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【書籍全3巻発売中】給食のおばちゃん異世界を行く  作者: 豆田 麦


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80/100

80話 ダダダダンジョンでGO

書きかけが予約投稿されてしまってたのに二日気づいてませんでした。

なかなか更新できない上になんたる不覚。一度取り下げてアップしなおしてます。

「……くっ、げ、んきだせって。あやめ」

「もううるさい! 笑ってるし! 幸宏さんのばか!」


 今にもこぼれ落ちそうな涙を湛えて叫び盛大に鼻水をすするあやめさんは、その勢いとは裏腹にちんまり翔太君のジャージの裾をつまんでる。


 三人横並ぶのがやっとの石壁とヒカリゴケの通路を、オレンジ色のランタンの灯りが照らしている。

 先頭がザギルとして前衛に礼くん私。最後尾にザザさんと幸宏さんを配置して、間にエルネス、翔太君、あやめさんの並びだ。


 ザギルが死にかけたモルダモーデの来襲の夜から、古代遺跡の隠し扉は開かなくなっていた。言葉通り受け取るのなら、あいつはリゼを回収にきていたのだし、リゼがいないのなら開かないのももっともだと納得していた。エルネスはまだ調査が進んでいなかったのにと悔しがっていたけれど。


 その古代遺跡にまた私たちは来ている。しかも研究所員が踏み込めていなかった深部。そこを迷い無く進むザギルについていってる。

 私がとらわれていた部屋の先の通路にはトラップも魔物も盛りだくさんに配置されている、はず。

 けれどザギルの指示通りに進んでいけば、それらにひっかかることがなくて、本当に配置されているのか不思議になるほどだった。


「あ、あんなにかわいいのに。や、やっと抱っこできた、のに」

「あやめさん。憧れってね、遠くにあるほうがいいこともあるんですよ」

「……きっと臭くない種類のだってどっかにいるもん」

「どうなのエルネス」

「過去報告にはないわね」

「探すものおおおおお!」

「愛深いなおい」


 スライムは足が速い。警戒心も高い。だから討伐遠征の時に見かけても近寄れたことはなかった。

 ところがこの古代遺跡では狭い上にあまり隠れるところがないからなのか、それともそういう習性の種類なのか、逃げないスライムがいたのだ。ちなみにスライムは魔物カウントじゃない。襲ってこないから。


 きらっきらに瞳を輝かせて、抑え込めてない興奮をにじませて、じりじりと手を伸ばして、満面の笑顔で抱き寄せたあやめさんは、まさに天使のようだった。


 なのに、抱き寄せた瞬間、悲鳴と共に振りかぶって遠投してた。天使の笑顔も一瞬。


 エルネスとザザさんがやけに言いにくそうに止めようとしてるとは思ったんだよね。

 スライムって種類に関わらず、軒並み臭いらしい。生ゴミと排泄物と腐敗物を全てミックスして香水の原液をぶっかけたような刺激臭だとのこと。触る前にわからなかったのかってなるけど、どうやら触られて初めてその臭いを醸すんだとか。

 もしかしてこの古代遺跡のトラップのうちの一つなのかもしれない。ひっかかるのはあやめさんだけな気がするけど。





「で、どこいくの?」

「…………」


 ぎらぎらとした虹色が、わずかに光を弱めて宙を泳ぐ。ザギルがこんな逡巡する表情を見せるのは本当に珍しい。

 幸宏さんのプラズマシールドを見上げ、窓を背に負う翔太君、廊下への扉に背をもたれさせているザザさんへと視線を移していく。まだしっかりとザギルの両足を抱きかかえて転がっている礼くんを、首だけ少し持ち上げて視認してから、ため息をおおきくついて後頭部を床に落として唸りをあげた。


「てめぇら随分息あってんじゃねぇか」

「すごい連携でしょ。私もやればできるのよ」

「お前掛け声かけただけだろが」

「合わせられないなら合わせてもらえばいい話!」

「どの口が連携いいやがる!」

「喧嘩はまず先にかますのが大事って習ったし。ジャストタイミングの号令が一番大事だし」

「和葉ちゃんちなみにそれ誰に習ったの」

「曽祖父です」

「あー……納得」


 ザギルは能力が高すぎて、私たちでも手加減がし辛い。一対一なら抑え込むのは難しいのだけれど、さすがに勇者四人がかりでなら負けるはずがない。


「さあ、ザギル観念しなさい。礼くん相手なら魔力喰いで無力化もできないでしょ」


 ザザさんとエルネスが前に無力化されたアレだって、実質無制限の魔力をもつ礼くんには通用しない。食べても瞬時に回復してしまうのだから。頭脳プレーですよ。適材適所。完璧なるザギル攻略の配置。


