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Demon Busters  作者: 平安京
改訂後
31/32

(改訂版)第11話 魔女ヴィオレーヌ

 この状況を幸運と呼ぶべきか否か、ヴィオレーヌは図りかねた。

 昨夜、追っていたはずの吸血鬼の気配を捉え、先手を打って攻撃を仕掛けたと思ったら別人で、しかも反撃を受けて街の反対側まで吹き飛ばされた際に着地の衝撃を和らげるために全魔力を使い果たし、加えて大事な帽子を失くしてしまった。

 帽子を探して元の場所付近まで戻ってはみたものの、魔力切れで前後不覚になって行き倒れ、気が付いたらおかしな女に拾われ食事を奢られ、何故かその女に失くした帽子を探すのを手伝ってもらうことになった。

 その時点でもう大分わけがわからなくなっているが、女と共に旧市街と呼ぶらしい場所までやってくると、一緒に来るはずだった女の友人がなかなかやってこない。

 仕方がないので、先に二人で帽子と共にその友人も探そうと思って歩き回っていたら、見つけた先には目当ての吸血鬼、テオドールまでいた。


(…これは、どうしたものかしらね)


 昨日は偶然活動中のテオドールを早々に発見することが出来たが、元来姿を隠すのが巧妙な吸血鬼を、ましてやこれだけの規模の都市で見つけ出すのは困難である。加えて帝国の聖騎士までいるとあっては、相手も慎重になるだろうと思っていたため、捜索は難航すると思っていたのだが。


(…すぐに発見出来たのは予想外の幸運…不運なのは、こちらの状態が万全ではないこと)


 不意の遭遇に際して考えうる状況の推移を冷静に思案するヴィオレーヌに対し、他の面々の反応はそれぞれだった。

 特に困惑の面持ちをしているのは、テオドールと対峙している女の友人、確かエリス・ブランシェとかいった女だ。剣を構えている様子から腕に覚えがあるようだが、人の身では吸血鬼と相対するのは難しいであろう。

 エリスが焦った表情で見ているのは、ヴィオレーヌの傍らにいる、彼女を拾ったおかしな女、アンジェリーナ・マーティンだ。そのアンジェリーナは状況を正確に把握していないようで、呑気な様子でエリスとテオドールを見比べている。


「えっと…エリス、お取り込み中?」

「……ええ、とってもね。出来れば今すぐ、そっちの黒いのと一緒に逃げてほしいところなんだけど…」


 苦い顔でエリスは前に向き直る。その視線の先にいるテオドールは目の前にいるエリスではなくその後ろ、ヴィオレーヌの方を見ていた。


「よォ、ヴィオレーヌ。よく会うな」

「…ええ、結構なことだわ」


 おそらくヴィオレーヌとテオドールが知り合いであることに驚いたのだろうエリスがまたも振り向いて困惑顔を見せる。

 関係を説明してもいいのだが、そんな暇はないだろう。

 正直、この状況はヴィオレーヌとしても非常によろしくない。他人のことを慮る余裕はなかった。


「ん? ああ、いつもと雰囲気が違うと思ったら帽子か。いつものデカい帽子はどうしたよ?」

「…あなたには関係のない話だわ」

「そうかい。まァ、俺様もそんなことはどうでもいいがな。それよりいいところに来てくれたぜ、ヴィオレーヌよォ」


 テオドールはニヤリと笑ってみせながら肩越しに後ろを振り返り、そこにあるものとヴィオレーヌを交互に見ながら話す。


「ヘタは打ちたくねェからな、確実にあれを押さえ込めるように、ちっとばかり力の底上げをしてェんだ。てめぇの血をもらえばちょうどよさげだ」

「…?」


 何の話かと、ヴィオレーヌはテオドールの背後にあるものを見やる。

 グールが山になって積み重なっているだけに見えた。

 いや、よくよく見れば、そこに埋もれるように別の何かの気配が感じられた。


(…この気配、どこかで…?)


