三八
神官長の隣にいる神官が神官長に何やら耳打ちをすれば、神官長は小さく頷いている。
「身代わりになってくれただけでもスズの人柄はわかっていただけると思います」
そう言ったローズ様に、神官長は目を瞑り、しばらくの間何も言わなかった。妙な緊張感が漂う中、スッと瞳を開けた神官長。
「ふむ、身代わり……本来それは良い行いであろうか?」
その言葉にローズ様は信じられない物を見るかのように、目を見開いた。
「王族の命令に背き、公爵令嬢になりすました行為は誉められたものではない」
「わ、わたくしは、無実です」
「うむ、それはわかっておる」
「それなら」
「それは結果論ではないか?」
何も言葉を返せなくなったローズ様の姿を見て、一瞬腰が浮きかけたけれど、ビリーさんがめざとく私の様子に気づいて、視線で立つなと訴えている。
「大事なのは、無実の罪で処罰を言い渡されたことではない。王族の命令に背き、周りを欺いたことの善悪を問いているのだ」
身代わりになると決めた時に、誰が言い出したとかこういう話になるのではと危惧していたことが起こってしまった。いくら浮気したカイリー殿下が悪かったといえど、王族の命令に背きローズ様になりすましたのは私で、それは変えられない事実なのだから、もう傍観者ではいられない。
ビリーさんが余計なことは言うなよと言わんばかりに、こちらを見ていたことはわかっていたけれど、黙っていられなかった。
「身代わり、私、なる、言う、したぞ」
突然の私の発言に、一気に私に視線が集まるのがわかる。多分何も言わずにいる方がいいのだろうと頭ではわかっているけれど、ローズ様が困っているのに黙ったままではいられない。
「ローズ様、知る、ないぞ。身代わり、私、なる、言う、したぞ」
「でも、だって、それは、カイリー殿下が」
「うむ、浮気男、サイテー、悪いぞ、しかし、私、身代わり、嘘つく、悪いぞ」
神官長は口を挟むことはなかったけれど、じっとこちらを見ていた。
そうして、後ろの方から居心地の悪そうな顔で現れたのはカイリー殿下だった。
「神官長、その件に関しては父上も既に承知の上で、僕はスズがローズの身代わりに魔塔に行ってくれたこと、とても感謝している。だから、王族の命令に背いたなどと、そのようなこと問い詰めるのはやめていただきたい」
浮気を反省したカイリー殿下は、黒歴史を蒸し返されているのだから、今の状況は決していいものではないのだろう。カイリー殿下が浮気をした時点で私はカイリー殿下のことを個人的に気に入らなかったのだけれど、今回のことでほんの少し見直した。
「ふむ、当事者が納得し、陛下が許しているのならば、身代わりの件は不問といたしましょう」
神官長のその言葉に、ほっとした様子のカイリー殿下は席に戻ることなく、ローズ様の隣に立ち見守ることにしたようだ。
「身代わりになったこと、悪い行いだったのかもしれませんが、スズが心優しい少女だということはわたくしだけが感じていることではございません。当家の使用人も証言したいと申しておりますので、許可願えますか?」
「ふむ、許可しよう」
ローズ様が後ろを振り返り一つ頷くと、公爵家で一番仲の良かった使用人のララが立ち上がった。
「トンプソン公爵家の使用人、ララと申します」
「ふむ」
「スズは、とても素直で明るい子です。それに働き者で元気で、スズがいるだけで、その場が明るくなります。私はスズが悪いことをするような人間ではないと思います」
神官長をまっすぐに見てそう言ったララの言葉に私は嬉しくて、そして、感謝の言葉が何度も頭の中を駆け抜ける。
「それは君の主観であって、スズの人柄の証明にはなりません。何が具体的な事柄などはありませんか?」
「今の意見は私一人の意見ではありません。私は数多くいる使用人の代表でここにいます。今回の話を聞いた使用人一同私と同じ意見です」
