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【書籍全3巻発売中】給食のおばちゃん異世界を行く  作者: 豆田 麦


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91話 ろーんぐ ろーんぐ あごーぅ

 叩きつけたダイヤは、瞬時に伸びた無数のつる草が全て受け止めた。うん。知ってた。悔しくなんかない。

 音もなく地に落とされたダイヤの後を追うように、つる草も元の丈に戻っていく。転がったダイヤは勿論回収。ぱしんぱしんと手の中に飛び込ませる。リサイクルリサイクル。


 肩に軽く置かれたままのザザさんの指先からは、ピリッとした覇気が伝わってくる。張り詰めた空気はそれでも一触即発というほどでもない。魔王本人が余裕綽々な顔してるから。なんならハンマー振り降ろした時のほうがまだ驚いてた。


「和葉ちゃん、やっちゃう?」


 冷え切った声で剣呑なセリフを翔太君が吐いた。怒るよね。そりゃ怒るよ。翔太君はザギルと一番最初に仲良くなったんだもの。


「いいえ。威嚇です。教育的指導はタイミングが大事ですからね、やらかした瞬間に指導しないと」

「それ犬猫の躾……」

「犬猫のほうがよっぽど空気読みますよ」

「作法とやらがなってなかったのか」


 魔王はまたもやあどけなく首を傾げている。


「なってないね」

「ふむ。そうか―――我らはお前以外を招いた覚えはないんだが、他の者ももてなさなくてはならんのか」

「あ、今さらそんなこと言っちゃう? なら帰るけど」


 殊更に背を椅子に沈めて顎をあげて見せる。

 全く挑発に乗らないのは、寛大なのかなんなのか。戦闘で敵う気がしない相手を不用意にキレさせたくはないけれど、全く手応えがないのも交渉としてはやりにくい。


「私に()()()があるのでしょう? でも別に私にはあんたにお願いはないの。わかる? その時点であんたは私がその気になるように話をもっていかなきゃならないの」

「お前も知りたいことがあるはずだが?」

「知らなきゃ知らないでも構わない。私にとって今の最優先事項は全員でカザルナ王城に帰ることだからね」

「……なるほど。作法とは難しいものだな。何がお前を不快にさせたのかわからん。我らがソレを厭うのが気に入らんか」

「いいえ。あんたが誰をどう思おうとあんたの勝手。でも私の前でうちの子にその素振りは見せないで。それから彼はザギル。私たちのこともそうだけど、ちゃんと名前で呼びなさい。私は和葉」


 それからみんなの名前をそれぞれ魔王へ告げた。知ってるだろうと思って名乗ってなかった。和葉失敗。でも落ち度があったような顔は見せない。どうせ礼儀作法も私たちとは違うんだろうから、いや礼儀作法なるものがあるのかどうかもわからないし、堂々としてたもの勝ちだ。


「ザギル、か。まあいい。もう魂に楔が打たれているからな」

「くさび?」

「どうやったか知らんが、その魂は世界にちゃんと定着している。我らが厭う竜人とも言えまい。この世界の者として扱おう」

「てい、ちゃく」


 ザギルらしくない茫洋とした声。その自分の声に驚いたかのように、ぱちりと目を瞬かせてから、すっと背を伸ばした。いいのかな? 続けさせていいのかな? と、首を傾げて無言で問えば苦虫食い散らかしたような顔。胃のあたりを握りしめていた指をほどいて服の皺を撫で伸ばしてる。

