76話 まわるまわるよ 食物連鎖もわたあめも
「んー?」
「うーん?」
「……んー?」
幸宏さんと両手を繋いで互い違いに首を傾げ合う。
「……魔力交感したほうが手っ取り早いんじゃね」
「俺まだ死にたくないし……もうほんとやめて? ザザさん睨むのやめて?」
「……気のせいですよユキヒロ」
ザギルの提案に幸宏さんが青ざめた。
魔力の譲渡を、私が意識的に一人でできるようになったのは、ザギルとエルネスとザザさんと礼くん。
ザギルに手伝ってもらえれば、あやめさんをはじめ他の勇者陣にもできるけど、私一人ではどうにも渡せない。回復魔法をかけてもらったりとか、私が魔力を覚えるために色々してはみたけど、今もやっぱりできなかった。
私に調律をかけたことがあるのはエルネスとザギル。魔力交感はザザさんとザギル。礼くんはどちらにもあてはまらないけど、なぜかできた。
礼くんにできるってことは、魔力を覚えていなくてもできそうなものなんだけど、できないものはできないし、例外中の例外なんだろう。
ザザさんには最初渡せなかったけど、お泊りデートのあとにできるようになった。すごく報告しづらかった。なんなら黙っていたかった。私たちやりました報告みたいなもんじゃないですか。知らんぷりしてようと思ったのに、次の日ザギルに、譲渡もう一度試せって促されてばれた。
平常心に満ちたザザさんの顔を真似してたつもりだけど、できてたかどうかいまいちわからない……。
私が自力で譲渡できるのは、調律してくれた人か魔力交感をした相手ってことが今のところの結論になっている。
「幸宏さんが調律覚えたらいいんじゃないかな」
「和葉ちゃん練習飽きたんでしょ……。エルネスさん、すぐ覚えられるもの?」
「調律なめんじゃないわよユキヒロ」
「ですよねぇ」
「まあ、魔力を無制限に誰にでも分け与えられるなんざ反則どころじゃねぇし、このくらいの制限あって当たり前っちゃ当たり前だな。この鈍い奴が魔力覚えるより、兄ちゃんたちが調律覚えるほうが早いかもしんねぇぞ」
「エルネス……調律って覚えるのどのくらい難しいの」
「普通は適性と才能があるのが大前提の上に、数年単位の訓練が必要ねぇ。あなたたちは規格外だけど、回復系の訓練してるアヤメでもまだ習得できてないわけだし」
「調律って回復魔法の系統なの? ……ザギルって回復系の適性ないのになんで調律できるの」
嫌味そのものになんでもできるザギルだけど、回復魔法だけは使えない。ザギルらしいといえばザギルらしい。
「知らねぇ。やったらできた」
「……エルネスぅ、調律って覚えるのどのくらい難しいの」
「そいつも大概規格外だからね? 基準にしないでね? 調律に回復魔法の適性はいらないけど魔力操作が似てるのよ。はるかに繊細で難しいけど」
「私が調律覚えるってのはどうだろうか」
「めちゃめちゃ疲れっけど必要な時は俺が手伝えば済むことだし、氷壁と神官長サマにできるだけでも万々歳なんじゃねぇの。大体勇者サマたちに魔力の補充が必要なことなんてそうそうないだろうよ」
「今まで練習した意味は」
「そうねぇ。カズハの魔力だって無尽蔵じゃないわけだから、自力で譲渡可能な対象を無理に広げる必要もないでしょう」
「ねえなんでもう完全に私にはできない方向で話してるの」
「今現在でも回復役の神官長やアヤメに譲渡できるってだけでとんでもない戦力の底上げと言えますね。前衛ではなく、アヤメと同様に後衛もしくは本陣詰めにするべき能力です」
「え、やだ」
「それが妥当だろうなぁ」
「幸宏さん」
「うん」
「私なんで話にいれてもらえないの」
「どんまい」
◇
「納得いかないんですよね。あ、幸宏さん、穴は規則正しく均一にお願いします」
「だからさ、できることじゃなくてできないことを確認してたんだってばあれは。はい、これでいい?」
「意味がわかりません。せっかくの新能力なのに。―――うん、いい感じ!」
直径三十センチほどのシフォンケーキ型の側面に細かい穴を、ぱしゅぱしゅと、たくさんあけてもらう。
それを一回り大きい缶の中にセット。缶は三脚のような台にもう固定してある。
「できることが増えたら増えたで、和葉はまたろくでもないことするからでしょ」
「言いがかりですね。あやめさん、回転はじまったら加熱よろしく」
「和葉ちゃん! はやく! はやく!」
