58話 そして星になる
「和葉ちゃんって芸風もそうなんだけど慣れるまでは表情よみにくいんだよね。顔立ちのせいもあってそれが寂しそうに見えて脳内ストーリー組み上げられたとかそんなのかなぁ」
「「あー……」」
「芸風ってなんですか。顔立ちが寂しいって言いましたか今。ちゃんとパーツは揃ってるんですよっ」
「和葉ちゃんはかわいいよ!」
「ありがとう! 礼くんもすてき!」
わかってる。わかってるって。顔うっすいから表情もうっすいんでしょわかってる。
納得するあやめさんと翔太君に、いつも天使な礼くん。礼くんは最近「かわいい」と言われるのを嫌がるようになってきたので、素敵とかかっこいいというようにしている。
……ザザさんとセトさん、なぜそんな微妙な顔するの。
「ユキヒロたちにも表情読みにくく見えるんですね……」
「僕らにしてみたらユキヒロたちも最初そうだったんですけど、その中でもカズハさんは慣れるまで結構時間かかりました……てっきり世界の壁なのかと」
世界の壁て。
知らぬ間に私世界に立ち塞がってた。
「俺ら人種的になのか国民性なのか自分らではわからないっすけど、向こうでもよくそう言われがちでしたよ。ザザさんたちみたいな顔立ちの人種は向こうにもいたんですけど、その人らにとってはやっぱり表情読みにくいみたいで」
「ほお……」
「まあ、それでも和葉はわかりにくいよね……和葉だって自覚あるじゃない」
「芸風ですしね」
「やっぱ認めるんだ」
「ま、まあ、とにかく、ミラルダについては片がつきましたので。ご迷惑おかけしました」
「いえいえ。ザザさんたちもおつかれさまでした」
「ごちそうさまでした! 和葉ちゃん! 和葉ちゃん!」
「はいはい」
両手広げる礼くんの膝に座ると、きゅうっと抱きしめて後頭部に頬ずりされた。
「そういえば今日スパルナいたよね」
「えっ、どのへんですか。さっきは見当たらなかった」
「ほんと毎日探してるのな」
「探さないと見つけられないじゃないですか。探してたって見つからないんですよ」
「んー、どのへんだろう。東のほうだと思うんだけど、姿は見えなかったんだよね」
「……小僧、なんでわかった?」
「鳴き声聞こえた」
「ほっほぉ……」
さっきあやめさんと幸宏さんをみていたときと同じ眇めた目でじっと翔太君を見始めるザギルに、ザザさんが訝しそうに尋ねた。
「―――どうした」
「んー、姉ちゃんは昼前はほとんど魔力使ってねぇな? 午後の予定は?」
「あ、うん。これから医療院で診察の手伝いだけど」
「それ中止だ。連絡いれろ。あと兄ちゃん、さっきの訓練いつもと勝手が違わなかったか」
「……ちょっと調子悪かったな。酒残ってるのかとも思ったけど」
「二人とも、水球つくってみろ。これとぴったり同じ大きさで静止を保て」
ふわんとシャボン玉みたいにザギルの掌に野球ボールほどの水球が浮かぶ。魔法を習い始めのころにした訓練だ。大きさや動きを制御するのを覚えるとっかかりだった。
「……?」
「や、さすがにそれ出来ないほど調子は悪く―――!?」
あやめさんはいつもなら瞬きの間に出せる水球に数秒かけ、出来上がった水球も大きすぎた。
幸宏さんの水球は形が安定しないまま弾け散る。
エルネスが悔しがるほど魔力制御に長けたザギルをして、制御が上手いと言わせた二人が、そんな初歩ができなくなっていることに全員少し硬直した。当の二人が一番呆然としてる。
「二人して仲良く魔力の流れがおかしいから何かあったかと思ったが、どうも兄ちゃんのほうが変化大きそうだなぁ。……どうっすかねぇ」
ザギルだけが、のほほんと顎先を掻いていた。
◇
ザギルが最初に出した礫と火球の大きさと威力を基準として、幸宏さんの火球、あやめさんの礫が無数に撃ちつけられていく。
訓練場に設営されている雪壁には、大小さまざまに断面が溶けた穴と、そこまで大きさに差はないけど深さがまちまちな抉れた穴が作り出されていった。
疲れんだよと、私を子ども抱っこしながらザギルは二人の様子をじっと観察している。あれか。バッテリーか? バッテリーなのか?