 浅く腰掛けたまま、踵を椅子の端にかけて片膝をたてて。


「てめぇ、うちの子っつったか馬鹿か」

「あ、そこに戻るんだ」

「うっせぇよ。おう、定着ってなんだ」

「―――自覚はあったはずだ。それが何なのかはわからなくても、未知の感覚はあっただろう。もう彷徨うことはない。その身体はお前のものだ」


 奥歯を噛み鳴らす舌打ちをしてから、斜め下に目線を落とせばすぐに思い至ったように顔を上げて、肩の力を抜いてみせた。


「……ああ、あーあー、アレか」

「何。心当たりあんの」

「あったなぁ。そういやあった。アレのことか、妙にストンとはまった感じが」

「何よ何よ何よちょっと言いなさいよ今すぐ」


 エルネスのメモスタンバイに、鬱陶しそうな顔してみせるザギルはすっかり通常運転だ。


「ミラルダっていたろ……………てめぇを温泉まで追っかけてきた女だ。溺れかけさせといて誰だそれってツラしてんじゃねぇ」

「し、失敬だな。覚えてるよっアレでしょアレっ」

「ったく、お前があの女、温泉にぶっこんで……あんときだな。―――こう……」

「こう?」


 ガシガシと頭を掻くザギルはものすごく嫌そうに食いしばった歯を見せて、ぎろりと私をひと睨みしてからそっぽを向いた。


「あーーー……こう、ったら、こうだよ。つか、俺がわかりゃいいだろが。うっせぇ」

「あんとき―――あんときって、確かザギルめちゃくちゃ機嫌よかったよな」

「別によかねぇよ、兄ちゃんもうっせぇんだっつの」

「わかった! ザギルがズルかった時! 和葉ちゃんのこと抱っこさせてくれなかったの!」

「黙れクソガキ」

「むぅうううう! ばか! ザギルばか!」


 礼くんが草をむしってザギルに投げつけたのを、ぺいっぺいっと叩き落とすザギル。あの草、普通にむしれるんだ……。


「カズハカズハ、その時みてたのあんたじゃないの。何かないの」

「……さあ? 特に変わったことは何もなかったと思うんだけど」

「ああ、与える者がそばにいたのか。では楔を与えたのはおま―――カズハか」


 片眉をあげると、言い直した魔王。存外と素直だ。


「ああ、そうだろうな」

「覚えがないけど」

「お前、覚えのあった試しがねぇだろが」

「ほんとこまめに無礼!」


 違う理の世界って、と翔太君が口ごもりながら迷うように疑問を挟んだ。


「それって、ザギルさんも僕らみたいに異世界から来たってこと?」

「おー、それならチートっぷりにも納得できるよなぁ。俺ら勇者の存在意義疑うくらいだし」

「知らねぇっつの。言ったろ。俺ぁ物心ついた時にゃ貧民街にいたし、その前なんて覚えてねぇ」


 ―――その魔王サマの言うとおりなら、うろついてたその辺のガキの身体のっとったんだろうけどよ、と、僅かに声を落とすザギルの顔はいつものふてぶてしさをのせてはいるけど、私たちの視線を避けるようにしてるのがわかる。


「僕らの世界でいう輪廻転生とはまた違うのかな……あ、えっと死んでも魂は何度でも身体を変えて生まれ変わるって概念? 思想? 宗教?」


 ぐりんと首を回して強い目力で問うエルネスに、びくりと肩を震わせて翔太君が答えれば、エルネスもああ、と頷く。


「帝国や南にそんな思想の宗教があるらしいわね。あの辺りの宗教観は雑多だから」


 魔王の言葉をそのまま受け取るのなら、元々ある肉体を乗っ取るってのは所謂輪廻転生は別物ではあるだろうけど―――魂が同じで肉体を乗り換え可能だっていうのは、それはつまり生まれ変わり可能ともいえるわけで。


「……ザギル」

「んだよ」

「あんたって年いくつ?」

「はぁ? 知るかよそんなん」

「ねえ、いくつ? いくつ? 見たまんまだと三十は越えてるよね? でも長命種なら見た目じゃわかんないんだっけ? ねえいくつくらい?」

「……おう、神官長サマよ……俺少なくともここ十五年くれぇは今の見た目のままなはずなんだが」

「え、あ、うん……そうね……ヒト族でいえばせいぜい二十代前半、くらいに見える、かしらね?」

「「「え」」」

「うそっ、俺もザギルは三十前後かと思ってた! ザギルと俺って同じくらいに見えんの!? ザザさんマジっすか!?」

「あ、あー……、み、皆さん若く見え、ますよ? さすがにカズハさん以外は成人だとは思ってましたが……正直当初は二十歳越えてる人はいないものと思った、ので」

「成人って、こっちじゃ十三じゃない!」

「……僕いくつに見えたんだろ」

「和葉ちゃんその得意げな顔やめてくんないっ」

「ふふふ、まあ、異文化の壁ってやつですよ東洋系は若く見えるっていうじゃないですかー私だけじゃないっていうかーってか、それよりザギルよザギル、あんた結局いくつくらいなの」