 思い出そうと記憶を探ろうとしたが、その時間は与えられなかった。

 眼前に立っているエリスを無視して跳躍したテオドールが、ヴィオレーヌの目の前に降り立ったのだ。

 ヴィオレーヌは焦りはしなかった。

 このくらいの行動は予測済みであり、即座に対処する手段は常に幾通りも用意してある。

 誤算だったのは、思っていたよりも魔力が回復していなかったことだった。

 掴みかかろうとしたテオドールの手を阻むように眼前に水流の壁が展開するが、本調子の時の半分の出力もないそれは、テオドールが拳を一握りするだけに空しく霧散させられてしまった。


「…っ!」

「何だおい、この薄っぺらい壁は? こんなんじゃ羽虫の行く手も阻めねェぜ」


 眉を顰め、ヴィオレーヌは後ろに下がってテオドールから距離を取る。

 だがその動きも鈍い。運動能力は高くはないヴィオレーヌだが、普段は足下に魔力を走らせることで高速移動を可能にしているのだが、そこに回すほどの魔力が今はなかった。

 防御も移動も満足に出来ない。この分では攻撃などもってのほかだろう。

 やはりこの遭遇は不運の要素が強すぎだった。


「よく見りゃおまえ、魔力がすかすかじゃねェか。昨日会った後何かあったか?」

「…あなたに話す必要性を感じないわね」

「それもそうだな。無様にも魔力切れになってるおまえが俺様の前で無防備に立っている。そんだけで十分って話だ」

「…無防備? 果たしてそうかしらね。何か奥の手を隠しているかもしれないわよ」

「ハッ」


 テオドールの手が一瞬ぶれたかと思うと、顔のすぐ横でビュッと風を切る音が聞こえ、次いで後方の家の壁が砕ける音がした。

 拳圧が頬を掠るほどの位置を通ったのだと理解は出来たが、その動きを捉えることは出来ず、反応も出来なかった。


(…視力への魔力付加すら切れてる、か)


