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一瞬も悩まなかった。嫌だなんてそんなこと思うはずがないではないか。
私は微笑みを浮かべ、彼に言った。
「嫌だなんてまさか。私はルイスのことが好きなので、お揃いというのは嬉しいですよ」
「えっ……」
「好きです」
「……」
聞こえなかったかなと思い、もう一度告げる。
好きだと認めてしまったのなら、さっさと言ってしまおう。そう思ったのだ。
大体私たちはすでに婚約をしていて、儀式だって完了している。しかもルイスは私を好きだと言ってくれているのだ。そんな関係性があって、私が居竦む理由はどこにもない。
「遅くなってすみませんでした。私、どうやらルイスのことが好きみたいです。その……お母さんとかじゃなく、ちゃんと男の人として見てます」
「ロティ」
「今までもなんとなく好きなのかなと思っていたんですけどね。ルイスが攫われたって聞いて、ああ、好きなんだって納得したんです。もう会えなくなるというのがどうしても耐えきれなくて。そんなことで気づいたのかって言われたら、申し訳ないと言うしかないんですけど」
誘拐されたことが切っ掛けというのは私もどうかと思うが、嘘は吐きたくなかったので正直に言った。
「今もちゃんと、ルイスのこと、好きだなって思ってます。無事に帰ってきてくれて本当に良かった。……心配したんですからね」
「っ!」
ガタン、と音を立て、ルイスが椅子から立ち上がった。
そうして私の腕を引っ張り、同じように立ち上がらせる。次の瞬間、思いきり抱きしめられた。
「……君が好きだ」
聞こえてきた声は震えていた。それに気づき、勇気づけるよう私も告げる。
「……はい、私もです」
彼の背中に手を回す。くっついているせいか、彼の心臓の音が聞こえてくる。鼓動が早くなっているのが分かり、嬉しくなった。
――ルイスも私と一緒なんだ。
彼も同じようにドキドキしてくれている。それに気づき、笑みが零れる。
ルイスの抱きしめる力が強くなった。少し痛みを感じたが全く気にならない。
ルイスが掠れた声で言う。
「……好きな人に好きと言ってもらえるのがこんなに嬉しいことだとは知らなかった」
「私も。好きな人に好きって言えることが幸せだって初めて知りました」
最初にルイスから好意を伝えられた時は、戸惑いと恥ずかしさしかなかった。
嫌ではなかったけれど、驚きの方が大きかった。まさか愛されているとは思わなくて、どうしようと本気で焦った。
今は違う。
私が感じているのは喜び。
抑えきれないほどの歓喜が私を包んでいた。
思いが通じ合うというのはこんなにも幸せなことなのか。本当に彼を失わずに済んで良かったと心から思った。その思いが口に出る。
「無事に戻って来られて本当に良かった。ルイスに何かあったら私……」
声が少し震えたことに気づいたのだろう。抱きしめる腕に力が更に籠もった。
「心配させて悪かった。この通り、君のおかげで無事だ。五体満足でピンピンしている」
「……嘘ばっかり。頬、冷やさないと駄目ですよ。どうして手当していないんですか」
「すまない。君と早く話したくて。しかし、君に心配されるというのはなかなか嬉しいものだな」
笑いの含んだ声が返ってきた。全く。笑い事ではないのに。
「喜んでいないで、今すぐ冷やして下さい。もう、なんで笑っているんですか」
ムッとしながらルイスを見上げる。彼は何故か嬉しげに首を横に振った。
「いや、今は無理だな」
「どうしてですか」
理由が分からない。水で冷やすくらいすぐだろうに。
私の疑念にルイスはにっこりと笑って告げた。
「どうしてもなにも。ようやく気持ちを通じ合わせることができた君と抱き合うことを優先したいだけなのだが」
「えっ」
想像もしなかった理由が返ってきて、心の準備が全くなかった私は、見事に頬を赤く染めた。
ルイスの機嫌が分かりやすく上昇する。
「うん? それとも君は違うのか? いや、違わないな?」
「あ、あう……で、でも、手当をしないと……」
心の中を見破られているようで恥ずかしい。だけど、痛々しく腫れた頬をそのままにしているのは気になるのだ。どちらも本音で、なんと言えばいいのか分からない。
動揺する私に、ルイスは嬉しげに言う。
「あと数分くらい遅れようが今更変わらない。君を抱きしめる方が大事だ」
「……ほ、本当にあと数分ですか?」
「ああ」
「……それなら」
妥協した……というか、負けた。
だって仕方ない。私ももう少しこの幸せな気持ちを味わっていたいと思うのだから。
「……で、でもあとちょっとだけですからね」
「分かっている」
「終わったら、手当しましょうね」
「もちろんだとも」
「聞きたいこともたくさんあるんですから」
「なんでも聞いてくれ」
本当かなと思いながらも、私も嬉しいので、再びルイスの胸に顔を埋め、幸せに浸る。
「大好きです、ルイス」
「ロティ、君を愛している」
場所が食堂だとか、時間が真夜中だとか、そういうのはどうでもいい。
今はただ、ルイスの温もりを感じていたかった。
結局彼の頬を冷やすことができたのはそれから三十分以上も経ってからだったし、碌に話もできなかったが、そんなことが気にならないくらいには幸せだった。




