48話 年寄りは若者に食べさせたがる習性があるのです
お布団の中はほかほかで、愛しくてたまらないものを抱きかかえて、閉じた瞼にはやわらかな光が感じられるけれど、このまどろみが心地よくて目を開けたくない。
ああ、そうだ。まだザザさんたちが警備の確認やら打ち合わせやらとかから戻ってないのになぁなんて思いながら眠っちゃったんだ。
抱きかかえているものに頬ずりをしようとして、身動きがとれないことに気づく。
いつもふんわりと軽いお布団がやけにがっしりと身体に巻き付いている。
抑えた声が遠くに聞こえるのを感じて、あ、みんな戻ってきたのかな、なんか楽しそうだから起きて仲間に入りたいかもな、でもこうして聞いているのも楽しいしなんだかとても眠くて気持ちいいから、まあいいかと、またまどろみに身を任せたのを覚えてる。
目が覚めたのは昼近くで、ザギルはとっくに出かけていて夜遅くまで戻ってこなかった。
◇
明け方近くに、ザザさんたちと最厳戒態勢の連絡を受けて登城したエルネスが部屋にきたときには、礼くんを抱きかかえた私をザギルが抱きかかえて眠っていたそうだ。
なんだこの絵面と笑う幸宏さんと、大型犬が赤ん坊の面倒見ている動画を思い出したという翔太君と、カズハもついにとテンション上げたエルネスと、ザギルを叩き起こそうとするザザさんと、こんなのでも怪我人だからとザザさんを止めるあやめさんで一瞬盛り上がったらしい。ついにじゃないよエルネス。
前にザギルが言っていた親の魔力が子どもに流れているという話。
何故同衾(同衾て!)してるんだと詰め寄るザザさんに、ザギルは私に雇われた当初、私と礼くんが親子だと思っていたということから説明を始めた。何故なら私の魔力が同じように礼くんに流れていたから。
そのうち、お互い無意識にほんのわずかだけ礼くんは魔力を受け取り、そして何故かそうしていると魔力をとられているはずの私も安定しやすいことに気づき、私が弱ったときには礼くんにくっつかせるようにしていた。言われてみれば確かにそんなようなことをたまに言ってたし、そうしてたと思う。
「いやぁ、二十三年と十歳じゃちっとばかし計算合わねぇな? とは思ったんだけどよ」
と、もういい加減そのネタ忘れてくれないかな? ってことも言っていたということはおいておいて。
あの怪我は魔乳石がなければ城までもたなかったであろうくらい、そしてすでにかなり減っている私の魔力にうっかり手を出したら喰いつくしかねなかったくらいにやばかったと。
あやめさんの治療で持ち直したけれど、すぐ動きたいのにどうにも魔力の回復が追い付かなくて参ったなと思っていたとき、礼くんが私から魔力を受け取るように、少しずつ、私の魔力量が下限を切らない程度に、回復速度に合わせてゆっくりと少しずつ喰えばいけるんじゃないかとひらめいて試してみたらできたらしい。
それがあの抱きかかえての睡眠で、私が眠くてたまらなかったのはおそらくその影響っぽい。
あれですね。携行食から一気に点滴へとクラスチェンジです。
全く覚えていないけど、一瞬だけ私も目を覚ましたようだ。回復したザギルが出かけるためにベッドから降りようとしたときに、
「よしよし偉かったね、出かけるの? おなかふくらんだ? たーんと食べなきゃだめよ。またいい子でちゃんと帰っておいで」
と、ザギルの頭を撫でてまた寝たんだと、これまた幸宏さんが大笑いしながら教えてくれた。その時のザギルの顔がサイコウだったとのことだけど、どうサイコウだったかは笑いすぎて全く説明になってなかったからわからない。
つか、もうそれ給食のおばちゃんいうより田舎のおばあちゃんだよね! 何やってんだ私!