呼ばれたエルネスと、ザザさんもずっと無言だ。礼くんは張り合うように私と手をつないでる。
残量二割を切ったと先に止められたのは幸宏さん、そのすぐ後にあやめさんも止められた。
「うーん、本当に自分じゃわからな……やべ、気持ち悪い」
「え、私気持ち悪くはない」
「兄ちゃん少ししゃがんで待ってろ。すぐ終わる。次、小僧。ちょっとそのあたりに立って目ぇつぶれ」
訓練場に来る前に耳元で囁いたザギルの言葉通りに、緩めの雪球を十個、全て違う方角から翔太君へ飛ばす。
翔太君は目をつぶったまま全て躱した。
「よし、いいぞー。小僧、なんで雪球きたのわかった?」
「えーと、風の音?」
翔太君自身、いいぞと言われて開けた目を真ん丸にさせている。
「神官長サマ、兄ちゃん横にできて、姉ちゃんと一緒にしばらく観察できる部屋頼む。小僧はとりあえず問題ない」
「……あなたの結論がでるまでどのくらい?」
「兄ちゃんと姉ちゃんの魔力が完全に戻るまで、だ。半日はかかんねぇと思うけどどうだかな」
◇
ソファで寛ぎ体制のザギルに抱きかかえられて、手の届くところにはおやつと軽食と飲み物の山。完全なるカウチポテトスタイル。
鑑賞されてるのは、ベッドにぐったりと横になった幸宏さんと、幸宏さんに背を向けて一人用ソファに座るあやめさんだ。背を向けてるのは、好奇心に負けて幸宏さんの魔力をつい見てしまうから。魔力使うなっつってんだろとザギルに数回指導されてのこの配置。
私自身はうとうとしてたから、どのくらい時間たったかよくわからない。礼くんも私につられてザギルにもたれかかって眠ってしまっている。
「おし。いいぞ」
というザギルの声で少し目が覚めた。けど、まだ眠い。
「―――結構きっついねコレ……ひっどい二日酔いよりひどい」
「だろうなぁ」
立ち上がったザギルがぽんっと幸宏さんとあやめさんを叩く。
「おお……すっきりした。マジか」
「私は別に変わりなし」
「姉ちゃんは魔力酔いしてなかったからな。今喰ったから、その残量くらいをとりあえずは目安にしとけ―――小僧、神官長サマと氷壁呼んで来い。終わったっつって」
あやめさんの話し相手になってた翔太君が部屋を出ていくと、ザギルは唸り声をあげて、またカウチに倒れこみ私を抱きかかえなおした。あ、駄目だ。眠い。
「さすがに半日みっちり二人分はきっついぞおい……」
唇を一口ぱくっと食べてもう一度私を抱きかかえるザギルの頭を撫でてやる。
「よしよし。がんばった。偉いぞ」
「…………」
また重ねられた唇が、今度はいつもより深くかみあわされた。
「……ねえ」
「……おい、ザギル、それ少し本気すぎんだろ。いい加減にしとかないと」
ふっと身体にかかっていた重みがなくなったなとぼんやり目をあけると、ザザさんにアイアンクローされてるザギルがいた。
「―――随分早ぇお越しで」
「……ほらみろ」
「よし。ザギル、今すぐ飯食うか、石食うか、制裁受けるかどれか選べ」
「その三択なら石だな」
カウチを回り込んで、ザギルに肩枕されたままの私にザザさんが目線を合わせてくる。ああ、なんかちょっと疲れた顔してるなぁ。今日はずっとドタバタしてたもんねぇ。
「カズハさん? 大丈夫ですか」
「大丈夫に決まってんだろ。んなヘマしねぇ。眠いだけだ」
「お前黙ってろ。―――カズハさん?」
「ねむい、だけ」
ザザさんの頭もぽんぽん撫でた。大丈夫大丈夫。
「―――お、おまっ、お前これほんと大丈夫なんだろうな!?」
「眠いだけだっつってんだろが!」
◇
私が寝落ちしてすぐ、ザザさんとザギルのひと悶着があって、エルネスの一喝で収まったらしい。
惜しかった。あの名曲私のために争わないでを歌いながら間に割り込みたかった。寝落ちが悔やまれる。
どうもあのザギルのバッテリー役は眠くなってしょうがない。気持ち良いしお役に立てるので全然問題ないけども。