「言いがかりじゃねぇよ、きっちり必ずろくでもねぇことしてんじゃねぇか。おい何つくんだよこれよ」
「心当たりありませんな。翔太君イイ感じの風よろしくね! ―――いくよー」
「イイ感じって指示雑っ」
ざらざらざらと一掴みザラメを入れて、シフォンケーキ型に重力魔法で回転をかける。あやめさんが型に加熱してくれているのが、甘く焦げたにおいでわかる。
「きたきたきたきた! 礼くん! 型と缶の間からすくいとって!」
ふわふわふわと煙のように踊り立つ細い糸が、嬌声をあげる礼くんの手にした木の棒に絡みついていった。
「わーたーあーめええええ! ―――あっ、あっあああっ」
意思をもっているかのように伸びる綿菓子は棒にだけではなく、礼くんの腕にも羽衣となってたなびいていく。
「レイ、交代です。殿下どうぞ」
「はぁいっ! あーまーい!」
「よしっいくぞ! あ! あ! あっあっあああっ」
笑いを含んだザザさんの声に、礼くんは今や肩まで広がってきている綿菓子をつまみ食いしながら場所をルディ王子に譲る。けらけらとご機嫌な笑顔にもはりつく綿菓子。後でお風呂に入れなくてはなるまい。そしてみるみるうちに全身綿菓子に包まれていくルディ王子。なぜにそこまで。
二人は途切れない笑い声をあげながら、王女殿下の分の綿菓子をもって王族が住まう棟へと駆け出して行った。めちゃめちゃきらっきらと糸ひいてる。納豆みたいに綿菓子の糸ひいてる。
「材料は砂糖だけですよね。ずいぶん味わいが変わるんですねぇ」
クラルさんをはじめ数人の研究所員にもわたあめを振舞った。わたあめをつくるところを見せたくて招待したのだ。
エルネスは黙ってほんのちょっとだけ棒に巻いたわたあめを舐めている。
「これねぇ、あっちの国では祭りの屋台につきものの駄菓子なんですよね。材料なんて砂糖だけですし。この間のパレードの屋台で思い出したんですけど」
「ふうん? ということは、そのわたあめを作る仕組みを見せたくて、うちの所員をつれてきたってとこ? 結構何種類も魔法必要よね。あんたの重力魔法での回転使わないで風魔法使うとしても操作はかなり精密になるし、祭りの屋台で平民が気軽につくれるようなもんじゃないわねぇ」
「そっそ。魔法だとそうなるよね。でも蒸気機関の応用でわたあめ機をつくれる。―――幸宏さんがつくれるよ。ね?」
「……ユキヒロの知識をもらえるってこと?」
きらーーーんっとエルネスの目が輝いた。
幸宏さんのプラズマシールドは勿論のこと、幸宏さんがいろんな技術的な知識を言語化できるだろうことはエルネスだって気づいてたし口説いてた。けれど、幸宏さんは日本人お得意の曖昧笑顔で受け流してたのだ。ザギルほどではないけど結構見事なスルーだった。
もっとも、それを勇者の決定と受け取ったのか、エルネスにしてはあまりしつこく追及はしてなかったというのもあるのだけど。
幸宏さんに視線を流すと、頬を人差し指で軽く掻きながら照れ笑いしてる。
「うん。いいっすよ。俺も技術屋じゃないんで専門知識があるわけじゃないけど……今こっちにある機械をベースに応用するのなら、手伝えると思う」
◇
数日に一度は図書館や研究所の資料室に通うようにしてて、時々幸宏さんとも鉢合わせする。
私と幸宏さんは勇者年長組でもあるし、この世界に知識を安易にもたらす危険性を認識している者同士でもある。かといって、いちいち今何を調べているのか必ず報告するわけでもない。
この時も、いつもどおりお互い自分が見たい資料を黙々と読み続けていた。
……どっちもこちらの文字を読むのに時間がかかるから、手繰るページの遅さはご愛敬だ。
「和葉ちゃんの言ってたとおりになったね」
一区切りついたのか、目頭を押さえながら背中を伸ばして幸宏さんがぽつりとそういった。
「んー?」
「サルディナ。レシピ公開が保留になってる」
「ああ、うんうん」
貴族に公開されている勇者の知恵。
元の世界の特許制度のように利用料を払えば利用することができる。ものによって定額を払い続けることもあれば、上がる利益に対して税率が上乗せされるものもある。どんな形の契約になるかは、その知識の性質によって変わるのだけど、私のレシピについては一度購入すれば自由に使えるようになる形だ。
