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◇◇◇
「今日のご飯も美味しいです……!」
その日の夜。私はいつも通りルイスお手製の晩ご飯を頬張っていた。
今日のメニューは、ハンバーグ。これも初めて見た時は、非常に衝撃だった。
だって、ミンチ肉を捏ねて焼くのだ。あまりにも庶民的すぎて驚いた。
だけどこれがまた美味しくて。
私はすぐにハンバーグの魅力にハマっていった。特に好きなのが、ハンバーグの上にチーズを掛けた、『チーズハンバーグ』。これが涙が出るほど美味しくて癖になる。
蕩けたチーズの掛かったハンバーグは肉汁がたっぷりで、複雑な味わいだ。噛みしめるほどに美味しさが増していく。チーズハンバーグはルイスの作る料理、トップファイブに入る勢いの好物だった。
「飴色の玉葱との相性もバッチリ。あ~、美味しい!」
「相変わらずだな、君は。だが、今日はそれくらいにしておけ。デザートを用意してあるから」
「はい、分かりました!」
元気よく返事をする。
ルイスと恋人同士になりはしたが、私たちの関係が特に変わるようなことはなかった。
だって婚約者で、一緒に住んでいるのだ。更に言うと、距離だって元々非常に近かった。これ以上変えようがない。
敢えて言うのなら、性的なことなのだろうが……ルイスは無理にそういうことを進める気はないようで、私たちは実に清いお付き合いをしていた。
いや、同居はしているのだけれども。
性的な接触は一切ないので、清いと言っても間違いではないと思う。
ただ、お互いに好意を口にすることは増えたと思う。あとは、ボディタッチ的なものも。
そういう些細な触れ合いが、今はとても幸せだった。
「今日のデザートは、マリトッツォだ」
「わあ! なんですか、それ」
初めて聞いた名称に、これはまた異世界料理だなとピンと来る。
出てきたのはブリオッシュ生地に零れんばかりに生クリームが挟まれたスイーツ。中にイチゴが入っている。パンの形が丸くてとても可愛かった。
「わ、わ……すごい……美味しそう!」
「私の世界で、一時期、とても流行っていたスイーツなんだ。君は生クリームが好きだろう? こういうのも好むのではないかと思って」
「最高です!」
ルイスに断り、マリトッツォを手に取る。まずは一口。
中にたっぷり挟まれている生クリームが最高に美味しかった。滑らかで、濃厚。これは幸せの味わいだ。
「美味しい~!」
フワフワパンケーキを食べた時と同じくらいの衝撃があった。ものすごく甘いだろうと思っていたのに、甘さは控えめで、中に入っていたイチゴが良い味を出している。更に生クリームだけと思っていたのに、少し酸っぱいジャムが入っていて、更なる食欲を引き出した。
「すごい……こんな食感初めて……」
一心不乱に齧り付く。ルイスは食後のおやつとしてマリトッツォを五つ用意してくれたが、あっという間に完食してしまった。
「はあ……とても、とても美味でした。遙か彼方、天上の食べ物だと言われても信じる勢いでした」
「相変わらず君は大袈裟だな」
「大袈裟なものですか!」
呆れたように言うルイスだが、断じて大袈裟などではない。この神の食べ物と言って良いものを独り占めできる自分の幸運が、ちょっと本気で信じられないくらいだ。
ほう、と息を吐きながら、淹れてくれたルイスブレンドの紅茶を飲む。カップに映った私の目の色は紫。すっかり紫色の自分の瞳にも慣れた。
「ロティ、どうした?」
ぼうっと己の瞳に見入っていると、ルイスが声を掛けてきた。彼は紅茶のポットを持っている。王子様だというのに、サーブする姿がこれ以上なくよく似合うのは、きっと彼だからだろう。
そう思いながら、私は今自分が考えていたことを口にした。
「いえ、すっかりこの紫色にも慣れたなと思っていただけです」
「ああ、目の色の話か?」
「はい」
肯定しつつ、なんとなく、前々から気になっていたことを聞いてみた。
「ルイス、ひとつ聞いても良いですか?」
「なんだ?」
「『変眼の儀』のことなんですけど。儀式を完了させるのって、魔力玉を発動させることが条件だって話ですよね」
「? そうだ」
「その儀式。もっと早くやっても良かったのでは? どうして、あんなギリギリまでやらなかったんです?」
具体的にはルイスが誘拐される前に。
『変眼の儀』は発動させれば、お互いのいる場所が分かるという。そんな効果があるのなら、さっさとやっておけばよかったのだ。実際いくらでも機会があったのに、どうしてとずっと疑問だった。
「できるものならやっていた。だが、なかなか難しかったんだ」
「難しい? 結構簡単にできましたけど」
魔力玉を発動させた時のことを思い出し、首を傾げる。特に悩むようなことは何もなかった。何が難しいというのだろう。
首を傾げている私をみて、ルイスが笑う。紅茶のカップにおかわりを注ぎながら彼が言った。