結論は、幸宏さんもあやめさんも総魔力量の急成長が始まりかけてるらしいということ。
ただし、ザギルが来た時点で翔太君が急成長真っただ中だったのに対して、二人はそこまでには至っていない。ザギルがまだ見たことのない状態なので、「らしい」という保留がつくと。
「魔力の流れ方が変わってきてるし、魔力量の成長率も上がってきているのは間違いない。俺が来たときの小僧の成長率を十、昨日までの兄ちゃん姉ちゃんの成長率を三とするなら、今兄ちゃんは成長率七、姉ちゃんが五といったとこかね。流れ方が違うから昨日までできてた制御ができなくなってる。……魔力酔いのひどさは身体の成長期のせいだけでもなかったってことだな。兄ちゃん、しんどいだろうけど、多分真っ最中だった頃の小僧よりそれまだマシだと思うぞ。これから成長率が十まできたらどうだかわかんねぇけど」
寝落ち寸前のザギルがようやっとできた説明で、幸宏さんがうなだれてたそうだ。
その後数日観察を続けて、成長率が十まできたら制御の訓練も捗るだろうけど、今の段階では魔力の流れが安定しなさすぎて制御のコツが掴めないこと、つまり幸宏さんは私と同じくザギルのストップなしでは通常の訓練すら危なくてできない上に、制御の訓練は無駄なことがわかった。
あやめさんはまだそこまででもなくて、魔力酔いは出てきていないし、制御も苦労はするけどなんとかといったレベルにおさまっている。けれどこの先成長率があがれば幸宏さんと同じことになりそうだ。
ようこそこちら側へと歓迎してあげたら、地団太踏んでた。
◇
「おつかれさまー」
「くっそー、今日も制御できなかった……」
訓練場の端にあるベンチに戻ってきた幸宏さんへ、ダウンコートを手渡して温かいお茶を勧める。
今まで幸宏さんをみていたので、今度は翔太君がみてもらっている番だ。あやめさんは同じ魔力使うなら研究か医療院での治療に使うと言い張ったし、幸宏さんほど症状がひどくないので魔法の回数を決めて使ったあと、ザギルにチェックしてもらいにくる。
翔太君は魔力管理でみてもらっているわけじゃない。
あの妙に音に敏感になっていたのは、新たな魔法の獲得を無意識にしていたから。
今はその魔法の扱いの調整をしているとこだ。
以前は翔太君と私を同時にみてくれていたけど、幸宏さんは翔太君よりも不安定だし、今回の翔太君の場合は前とみるところが違うということで、同時にみるにはザギルが持たないからと、交代制に落ち着いた。
礼くんは安定の父の会メンバーときゃっきゃしてる。
私は予備バッテリーとして待機だ。コシミズバッテリーとお呼びください。
「一応ゆとりもって止めてもらってるんでしょ? 私みたいに一日魔力禁止がでるわけじゃないんだから不便はでないでしょう」
「そりゃそうだけどさ。今までできてたことができなくなるって結構ストレスたまる……」
「わかります」
すっごくわかるよ。うんうん。
「ザギルが前に、和葉ちゃんは別に制御が下手なわけじゃないって言ってたのわかったわ」
「うん? あ、あやめさんおかえりなさーい。今日はもう打ち止め?」
「ただいまー。うん。今ザギルにみてもらった。……予想より使ってた。悔しい」
幸宏さんとは反対側、私を挟んでベンチに座るあやめさん。
今日は陽射しが暖かい。ベンチのそばには焚火があるし、黙って座っていても冷えてはこない。コートもあったかいしね。もうすぐ春が来る。
「和葉は特定の魔法だけが妙に扱いが精密だって」
「そうなんですか? ザギルが言ってました?」
「うん。重力魔法は他に比べて上手いけど、圧力鍋がダントツだってさ」
「すごく、らしい、ね……つか、自分で苦労してわかったけど、よく安定しない魔力の流れで困らない程度ながらも扱えるよね」
「効率が悪かったりして上手ではない結果に落ち着いちゃうけど、乱れと相殺して考えればなんでその結果まで持ってこれるのかわからんって言ってたよ」