 全員身を乗り出して喧々諤々するのを遮れば、胡乱な目つきのままため息ついてザギルがザザさんに問いかけた。


「氷壁ぃ、お前南方に遠征来た時あったろ。あれ何年前くらいになる?」

「ああ? ……二十年前になるかと思うが」

「ふぅん、じゃあ、そうだな三十前後くれぇじゃねぇか。俺そのころはまだガキの身体つきだったしな」


 獣人系は十三くらいには成人の体つきになるって前に聞いたし、二十年前にまだ子どもの体つきなんであればそのくらいって計算か、じゃあ―――やっぱりっ


「あ、会いたかったぁあああ」

「あ? お!?」


 椅子の上に立ち上がってそのまま背もたれ飛び越えて




「ひいじぃちゃ―――っ「むかつく」たああああああっ」


 抱きつこうとしたその勢いを超える速度で、額に張り手で叩き落された。

 すぱああああんってめっちゃいい音だった。





「ガキ扱いの次はジジィ扱いかよ振り幅広ぇんだっつのふざけんな」

「だって計算合うし」


 張り倒された額を両手で押さえて蹲ってたら、ザザさんが抱き上げて椅子に座りなおさせてくれた。お手数おかけします。同じく蹲ってる幸宏さんは放置されてる。いつも通り笑い倒してるだけだし。


 そっくりなんだもの。曽祖父とザギル。曽祖父が亡くなったのは三十五年前だし、大体計算合うし、そりゃ生まれ変わりだと思うじゃない。絶対そうだと思うじゃない。感動の再会だと思うじゃないの。


「―――んーっと、和葉ちゃんのひいおじいさん亡くなったの三十五年前でしょ? で、ザギルさんが三十前後ならちょっとタイムラグあるんじゃない?」

「そこはほら、時差?」

「時差って……あるのか、な……」

「ちょっと、ねえ、魔王、さん? さっき言ってたわよね。この世界から追い出せないって」

「―――っ、あ、ああ、そうだな」


 ほぼ空気になってた魔王が、エルネスの問いで再起動したかのごとくに答えた。魔王も惚けたりするんだ。なんかちょっと台無し感ある。


「ならやっぱりカズハのひいおじいさまとは違うんじゃないの? 残念、だけっど……っぷっ、ふふっふふふっ」

「えー」

「てめぇ……裏切られたようなツラしてんじゃねぇよ俺のせいかよ」

「がっかりだよ紛らわしい」

「ほんっと理不尽だなオイ」

「で、なんだっけお願いだっけ」

「―――おまっほんっと……っ」


 何故か言葉を呑んだザギルの肩を、翔太君があったかい眼差しでぽんぽんと叩いてる。

 ザギルとザザさんも仲良しだけど、何気に翔太君とも仲良しだよね。そういえば翔太君は『整える者』とか言われてたのは、こういうところだろうか。魔物討伐とかで群れを間引いたりして狩場を整えるのが得意なところのことかと思ってた。

 そんなやり取りを見渡して、魔王は嫌悪の色を拭い去った無表情で小さく頷いた。何かに納得したのかなんなのかよくわからなくて、こっちが首を傾げてしまう。


「この世界の成り立ちを詳らかにするのは、先代の勇者が選別した次代の勇者に行うこととなってたんだがな」

「ふむ。今でいえば、先代がモルダモーデで、次代が私ってところ? で、あいつはもういないからあんたがってことか」

「そうなる。我らが直々に()()()のは初代以来だ。なかなか勝手が掴めなかったが、どうやらお前……カズハにはこの場、ここにいる全員が揃った場でなくてはならないようだ―――それでいいのだな?」