ララがそう言った時、この場に来ていた公爵家の使用人のみんなが立ち上がって、ララと一緒に一礼した。それから、ローズ様が再び立ち上がり口を開く。
「身代わりとはいえスズは魔塔で、手を抜くことなく献身的に働いていました」
「ほう」
「わたくしが知る限りになってしまいますので、ここから先は当事者に説明してもらいたいと思います」
「当事者とは?」
「この場にスズに実際に関わった魔塔の方がいらっしゃっています」
その言葉を受けて、神官長は驚いたように目を丸くする。
「魔塔の魔術師が神殿に……」
「モニカ、こちらへ」
呼ばれたモニカは、フードを取り、少し俯いて背を丸めて小さくなったまま、小股で急いで歩いてくる。
おどおどとしたその様子に心配しながら見ていれば、目の前を通り過ぎる瞬間、モニカは私の顔を見て笑顔を作っていた。その笑顔は顔が強張っていて、安心できるような笑みではなかったけれど、モニカは前に出た時には俯いていた顔を上げていた。
隣のローズ様がモニカの背に手を添えて心配そうに見守っている。
「あなたは?」
「魔塔のモニカと申します」
小さな震えるその声にざわつく場内。
周りの反応にモニカは心細そうに肩を震わした。
「私は、スズさん……」
小さなモニカの声は周りの声にかき消されていく。下を向いたモニカだけど、顔をあげた次の瞬間大声で言った。
「私は、スズさんが大好きです!」
シンと静まった瞬間、モニカはここぞとばかりに喋り出した。
「見ての通り私は紅い瞳を持つ魔術師として生まれました。家族さえも私を、魔術師を、疎ましく思っていたと思います。私の住んでいた村には魔術師はいなくて、私がいるだけで、家族は村で冷遇されていました。兄弟も多く家が貧しかったこともあり、私は四歳の時に半ば売られるように魔塔に連れてこられました。当時のことはすべて覚えているわけではありませんが、私はスズさんに出会うまで、誰かに頭を撫でてもらうことも、心の底から心配してもらうこともありませんでした」
モニカの言葉に誰も言葉を発することはなく、神官長だけが小さく頷いていた。
「この中に魔塔で魔術師の世話をしたいと思う人がいますか?」
その問いに誰も声をあげなかった。
「そうですよね。きっとそれが普通です。スズさんがくるまでは、仕方なく嫌々魔術師の世話をする人が来ては、すぐに辞めていたのです。私は魔力が切れて辛くても、心から安心して誰かに頼るなんてことはできなかったのに、スズさんは無償の愛で私を包み込んでくれたのです」
ローズ様や使用人のみんなはモニカの話に瞳に涙を浮かべていたり、鼻をすする音がどこからか聞こえてくる。私はというと、モニカが私がしたことをそんな風に思っていたなんて知らなかったから、とても驚いていた。私がやったことは大したことではなくて、具合が悪いモニカの世話を焼いただけなのだから、無償の愛で包み込んだと言われると過大評価しすぎだ。
自分の話をされているのに、違う人の話を聞いているようだと思う。
そんな心境の私を置いて話は進んでいく。
「スズさんが来てから寝具はいつもお日様の匂いがするようになりました。一人で食事が食べられない時にはご飯を食べさせてくれて、居心地の悪かった部屋の空気が綺麗になりました。私はスズさんが魔塔に来てくれたことを神に感謝しました」
「それはあなたにだけですか?」
「いいえ、スズさんが優しいのは私にだけではないと思います。魔力切れで動けない意識のない魔術師に対しても同じように優しくしてくれていたのだと聞いています」
「ふむ、聞いていますということは、あなたがスズが他の魔術師に対してどのように行動していたか見てはいないということですか?」
「え? あ、その……それは」
スラスラと喋っていたモニカが言葉に詰まった、その時だ。
後ろの方から大きな声がしたのは。
「俺は知ってるぞ」




