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◇◇◇
時間はもう真夜中。だが、ルイスを助けるためには一分一秒でも早く行かねばならない。
私は急いで外出用の服に着替え、アーノルドたちが用意してくれた馬車に飛び乗った。
私が準備をしている間に、カーティスが兵をまとめて連れてきた。宰相や将軍の息の掛かった者ではない。最近ルイスが雇い入れたという私兵たちだ。
カーティスが連れてきたのは、十人ほど。彼らは皆、馬に乗っていた。アーノルドとカーティスは私と同じ馬車に乗り込み、私が示した方角へと御者を急がせた。
「ルイス……どうか無事でいてくれますように……」
ガタガタと揺れる馬車の中、私はひたすら神に祈りを捧げていた。私たちが到着するまでに彼に何かあったら……。そう考えるだけで胸が潰れそうな心地になる。
一度、魔力玉を発動させてしまえば、あとは何もしなくても彼を感じられる。まるで何かに呼ばれているような気持ちになるのだ。私はただそれに従うだけ。
「次を右に曲がって下さい」
「そのまま真っ直ぐです。曲がらないで。あ、行きすぎ。戻って下さい」
感じたままを告げる。アーノルドたちは私のはっきりしない指示にも戸惑わず、言う通りに動いてくれた。
私が言ったままを御者に伝え、御者も素直に従った。そのせいか、二十分ほど馬車を走らせただけで、無事、目的地に辿り着いた。
「ここです」
「……停めて下さい」
アーノルドが御者に指示を出す。
カーティスが扉を開け、先に降りた。ついてきていた兵士たちも次々に馬を下りる。
「……」
薄暗い道に降り立つ。街灯の明かりがあるので真っ暗ではないのが救いだった。こんな真夜中に外に出てきている自分が信じられなかったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「シャーロット様、間違いありませんね? この建物の中に殿下が?」
「はい」
確認してきたアーノルドの言葉にしっかりと頷く。
目の前に見えるのは、おそらくは古い館だ。以前は貴族が住んでいたのだろう。敷地面積はかなりある。だが、暗がりでも分かるほど庭が荒れているので、今、誰も住んでいないのは明らかだ。門扉には明かりもないし、屋敷は真っ暗だ。だけどよく見ると、一カ所だけ明かりがついている部屋がある。多分、ルイスはそこにいるのだと察した。
「アーノルド様。あそこです」
明かりの付いている部屋を指さす。アーノルドもしっかりと頷いた。
「ありがとうございます。ここまで案内してもらえれば十分。今からは僕たちの仕事です。ひとりで残ってもらうのも危ないので、来るなとは言えませんが、できればカーティスと一緒に一番後ろから着いてくると約束してくれませんか」
「分かりました。お約束します」
着いてくるな、なら聞き入れられなかったが、一番後ろであろうと行って良いのなら断る理由はない。むしろ邪魔にならない場所を提示してもらえて有り難いとすら思った。
ルイスを救う邪魔にだけはなりたくないのだ。
首を縦に振ると、ちょうど兵士たちに指示を出し終えたカーティスが戻って来た。そうして口を尖らせて言う。
「えー、オレ、やだ。真っ先に突っ込みたいもん。アーノルドがお嬢様と一緒にいてあげればいいじゃんよ」
「……お前は……まあ、良いでしょう。確かに先陣を切るのはお前の方が向いていますからね。では、シャーロット様は僕と一緒に。構いませんか?」
「はい。私はどちらでも結構です」
ふたりがルイスに信頼された騎士であることはよく知っているので、どちらといても安心できる。
そういえば、とカーティスが言った。
「あのさ、さっき兵たちに指示を出した時に少し中を覗いてみたんだけど、多分、外に見張りはいない。いるとしても、あの明かりの付いた部屋くらいじゃないかって感じ」
カーティスの話を聞き、アーノルドが眉を寄せる。ふむ、と考えるように拳を顎に当てた。
「不用心ですね。……大方、殿下を誘拐したことを知る者の数を最小限に留めたかった、というところなのでしょうけど」
「オレもそう思う」
「殿下を殺すつもりなら余計に。目撃者や事実をしる者の数は少ない方が良いですから。昨今、どこから情報が漏れるか分かりませんし」
「宰相は肝が小さい男だしねえ」
「なるほど。理解しました。それなら、全員で突入しましょうか。くれぐれも、ギリギリまで気づかれないようにお願いしますよ」
「誰に言ってんの。分かってるって」
カーティスがドンと胸を叩く。
話が決まったところで、カーティスが兵士たちを引き連れ、先に敷地内に入った。武装しているのに物音を立てないのは、やはりそういう訓練を受けているからだろうか。
十人以上が同時に移動しているとは思えない静かさに驚いていると、アーノルドがこちらの注意を引くように肩を軽く叩いた。
「ぼうっとしている暇はありません。僕たちも行きますよ」
「は、はい」
「再度言いますが、あなたは絶対に僕の前には出ないように」
「はい」
危険があるから繰り返しているのだと分かっているので、こちらも真剣に頷く。
アーノルドの後ろを、小走りで追いかける。できるだけ音を立てないよう気をつけてはいるが、素人にはなかなか難しかった。
先行したカーティスたちが館の扉を開け放しにしてくれているので、問題なく中に入る。中も薄暗かったが、足下が見えないほどではなかった。
玄関ロビーはずいぶんと床が傷んでおり、二階へ続く階段はボロボロで、登るのも危険な状態だ。
明かりが付いていたのは一階だったなと思っていると、右の奥の方で大きな音がした。
扉が乱暴に開け放たれる音。それとほぼ同時に、カーティスと兵士たちが突入したような音も聞こえてきた。
アーノルドと顔を見合わせる。
「行きましょう」
「はい」
音のする方に、二人で急ぐ。部屋の前には見張りだったのか、ふたりの男が倒れていた。扉は開いたままで中が見える。室内は不自然なほど明るかった。埃っぽい部屋で、元々は書斎か何かに使われていたのだろうか。大きな机やソファにテーブルといった基本的な家具があったが、どれもボロボロで使用できる状態ではない。部屋の奥には宰相と、前に夜会で見た将軍がいて、カーティスたちと争っていた。
カーティスは将軍と剣で応戦している。逃げようとする宰相を兵士たちが取り囲んでいた。その後ろには、両手両足を縛られたルイスが床に転がっていたが、兵士のひとりが彼の戒めを取り払っている最中だった。
「ルイス!」
思わず声を上げ、彼の名前を呼ぶ。ルイスが反応し、こちらを見た。だが、それだけだ。戒めが解かれたルイスは立ち上がると、宰相の方へと歩いていった。
「っ! うぜえ!」
ちょうどそのタイミングで、カーティスたちの方も決着が付いた。カーティスの剣が将軍の剣を弾き飛ばす。剣は近くの床に突き刺さり、丸腰になった将軍の首にカーティスは容赦なく剣を突きつける。