「……別に逃げるわけじゃねぇ。情報収集だっつのも嘘じゃねぇよ」

「うん。それはわかってる。あんたは私を裏切らない」


 とっくに加重は解除しているけれど、もう、胸に跨った私を押しのけようとはしないザギルの頬を撫でる。


「その情報は危ないトコにあるんだよね? あんたですら帰ってこれないかもしれないとこ。私はあんたの主なんでしょ。出かけるなら行先を言っていきなさいって言ったじゃないの。黙って行くのは許さない」

「―――おう、姉ちゃん、チクったな」


 エルネスの後ろにささっと回り込みながらも顔だけのぞかせるあやめさんを、きろりと睨みつける。


「け、ケダモノを野放しにすんなって飼い主に言っただけだもん! 言わないなんて約束してないもん! ばあああか!」

「ほんっと覚えてろよてめぇ!」

「はいはいはいツンデレツンデレ」


 また両手でザギルの顔を挟んでこちらを向かせる。


「あんたが大怪我してはこそこそ回復してもらいにくるんだから、あやめさんだって黙ってられるわけないでしょうよ。こんなかわいい子に心配かけさせるんじゃない」


 結構前から、ぼろぼろになってはあやめさんに治療してもらいにくるのを繰り返してるって話は聞いていた。戦闘力の高さは勿論だけど、逃げ足も速いザギルをそこまで追い込める相手や場面なんてそうそうない。

 なのに、どうしてそんな怪我をしたのかも言わず、怪我したことすらもあやめさんに口止めしていた。


 医療院付きの医者や神官では追いつかないレベルの怪我を負ってるくせに、こそこそと回復を頼みに来るザギルのことを、涙目で告げに来たあやめさん。

 聞いてないの? 止められないの? ねえ、和葉、あいつ死んじゃうんじゃないの? 鼻をすすりながら訴えるあやめさんをなだめて、他のみんなにザギル攻略法を相談した。


 危険が迫っているのなら、警告を出すはず。

 ならば、迫る危険ではなく、わざわざ危険地帯に自ら踏み入っているということ。


「あんたのやり方に口出すつもりもないし、そうするのはあんたが必要だと思ったからなんだろうから様子を見てたんだけどね。怪我もぎりぎりを見極めて撤退してるんだろうし」

「……だったらそれでいいだろうがよ」

「でも、帰れないかもしれない覚悟した顔してるのまでは見逃せない」

「あほか。んな覚悟きめるかよ馬鹿くせぇ」

「あー、ザギル。諦めなって。和葉ちゃんは誤魔化せないし見逃さないって思ったから俺らだって号令待ちしてたんだ。大当たりなんだろ? さすがに今のお前の顔みりゃ俺らでもわかる」


 ザギルの凪いだような穏やかな顔。

 ヘスカの呪いをとくとき、逃げたいのならどこにでもつれてってやると、いざとなれば私を殺してやるといってくれたときと、同じ顔をしていた。

 いくら私の「勇者の決定」があろうとも、勇者を殺せばただではすまないだろうことを見越したうえでそういってくれたときの顔。


 チンピラ紛いの振舞いばかりしているくせに、妙に義理堅く、契約は破らないという自分ルールを頑なに守ってる。


 ―――私との契約内容をどこまで拡大解釈しているのやら。


 必ず見分けられると思った。

 脳みそまで筋肉に見えるのと裏腹に慎重派のザギルは、自分の行動の先に何が起こるかを常に把握しようとする。生還の可能性が下がるのであれば、そんな方法をとろうとするならば、必ずあの時の顔を見せるはずだと思った。

