何の作戦もないのか?」
「ラッキーパンチでも入れば……」
「まあ、普通に戦ったら無理でしょうねぇ」
部活メンバーの見守る中、試合開始の合図と共にゴングが鳴った。
ゆっくりと間合いを詰めていく二人。
(ふん。素人丸出しではないか)
校長の構えは堂の入った完全にプロの物。
一方、山田の構えは適当なプロレスっぽい構えである。
いきなり間合いの外から、山田がミドルキックを放つ。
しかし、それは校長にかすりもせずに外れてしまう。
慌てて、間合いを取り直す山田に対し、校長は一気に近付く。
(中段蹴りとは、こう放つ物じゃ!)
校長の放った中段蹴りは、見事山田の脇腹に突き刺さる。
バシンという打撃音が体育館に響き渡る。
「あの程度じゃ、うちの山田は倒れないわよぉ」
瀬川に日頃お仕置きされているためか、山田のボディへの耐久値は高くなっていた。
山田はよろめいたが、そのまま校長の足を抱えると、そのまま腕で足を巻き込んで勢いをつけて回転しながら倒れこむ。
(しまった!)
『ドラゴンスクリューだー!』
校長は慌てて、山田の回転に合わせて受け身を取るが倒れてしまう。
(最初の蹴りは誘いだったのか―)
校長の思考が止まった瞬間、山田は足首を脇に抱え込み―
(アキレス腱固め!?)
極められる前に放った蹴りが山田の肩に当たり、そのままリングの外まで転がって行く。
(意外にやるではないか……)
校長は、立ち上がると気合を入れ直す。
こちらの中断蹴りを誘い、それを投げ、関節技まで使ってきた。
素人だと完全に舐めきってしまっていた。
その時、リングの端に手が掛り、山田が上がってきた―
「っておい! 待て! 待て!」
上がって来たのは、先ほどと全く同じ格好の山田マスク。
しかし、肌は褐色、筋肉隆々とした上半身には無数の傷が付いている。
「お前山田じゃないだろ!」
「NO! ワタシノナマエハ山田デース」
「完全に片言になってるではないか!」
その言葉に、ヤレヤレと言わんばかりに両手を上げて肩をすくめる山田マスク(仮)。
「何を言ってるかわかりまセーン。それとも負けを認めるんですカ?」
「ええい! そんな訳あるか!」
校長が構えを取るのに合わせて、山田マスク(仮)も構えを取る。
先ほどと違い、全く隙のない構えである。
しかも、恐ろしいほどの殺気を纏っている。
(中身はボブとかいう奴か……まさか試合中に替え玉を用意するとは……)
校長が、ボブに気を取られ、冷や汗が一滴頬を流れる。
「おう、クソジジイ後ろだ」
突然、後ろから声を掛けられ振り向いた校長が見たものは、最初に戦っていた山田マスクだった。
「貴様ァァァ!」
怒りに任せ大振りで殴りかかる校長に向かって、山田は大きく息を吸うと口に含んでいた毒霧を吹きかけた。
『毒霧まで用意していたぁ!!』
毒霧は見事に校長の顔面をとらえて視界を奪う。
「こんの―」
怒鳴る校長の顔にペチンと何かが当たる音がした。
「はい、俺の勝ちー」
山田が片手を上げて勝利宣言する。
同時に、試合終了のゴングが鳴り、校長はがっくりと膝を着いた。
学生たちからブーイングが巻き起こる。
「卑怯にも程があるだろ!」
「まともに戦え!」
「今時、悪役レスラーでもそこまでやらねえぞ!」
校長は、ようやく毒霧が目から取れたのか、顔を拭うと司会者からマイクを奪った。
「いや……ワシの負けじゃ……」
その言葉に、会場が一気に静かになる。
「素人だと高を括り、山田の策に翻弄され続けた……武道家として恥ずべき事じゃ……」
そう言って俯く校長の背中が叩かれる。
「いいや、校長アンタは立派な武道家だったぜ」
「山田……」
山田はそういうと、そのままスタスタと体育館から出て行く。
その時、一部の学生からクスクスと笑い声が聞こえ始めた。
困惑しながら周囲を見回す校長。
視線は自分の背中に向いているようだ。
慌てて背中に手を回すと、一枚の紙が貼られていることに気付いてその紙を剥がす。
紙にはこう書かれていた
『私は素人相手に本気で戦って負けたルーズドッグです』
その紙を破り捨てると、校長は山田を追って走り出した。
「山田ぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!」
---
「正直、蹴られた部分がめっちゃ痛いです」
「まぁ、散々おちょくった罰だと思いなさぁい」
「ボブはいつからリング下に居たんだ?」
「設営の時から隠れてましター」
「それは大変だったわね」
いつも通りの部活の日。
「しかし、一応約束は果たしてくれたからな」
「校長のポケットマネーらしいわよぉ」
「校長良い奴じゃん」
「いや、元々喧嘩売ってくるのがおかしいだろ」
などと、呑気に話をしていたら、部室の扉が開いた。
「俺は烈牙高校ボクシング部の―」
「俺達と戦いたければ、校長を倒すが良い」
扉をそっと閉め、校長に電話する。
「何か別の高校から変なの来たから宜しく」
「おお、わかった! 任せておけ!」
電話を切って溜息を吐く。
あの試合以来、他の高校からの刺客も押し寄せてくるようになった。
面倒なので、校長に押し付けたところ喜んで引き受けてくれた。
「結局、校長が暴れたかっただけじゃねえか」
「何かぁ、山田にリベンジするって燃えてたわよぉ」
「素人相手に大人げないにも程があるわ!」
こうして武闘大会は行われなかったものの、他校の刺客vs校長という謎の名物がウチの学校にできてしまった。