「むしろそれ以外にないでしょ。私たちは全員で城に帰るっていってんだから」

「別に我らは構わん。ただ、知ることは時に毒ともなる。故に、代々の勇者は次代を選別していた。これは我らが決めたことではないが、アレらが譲らなかったのでな」


 悠然と、尊大に、小さな両手を腹に乗せて背を椅子にもたれ足を組んで、まるでその先の道筋は見えているとばかりに、そのくせこちらを試すかのように、魔王は言葉を紡いだ。


「知りたいことは全て教えよう。その上で、選べ」








 昔々、城の地下に広がる古代遺跡すらまだ築かれていない、それどころかこの世界そのものがまだ存在していないずっと昔。


 それでもこの世界ではない別の世界がいくつもあって。

 次々と生まれては、漂い、時に重なり、ぶつかり、次々と消えていく様はしゃぼんのようでありながら、それらの世界の中ではそれぞれその世界の住人が確かに命を営んでいた。


 世界を形作る壁は案外と薄いけれど、常ならばその壁を越える者はそういない。けれど全くいないわけでもない。越えたところで世界と世界の狭間を越えられない。そこに存在し続ける力がなければ、漂う世界に挟まれて消えていく。


 そんな場所に存在し続けることができる力をもつモノがまずひとつ。どこかの世界から弾き出され。

 時間の概念など意味のない場所で、いつしかふたつ、みっつと、増えていくそれらは、木の葉が風に吹き溜まるように、互いに寄り添っていく。溶け合い同化することもあれば、ただ違う存在のままつながりあうこともある。そうして存在するのみであったそれらは、力を増し、その力は意識を産み、思考を育て、やがて世界の壁を創り上げる。


 狭間にできあがったのは新しい世界。これまで生まれてきた世界とは成り立ちそのものが違う世界。元はどこかの世界から弾かれた存在たちは、壁を創り上げたそのあとに流れ着いた存在も受け入れていく。





「……それは、いつ生まれたのか誰も知らない。 暗い音のない世界で、ひとつの細胞が分かれて増えていき、みっつの生き物が生ま」

「何をはじめた」

「いえ、なんでも」


 ちょっと昔見たアニメを思い出させられてしまった。幸宏さんをちらっと見ても眉間に皺寄せて、はぁ?って顔してるから、この場に仲間はいないらしい。ジェネレーションギャップつらい。はやくにんげんになりたい。


「……そのはじまりの存在が我らだ。根を降ろす存在が増えれば、世界は安定していく。安定した後に流れ着いたものたちは我らと交わって力を増やす必要もないから、元居た世界での種そのままに根付くようになっていった。植物や動物、あらゆる生物がだ。それぞれ異なる理をもつものたちとはいえ、元の世界から弾き出されたもの同士。諍いもなく穏やかに皆暮らしていた―――もっとも、それが穏やかなものであったと我らが理解したのはずっと後だがな」






 朱に交わっていくように、異なる理は徐々にひとつの理へと収束していく。

 違う理同士が生み出す揺らぎは、その収束によってより安定し、世界の壁をも厚くしていく。

 壁の厚さはたどり着ける存在を減らし、新たな揺らぎが産まれないことは停滞と淀みを産んだ。


 根付いたはずのものたちから、新たな命が営まれない。営もうとしない。営みを忘れた種から消えていく。

 はじまりの存在は思考する。

 己たちと同化せずとも、新たにたどりついたものたちが根付いていく様は興味をひかれていた。

 創り上げた世界を彩っていく存在達に、自ら同化して力を分け与えてしまう()()()がでてくるくらいになれば、その『興味』は『愛しい』というものであると理解しはじめる。

 愛しんだものたちが消えていく。彩りが褪せていく。

 失わせないためにはと、はじまりの存在はさらに思考を重ね、新たな揺らぎが必要だと結論付ける。


 そうして意図して開けた壁の穴から現れた種は、はじまりの存在である己たちを上回る高度な思考と、元いた世界の理を持ちこんだ。


 元ある樹や洞窟を生かした住まいは石造りとなり。

 ささやかな田畑は森を切り開いてより広大となり。

 点在していた集落は、より大きな集落となり。

 細く踏み慣らされた道は石畳の街道となり。


 揺らぎなどという可愛らしいものではない激震といえるそれは、己たちが愛しんだものたちを魅了し、褪せた彩は以前よりも輝きを増し、より多く、より豊かにと、そして奪うことを覚えた。




「ああ、覚えたというのは正確ではないな。教えた、だ。奪う者である竜人が与えた知識と技術は、奪うためのものでもあったと、我らが気づいたときにはもう築きあげた時間の半分もかからずに滅びかけていた」

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