終章
ルイスの誘拐事件から、二週間が過ぎた。
投獄された宰相は、結局処刑ということになった。王族を誘拐し、殺そうと企んだのだから当たり前だ。
彼はいつものように、別の誰かに罪を着せようとしたが、今回は現行犯ということもあり難しかった。ルイスが死ぬところを直接己の目で見たかったと現場まで来ていたのが徒となったのだ。普段の彼なら命令を下すだけで、決して安全な場所から出てこなかったのに。
よほど、己の言う通りにならないルイスが気に入らなかったということなのだろう。
双子騎士たちの父親も同罪。
彼も「宰相に命じられただけで、自分の意思ではない」と最後まで罪を認めようとはしなかったが、その主張は認められなかった。何せ、ルイスを怪我させたのも誘拐の実行犯も彼だったのだから。
首謀者と実行犯。王族を狙った彼らが処刑されるのは当然の流れだった。
彼らの処刑方法は自ら毒を呷るというものだったが、ふたりは最後まで見苦しく足掻いたそうだ。
見届け人が彼らを押さえつけ、結局無理やり服毒させたとか。
ひどく後味の悪い最後になってしまった。
宰相たちが処刑されたことで、彼らについていた人たちは皆、一斉に国王側に寝返ったらしい。
そういう人たちは、また何かあれば簡単に裏切るが、それを分かっておけば使いようはあるとルイスが言っていた。きっと私には分からない駆け引きがあるのだろう。その辺りはもう、聞くだけ聞いて、忘れてしまうことにした。
どうなるのだろうと今後が心配だったのが、アーノルドとカーティス、そしてベラリザだ。
三人は将軍と宰相の子供。
親が罪を犯せば、その子供にも責任をというのが一般的な考え方なので、三人も処刑なり追放なりさせられてしまうのではないかとかなり心配していたのだが、それは良い意味で覆された。
アーノルドとカーティスに至っては、それこそ彼らがルイスに仕え始めた時から国王たちと密約があったらしい。
ルイスに誠心誠意、命を賭して生涯仕える。その代わり、将軍が犯した罪は彼らには適用されないという約束だ。
ドゥラン侯爵家はお取り潰し。だが、ふたりは国王から新たに爵位を授けられ、別の家名を名乗ることになった。彼らには母親がいるのだが、母親も連れて行くそうだ。
元々、母親に暴力を振るう父親の姿に嫌気が差し、ふたりでなんとか母親を守ろうと考えてのルイスへの忠誠だったと聞けば、彼らが母親を大切にしていることは明らかで、その母親もようやく暴力を振るう夫から逃れられてホッとしているのだとか。
やっと訪れた平穏を満喫しているようだとふたりは語っていた。
もうひとり、私の友人であるベラリザだが、彼女は当初隣国へ行くという話だった。
追放というわけではない。ベラリザは最初から私たちに協力的だったこともあり、そのあたりはルイスが骨を折ってくれたから、彼女自身にとがめはない。だが彼女自身、母親を早くに亡くし、家族は宰相である父親ひとりだけ。その父親が亡くなり、家も取り潰しとなったので、母方の親戚がいるという隣国へ引っ越すしかないと判断したようだった。
「ようやく父から解放されて気分も晴れやか。隣国でいちからやり直すのも良いかと思って」
その日の午後、彼女は離宮にやってきて、そう言った。
いつものように前庭でお茶をしていた私は、それを聞き、ひどく驚いたのだ。
「ベラリザ、外国へ行くの?」
せっかく友人になれたというのに、この国からいなくなってしまうのか。
残念だけど、彼女を引き留めることはできない。親を亡くしたのだ。親戚を頼るのは当然の流れだと分かっていた。
「大丈夫よ。手紙だって書くから」
「ええ」
理解はできても、感情はなかなか納得できない。これが今生の別れというわけではないのに、どうしても悲しくなってしまう。
「……ベラリザ様」
「……何」
警備として私たちの側に控えていたアーノルドが、ふとベラリザの名前を呼んだ。面倒そうに彼女がアーノルドを見る。アーノルドはじっと彼女を見つめ、何か納得したように頷いた。
「あなた、良かったら僕と結婚しませんか?」
「は」
「え?」
「な」
「だっはっはっはっは!」
ベラリザ、私、ルイス、カーティスの順だ。
唐突すぎるプロポーズにその場にいた全員が目を丸くした。
いや、カーティスだけは笑っていたけれども。