「ロティは、以前私が、『変眼の儀』を完了させるには条件が揃っていない、と言ったことを覚えているか?」
「それは、はい、覚えていますけど」
というか、それが『魔力玉を発動させること』ではなかったのか。
どういうことだとルイスを見る。彼はティーポットを置くと、テーブルに手を突き、身体を屈めて言った。
「魔力玉を発動させるには、その相手のことを好きでないと駄目なんだ」
「へ?」
「もちろん、無自覚では駄目だ。だから私は、ずっと君が私のことを好きになってくれるのを待っていた」
「……なんですか、その条件」
相手を好きにならなければ発動できない、なんてそんなことあるのだろうか。
だがルイスが嘘を言っているようには見えない。
それに、それなら辻褄が合うのだ。
ルイスが誘拐された時、アーノルドは私に『ルイスのことが好きなのか』聞いてきた。一刻を争うときになんでそんなことをと思っていたのだが、それが発動の条件だったというのなら頷ける。
「え、でも……そんなの博打みたいなものじゃないですか。歴代のお妃様たちとか、どうしていらっしゃったんです? 王族って基本、政略結婚ですよね?」
「だから、基本的に『変眼の儀』は相手と気持ちが通じ合ってからしか行わない。父上に会った時に驚かれていたのをロティは忘れたか?」
「いえ、確かにそれは覚えていますけど……ええ、そういう意味だったんですか?」
まだ途中で儀式を終えたわけではないと言うと、国王はかなり驚いていた。その理由が今なら分かる。
条件を満たしていない――相手にまだ決定的な好意を抱かれていないのに、儀式を決行したからだ。そりゃあ、驚く。私だってびっくりだ。
「ルイスって……意外と考えなしなところがありますよね」
「そうか? 君以外と結婚する気がないのだから、別にいつ儀式を行ったって構わないだろう」
「ええ? で、でももし私があの時、魔力玉を発動させることができなかったらどうするつもりだったんですか? 発動させられたからルイスの場所が分かりましたけど、そうでなければルイスは危なかったんですよ?」
「もちろんそれは分かっていたが」
ルイスはそこで言葉を句切り、私を見た。今は同じ色になった瞳が煌めいている。
「きっとできると思っていた。君の気持ちが私に向き始めているのは分かっていたからな。そろそろ頃合いだろうとも。もしまだ自覚していなくてもあの状況だ。アーノルドが無理やりでもそういう方向に持って行くだろうと踏んでいた。何せ、緊急事態だからな」
「それはそうですけど……」
私が、魔力玉を発動させるだろうと確信していたらしいと知り、なんだか気が抜けてしまった。
まあ、確かに自覚するまでの間にも、ルイスを可愛いと思ったり、ドキドキしたりとそういうことは多々あった。だから、私の思いを察せられていても仕方ないのかもしれないけれど……なんだか恥ずかしいというか悔しい。
――私は分かっていなかったのに!
ルイスの方は察していて、私が気づくのを待っていたとか、間抜けにもほどがある。
「ロティ」
ルイスが私の顎に手を掛ける。クッと持ち上げられ、視線がガッチリとあった。端正な顔に一瞬見惚れ、ドキッとする。
「とにかく、無事、君は私の色に染まってくれたわけだ。父上にも儀式が完了したことは伝えたし、あとは挙式をするだけ。楽しみだな。……早く、名実共に君を私の妻にしたい」
「うう……うううう……」
至近距離で心底嬉しそうに微笑まれて、私に為す術があるわけもない。
私は半分自棄になりながら叫んだ。
「わかりました! もうそれならそれでいいですけど、その代わり、私にずっと美味しいご飯を食べさせて下さいよ! 責任を持ってしっかりお世話して下さい! それが私の結婚の条件です!!」
私の叫びを聞いたルイスは目を丸くし、そうして軽く唇を合わせてきた。
柔らかな感触に、時が止まる。
「えっ……」
「任せておけ」
初めてのキスに動揺し、現状をよく理解できていない私に、ルイスがそれは美しく微笑んだ。
これぞまさに王族と言わんばかりの自信に満ちあふれた微笑みを浮かべた彼は、もう一度、今度は頬に口づけを落とす。
「――何せ、私の趣味は君の世話をすることだからな。君の願いを叶えることなど朝飯前だ」
顔が真っ赤になる。触れられた唇を指で押さえた。
「な……な……な……」
「好きだぞ、ロティ」
「私も好きですけど!」
なんとか意地で言い返すも、私がルイスに勝てる日は来ないと確信した瞬間だった。
ありがとうございました。
これにて『殿下の趣味』第二部完結です。
9/28に②巻が発売いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。
加筆修正にくわえ、書き下ろしとして本編の後日談や、ルイスが怪我をした時のロティのお世話話などを入れております。