 今の風圧で借りていた帽子は弾き飛ばされていた。相手にその気があれば、今のを顔に当てられてあっけなく殺されていただろう。


「威勢がいいのは嫌いじゃねェが、口の聞き方には気をつけた方がいいぜ」


 ハッタリでこの場を切り抜けるのも難しそうである。

 実に絶望的な状況だった。


「なァに、大人しくしてりゃ、すぐに終わらせてやるよ」


 完全に優位を確信したテオドールが無造作に歩み寄ってくる。実際、今のヴィオレーヌに打つ手は皆無だった。

 魔女は論理的に思考し、それに基づいて動くものである。

 論理的に考えて、この状況を切り抜ける方法はないという結論には達していた。

 ゆえにこれは、無駄な抵抗というものだ。


「…炎よ」


 パッと振り上げた手から火の粉が飛び散り、相手の顔面付近に弾けて炎を起こす。

 万全の時とは比べ物にならないほど小さな炎だったが、目を狙えば目くらましくらいにはなるかと思ったのだが。


「ハッ、悪あがきだな!」


 テオドールは片手で顔を覆いながら大きく一歩踏み出してきた。奇襲にすらなっていなかった。

 眼前に迫るテオドールの手。ヴィオレーヌの運動能力では、とても回避し切れない。

 駄目か、と思った時だった。


「ヴィオレーヌちゃん!」


 真横からぶつかってきた何かに突き飛ばされた。

 今まで完全に意識の外にあったアンジェリーナがヴィオレーヌの体に体当たりするように飛びついてきたのだ。

 二人諸共地面に転がる。

 受け身を取る余裕もなく、地面にしたたかに打ち付けられるが、テオドールの手からは逃れられたようだ。

 もっとも、ほんの少しだけ寿命が延びただけのようにも思えた。

 素早く視線を元いた場所に戻したヴィオレーヌは、テオドールが伸ばした手を引っ込めて向き直るのを見た。


「…退きなさいっ」


 覆いかぶさっているアンジェリーナを横に押し退ける。


「うきゃんっ」


 おかしな悲鳴を上げているが気に掛けている暇はない。距離が取られたことで少しだが魔術を発動するための時間が出来た。

 我ながら往生際が悪いと思いながら、何かしら使えそうな術を組み上げる。

 しかしヴィオレーヌが魔術を完成させるよりも早く、テオドールの前に飛び出してくる者がいた。


「やぁああああっ!!!」

「ぬぉっ!?」


 飛び出してきた者、エリスの振り下ろした剣がテオドールの額を掠める。咄嗟に下がったテオドールだったが、額から血が一筋垂れていた。


「確かに、気合を入れれば斬れるものね」

「またてめぇかよ、小娘。そろそろ俺様の寛容さにも限度ってもんがあるぜ」

「いつあなたにそんなものがあった」


 エリスは強気な態度で相手と対峙していたが、ヴィオレーヌにはその背中は頼りないものに見えた。

 当然だ。ただの人間と吸血鬼とでは勝負にならない。


「…何をしているの、あなた。そいつはあなたが敵うような相手ではないわ」

「わかってるわよ、そんなことは!」

「…なら」

「それでも! 人間退くに退けない時ってものがあるのよ」


 友人のことかと、ヴィオレーヌは傍らにいう少女のことを思いながら考える。彼女がやってきたため、エリスは彼女を守るために戦わざるを得ないということだろう。

 それならば自分がテオドールに仕掛けている隙に二人で逃げればいいと思ったが、そこまでするほどの義理はない。むしろ二人を囮にして自分だけ逃げた方が建設的に思えた。

 だがそれは、あまり好ましくなかった。


(…師ならこんな時、迷わないのだろうけど。すみません、師よ。不肖の弟子は以前評された通り、魔女としては甘すぎるようです)


 せめてエリスが前衛として立ちはだかってくれている隙に、今使える中で少しでも強力な魔術を展開しようと身を起こしかけた時だった。


「あぁーーーーーーーーーーーっ!!!」


 唐突に真横で起こった絶叫が鼓膜を震わせる。


「っ……すぐ傍で大声を出さないでちょうだい。耳がおかしくなるかと…」

「あった! あったよ、ヴィオレーヌちゃん、あれ!」

「…あれ?」


 仰向けに寝転がったままのアンジェリーナが指差す先を追ってヴィオレーヌも頭上を振り仰ぐ。そして目を見開く。

 思い掛けないものが、そこにはあった。


「…私の帽子!」


 二人が倒れている場所から数メートル先の建物の屋根の端に引っかかるようにして、それはあった。

 遠目にもはっきり自分の物とわかる、肩幅よりも広いつばと、先の尖った黒い帽子。

 ヴィオレーヌの、魔女の証たる装備品の一つである。

 しかし――。


「…あんなところに」


 建物は三階建てで、当然だがその屋根まで手が届くはずがない。飛ぼうにも、今の魔力では厳しい。何より出来たとしても素早く飛ぶのは難しく、アンジェリーナが大声を出したせいで注意を引いてしまったテオドールよりも速くあの場所まで行くのは無理だった。