 何も言わないでいなくなることはしない。出かける時にはそう言えと約束してたから。

 ザギルは嘘をつかない。大切なことを黙っていることはあるけども。

 約束だって破らない。できない約束はしないだけ。


「あぶないとこなんでしょう? じゃあぼくらを連れてけばいいじゃん。ぼくら強いもん」


 ザギルの両足にしがみついたまま、こてんと頭をこちらに向けた礼くんが言えば、ザギルの眉が下がる。


「……お前らほんと情報屋の意味わかってねぇ……っ、本隊真っ先に突っ込んでどうすんだよ」

「失敬な。ちゃんとわかってますぅ。でもあれでしょ。あんたがそこまで無理するってことはモルダモーデ絡みなんだよね? 主の獲物を横取りしちゃ駄目でしょう」

「―――氷壁。お前の女だろうよ。なんとかしろ」


 お前のオンナ! うきゃっと気持ちがつい弾んじゃったのが顔に出たのか、眉の下がったザギルの顔がさらにものすごく残念な顔になった。そしてザザさんは渋苦い顔をしてる。


「止められるものなら止めてる。……止めて陰でこそこそされるより目の前で見張ってたほうがまし。そういうことだ」


 なんだろうな。前にそのフレーズ聞いた気がするな。なんでそんな共通認識みたいなことになってるんだろう。






「どうして開くのよっ、なんで開けられるのに言わないのよっ」


 ザギルが呪文を唱えれば、開かなくなっていたはずの古代遺跡への扉が開く。

 それを見てエルネスは両手で頭を抱えて絶叫した。


「……知らねぇよ。試してみたら開いた」

「あんた私がどんだけこの中調べたかったと思ってんの!!! 信じられない! なんで言わないわけ!」

「聞かれてねぇし」

「あんたはいっつもそれよ! いっつもそれ! 空気読みなさいよぉおお!」


 古代遺跡に入れなくなれば、当然ヒカリゴケの新たな採取ができなくなるわけで。

 手元に残った分だけのサンプルを大事に大事につかってたからね……。







 幾枝にも分かれる石壁の通路を迷いなく進んでいくザギルの手はがっちりと私の襟首を掴んでる。


「……ねえ、そろそろ手放してよ」


 ちろっと一瞥して鼻を鳴らすザギルはやっぱり手を離してくれない。


「触んなっつうのがわかんねぇ馬鹿を野放しにしたらこっちが死ぬわ」

「もう触んないっていってんじゃん!」


 スライムの臭さに嘆くあやめさんがやっと気を取り直して、よーし先進むよーって元気よく、力強く一歩前へと進もうとして。

 ヒカリゴケの灯りが妙に瞬いたように見えた部分に、つい気をとられて。

 壁には一切触るなと言われてはいたのだけど、あまりにも何事もなく今まで通過してたものだからすっかり遠足気分になってしまっていたことは否定できない。

 それに、こう、触っちゃダメとか、そっち行っちゃダメってわかってるのにふらふらーっとすることってあるじゃないですか。

 なんだこれ? って思ったのと同時に、瞬いたように見えたヒカリゴケのある部分を触ってしまったのだけど。


 足元の床が同時に消えた。

 通路の床全体ではなく、大人一人分くらいの穴がすこんと開いた。

 さすがダンジョン。


 まあ、重力魔法があるし、気づいた瞬間自分を浮かせたのだけども、ザギルが私の首根っこを掴んで、足元にザザさんの石壁が蓋をしたほうが早かった。

 二人とも反応速度半端じゃない。


 開いた穴の底は真っ暗で見えなかったけど、穴の壁面からクモの巣のように上を向いた刃が幾本も渡っていた。……さすがダンジョンである。


 めちゃくちゃ怒られて、ザザさんにはもう抱きかかえて進むって言い張られて、視野もフォロー範囲も広い彼の片手を塞ぐのは駄目だって却下になって、で、今の首根っこ掴まれる体勢に落ち着かされた。


「ねえねえ、ザギル、次押してもいいボタンあったらぼくに押させてよ」

「ああ? いいけどよ……なんでだ?」


 トラップの他に、石壁の一部みたいに偽装されてたりする隠し通路が開くボタンなんかもあったりして、それすらも把握してるザギルに礼くんがおねだりする。


「ボタンあったら押したいもん!」

「わかる」

「ほんと反省しろやお前」


 いや押したいでしょうそれは!


「―――っと、小僧、わかるか」

「うん……マンティコア、かな。あの角の先に一頭」

「おう、よくできた。そこまでの通路にトラップはない。やれ」


 ザギルの号令で飛びだした幸宏さんがマンティコアの気を引き、通路に姿を見せる獣の背後をとった礼くんが尾を切り落とし、至近距離で発動した魔法矢が眉間を貫いた。


「さっすが勇者サマ。楽勝だな……ひたすら掃除してた苦労が泣けてくるわ」

「離してくれたら私だってできる」

「うるせぇ」

「掃除? トラップ用の魔獣とは別物ってことか」

「だな。トラップで出てくるのは大体魔物だ」

「その違いは?」


 マンティコアがいた先の通路の暗がりをランタンで照らしながら問うザザさんに、ザギルが答えて、幸宏さんが続けて問う。


「トラップで出てくる魔物はどっかからまた補充されてきてるらしくてな。時間をおけばまたトラップが有効になる。魔獣は通路でうろついてるけど、そいつらは潰せばもう出てこねぇ。……これでもかなり減らした」