「なんですか。どうして私のいないところで褒めてるんですか。ツンデレにもほんとほどがないですか」
「……調子に乗ると何するかわかんないからだって」
「冤罪です」
「いや、多分ザギルが正しい」
「そうね……」
「あ。雷鳴鳥だ」
雷鳴鳥は伝書鳩みたいに飼われている鳥で、遠方との連絡は主にこれでつけられる。飼い慣らすのが難しいので軍や騎士団など公的機関くらいしかもっていなくて、翼の色で所属が分かるようになっている。個人で持ってることはまずないのだけど。
「……あれ? うちの騎士団の雷鳴鳥って、金翼だよね。赤い翼のってどこ?」
「あれはザギルのですね」
「はあ!? なんであいつそんなんもってんの」
「前から持ってましたよ。長いこと内緒にしてたみたいなんですけど、城に出入りさせるためには登録しておかないといい加減不便だって申告したらしいです」
「ああ、未登録だと感知でひっかかっちゃうんだっけ」
「撃ち殺されたらたまらんって」
「あいつ、まだ引き出しありそうだな……感知範囲だってこの城全域だって話じゃん。エルネスさんが半径百二十メートル、ザザさんが五十メートル強ってとこで騎士団では随一なのに」
翔太君の新しい魔法は音魔法に括られた。実に「らしい」魔法といえる。無意識に発動していたのはソナーみたいなもののようだ。効果範囲内の音を拾っていると。「俺が感知できないってことは、城の敷地面積以上の効果範囲だってことだな。王都全域くらいは覆ってんじゃねぇか」の一言で、ザギルの感知範囲が知らされた。
エルネスがソファに拳を叩き込んでた。
「大概チートだよなぁ……俺らがいなきゃあいつが勇者とか英雄の位置にいてもおかしくないスペックだぞ。総合力では俺らと同格以上といっていいくらいだし。……まあ人格がね」
「そうね。人格がね……」
「ザギルだからね……」
「そうか。南方の情報って随分早く手に入れてると思ってたら、雷鳴鳥も個人でもってたからってことか」
「南方では裏で取引もされてるんだけど、ザギルは山からとってきたらしいですよ」
「「山から」」
「山から。オブシリスタからここまで片道一日で到着するようなスピードなんですってね」
「あー、前に計算してみたけど、最高速度がマッハ一弱でてるみたいなんだよね。生物としてはあり得ないよ。ほんと魔力のある世界すごい」
「マッハってどのくらいですか」
「お、おう。戦闘機まではいかないけど、旅客機くらいの速さかなぁ。飛行機なら七時間くらいの距離なんだよね。オブシリスタからここまで。生物だから休憩とかが必要で一日ってとこかな」
「やだ。なんか幸宏さんが賢そう。遠く感じる」
「幸宏さんがマッハで遠ざかりましたね今ね」
「……くっ。得意分野くらい俺にもあるよ! もてないから表に出さないだけ!」
「幸宏さんが帰ってきた」
「おかえりなさい。生物としてあり得ないってそこまで?」
「……雷鳴鳥の加速見る限りGも結構かかってるしねぇ。運動能力としておかしいってはもちろんだけど、それはまあ、やっぱり魔法の世界だからなぁ……他にもいろいろあるけどさ」
「じー」
「飛行機とか車の発進するときに圧力かかるでしょ。あれ。二Gで自分の体重が二倍になったように感じるっつぅね」
「あー、ふわっと聞いたことありますね」
「雷鳴鳥の加速は魔法なしの生身ならちょっと耐えられないんじゃないかな―――って、え」
ふむ。では必要なのは重力魔法では? いけるのでは? では?
いつもしてる加速をあげてもGとやらがあまりかからないようにしたらいいんだよね? ね?
障壁渡って上空まであがってから、適当な方角に向けた障壁を蹴ってみる。
地上からは、キィンっと甲高い衝撃音とともに私が星になったように見えたらしい。
ものすごく、本当にものすごく怒られた。