 すぐそこに光明があるというのに、そこまでの距離が果てしなく遠いように感じられて歯噛みする。

 だがまたしても、ヴィオレーヌの考えを打ち払うように、アンジェリーナが動いた。


「私に任せて!」

「…?」


 何を任せろというのかと顔を向けると、アンジェリーナはすぐ傍に落ちていた、おそらくはそこらの家の壁から砕け落ちたレンガの欠片を拾って振り被っていた。

 お世辞にも綺麗なフォームとは言えない格好で投げ放たれたレンガの欠片は、しかし正確な軌道を描いて飛び、屋根の上の帽子を引っかかっている場所から弾き飛ばした。

 一度浮き上がった帽子は、重力に従ってひらひらと落下を始める。


「投げて当てるのは得意! ぶいっ!」


 誇らしげに指を二本立てているアンジェリーナを尻目に、ヴィオレーヌは起き上がると同時に駆け出していた。おそらく生まれてから今までで一番素早い動きをしたことだろう。

 訝しげ顔でその行動を見ているテオドールが動き出さない内に落下地点まで走り、小さくジャンプして空中で帽子をキャッチする。

 地面に降り立ちながら頭に被る。

 馴染み深い感触。手放していた期間は一日にも満たないのだが、とても懐かしい気さえした。

 片時も離さずにいた大切なものである。

 そして何より、今の状況を打開する唯一にして最良の一手だった。

 目深に被った帽子の下で、魔女ヴィオレーヌ・ノエは不敵な笑みを浮かべる。


「…際どかったわ。けどこれで、互いの命運は逆転したわ、テオドール」

「あァ?」


 さっとローブの裾を翻して振り返ったヴィオレーヌの足下から、陽炎のような熱気と風が巻き起こる。

 先ほどまでとはまるで違う、充実した魔力が全身を包んでいた。

 そのことに気付いたテオドールが、警戒心を露にすると共に、訝しげに尋ねる。


「何だてめぇ…いきなり魔力が膨らみやがったな」

「…さて、何故かしらね」

「その帽子、それがてめぇの魔力の源ってわけか」


 納得したように言う相手に対して首を振ってみせる。


「…少し違うわ。私の魔力はあくまで私自身のもの。ただこの帽子には常から、その私の魔力を少しずつ蓄積しているのよ」


 ヴィオレーヌは帽子のつばをすっと撫でる。魔力の残滓が形となって、粒子のように飛び散った。


「…いざという時、貯えた魔力を放出することで、魔力の残量がゼロになった状態からでも即座に全開の状態まで回復出来る。それがこの帽子の力よ」


 数あるヴィオレーヌの切り札となる魔道具の一つである。本来はある程度手元から離れてしまっても手元に引き戻す術も用意してあったのだが、今回は完全に魔力が切れた状態で大きく距離が離れてしまったため、その紐付けまで切れてしまっていたのだ。

 かつてない大失態ではあったが、最悪の事態を前にこうして取り戻すことが出来た。


「…思わぬ寄り道をしてしまったけれど、改めて決着をつけるとしましょう、吸血鬼」

「ハッ、粋がるなよ魔女が。要するに元に戻っただけだろうが。その程度で俺様に勝てるつもりかよ?」

「…当然よ、私の方が強いもの」

「そうかい、ハッ、どいつもこいつも俺様のことを下に見てくれやがってよォ…」


 笑いながら顔を伏せたテオドールだったが、次の瞬間には憤怒の表情で顔を上げた。


「大概にしやがれよ、クソどもがッ!」


 怒声と共に地面を踏みつけるテオドールが全身からも、ヴィオレーヌのそれと遜色ない魔力が溢れ出し、周囲に突風を巻き起こす。

 すぐ近くにいたエリスは片手で身を庇いながら後ずさり、少し離れた場所にいたアンジェリーナは風に煽られてひっくり返っていた。

 ヴィオレーヌは少しも慌てず、水平に持ち上げた手の先を標的へと向け、魔術を発動させる。

 眼前に、拳大ほどの火の玉が4つ浮かび上がった。


「…行きなさい、炎の蛇よ」


 一つ一つの火球から炎が紐状に伸び、背を向けて立っているエリスを迂回し、蛇のようにうねりながらテオドールに襲い掛かる。


「ハッ!」


 テオドールの拳が迫り来る炎の一つを打ち払う。手の甲の皮膚が焼け爛れるが、すぐに再生を始める。

 続けて二つ三つと襲い掛かった炎の蛇がテオドールの手や足に絡みつき、その身を焦がしていく。

 絡み付く炎に対して鬱陶しげに舌打ちをし、それらを引きずるようにしてテオドールが前進する。対峙していたエリスは突進してくるテオドールを横へ跳んでかわすが、そちらには目もくれず、真っ直ぐヴィオレーヌへと向かってきた。