「怪我はそのせいか」

「……いくら俺でも魔獣は勇者サマほど瞬殺できねぇし」

「なんで一人でするかなぁ。俺ら連れてくれば探索も通路のマッピングも楽だったろうに」


 転がるマンティコアの首を念のために落としてから、それを脇に蹴ってどかす幸宏さんが呆れ声を出した。


「俺ァ、基本つるんで動くの慣れてねぇんだよ。気が散ってトラップの感知も道覚えるのも効率が落ちる」

「ほんっと、ツンデレ極めてんね」

「だからそれなんだよ! 意味わかんねぇけどむかつくっつの!」


 苦笑する幸宏さんに、くすくす笑う翔太君。ザザさんとエルネスまで肩を竦めてる。


 気が散るってことは、気を回してるってことだからね。単独行動のほうが慣れてるってのは本当ではあるんだろうけど、私たちの安全に気を配りきれないから連れてこなかったし、魔獣を掃除してたのは私たちが来た時のためなんだと思う。


「で? そろそろ教えなさいよ。どうして探索しようと思ったの。私の研究班が探索してる時には興味なさそうだったじゃないの」

「……このもう少し先に広間がある。そこまで行くぞ」


 ザギルの示した広間は通路と隔てる扉はなくて、私が捕らわれていた部屋のように家具なんかもなくて。直径五メートルほどの魔法陣らしきものが薄ぼんやりとした光で床に描かれていた。


「踏むなよ。それだけで発動する」

「……私たちが召喚されたときの魔法陣に似てる、かな?」

「似てるけど召喚陣ではないわね。……転移、かしら。文献に残ってるのと合致する部分がある」


 転移や召喚の魔法陣は、完全には解明されていない。古い文献に部分的に残されているだけで、勇者召喚の陣も描いたものが誰なのかわからないらしい。

 エルネスとあやめさんは魔法陣を猛然とメモに書き写し始めてる。


「ここな、真上は訓練場の横にある森だ。ちょうど城を襲った魔族や魔獣が現れたあたりになる」

「え、なんでわかるの」

「んあ? 今いるとこが地上のどのあたりかわかんなきゃ探索になんねぇだろよ」

「「「……は?」」」

「んだよ」

「え? え? この坂あり階段ありで入り組んだ迷路を地上の位置関係と連動させられんの? 3Dで把握できるってことかよ」

「すりーでぃーってのは知らねぇ。一人で集中しながらじゃねぇと無理だけどな。前はロブやヘスカが邪魔だったっつったろ。でなきゃてめぇがどこ歩いてるかくらい覚えられるわ普通に」

「いや普通じゃないよ!? なにそれほんとチートだな!」


 トラップの位置を覚えてたり、無効化させたりするためには、探りながら見つけて、なおかつ一度発動させなきゃいけないわけで。現れる魔物やうろついてる魔獣を排除しつつ正しい道順を見つけ出して、それをメモとるわけでもなく全て記憶した上で、地上との位置関係まで連動させているとか。


 勇者いらなくねぇ? って呟く幸宏さんに力強く頷くしかない。


「この魔法陣を踏めば、真上に転移する。あいつら突然現れただろ。これ使ったんだろうな。単独でモルダモーデが出てきたときもそうだ。……お前が部屋から見たガラクタの光もそのあたりに最初現れただろ?」

「……確かに」

「どうやって確認した。自分で陣を踏んだのか」

「その辺にいた魔獣ひっぱってきて踏ませた。真上に魔力が移動したのがわかったから、俺も陣踏んで追っかけて始末した。うろついてる魔獣は、城を襲って来た奴らの残りだな。制御してる魔族が消えたから遺跡の中で散って、はぐれになったってことだ。だから始末さえすれば増えねぇ、と」

「え、ザギルさんここから地上を感知できるの? 僕、なんか感知範囲狭くなってきてるんだけど」

「俺もなってるぞ。ヒカリゴケの魔力が邪魔だからな。でもまあ、あたりをつけて集中すればなんとか追える」

「えー……」

「制御の熟練度次第だな。鍛えな」

「鍛えてなんとかなる気しないよ……ザザさんやエルネスさんはどう?」

「うーん……多分無理ですね。そもそも地上からここまでの距離が僕や神官長の感知範囲を超えてますし」

「えっ、ザザさん深さはわかるってこと!?」

「大体は。さすがに地上と位置関係を連動させるまではできませんよ。本当に腹立たしい」

「幸宏さぁん……」

「うん。わかるぞ翔太。なんかアイデンティティ揺らぐよな……」



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