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◇◇◇
「……帰ってきたわ」
馬車から降り、明かりのついた離宮を見上げる。一時はどうなるかと思ったが、無事、ルイスを連れ帰ることができた。中に入ると当たり前だが明るい。そのことが泣きたいくらいに嬉しかった。
アーノルドがルイスに言う。
「陛下にはカーティスから連絡がいっておりますので、殿下はこのままお休みになってもらって結構です。今晩は、僕が寝ずの番をしますので」
「分かった。だが、その前にひと休憩したいところだな。ドロドロになった服も着替えたいし」
ルイスが自分の格好を見下ろす。汚い床に転がされていたせいか、彼の服はずいぶんとくたびれ、汚れていた。私もずっと緊張していたせいかかなり汗を掻いている。一旦落ち着きたい気持ちはあった。
「ロティ、一度着替えてから食堂に来られるか? 君にもずいぶんと苦労を掛けてしまった。話せることは話したいし、お茶でも飲んで落ち着きたいとも思うのだが」
「はい。是非、お願いします」
もう日が変わるような時間ではあったが、このまま解散と言われる方が困る。話をしてくれるのなら全部聞いてから眠りたかった。
馬車の中では皆、無言で、何か聞けるような雰囲気でもなかったからだ。
「分かった。それではあとで」
「はい」
頷き、自室に戻る。服を脱ぎ、汗を拭ってからいつも着ている部屋着を手に取った。リボンのついたブラウスと膝下丈のスカート。気負うことのない格好の方がいいと判断したのだ。
できるだけ急いで用意をし、下へ降りる。すでにそこにはルイスがいて、お茶の準備を整えていた。
「は、早いですね……」
新しい服に着替えているルイスを見て目を丸くする。もっと時間が掛かるものと思っていたのに。
「男性は、女性ほど時間は掛からないからな。ほら、カモミールティーを淹れたぞ」
「あ、ありがとうございます」
「隣に座っても?」
「はい」
いつもはテーブルの端と端に座るので変な感じだが、話をするのなら近い方が良い。
アーノルドの姿が見えなかったのでキョロキョロしていると、私が何を探しているのか気づいたルイスが口を開いた。
「アーノルドは外に出ている。屋敷をひとまわりしてくるそうだ。先ほどカーティスも合流したと聞いている。彼らに任せれば大丈夫だろう」
警備に出掛けたと聞き、頷いた。
何せ、つい先ほど誘拐されたばかりなのだ。主犯とみられる宰相を捕まえたとはいえ、他にルイスを狙うものがいないとも限らない。警戒を強めるのは当然だろう。
納得し、カモミールティーを一口飲む。柔らかい味わいは、身体の奥まで広がり、心を解してくれるようなそんな気がした。お茶請けにクッキーがあったので、何枚か摘まむ。
こんな時間に食べるのはどうかとも思ったが、お腹が減りすぎて胃が痛いくらいだったので、落ち着かせるためにも少し食べた方がいいと思った。
ルイスも黙ってカップを傾ける。お茶が半分ほどなくなった頃、ルイスがカップを置き、静かに話し始めた。
「ロティ。馬車の中では何も話さず、すまなかったな」
その言葉に首を横に振った。
「いえ……私も落ち着いて話を聞きたかったですし」
色々気になっていたのは事実だが、ルイスにも何か事情があったのだろう。そう思い告げると、ルイスは困ったような顔をして言った。
「できれば、アーノルドのいないところで話したいと思ったのだ」
「……?」
「何せ、嬉しすぎて何を口走るか自分でも分からなかったからな」
「ルイス?」
嬉しいとはどういう意味だろう。
答えを求めてルイスを見る。彼は柔らかい笑みを浮かべ、私を見つめていた。
「――綺麗な紫色だな」
「えっ……」
首を傾げかけ、彼が何を言いたいのか理解する。
私の目の色は、完全に紫色になっていた。それに気づいたのは、誘拐されたルイスを助けに行くために着替えていた時で、鏡を覗いた私はひどく驚いたのだ。
それどころではなかったのですぐに気持ちを切り替えたし、今の今まで忘れていたけれども。
「……これ、『変眼の儀』が完了したから、変わったってことなんですよね」
「そういうことだ」
アーノルドから聞かされていたことを改めて尋ねると、肯定が返ってきた。なんとなく尋ねる。
「もう、元の色に戻らないんですか?」
「戻らない。儀式は完了したからな。……嫌か?」
「いいえ」