料理のレシピなんて、料理人の手でアレンジされていくのが当たり前のもの。私のレシピは料理そのものの作り方というよりは、食材の扱い方に価値がある、らしい。
だから継続的に利用料を払い続けるのは馴染まないし、例えばレシピを購入した料理人の弟子にはどう教えるのか等を考えれば現実的じゃない。よってお買い上げ形式だ。
同じ勇者の知恵でも、翔太君が楽団に教える曲は無償で演奏することができる。勿論楽譜は有料だけど特許的なものとはちょっと違う。耳コピして演奏することも可能だからだ。もっとも演奏を生業としている人たちは大体ちゃんと楽譜を買うらしい。民度高い。
これは音楽という文化を広く伝えるためだ。私のバレエも同じ扱い。
私がバレエを教えることで手当をもらえるように、翔太君も曲を楽団に教えることで手当をもらえている。
そしてあやめさんの場合は、研究所での研究や医療院での治療行為に手当が出ている。医学的知識は特許で制限をかけるべきではないからだ。命に関わる事柄である以上、世界への貢献度は高く、手当もそれに応じて高くなってるらしい。
そして大絶賛されたサルディナのかば焼き。
これまで見向きもされていなかったサルディナ。希少生物なわけではなく、割と国中に生息している。それを美味しく食べられるようになるとなれば、またレシピの購入者は増えるだろうねと言った幸宏さんに、多分しばらくレシピは公開されないですよと返事したことがあった。
その予想が当たってたねと幸宏さんは言っているのだ。
「ザザさんは美味しくないって言ってたから、食べたことがあって毒性はないんだろうなとは思ったんですけど、一応事前に調べておいたんですよ。そしたらね、あちこちに生息してる割には生態がほとんどわかってなかったんです」
「うん」
「魔物の討伐も、狩りすぎないように調整してるじゃないですか。生態系が乱れない程度までしか討伐しない。別の魔物が幅を利かせることになったりするからって」
「だねぇ」
「あの湖、めちゃめちゃ綺麗だったでしょ。サルディナは雑食みたいだったのに、他の魚とか見当たらなかった。どうやって生きてるのかよくわかってないし、天敵もいない。サルディナが生息してるとこってみんなそんな感じらしいんです。食物連鎖のつながりが見えてこない。と、いうことはですよ。サルディナが乱獲された場合、あたりの生態系がどうなるのか予測がつかないんです」
「ああ、なるほど……、美味いレシピが公開されたら乱獲されかねないし、どの程度なら影響でないかもわからないってんなら、陛下が公開許可だすわけないって和葉ちゃんは思ったってことか」
「そういうことです。今、調べてるはずなんで、その目途がつくまでは陛下はレシピ公開しないだろうなって。でも調査で捕獲はするし、私たちは食べたきゃ食べれますよー。特権だね!」
「……生態系保護の考え方とかさ、あっちじゃ百五十年前にはなかったよね」
「多分そうですね」
「勇者の選別以外の要因、ってやつなのかな」
「かもしれない。労働環境とか人権意識? とかもやたらと発達してますからね。最初私たちが教えられる文明なんて本当に必要なのか疑問でしたもん。こっちのが高度だし上手く使ってる」
「……俺が知ってることも、ちゃんとコントロールして使ってくれるかな」
「心境の変化ですか」
「そういうわけでもないけど……あやめみたいに一緒に作り上げていくのなら、一足飛びじゃない方法なら、いいのかなって」
それから二人で考えて、わたあめ機はどうだろうってことになった。
魔動列車以外に使われていない蒸気機関。元の世界では歩んでいた開発の道が止まっているもの。
タービンとか発電機とかなんか言ってたけどあんまり私にはよくわからなかった。
だけど、それでつくりだすのは子どもが好む駄菓子。祭りの屋台の賑わいに一役買うもの。
ささやかな、生活に色をそえる程度の楽しみを産みだすものから、どう進んでいくのか。
魔動列車から開発が止まったように、わたあめ機だけで止まるのか。
一歩踏み出したその先を、この世界はどう進んでいくのか、何を選んでいくのか、それをみてみたいと幸宏さんが思ったのかどうかまでは知らないけど。
クリップモーターとかさ、ガキの頃作るのすごい楽しかったんだ、と幸宏さんは笑ってた。
クリップモーターがなんなのかは聞かなかった。わからない自信があったから、わかりますって顔だけしておいた。