◇
百合の花びらのようなレースの襟は首元をすっきりとさせながらも、装飾品いらずの華やかさ。胸から裾まではシャーリング、バッスルとたっぷりのパニエでひざ丈のスカートはラインこそ幼いけど、生地と色で甘すぎず子どもすぎずに仕上がっている。さすがのエルネス。花街で習ってきたという地味顔用メイクもばっちりで、心置きなく「これが私……」をやらせていただいた。
なんかすっかりやりきった気分で、あやめさんとその周りに群がる容姿端麗なお見合い相手たちを眺めている。……あなたなんで今メモとったの。何話してるの。
華やかな令嬢たちに囲まれている幸宏さんは、結局お相手の選別基準に年齢をいれてもらったらしい。「所詮俺は固定観念と罪悪感から逃げられない小物なんだよ……」とかつぶやいてた。
翔太君も同じく令嬢に囲まれていて照れ臭そうにお話しているけど、ちらちらとBGM用のピアノを見ている。楽団のピアニストが奏でてるんだけど選曲がなかなか素敵で、自分も演りたくて仕方ないのだろうな。あれは。
礼くんの縁談は以前から門前払いされている。本人わかってないしね。何故か紛れ込んでいたルディ王子と、会場の隅っこでボードゲームして遊んでいる。かなり交渉してこの時間を空けたと言っていたけど、父の会メンバーに遊んでもらっている礼くんが輝いて見えたのか、あっさりあちらに釣られていた。王子ちょろ……ほほえましい。
舞踏会が開かれた大広間とはまた別のこの広間は、来賓接待用の温室とつながっていて、窓の外は雪景色なのにかぐわしい花の香りが漂っている。
予定通り開催されたお茶会という名の合コン。生まれて初めての合コンである。
あの日の深夜、ザギルが持ち帰ったのはオブシリスタ以外も含めた南方諸国のアングラ情報。情報部や近衛が押さえていなかったものまで含まれていたそうだ。勇者拉致や勇者暗殺、果てはテロ計画まで。
前からちょこちょこと出かけてはいたけど、そのあたりの情報収集と情報網構築をしていたらしい。単に息抜きだと思っててすまんかったと言ったら「お前……それを計算にいれて俺を雇ったんじゃねぇのかよ」って脱力してた。知らんがな。あんな屑に使われてたのにそんな有能なんてどういうことなの。そりゃ引き抜きもくるよね……。
ザギルの情報によって、モルダモーデのいう「南に気をつけろ」は裏付けがとれたといっていい。国境線の魔族も、魔獣を残して姿を消したそうだ。
警備強化と編成変更、北方国境線の配備見直し、各地で判明している古代遺跡入口の警備強化が一斉に行われた。私たちはまた日常にしれっと戻っている。
「戦争してないときなんてないんだから、状況に応じてやれることやれば後は変わらないわよー」なんてエルネスの言。
広間に集っているのは、勇者と縁続きになりたい他国を含む王侯貴族。貴族から選ばなきゃいけないわけではもちろんなく、勇者自身の意思が一番重要なことには変わりない。勇者が望むのなら、調査はすれども平民であっても何の問題もないのだけど、如何せんまだ未熟な勇者たちに接触させられる人間は限られている。
そしてこの世界、特にカザルナ王国の貴族というものは「与えるもの」であり、いざとなれば勇者という世界の存続を左右する存在を死守する矜持があって当然だとされるし肝も据わっている。
なので、つい先日前代未聞の魔族の襲撃があったばかりであろうとも、「やれることやれば後は変わらない」のだと、合コンの予定も変わらないわけだ。
「カズハ様は各地の農産物等にご興味がおありとか。城下に珍しい食材を取りそろえたレストランがあるのですが」
「芸術もお好みなのですよね、演劇舞台などの鑑賞はいかがですか」
「先日の装いも素晴らしかったですが、今日のそのバングルは魔乳石ですよね。ああ、これほど美しい色合いがでるのですか」
ずっと縁談断り続けてたし、もう弾切れだろうと思ってたのに、エルネスの言う通り私の縁談相手も来てた。
つらい。こんなつらいと思わなかった。
自慢じゃないけど、顔も薄けりゃ存在も薄い青春時代を過ごしてたのですよ。何人もの異性に興味津々に話しかけられることなんて経験にないのですよ。そりゃ大人ですから、笑顔貼り付けて無難な会話を続けることくらいできるのですけど。
農産物に興味があるっていうか、食べたいもの食べるのに欲しい調味料とか食材探してるだけでして。
舞台演劇なんて見たこともない。
美しい色だなんてそんな手放しで初対面で褒められてもドヤ顔していいものなのかどうかもわからない。
しかも皆さん、種族は違えども容姿端麗な二十代後半から三十代半ばで、実に気品ある丁寧な物腰。そりゃザザさんだってセトさんだってそういう人だけれども、初対面時点での前提が違う。縁談だよ縁談。
断る気満々なくせに、礼儀正しい大人相手に失礼な態度をとるわけにもいかず、つい愛想まいてしまう日本人根性が恨めしい。
もう帰りたい。厨房行って芋の皮剥いてたい。私の魂帰ってきて。
半分魂飛ばしながら他のメンツの様子観察して、半分自動運転で愛想まいてってしてたら、くすりと笑いながら新しいグラスを差し出してくれた人がいた。
「本当に踊りがお好きなんですね。ピアノのリズムにのってしまってますよ」
「へあ!?」
え、嘘って思って見回すと、紳士たちは生暖かく微笑んでくれる。
あ、これやっちゃってたね? やっちゃってたね? 魂家出してたのもばれてるね?