 突き出された拳を防ぐべく、先刻と同じく地面から吹き出した水流が壁となる。

 前回はあっさり霧散した水の壁は、今度は完全に拳の行く手を遮っていた。


「こんなもんがァ!」


 拳が当たった箇所に出来た水流の隙間にもう片方の手をねじ込み、両手で水の壁を強引に抉じ開ける。

 しかし割れた壁の間から前へ乗り出したテオドールの体を、形を変えた水流が押し包む。

 炎と水、二つの魔術によって雁字搦めにされ、さしもの屈強な肉体を持った吸血鬼も動きを止める。


「…学習しない奴ね」


 手足を拘束されても、首だけを伸ばして噛み付こうとしてくる相手の顔の前に掌を差し出す。

 一瞬ヴィオレーヌの腕が帯電すると、直後に閃光が迸る。

 至近距離から放たれた雷撃が相手を打ち抜く。

 物理的な衝撃はその身を吹き飛ばし、雷撃は水流によって出来た傷を通って体内にまで浸透し、さらには誘爆されたように炎の蛇が一斉に弾けて追い討ちをかける。


「ぬっ…ぐ、ぉおおおお……!!」


 並の生物であれば消し炭になっていてもおかしくない魔術の連発を受け、全身に裂傷を負いながらも、テオドールは尚も健在だった。

 よろけながらも数歩下がっただけで踏み止まり、キッと鋭い視線をヴィオレーヌに向ける。


「効くか、よォ!」

「…そう」


 しかし、ヴィオレーヌの攻撃はまだ終わってはいなかった。

 雷撃を放ち終わった掌を、今度は下に向ける。


「…地よ」


 短く紡いだ言葉に呼応し、隆起した地面から突き出た岩がテオドールの体を四方から挟み込んだ。


「ぬぅッ」


 すぐには傷の再生が終わらないテオドールは反応が遅れ、岩に挟まれてまたも動きを封じられる。

 ヴィオレーヌは両手を掲げ、さらなる魔術を発動させる。

 夜の帳が下り暗くなった街に、小さな太陽が昇ったかのような輝きが生まれた。


「…天照らす炎撃」


 小さな輝きは瞬く間に膨張し、爆発を起こすと共に炎を生み出し、巨大な火柱となって標的の全身を包み込んだ。


「ぐ、おぉおおおおおおおおっ!!!」


 炎が燃え盛る轟音と、テオドールの絶叫が響き渡る。

 昨夜、主体の知れない相手に使った時は通じなかったようだが、今は十分な効果を発していた。太陽を苦手とする吸血鬼にとって、太陽神の力の込められた魔術はやはり有効であった。

 数秒で炎は勢いを失くして消え去ったが、後に残ったテオドールは全身が黒こげになっていた。


「ぐぉ、ぬぐぅ…!」

「…跡形もなく燃え尽きてもおかしくない威力があったのだけど、さすがに頑丈ね」

「ハッ…たりめェだろうが。こんなもんで俺様をやれると思ったかよ?」

「…確かに、まだ再生出来るみたいね」


 全身の皮膚が焼け爛れ、ぼろぼろと崩れ落ちていっているが、その下から少しずつ再生した新しい皮膚が見えていた。

 だが前よりも再生速度が遅くなっているのは確実だった。


「…どこまで続くかしらね、その再生能力が」

「てめぇを地べたに這い蹲らせるまでさ」

「…大人しく降参する気はないということね。なら、次は手加減抜きでいきましょう」

「あァ? ハッ、でかい口を叩きやがるぜ」


 ハッタリを言っているわけではなかった。

 今使った“天照らす炎撃”はヴィオレーヌが扱える魔術の中でも上位のものには違いないが、まだこれ以上の魔術はいくつもあった。

 それにヴィオレーヌは、複数のまったく別の魔術を同時に展開し、連続して放つことが出来る。先ほどは、常時防御用に展開している水の壁に、はじめに仕掛けた炎の蛇、続けて撃った雷撃、岩を操って動きを封じ、とどめの炎撃へと繋げるまでの全ての魔術を最初から準備しており、連続して発動させたのだ。

 並大抵の魔術師であればこれだけ素早く、しかも異なる属性の魔術を連続展開することは不可能である。それを可能とするのが、ヴィオレーヌが絶大な力を持った魔女たる所以である。

 しかも同時展開出来る魔術の数は、もっと多い。


「…残念だけれど、私が帽子を取り戻した時点で、あなたの敗北は決まっていたわ」


 次に展開すべき魔術は、既に準備が完了していた。

 ヴィオレーヌにとっては、こうした会話をする時間も戦闘における駆け引きの一つであった。

 魔術の発動には本来威力に応じた溜めが必要であり、また術式を組む、人によっては呪文の詠唱を行うための時間も必要とされ、魔術師単独では接近戦は苦手とするのが常であるが、逆に言えばその時間の問題さえ克服してしまえば、接近戦もこなせるということだ。

 だからヴィオレーヌは、指先一つ、目線すらもまったく動かすことなく術式を組み立てる。そのための僅かな時間を少しずつ稼ぐための駆け引きを行う。詠唱の手間も省き、発動のための短い言霊のみをもって魔術を行使する。

 ノエの名を継いできた歴代の魔女の中でも、もっとも戦闘に秀でた魔術の使い手がヴィオレーヌであった。


「…さぁ、あなたの魔力が尽きるまで、何度でも…」


 新たな魔術による攻撃を行おうとした時だった。

 不意に風向きが変わった。

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