「な、何を言っていますの!? 巫山戯るのもいい加減にしてくれます?」
ガタン、と音を立て、ベラリザが立ち上がる。その顔は真っ赤だった。
「僕はいたって真剣ですけど。別にあなたは隣国に行きたいというわけではないのでしょう? できればこの国にいたい。だけど、ひとりでは暮らしていけないから。そういうことですよね?」
「え、ええ、それはそうだけど」
眉を寄せつつも、ベラリザは頷く。
「だったら、あなたを庇護する者が他にいればいい。僕も新たに爵位を賜ることになりました。今後は結婚という話も出てくるでしょう。それは非常に面倒臭い……というか、押しつけられる女性に興味はなくて」
「……それがどうして私になるのよ」
「あなたが面白い女性だから、でしょうか。どうでもいい女と結婚するくらいなら、見ていて飽きそうにないあなたの方がマシだなと、そう思いついたんです」
「体の良い人身御供に私を使わないでちょうだい」
「え、でも、あなただって僕と同じでしょう。隣国へ行ったところで待っているのは、政略結婚。どんな相手が宛がわれるか分かったものじゃない。それなら僕にしておけばいいのでは? これは双方にメリットのある話ですよ」
「……」
アーノルドの話を聞き、ベラリザは黙り込んだ。どうやら考える余地はあるらしい。
「そう……ね。確かにあなたの言うことは一理あるかもしれない。でも、私、別にあなたのことを好きでもなんでもないわよ。そこは勘違いしないでちょうだい」
「それは僕も同じですよ。見ていて面白いから、まああなたならいいかなと思っただけ。どうせ政略結婚するなら、双方納得した方が幸せな人生を送れるでしょう。そう考えただけです」
愛はないと言うアーノルドだが、酷いとは感じなかった。それは、ここにいる全員が思っていることだろう。
政略結婚なんて往々にしてそういうものだからである。
私だってルイスとの結婚が決まった時、そこに愛はなかった。いつか芽生えればいいなとは思っていたけれども。
むしろ知っている人との結婚なら幸運なのではないだろうか。顔見知りで嫌悪感がなく、年が近い結婚相手。普通に考えて大当たりである。
それは公爵令嬢であったベラリザもよく分かっているのだろう。真剣な顔つきでアーノルドに言った。
「あなたの言いたいことも分かったし、私に利のある話ということも分かったわ。……でも、さすがに即答はできないの。考える時間をちょうだい」
「それは構いませんが、引っ越しする前にお願いしますよ。隣国まで行かれてしまってからでは色々と面倒なんです。今ならあなたの返事ひとつでどうにでもできますから」
「ええ。引っ越しの具体的な日程は決めていないから、あなたへの答えを先に出すことにするわ」
「お願いします」
「まあ、期待していないで待っていてちょうだい」
話を切り上げ、ベラリザは使用人数名しか残っていない屋敷に帰っていった。
父親が処刑され、彼女は殆どの使用人に暇を出したそうだ。隣国へ行く予定だったというのならそれも納得である。だが、見送った彼女の背中はどこか機嫌良さそうに見えた。
「ねえ、アーノルド。あんなこと言ってさ、実は結構本気なんだろ?」
ベラリザが帰ったあと、カーティスが笑いながらアーノルドを小突いた。片割れの言葉に、アーノルドは「どうでしょう」と微かに笑う。
「僕はただ、これから確実にやってくるだろう『うちの娘をどうですか』攻撃を潰したかっただけですよ。それに彼女を面白い人物だと思っているのは本当ですから」
「ふーん、じゃ、まあそういうことにしとくね」
「ええ、そうして下さい。彼女はあなたの義理の姉になるのですから、仲良くお願いしますね」
「まだわかんねえじゃん」
「ふふ、僕が狙った獲物を逃すとでも?」
にっこりと綺麗に笑うアーノルドは、とても楽しそうだった。ベラリザも嫌そうな顔はしていなかったし、ふたりが納得しているのなら口を挟むのは野暮というものだろう。
それに、せっかくできた友人だ。彼女がこちらに留まってくれるのは私も嬉しい。
「どうなるのかしら……」
なんとなく未来が見えたような気がしたが、それは言わないでおくことにする。
だって未来は変わるものだから。もしかしたら、ベラリザがアーノルドの求婚をすげなく断る未来もあるかもしれない。だから話が決まるまではただ見守っておこうと思った。