うわ。変な汗出てきた。
「最近流行してきたジルバやタンゴも楽しいですが、今のこの曲はちょっとリズムの取り方が違いますよね? これも勇者様たちの世界のものでしょう? ショウタ様やユキヒロ様ものってしまってますしね」
よく見てらっしゃる。幸宏さんは足で拍子をとっちゃってるし、翔太君に至っては降ろした指が太ももで弾いている。あやめさんは……メモとってるね。
「ショウタ様は音楽家と聞いておりますが、ユキヒロ様も?」
「翔太君のピアノは本当に素晴らしいんです。音楽家と言われたらきっと喜びます、いえ、照れちゃうかもですけど。幸宏さんはそういうわけでもないんですけど、踊りも上手だし、特に歌はすごく素敵なんですよ」
あのマイケル祭りからこっち、しょっちゅう一緒に踊ってるし、幸宏さんも歌ってくれる。お互い大好きなダンサーのコピーをしたりと、なかなかバリエーションも増えてきていた。
「アヤメ様も音楽を楽しまれてるようですが、それよりもお話の方に夢中みたいですね。お相手たちも研究畑のものが多いですし」
「あ、そうなんですか。道理で」
そうかそうか。エルネス直伝の好奇心が炸裂しているんだな。上手いことかみあったもんだ。共通の興味があるのは強いよねぇ。
「ショウタ様の周りのご令嬢は音楽関係に造詣が深いものばかりですので、もしかしたらおねだりをうけたショウタ様に弾いていただけるかもしれませんね」
「……幸宏さんの周りの方は?」
「うーん、これといって趣味などの共通点はないのですが、どのご令嬢も社交上手な方たちですねぇ」
ほっほお……選別基準には当人たちの好みそうなタイプまではいっているのかな。担当の人やるなぁ。
っていうか、この人も随分よく見てる人だな。それとも貴族社会では当たり前なんだろうか。
つい見上げると、悪戯めいた微笑みが向けられた。この人もイケメンだ。王道タイプの王子様的な。笑顔じゃなければ少しとっつきにくい顔立ちかも。
「私たちの共通点も気になりますか?」
なるほど。言われてみれば私にも私が好みそうなタイプが選別されているのかもしれない。担当官の心眼やいかに。頷いてみせると、すっと屈んで一瞬の耳打ち。
「内緒です。ライバルにアピールチャンスを与えたくないので」
ふぉおおお! この人やり手なんじゃないの!? 怖っ!
やり手さんは、またすぐさきほどまでの人の好さそうな笑みに切り替えた。
「この曲もおそらくジャンルがあるんですよね? さきほどから続いてる数曲は同系統に思えますし」
「これね、ジャズっていうんです。翔太君が楽団に教えたんですけど気に入ってもらえたみたいで」
「ああ、やはり。それではこれもまた流行りだしますね。町のものが祭りで踊るような感じで踊るものなんでしょうか」
「あ、そうですね。発祥が庶民発のものなので」
他の紳士たちも、ダンスの話にのってきてくれる。曰く流行にのってジルバを練習しているけどなかなか難しい、曰くさっきからこの曲が気になっているのにどうのっていいのか戸惑っていた、などなど。
そうよね。貴族社会では曲はクラシックでダンスはソシアルダンスが主流だもの。でもやはりこの世界の人たち故なのか、新しいものへの興味は強いようだ。
「実はね、今日楽しみにしていたんです」
やり手さんはまた身を軽く屈めて目線を下げてくれる。この人距離感が絶妙だ。近すぎないのに親近感だけを伝えてくる。話しやすい人だなぁ。
「先日の舞踏会には、公務で出席できなかったんです。後からカズハ様と騎士たちのダンスの話を聞きまして、もし場が許すのであれば一曲申し込みたいと……茶会でもこの形式なら通常少しはスペースがあるのですが」
他の方も同意してくれる。そうか。私も実は踊れたほうがよかった。会話の茶が濁せるからね!
「実はあれ後で怒られちゃいまして」
「怒られる?」
「なぜスカート姿で跳ね回るんだと……だから今回はスペース許しませんからねって」
「それはまた……どなたに?」
「……エルネス神官長に」
あー……と、一同揃う納得の声と苦笑。エルネスすごい。さすが有名人。
「仲がおよろしいんですね?」
「そうですねぇ。すごくよくしてもらってるし、彼女自身魅力的ですし、話しててとても楽です」
「スカート姿でも問題のない程度の踊りなら怒られないのでは?」
「それは、まあ」
「あ、この曲ならどんな感じで踊るのでしょう」
流れ出したのは定番中の定番A列車。これなら多分踊りやすいと思いますよーなんて上半身揺らす程度にリズムをとってとかしてたら、さらっときっちりついてくるやり手さん。他の人もリズム感いいけど、この人体幹が一番しっかりしてる。
「体術とかもしかしてお得意ですね?」
「一応騎士の修練はすませてますよ」
「やっぱり……共通点?」
「外れです」
「むぅ」
気づけば、広間の各所におかれた小さなテーブルは少しばかりずらされていて、幸宏さんたちのグループもスウィングしてるし、翔太君はピアノの近くまでにじりよっていた。
……大丈夫。まだエルネスに怒られる範囲じゃない。問題ない。なんなら黙ってればばれないと思う。






